袁公路の死ぬ気で生存戦略   作:にゃあたいぷ。

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第八話.

 私には監視が付けられている。

 屋敷の外を出歩く時は必ずと言っても良いほどに袁家の人間が私の護衛に付いた。

 街中を歩く時は名家の御令嬢が忍ぶような格好をして、化粧も濃いめに施される。口紅を付けた後に「んーぱっ」と上下の唇を軽く合わせるように紅を馴染ませる行為に慣れ始めているのはちょっと複雑だった。街中を歩く時の護衛は誰と決まっている訳ではなく、この日は偶然にも橋蕤が付いてきてくれた。なんでも私の護衛、もとい監視には人気あるのだとか。みんな私の尻を狙っているようで、袁家の屋敷には男はいないし、可愛い男で尻を使わせてくれるのは貴重なのだとか。なにそれ、怖い。

 橋蕤による徹底的な指導のおかげで女装をするのに慣れて、女性らしい仕草も無意識にできるようになってしまった。

 溜息交じりに街中を歩き回る。

 

 美羽様を袁家の魔の手から守る為に橋蕤と袁姫の二人と結束したが、その成果は芳しくない。

 私達は同じ目的の為に行動しているが、どう行動すべきか明確な指標もなければ、なにか良い案や策も思い浮かばないといった現状だ。ただでさえ貴重な時間を有効に使う手立ても見出せず、かといって無為な時間を過ごす訳にもいかない。完全に手探りの状態であり、それでいて監視が付いているので迂闊に動き回ることもできなかった。情報収集だって深入りした質問をできなければ、そもそも何についての情報を集めれば良いのかわからない現状だ。結果、当たり障りのない会話から噂話などを耳にする他にない。「侍女長、ちょっと忍んでくれませんか?」と冗談交じりで橋蕤に問いかけると「万能人間のことを侍女や執事と呼ぶのはやめましょう」と割と殺意を込めた目で睨み返された。過去に何かあったのだろうか、触れないでおこう。

 さて、外出した時、それとなく青髪の少女を目で追いかけるようにしている。

 それは、とある少女を探している為だ。私達が結束した時、七乃、と美羽様が口にした少女の真名。あやつは必ず妾達の力になる、と美羽様が断じる程に信頼を寄せる誰か。しかし探すに当たって肝心の外見情報は「短い青髪に飄々とした態度を取り続ける少女」といったものであり、流石にこれでは探そうにも探すことができない。明確に個人と特定できる情報は、七乃という真名のみ。しかし真名である為、易々と口にすることもできず、七乃という名の少女の捜索は後回しにされていた。

 尤も後回しにするほどの役目もないので、こうやって街中に出た時は青髪の少女を目で追いかけている。

 青髪の少年なら何度か見かけているが、青髪の少女、それも短髪となるとなかなか見かけない。

 

「そういえば、楊宏、貴方って街中に屋敷を貰っていましたよね?」

 

 美羽様の為に土産を探しながら表通りを歩いていると橋蕤が話しかけてくる。

 今の私は名家の御身分だ。その為、名家としての体裁を保つ為に屋敷を持つ必要があり、袁家の全額負担で汝南郡に小さな屋敷を与えられている。ただこれには問題があった。屋敷を与えられたことに問題はなく、与えられた屋敷にも問題がある訳ではない。

 問題があるのは、私自身だ。

 

「ほとんど使ってないから埃塗れになってるよ」

 

 前に借りていた屋敷よりも、ひと回り、ふた回りも大きな屋敷は独り身の私には持て余した。

 それは使わない部屋がある、といった程度の問題ではなくて、屋敷を空けている時間が多過ぎて寝室一つすらも管理し切れない。週に一度、屋敷に戻れることがあるかないかといった頻度であり、寝室以外の部屋は埃に溜まり続けている。かといって掃除をしようにも屋敷が広すぎるので、休日一つをまるっと潰してしまうことになるので手が付けられない。

 このままではいけない。とは思っており、せめて屋敷の状態を維持させる為に誰かに住まわせることを考えている。

 幸いにも今の私は、書庫の管理をしていた時よりも金を持っていおり、人ひとり養う程度の余裕があった。ただまあ使用人を応募するにしても面接をする時間が取れないので、結局、屋敷は埃まみれで荒れ放題のまま放置している。

 誰か都合良い人はいませんか、と橋蕤に問いかけると彼女は首を横に振った。

 

 美羽様のお土産用に蜂蜜を瓶ひとつ購入する、蜂蜜水は美羽様のお気に入りだ。

 

 烏が鳴いた夕暮れ時。

 今日も収穫がなかった。と私と橋蕤は徒労感に苛まれながら袁家の屋敷を目指す。

 その時、ふらりと路地裏に逸れる。これは屋敷までの最短経路を通ってのことで寄り道をしている訳ではない。元は役人とはいえ木っ端役人、散財できるほどの家計に余裕のなかった私はよく低所得向けの市場や商店街に足を運んでいた。その為か裏道には結構、詳しかったりする。

 この路地裏は猫がよく集会を開催している場所ではあるが、人慣れしており、こちらから手を出さなければ危害を加えてくることはない。時折、差し入れを持っていくこともあったので、どちらかといえば懐いている。見た目の性別が変わっても猫達は私を私だと見抜いてくれているようで足元まで歩み寄ってきた。そして困ったように「なあ〜」と鳴いて、私達を先導するように猫集会の場所へと歩き出す。

 どうせ通り道だったので私達も猫の後に続いた。

 

「……行き倒れ?」

 

 集会場、路地裏にしては少し開けただけの場所で少女が俯せに倒れていた。

 猫達は少女の体の上に乗っかり、頭を肉球で叩き、添い寝してみたり、と好き放題に弄んでいる。

 見た感じでは行き倒れているように見える。しかし、倒れる彼女の指先には「食い倒れ」と地面に書かれており、なんかもう放っておいてもいいんじゃないかな、と思ったり思わなかったり――橋蕤はといえば十数匹にも及ぶ猫達に困惑しており、「これ以上増える前に間引かなきゃ……」と末恐ろしいことを呟いていた。ちなみに彼女に近付く猫はいない、遠巻きに威嚇している猫がいるくらいだ。

 触らぬ神に祟りなし、と私が歩を進めようとしたらガシリと足を掴まれた。振り払おうとしたが、非力な癖にしぶとくて振り払えない。

 

「……むう、いけませんよ、お兄さん。可愛い女の子が倒れているのだから介抱してくれないと」

 

 見た目、美羽様ほどの年齢の少女がむくりと体を起こした。

 体の上に乗っていた猫はピョンと軽やかに飛び降り、少女はパンパンと衣服についた砂埃を払ってから頭の上に独特な感性の人形を乗っける。金色の波がかった髪が風に揺れる。懐から棒付きの飴を取り出すと「これが最後の一本……」と惜しむように呟きながら口に咥えた。

 なんというか、不思議な雰囲気(迂遠表現)を持つ少女だった。

 

「いたいけな少女を捕まえておいて、酷い御方ですねー」

「どちらかというと捕まえられた方だと思うのだけど?」

「据え膳食わぬは男の……おや?」

 

 むむむ、と少女は眉間に皺を寄せながら顔を近付けて、すんと鼻を鳴らした。そして、やっぱり顔を顰める。

 

「……その衣装は趣味でしょうか?」

「御主君からの命令で他に衣服がないのです」

「これはとんだ色物が罠に引っかかってしまったようですねー」

 

 目を閉じて、くわばらくわばら、と少女はなにかを唱え始める。

 他人のことを言えた義理ではないと思うんだけどなあ、と彼女が頭に乗っけた人形を見つめる。

 すると人形は、くねり、と気恥ずかしそうに体を動かした。

 

「そんなに見つめられると照れるぜ」

 

 低い声色、飴を咥えたまま少女は「その子は宝譿と言います」と、どや顔を決める。

 確か、口をほとんど動かさずに喋る技術を腹話術と云うのだったか。

 どや顔を決める彼女には申し訳ないが、その人形が動く原理の方が気になって仕方ない。

 

「それでどうしてこんなところで倒れていたのでしょう?」

 

 隣に控えていた橋蕤が問いかけると「人を待っていました」と少女は飴を舐めながら答える。

 

「待ち人?」

「待ち人といえば待ち人ですねー」

「こんなところで?」

「此処にいたのは、なんとなく懐かしかったからですかねー」

「あ、そう。それじゃあ本当に行き倒れていたわけではないのですね」

 

 少し安心するように表情を緩める橋蕤に「いえいえ、行き倒れなのは本当ですよ」と少女は語り始める。

 

「旅の路銀を使い果たしてしまったのですよ。それで行く当てもなく、何処かに身を寄せられる場所を探して彷徨っていましたー」

「でも人を待っている、って貴方、さっき言っていたでしょう?」

「ええ、言いました。そして待ち人は見つかりましたー」

 

 そう言いながら少女は私の方へと振り返る。

 

「えっと、お兄さん? ……お姉さん?」

「今はお姉さんで」

「それではお姉さん、(ふう)を養ってください」

 

 不思議な雰囲気を持つ(ちょっと頭がおかしい感じの)少女は不思議な(頭がおかしい)ことを言い出した。

 

「姓は程、名は立。字は仲徳と申します。以後、お見知りおきをー」

 

 程立と名乗る少女は、まるでもう養われることが決まったかのように頭を下げる。

 

「いや、養うって決めてないから」

「むう、厄介ですね」

 

 頰を膨らませる少女を前に「楊宏、都合が良いのでは?」と橋蕤が横から割って入る。

 

「屋敷の管理を任せられる人を探していたのでしょう?」

「いやぁ、それは……」

 

 ちらりと程立の容姿を盗み見る。

 美羽様と大して変わらぬ外見、氣の扱い方次第で老化を防ぐことはできるが――氣の扱いには特別な訓練が必要になり、その訓練方法は秘術とされていることが多い。時折、生まれ持った時から氣の扱いに長けている者もいるが、そんな存在は一万人用意して一人いるかどうかの話だ。旅先で生き倒れる人間が名家とは思えないし、そのひ弱そうな見た目から天賦の才を授かっているようにも見えない。

 つまるところ彼女は見た目通りの年齢だと判断できる。

 

「えーっと、屋敷の管理とは何処までの範囲でしょうか?」

「家の状態を維持してくれるだけで構いませんよ。誰か住んでいないと屋敷なんて、すぐ駄目になっちゃいますので」

「ああ、それなら、むしろこちらからお願いしたいですねー」

 

 程立は私の方を振り向くと改めて「これからよろしくお願いしますねー」とまるで話がまとまったように頭を下げた。

 こちらこそよろしくしてあげてね、と私の代わりに橋蕤が答える。

 困っていたのは本当なので構わないんだけど――これで私の屋敷問題はひとまず解決する。

 こんな感じで何処かに智慧者のひとりでも転がっていたら楽なのになあ。

 

 これは蛇足になるのだが、

 どうして私を頼ることに決めたのか、程立に問いかけた。私が悪人だったらどうする、とか叱るような感じで。

 その質問に程立は飄々とした態度で、以下のような答えを返す。

 

「最初に私を無視しようとしたからですね。もし仮に私のことをどうこうしたい人間だったら形だけでも見捨てようとはしませんでしたし、かといって悪い人間なら猫に懐かれることもありません。猫を見捨てられない人柄で押せばいけそうな気がしたので駄目元で押してみましたー」

 

 ひとり旅をしてきたと言うだけあって、少女は意外と強かだった。

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