袁公路の死ぬ気で生存戦略   作:にゃあたいぷ。

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タグ:残酷な描写


第五話.

 ズキズキと痛む頭に目が醒める。

 周りを見渡せば、見覚えのない部屋。後ろ手に両手を縛られており、身動ぎが取り難かった。

 そういえば気絶する直前に後頭部を殴られたのだったか。ということは今、私は囚われているということになるが――部屋の中を観察すると妙に内装が整っているような感じがした。少なくとも自分が安い家賃で借りている屋敷ではなくて、もっと御偉いさんを案内する部屋のように高貴な感じがした。もっといえば高級娼館がこんな内装をしているのではないだろうか、行ったことないけど。体も床に野晒しにされている訳ではなくて、寝台の上に転がされていた。まるで見世物のように部屋の中心に置かれている。そして、それは丸い形をしていた。

 鼻腔に吸い込まれる甘ったるい香の臭いに頭がくらくらとする。心なしか体が熱い、胸の動悸が強い。ここは何処なのか、今、自分はどのような状況にあるのか。また此処から抜け出す術はないか。懸命に頭を働かせる。そして意識がはっきりとし始めた頃合いで漸く、私は部屋の端で私を囲うように椅子に座る七人の存在に気付いた。私の知らない人間ばかり――いや、その内の一人は私の知っている人物だった。

 袁術。いや、彼女は袁姫の方か。哀れむような目で私のことを見つめている。

 

「ようやく起きたか、あと数分起きるのが遅ければ寝ている内に始めるところだったぞよ」

 

 袁術や袁姫よりも幼い見た目の少女が、ふわぁ、と大きく口を開いた。

 始めるとは何のことだろうか。ゆったりと体を起こそうとすれば、いつもよりも妙に布擦れの音が多いことに気付いた。そして今、私が着ている衣服が女性用のものであることを知った。とりあえず寝台の上に座る、後ろ手に縛られているせいで少し胸を張る格好になった。また別の女性、ああ彼女も何度か見たことがある。確か袁家の使用人だ。少女は嬲るように私の体を見つめると、これは上物ですね、と唇を舐める。

 これはどういう状況なのだろうか。困惑していると後ろから誰かが覆い被さってきた。手を縛られた状態では抵抗することもできず、枕に顔を押し付けられる。私よりも大きくて屈強で肉体、たぶん女性だ。明らかに鍛えられた力で全身を抱き締められる。力強くて少し痛い。私が伸びた黒髪に顔を埋めるように体を密着させられる、頸に荒くて熱い息が吹き掛かる。思いっきり臭いを掲げれていることも察せられる。ぞくりと悍ましさに全身が震えた。気持ち悪い。枕に顔を押し付けられたまま、恐る恐る後ろを覗き見ると、やはり知らぬ顔だった。女性ということはわかった。頰は朱に染まっており、欲望の赴くまま、貪られるように大きく深呼吸をされる。私のことなんか御構いなしで、明らかに発情されていることが分かった。体を擦り付けるように身を捩り、背中には大きな胸の感触、そして臀部には――女性にとってはないはずの遺物が押し付けられている。腰を振り、布越しに擦り付けられている。私の体を使って、欲望を発散しようとしていることが分かった。全身で発情しきっている、私も男だからその気持ちはわからないでもない。しかし見知らぬ誰かに性的対象として見られることがここまでおぞましいことだとは思いもしなかった。

 生理的に受け付けない、体全身で拒絶する。気持ち悪くて仕方なかった。

 

「何が起きているのか分からない、といった様子だのお。まあ実際、理解できるような状況ではあるまいて」

 

 下半身に手を入れられて、ごそごそと下着を剥ぎ取られる。

 寒気に晒される。前のめりでお尻を突き出したような姿勢、後ろから見た光景を想像して恥ずかしくって、それ以上に情けなくて泣き出したくなる。首筋にねっとりとした冷たいなにかが這った。唾液を塗すように、執拗に舐め上げられる。ぞぞっと怖気に全身が粟立った。舌全体を使って味見をされているようだった。気持ち悪くて声が出ない。呼吸が震えている、ひっという悲鳴のような情けない声だけが溢れる。頰を舐められる。口の端に舌先が微かに触れて、僅かな唾液が口の中に入り込んだ。吐き出したくて、でも怖くて、飲み込むこともできなくて、ギュッと目を瞑りながら下唇を噛んだ。汚されている、穢されている。背中に乗っかるように抱き締められている。後ろの悍ましい誰か、肌が触れ合うだけで皮膚が爛れてしまいそうだった。心の底から気持ちが悪い、もうやめて欲しい。私がなにをしたというのか。助けて、と胸の内で叫んだ。声に出ない悲鳴に誰も応えてくれない、枕の中に顔を埋めて涙で濡らす。

 どす黒い泥の中に沈み込む最中、心を照らすのは文醜の笑顔だった。

 汚れていく体、心が蝕まれる感覚に、つい思わず、ごめんなさい、と声が溢れる。

 

「妾の可愛らしい愛娘の美羽……つまり術がの、お前なら良いって言うのよ。でものぉ、袁家の房中術ってのは所謂、秘術と呼ばれるものよ。部外者にそう易々と教える訳にもいかないぞえ」

 

 耳に舌が差し込まれた。くちゅくちゅと這いずるように奥の奥まで侵食せんと舐められる。

 脳髄に音が反響する、犯されている音がした。俯せに押し付けられた姿勢では身を捩るだけでは逃れられない、首を振ろうにも枕に顔を押し付けられているせいで逃げ切れない。臀部に押し付けられる勃起物が、びくんと上下に跳ねるのが吐きそうなほどに気持ち悪い。発情されている、気色悪い。生理的に嫌悪する。小刻みに腰を前後に動かされるのが、もう耐え切れないほどに悍ましい。頰を涙が伝う、情けなさに嗚咽が漏れる。可愛い、と耳元で囁かれて、より一層に嫌悪感が増した。髪を手に取って、綺麗だと言われた。触らないで欲しかった。お前の為に伸ばしたままにしていたんじゃない。これ以上、穢さないで欲しかった。私の何処にも触れて欲しくない、同じ部屋で呼吸すらもして欲しくない。目が腐る、肺が腐る。肌が爛れる。耳を噛まれる、首筋を舐められる。息を吹きかけられる。まるで獣に犯されている気分だ、実際、そこら辺の犬に犯されているのと大差がない。

 どうしてこんな目に合わなくてはならないのか。私はなにも悪いことをしていなかったはずだ。

 

「なにもしていなかったからですよ」

 

 不意に袁姫が感情を伴わない素っ気ない声で告げる。

 それに合わせて、にんまりとした笑みを深めたのは袁姫よりも幼い少女だった。

 

「其方のことは調べさせて貰ったんだがの、今の御時世には珍しく品行方正という言葉が良く似合う潔癖な御方で困ったぞよ。ちょいとおいたをしていれば、妾とてこのようなことする必要はなかったんじゃが……賄賂の一つも受け取らない、渡さない。ついでにいえば富と名誉にも興味がなく、女子の誘惑にも靡こうとはしなかった――つまりじゃ、其方を脅せる要素がなにも出てこなかったんじゃよ。其方のような人物を聖人君子と呼ぶのだろうな、それほどまでに其方には後ろめたいことが何一つない。愛娘の練習相手としては合格点をくれてやるぞ」

 

 ま、だから弱みを作ってやることにしたんじゃ。と目の前の女は軽い調子で肩を竦めてみせる。

 

「其方には好きな相手がおるようじゃの? なんでも同棲するような仲で、この前は結婚する約束もしたんだとか、違うとか? 其方の想い人には違いない、それも両想いという話ぞよ」

 

 さて、と幼子が口元を言葉を区切り、改めて私のことを見据える。

 

「今から其方を陵辱するのだが……ああ、これは決定事項じゃぞ? これから朝になるまで屋敷の者全員で其方を陵辱する。すると当然、其方はそれを愛する者には知られたくないはずじゃ」

 

 お尻を捲り上げられる、全員の視線が私の下半身に集まるのが分かった。

 目の前の女は口を弧にして告げる、これは取引じゃよ、と。厚顔無恥に、どの口が言うのかと怒りが湧くか、お尻を撫でられる感覚に、嫌悪感以外の全ての気持ちが萎えきった。背中の重みがなくなったかと思えば、がっしりと両手で尻を掴まれて、熱い吐息を吹きかけられる。それから頬擦りまでされた。気持ち悪い、悍ましい。気色悪い。それ以外の感情が消え失せた。

 布越しでも感じられる勃起物の熱を擦り付けられたら、もう反抗心なんて欠片もなく失われていた。

 

「これは口止め料じゃ。想い人に其方の知られたくない過去を黙ってやる代わりに、其方はこれから知る秘術にまつわる全てを誰にも話さない」

 

 布擦れの音と共に、何かが床に落ちる音がした。

 後ろを見れない、見たくもない。恐怖に体が震える。周りを見渡すと誰もが好奇に満ちた目で私のことを見つめている。「ああ、袁家一門、屋敷仕える者は皆、同じことを経験しておるからの」と幼い少女に告げられた。ここに居るものにとって、これは当たり前の光景、という事だろうか――意識が眩む中で、ただ一人、この場における例外者に気付いた。袁姫の瞳には同情と嫌悪があった。縋る想いで、助けて、と口に出そうとした時、強い力で腰を掴まれた。もう耳元に誰かの顔はないはずなのに、荒い息が聞こえてくる。腰を掴む手は、指が肉に食い込むほどに強い力で捕まえている。

 当てがわれる。何処に、何が、とは考えたくもない。

 もう駄目なのだろうか。意思が折れようとした時、脳裏に文醜の顔が思い浮かんだ。あたいのものになってよ、と耳元で囁かれた声が妙に鮮明に思い返された。宴会で絡まれて、酔い潰れた彼女を介抱した日から昨日に至るまでの毎日が脳裏を過ぎ去っていった。

 あの時、後先なんて考えずに彼女について行っていれば――私のものにしてやる、と背中越しに情欲で歪んだ声に告げられる。

 もう嫌だ、もう止めて欲しい。好きでもないのに好きだとか、愛してもないのに愛してるだとか、可愛いとか綺麗とか、そんなことを口にしないで欲しかった。記憶まで侵さないで欲しかった、私と文醜の想い出を汚さないで欲しかった。悍ましい、気色悪い。そんな相手に私は今から侵されようとしている。その事実に大粒の涙が目からあふれ出した。

 悔しくて、情けなくて、どうしようもないから、もう泣くことしかできなかった。

 

「待ってください」

 

 袁術とよく似た声が部屋に響き渡る。

 助けてくれるのだろうか、袁姫のことを見つめると彼女は懐から小瓶を取り出した。

 いつぞや見たことがある、蜂蜜が入った小瓶だ。

 

「紀霊さん、彼は初めてなんですよ? 力任せに犯してしまっては簡単に壊れてしまいます」

 

 袁姫はゆったりと腰を上げる、小瓶の蓋を開ける。甘い香りがした。どうやら中身は本当に蜂蜜のようだった。

 自身よりもひと回り、体の小さな幼子に向き直ると袁姫は深々と頭を下げる。

 

「御母様、私に手を加えることをお許しください」

 

 御母様と呼ばれた女性は、構わんぞよ、と興味深げに袁姫を見つめ返す。

 許可を得た袁姫は私の方へと歩み寄ると、どいてください、と私の腰を掴んだ女性に告げる。あんまり待てないよ、と拗ねるような声と共に腰から手が離される。私が安堵の息を零すのも束の間、貴方もじっくりと楽しみたいでしょう? という言葉と共に粘性の強い液体が私の体に垂らされた。

 この絶望的な状況で思い浮かべるのは文醜の笑顔だった。

 助けに来るはずがない、と分かっていながら、助けて、と声が漏れる。

 

「蜂蜜には強い殺菌作用があるので炎症や擦り傷に効果のある薬として使われることが多いのですよ。また粘性が高いので潤滑液としての効果も高い。それに今回、特別に用意したのは不思議な蜂蜜でして、男性が摂取すると肉体を強制的に興奮状態にするものでもあります」

 

 淡々と告げる袁姫の瞳には憐れみの色しかなかった。

 私にできるのはこれだけ、せめて快楽に身を委ねてください。と蜂蜜を中まで塗り込んだ。

 そこから先のことはよく覚えていない、うまく思い出せない。喉が潰れる程に叫んでいた。痛くて苦しくて、痛いとか苦しいとかよく分からなくなって、熱くて、体が内側から熱くなって、悲鳴が悲鳴じゃなくなって、自分が出したとは思えないような声を上げていた。布団には赤い花が散るように血の染みが残り、それとは別の悪臭が染み込んだ。黒い髪には別の色が付着する。綺麗とか、可愛いとか、好きとか、愛しているとか、延々と聞かされ続けていた。そう言えと強要された。嫌々ながら口にすると、とても優しく愛されたから苦痛から逃れるように心にも思ってないことを口にした。愛して欲しい、と口にすると、とても優しくされたから何度も口にした。心が削れる。感情が消え失せる。気持ち悪い、と悪態を吐き捨てていた心が、媚びるように相手の情を求めていた。抵抗していた心が溶かされる。ただ自分の身を守る為に、そう思い込むことだけが私に許された抵抗だった。嫌悪感で吐いていた体が苦痛を感じなくなった時、別の認めたくない感覚が体と脳を支配して、それに気づいた時、もう戻れないんだと悟った。穢された、汚された。もう何も感じたくない。でも、私が反応をしないと容赦なく攻め立てられるから感じざる得なかった。夜が過ぎて、朝が来て、まだ終わらず、入れ替えに人が入って、昼が過ぎて、また夜が訪れる。何度、愛してる、と言われたか。何度、愛している、と言っただろうか。どれだけの人と契りを交わしたのか。もうわからない、わかるはずもない。わかりたくもない。気絶する度に起こされて、そしてまた気絶する。時間感覚がなくなって、誰もいなくなった部屋で私は一人、寝台の上に転がされていた。今もまだ、愛してる、大好き、という甘ったるい声が延々と反響している。そこに文醜の声はなかった。どんな声をしていたのか、よく思い出せない。

 このまま死んでしまいたかった。死んでしまってもいいと思った。だから私は身動ぎひとつ取らず、心臓が止まるまで、このままでいようと思った。それに体を動かしたくとも動かせない、そんな気力はもう根こそぎ失われてしまった。何故、呼吸をしているのかわからない。何故、心臓が動き続けているのかわからない。表情一つ動かせないまま、涙だけが止めどなく流れ続ける。

 全身の感覚がほとんど失われる中、小指の感覚だけは僅かに残っていた。

 もう約束は果たせない。

 どうして自分がまだ生きているのか、ただただ不思議だった。

 

 

 


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