袁公路の死ぬ気で生存戦略   作:にゃあたいぷ。

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第三話.

 とある日、いつもの様に袁術が書庫前まで来た時のことだった。

 なんとなしに普段と違う様子に違和感がありながらも彼女を屋内へと招き入れる。仕事を続けながら横目に袁術の様子を観察していると、まるで書庫内に初めて足を踏み入れたかのように周りを見渡しており、適当な場所から冒険譚を見つけ出すと、とたとたと私のところまで駆け寄ってきた。そして私の許可も取らずに膝上にちょこんと座って、読んでたも、と上目遣いにおねだりされる。まだ仕事中であるにも関わらず、にこにこと笑顔を浮かべる少女から書籍を受け取る。そして彼女の髪に鼻先を近付けて、すんと嗅いでみた。

 似ているが、違う匂いがした。擽ったそうに身を捩らせる彼女に問いかける。

 

「君は誰?」

「なんのことじゃ? ……いえ、惚けても無駄のようね」

 

 袁術によく似た幼子は残念そうに溜息を零すが、私の膝上から離れようとはせずに体重を預けてきた。

 まあ悪くない椅子ね、と冒険譚とは別の書籍を取り出して、自分で読み始める。

 趣味嗜好は違っているようだが、少女は袁術とよく似ていた。髪質、顔付き、そして匂いすらも本当に似ている。

 

「そういえば、どうして私が違うってわかったの?」

「袁術様はもっと石鹸の匂いが強いからね」

 

 もう一度、彼女の匂いを確認しようと顔を近づけると、変態、という一言と共に手で振り払われた。

 まあ不自然な点は多かった。例えば袁術は自分が興味のある書籍の場所はもう分かっており、他の書籍には興味も示さずに駆け足で向かっていくのだ。それに私が仕事をしている時に読み聞かせを強請ってくるような真似もしない。演技を止めた袁術似の少女は、改めて見つめると、袁術と比べてと利発な顔付きで全体的に落ち着いているように感じられた。

 彼女の名前を問いかけると、袁姫、と彼女は名乗った。

 

「名門袁家における正当後継者の二番手とはわたしのことよ。まあ尤も政争の火種になるからって表にはあんまり出して貰えないけどね」

 

 たまに御姉様に成り代わって遊んでいるの、と袁姫と名乗った幼子は悪戯っぽく歯を見せる。

 今日、袁術は来ないのか。と少し残念に思いながら彼女の髪を手に取って櫛で梳かす。すると袁紹姫は頭を振って、私の手を振り払った。私は御姉様じゃないんだけど? と半目で睨みつけられたので慌てて髪から手を離す。好ましくない異性に髪を触られて気分の良い女性はいないだろう、では彼女が私の膝上に乗ることは許して良いのだろうか。そんなことを思えば、私のような美少女を膝に乗せれて嬉しく思わない男はいないわ、と自信たっぷりに断言されしまったので何も言い返すことはできない。

 そもそもだ、袁術相手に初対面で膝上を占拠されているのだ。何を言ったところで説得力はない。

 藪蛇は突かないに限る。

 

「あらやだ、女性を退屈させるなんて教育がなっていないのね」

 

 沈黙を保ちながら粛々と書類整理をしていると袁姫が退屈そうに欠伸をする。

 袁術と比べて、随分と御令嬢然としている気がする。手に持っている書籍も冒険譚から別のものに変わっており、背中越しに覗き込んでみると――どうやら異性の落とし方について書かれているようだ。その方法は、えげつないものが多く書き記されている。例えば、この一節。『男性から情報を得るには先ず、既成事実を作ることである。なお、その場合は恋人になるよりも秘密を共有する愛人、つまり浮気相手となるのが好ましい』というのが平然と書かれている辺り、未成年の子どもが読んでも良い代物ではない。

 かといって取り上げる気にもならないのが、なんというか、何処までもことなかれな私だった。

 

「私は当主を引き継げないだろうから自分の身は自分で守れるように勉強しとかないといけないのよ。御姉様みたいに勉強をサボっている時間なんて何処にもないわ」

 

 いつ邪魔者として殺されるのかわかったものじゃないわ。と妙に実感のこもった声色で告げる。

 

「ちなみに御姉様が勉強をサボるようになった原因って知っているかしら?」

 

 問われて、首を傾げる。

 思えば、そういう話を袁術としたことがない。

 興味がない、といえば嘘になる。でも、興味がない、と答えることが私が私の日常を守るための処世術。それは意図的というよりも無意識で、あまり相手の深い事情に関わりたくないという自己保身が働いた結果だ。

「知りたくないの?」と半身に腰を捻りながら幼子を問いかける。

 頰に触れる小さくて柔らかい手の感触、じっと私の瞳を覗き込んでくる翡翠色の瞳、どうしてか目を背けることができなかった。

 それでも私は「興味がなかった」と答える。

 

「嘘ね」

 

 ふっと吐息を零す袁姫の笑みは妖艶だった。

 袁術と同じ顔で、袁術とはまるで違う仕草をする。

 それは新鮮で、少し薄気味悪い。怖かった。

 

「気になるなら御姉様に聞いてみると良いわよ。そうね、問い質すのは()()にすることをおすすめするわ」

「どうして?」

「だって貴方は御姉様のお気に入りじゃない」

 

 くすくすと肩を揺らしてみせる。何故、袁術に好かれることが問い質すことに繋がるのかわからない。

 

「どうするかは任せるわ。でも、私は汝南郡から離れることを勧めるわよ」

 

 もうあまり時間がないのよ、と零される。

「なんの時間?」と問いかけると「私にも監視が付いているのよ?」と鬱陶しそうに零した。

 貴方に会えるのはお目溢し、身代わりもお目溢し、と退屈そうに告げる。

 

「ちなみにこれは袁術の秘術、氣の扱いに長けることは不老長寿の証なのよ」

 

 言いながら奥付を見せると汝南袁家を示す押印があった。

 そこから書物のとある頁を開くと、男女の周りについて、図面付きで詳細に書き記されている。

 そのあまりの精密な絵と想像を遥かに超える濃密な内容に体の一部が固く反応した。

 

「あら、不能じゃなかったのね?」

 

 袁姫が嘲笑いながら下腹部を撫でる。

 無言で少女の手を払って、私は大きく深呼吸を繰り返して気を落ち着ける。

 袁術とよく似た彼女は、袁術とはまるで違っていた。

 

 その翌日、

 袁術が妙に気落ちした様子で書庫前に姿を現したが、事情を聴いても力なく笑うだけで答えてくれなかった。それだけで私は深く追求することをやめる。

 袁姫のことも今は聞くべき時ではなさそうだ。問い質すわけでもなく、解決しようともせず、まだ幼い少女に寄り添える場所を与える。問い質すことは袁術にとって、そして私にとっても大事なことだと本能的に理解していながらことなかれに身を委ねる。いずれ聞けばいい。そんなことを考えている内に、有耶無耶になって、忘れてしまうのが何時もの私だった。

 膝上に座る彼女の髪を櫛で梳かす、やっぱり彼女は石鹸の香りが強いと思った。

 少し過剰に思えるくらいに。

 

 

 




自分で書きながら他の人の作品を読んでると毎日投稿できてる人って本当におかしいと定期的に思います。
あとFE面白いですね。今は無双OROCHi3やってます。
みんなどうやってモチベを保ち続けているだろうか。
ガリィちゃん、面白くて三周目ですよ。

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