袁公路の死ぬ気で生存戦略   作:にゃあたいぷ。

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動乱篇
第十三話.


 此処は荊州南陽郡。汝南袁家の家督を正式に継いだ袁術、つまり美羽様が太守として治める土地だ。

 本来であれば汝南袁家と名にあるように拠点のある汝南の地を治めるのが道理と思われるかも知れないが、それはそれ、汝南郡を治める太守は袁家とは別にいるのだ。その太守が汝南袁家に頭が上がらないだけである。さておき荊州南陽郡とだけ書けば、豫州汝南郡から離れている見えるかもしれないが、南陽郡と汝南郡は州境にある隣接した土地にある。袁逢が気を利かせてくれたのか、親心なのか。最後の仕事として、愛娘を汝南袁家の影響力が強い土地に押し込んだ。

 そして美羽様が南陽太守に就任したのを契機に、袁逢は政界を引退して汝南郡にある別荘に隠居した。

 

 南陽郡にある城塞都市、その城の軍議室にて会議を開いている。

 袁術配下、側近と呼べる者は現在八名。私、四ツ葉(楊宏)の他、結美(袁姫)、張勲、程立、六花(紀霊)、橋蕤といった何時もの面子に加えて、雷薄と李豊の二人が仲間に加わっている。二人共に袁逢に仕えていた人物であり、袁逢から美羽様に家督が引き継がれた際に馳せ参じてくれた。他にも美羽様の配下になった人物は多くいるが、ここで取り上げることはない。少なくとも側近として取り立てることはないだろう。

 今はまだ着任されたばかり、新体制を整える間もなく、問題は次から次へと上がる。

 

「民草による大規模の反乱、世も末じゃの」

 

 上座に腰を下ろす美羽様は各地から報告を受ける傍で、匙ひと掬い分の蜂蜜から作った甘露水を啜る。

 基本的に美羽様が会議中、策を考えることはない。良きに計らうのじゃ、が彼女の決め台詞だ。

 しかし口を挟むことは意外と多く、話を聞いていないということはない。

 

「それで賊退治には誰が行ってくれるのじゃ? 雷薄かの? それとも李豊かの?」

 

 不意に呼ばれた新入りの二人組は、やや緊張した様子で姿勢を正した。しばらく美羽様は二人のことを見つめた後、ふむ、と少し興味をなくした様子で視線を外し、七乃(ななの)、と彼女が最も重宝する側近の名を呼んだ。七乃と呼ばれた少女、張勲は「私ですか〜?」と不服そうに答える。

 

「賊を退治するだけでしたら雷薄さんでよろしいのではありませんか?」

「それで良いかの、程立?」

「毎度のことですが私に話を振らないで欲しいですねー」

 

 どうして毎度、私を連れてくるのでしょうか? と程立は心の底から面倒臭そうに私のことを睨み付けてきた。

 程立の役職は前と変わらず、私の屋敷の使用人のままだ。それは本人からの強い希望であり、どれだけ高い役職に付けようとしても程立自身が拒否し続けている。曰く、面倒臭いですねー。そんな彼女からの視線に耐えきれず、そっと目を逸らすと「新しい書籍を買って貰いますよ」と言い付けてから「それで構わないと思いますよ」と美羽様に素っ気なく告げた。

 それでも美羽様は、うむ、と笑顔で頷くと今度は六花(紀霊)に問いかける。

 

「兵の数と編成はどうすれば良いかの?」

「精鋭五十名もあれば十分かと」

「……賊兵の数は幾らだったかの?」

「五百ですね」

「良い、分かった。張勲、倍ぐらいで良いかの?」

 

 美羽様が張勲に話を振ると「んー、防備が少し心配ですねー」と答える。

 

「確か、他の地域では数千っていう規模で反乱が発生してましたよね?」

 

 張勲の言葉に橋蕤がバラリと竹簡を開いて、そこに書かれた文字を指でなぞる。

 

「ああ、ありました。ええ、はい。青州では五千という規模で叛乱が起きていますね」

「あー、もしかして、全員が黄色い頭巾を被っていたりします?」

「はい、その通りです。流石は程立殿、既に情報を掴んでいましたか」

 

 んー、そうですねー、と程立は罰が悪そうに視線を泳がせた。

 現在、大陸全土は寒冷化の影響で食糧難に陥っている。その影響で数年前から賊徒が活発化していたのだが、この数ヶ月で黄巾を被った賊徒の情報が耳に入るようになってきた。最初こそ散発的な蜂起であったが、今となっては数千規模で行動することも少なくない。そして賊徒の勢いは日に日に増しており、数も膨れ上がってきていた。

 ちなみに南陽郡の全兵力は四千だ。まだ移動してきたばかりで訓練中の兵が多く、思うように集めきれていなかった。

 

「青州だけではありません。豫州と冀州、幽州の方でも同様の情報を得ています」

「それって黄色の頭巾を被ったっていう?」

 

 私の質問に橋蕤が静かに頷くと、ざわり、と軍議室に緊張が走る。

 

「話が逸れているのじゃ」

 

 そう美羽様が告げると「仮に万の兵が城壁に押し寄せてきたとして、此処には幾ら残しておけば良いのかの?」と続けて皆に問いかけた。

 

「兵力三倍の法則に則るのであれば、最低でも四千は欲しいところですね」

 

 答えたのは六花だった。

 

「それじゃと賊退治に派兵する兵が居らぬではないか」

「では三千五百で」

「同数で賊徒を蹴散らすことは可能かの?」

 

 美羽様が訝しげに雷薄を見つめると、雷薄は自信なさげに視線を外した。それを確認して、今度は李豊に視線を投げれば、先と似た反応が返ってきたので美羽様は大きく溜息を零す。

 

「……張勲」

「えー、私ですかー?」

「あと程立」

「えー、面倒ですねー」

「さっさと考えることを教えるのじゃ」

 

 有無も言わせない美羽様の態度に、ぶぅぶぅ、と二人は不服そうに声を上げる。

 

「妾だって面倒なんじゃからさっさとするのじゃ。考えるのが其方達の仕事、良し、と云うのが妾の仕事じゃ」

 

 それ以後、耳を貸さぬ、といった調子で頬杖を突いた美羽様に、張勲と程立は押し黙って互いを見つめ合った。「此処は名軍師足る程立さんの意見が聞きたいですねー」とは張勲の言、「いえいえ、此処は悪巧みをさせれば比肩する者はなしと言われる張勲さんの意見を話すべきではありませんか?」とは程立の言。そんな二人の牽制の応酬に美羽様は大きく欠伸をして、紀霊、と袁術軍随一の猛将を呼びかける。

 

「意見を言うまで二人の関節を極めるのじゃ」

「はい、恐れながら張勲めが提言します。絶対的に兵力が足りていない現状、やはり外部から救援を求めるしかないと思います」

「うむ、それで妾は何処に書状を書けば良いのじゃ?」

「えーと、それはー? やっぱり朝廷?」

「程立、意見を述べるのじゃ」

「えー?」

「紀霊、関節」

「横暴になっては駄目ですよー」

 

 仕方ありませんね、と程立は飴で口元を隠しながら告げる。

 

「外部から救援を呼び込むのであれば、できるだけ後腐れない相手が良いですよねー。使い勝手がよくて、使い潰しても問題なさそうなー」

 

 おお、そういえば。と程立はわざとらしく声を大きくした。

 

「此処より少し離れた江南の土地に、狂虎と呼ばれる者が居るそうですねー。地主ですらも持て余している様子、また自前の手勢を持っているようなのでー。兵糧や物資の補給と引き換えに賊退治を依頼してみては如何でしょうか?」

 

 狂虎? と美羽様は露骨に眉を顰める。

 

「ああ、江東の狂虎! 独立志向の強い荊州南部の地にて、圧倒的な武力を以て見事に平定したあの江東の狂虎ですね!」

 

 橋蕤がポンと手を叩いて告げる。

 その狂虎です。と満足げに頷く程立に反して、美羽様が顔を青褪めさせる。

 

「どうかしましたか?」

「……四ツ葉、いや、なんでもないのじゃ。気のせいなのじゃ」

 

 私が問うと美羽様は首を振り、そして恐る恐るといった様子で橋蕤に問いかける。

 

「それでその狂虎とは誰のことなのじゃ?」

「孫堅、字は文台です」

「よし、やめよう。やめるのじゃ。この提案は取り消しなのじゃ」

 

 他に案はないのか? と問いかける美羽様に程立は黙って首を横に振る。

 

「……孫策」

「ひいっ!!」

 

 ガタガタブルブルと震え出す美羽様に「貴方もでしたかー、道理でお利口さんだと思いましたよ」と程立が呑気に告げる。

 此度の軍議は此処で終わり、後日、美羽様が泣きながら書かされた書状が孫堅の元に送られる。それから毎日のように断られることを祈る美羽様であったが、天に祈りは通じず、二つ返事で依頼を承諾する書状が送り返される。それから数日の間、孫堅からの書状を片手に真っ白に燃え尽きる袁術の姿があったとかなかったとか。

 私はと云えば、孫堅軍が駐屯する為の場所を確保する為に袁姫こと結美と一緒に奔走することになった。

 

 




動乱篇スタートです。
勢いのまま次話まで書くかも、書かないかも。
気分次第。

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