袁公路の死ぬ気で生存戦略   作:にゃあたいぷ。

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間幕.上洛

 旅は嫌いじゃない、むしろ好きだ。

 贅の限りを尽くすような豪遊こそが妾の望む生き方であると自負している。

 しかし、それはそれとして、旅は良いものだ。

 

 三度の人生を謳歌して、三度も人生を旅して、その良さを妾は知っている。

 権威とは衣を着るようなものだ。血筋とは骨格のようなものだ。しかし血と肉ではない。

 肉は教養であり、血は魂魄だ。

 だから自分が持つ感性だけで旅をするのは――その九割方が苦難ではあるが、それでも心の根本では楽しんでいる。

 新鮮とか、そういう話ではない。

 ただ楽しいのだ、ありのままに世界を見るのは気分が良くて、気持ちが良かった。

 

 常日頃、というのは嫌だけど偶になら構わない。

 馬車に揺られるのは慣れている、歩くことにも慣れている。

 だから数週間程度の旅路が辛いなどと感じなかった。

 

 地面は壮大で、青空は広大だ。車輪が回る度にギシギシと荷台が軋む音がする。

 馬を操るのは閻象。その後ろの荷台で四ツ葉(楊宏)が腰を下ろして、その膝上に妾が座る。ガタゴトと揺れる荷台が少し煩わしいが、それでも久し振りの特等席は心地良い。背中に体重を傾けて、我儘に身を委ねる。なにかが欲しいとか、どうして欲しいとか、そういうことに我儘は使わない。昔の妾ならいざ知らず、今の妾は少なからず我慢を知っている。ままならない事があると経験している。それでも我儘はやめられない。特に理由がなくとも我儘を聞いてもらうことは気分が良かった。

 うつらうつらと眠気に蝕まれる。道中は危険だ、気を張らなくては、と分かっていても眠気に負ける。心地良い温もりに抱かれながら、意識は夢の中に落とされる。

 

 思えば、三度の人生で妾が家族と関わりと持ったことはほとんどない。

 気付いた時に御母様は死んでおり、妹は居なくなっていた。だから家族の温もりというものをよく知らなかった。神輿を担がれるように妾は袁家の当主を継ぐことになる。それは麗羽の下では甘い汁を吸えないからという理由で妾に取り入ろうした連中の思惑だったと今なら分かる。妾が幸運だったのは七乃(張勲)が居てくれたことだ。彼女にだけは甘える事ができた、彼女だけが妾に温もりを与えてくれた。計算高い彼女のことだ。妾との接触には、なにかしらの思惑があったのかも知れないが、それは構わない。

 大事なのは、三度の人生で最後まで妾を見捨てずに付き添ってくれたという事実だけだ。

 その事実だけでも妾は幸せだった、と今では考える。

 

 それはそれとして贅沢はする、豪遊もする。

 妾は我儘だ、幸せは一匙の蜂蜜から始まるのだ。甘えられる温もりも、旅で感じる自由も、自分勝手な贅沢も、全てが全て、妾は大好きだ。どれが最も大切か、なんて関係ない。どれも大好きだから、妾は全てを手に入れたいと考える。そして全てを失いたくないとも考える。人には守れる者には限界がある。なんて偉ぶった連中はいるけども妾は全てを守りたい。だから守る。それだけの話だ。妾は好きだ、七乃が。妾は好きだ、四ツ葉が。結美(袁姫)が。だから一緒に居たいし、甘えたい。どれか、なんて選べない。選ぶ必要すらもない。

 なにか捨てるという選択は、最後の最後まで取っておけば良い。

 どうしようもなくなった時に考えれば良いのだ。

 

 旅は好きだ。この大陸の広大さを肌身に感じることは、それだけで清々しい。

 権威は衣のようなものだ。だから偶に脱ぎ捨てたくなる時がある、衝動的に。貧乏は嫌いだから直ぐに着直すけど、時には身持ちを軽くして歩き回りたくなる時もある。だから、うん。我儘は好きだ、媚びを売られるのは好きじゃない。もう仕方ないな、って甘えさせてくれるのが好きだった。頭を撫でられるのは大好きで、髪を梳かされるのも大好きで、入浴時に体を洗われるのも大好きで、添い寝されるのは大好きだ。

 世界は妾が中心で回れば良い、全てが妾を愛すれば良い。そうすれば妾は幸せで、きっと皆も幸せに違いない。なぜなら妾を甘やかす連中は皆、決まって幸せな人生を歩んでいる者だと相場で決まっているからだ。

 

 それに妾は可愛い、そして可愛いは正義だ!

 可愛いから甘やかしたくなる。そして可愛い娘に甘えられるのは、この上ない幸福なのじゃ!

 そんなの当たり前なんじゃよな、ガハハ!

 

 

 司隷洛陽、

 漢王朝が都とする都市であり、文化の発信地。大陸全土から物資と人材が集まる場所でもある。

 その広大さは他郡から来た者にとっては、ただ圧倒されるばかり――になるはずだが、その街並みに少々違和感を感じる。街並み、というよりも活気というべきか。馬車に揺られながら華やかな表通りをなんとなしに眺める。そして違和感の正体に気付いた。それを知り、なんとなしに面倒臭くなった妾は、目を背けるように四ツ葉(楊宏)の体に背中を擦り付ける。温もりの微睡みに身を委ねる。

 此処に住む者達には笑顔がない。

 だからといって、どうにかしたいとも思わない。理由は単純、気が乗らない。たったそれだけの理由で目を背ける。いや、逆だ。妾が動くに足る理由がない。そういうのは何処ぞのお人好しにでも任せれば良いのだ。

 首を傾げる四ツ葉を見上げて、呑気なものじゃ。と目を伏せる。

 

 さて、

 目的の人脈作りは明日以降に回すとして、先ずは昼飯を摂ることにした。

 その際に閻象から高級料理店での食事を勧められたが、旅通の妾は知っている。こういうのは表にある店並ではなくて、表通りから少し外れた場所に佇む小汚い外見。しかし店内はきちんと清掃が行き届いており、二、三組の客が入っている店が狙い目であることを妾は知っている。そういう店は平均よりも安くて、それなりに美味しいのじゃ!

 そこをケチるほどお金には困っていませんけどね。と閻象は言いながら三人一緒に裏通りの店に足を踏み入れた。

 パリッと羽根の付いた餃子を箸で突きながら今後の方針について、閻象が話し始める。

 

「先ずは洛陽の現状から説明を致しましょう」

 

 現在、漢王朝の皇帝は霊帝である。

 しかし彼女は今、傀儡となっており、実際に政治を差配しているのは何進と張譲の二人だ。

 何進は現皇帝である霊帝の外戚で、今は軍事の最高責任者として大将軍の地位に就いている。張譲は霊帝の身の回りの世話をする宦官の主格であり、霊帝にあることないこと吹き込むことで自分の思い通りに政治を行わせているとのことだ。そして、軍事と宦官の主格が手を組むことで漢王朝の地盤を盤石のものとしていた。

 本来であれば、この二人と手を組むのが妥当だ。

 だが何進は袁紹と懇意としており、袁紹を汝南袁家の正当な後継者として扱う素振りを見せている。この恐れ知らずの行動は、袁逢が朝廷で猛威を奮っていた時期を何進が知らぬが故の行動と閻象は推測しているようだ。であれば宦官の張譲と手を組むべきかも知れないが、宦官は宦官で問題がある。宦官で真っ当な存在は少なく、その九割以上が汚職に手を染めていた。故に協力を求めようものならば、多額の賄賂を要求されるに違いない。そして袁逢は卓越した性技を以て、宦官達を手懐けた過去がある。妾が汝南袁家の後継者であることから、そういう行為を求められる可能性も少なくないとの話だ。

 ならば誰と手を組むべきか。我に一計有り、と閻象は得意げに告げる。

 

「董卓です」

 

 董卓? と問い返すと、涼州の士です。と閻象は説明を続ける。

 

 姓は董、名は卓。字は仲穎。

 涼州隴西郡の生まれ、実家は涼州一の農業を有する豪農である。

 匈奴族が涼州に攻め込んだ時には「我こそは!」と将軍として従軍し、異民族相手に連戦連勝の戦果を叩き上げる。その後は当時、まだ不安定だった并州に移動しては平定し、再び異民族の脅威に脅かされた時にも連戦連勝の戦果を挙げた。その活躍は正に常勝、董卓が来た、そして董卓が見た。故に董卓は勝った。と呼ばれる程であり、并州と涼州の英傑として知られている。

 今は何進の招集により、中郎将として官軍を率いる立場だ。

 

 そんな将軍と簡単に会えるかの? という疑問に対しては、会える。の一言。

 名門、汝南袁家の名は伊達ではない。四世三公という実績は、それだけで朝廷に強い影響力を持っているのだとか。ついでにいえば、肉屋上がりの女よりも豪農の娘である董卓の方が道理を弁えているという思惑もある。それに時の人である董卓であれば、その人脈にも期待できるという話だ。

 

 閻象の提案に妾は、適当に進めておくのじゃ、と丸投げした。

 彼女の話を聞く限りでは問題はなさそうであったし、そういう政治のあれこれに関しては妾の考えるべきことではない。

 わからないことには首を突っ込まないのが一番である。

 

「そういえばまた徐晃将軍が賊を蹴散らしたってよ」

「流石の無敵将軍だな。董卓の評判も良さそうだし、これから先、少しでも世が明るくなればなあ」

 

 ふと、そんな声が耳に入った。

 閻象に問いかけると、徐晃というのは洛陽を守る最後の砦として知られる人物のようだ。また正確には将軍ではなくて騎都尉、数千規模の軍勢で洛陽周辺に棲息する賊徒を退治して回っている。洛陽では皇甫嵩、慮植、朱儁、董卓と並び立つ英傑達よりも強い人気を持つ人物でもあるようだ。

 少し気になるの、と何気なく呟いた言葉に、会ってみますか? と後ろから声を掛けられる。

 

「ずっと付けてきていたのはお前か?」

 

 閻象が庇うように席を立った。はい、と少女はにこやかな笑みを浮かべてみせる。

 

「自己紹介を致しましょう。私の名は李儒、字は文優。先程、仰られていた徐騎都尉の副官を務める者です」

 

 背中を覆い隠すほどに伸ばした黒髪を揺らしながら彼女は手を差し伸べる。

 

「汝南袁家の現当主、袁術様でございますね? 私であれば橋渡しになれるかも知れません」

 

 その姿を一目見て、直感した。

 此奴からは七乃と同じ臭いがする、と。




語り部が美羽様中心になってきた。
時系列的には現在魏√開始時点か、それより少し前辺り。

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