ランサー、エルキドゥを召喚してから二週間と少し。デスタグールの死骸の取り分けや、旅に出る準備、そして、ロニーに実際にラボンでの生活を体験をさせていた。そしてその二週間で、やれるべきことは全て終わらせた。その準備期間の間で、ロニーから帝都の状況を教えてもらい、数少ない良心派の文官の詳細をまとめていた。自分が政権を掌握した時に使える人材を、ノータイムで使うためである。クルスとしては、ロニーには右腕として補佐してもらいたいところだが、
「流石に、襲撃された後に戻ってほしいってのは酷かなぁ…」
無理強いが出来ない以上、これ以上の勧誘は効果的でないと判断してか、その手の話はしないようにしていた。全ての準備を終わらせて、それを伝えるため、彼は秘薬調合を行っている師匠の下に向かった。彼女は、基本的に薬品室で寝ているか仕事をしている。彼女自身、広い部屋よりも慣れた匂いのある狭い場所の方が落ち着くらしい。クルスはその部屋のドアをノックする。間もなく「いいぞ」と部屋から聞こえたためドアを開ける。そこには、調合台の前で本を読んでいるリリスがいた。クルスは、読書中の師匠に口を開いた。
「師匠、俺が魔術を教えてもらう時にした約束を覚えているでしょうか。」
クルスの言葉に、読書をしている手を止めて、本を台の上に置いた。そして自分の弟子の方を見ながら答えた。
「英霊召喚を立ち会うこと、前世の記憶について話す事。確か、この二つだったか?」
「はい、その通りです。」
クルスが魔術を教えてもらう時に行った約束。その二つは、英霊召喚の成功によってすべて完遂してしまった。リリスから見れば、約束を完遂した以上は弟子を引き留める権利はないと考えている。しかし、ここでためらっているのはクルスの方である。明日の命も分からぬ身を拾ってもらった挙句、魔術を会得したいというわがままにも応えてもらった。リリスにとってはなんのこともない事であるが、クルスにとっては、すぐに出ていくのを躊躇うに足る要因になっている。月の一族、廃嫡皇子と特殊な肩書を持っているが、彼の中身は所詮日本の二流大学で社会学を学んでいただけの青年である。そして、本来殺伐とした世界とは無縁の、平和ボケをした日本人の一人に過ぎない。そんな彼だからこそ、すぐに別れを告げることを躊躇う。彼からしてみれば、師匠である彼女に何も返せていない。親孝行ができていないうちに出ていくことに負い目を感じているのだ。しかし、時間は待ってくれない。こう迷っている間にも、物語は進行している可能性がある。この世界で生れ落ちた以上、行動を起こさなければいけない。放っておけば良いものを、見捨てることが出来ない彼は、傀儡に堕ちた弟を諦めることが出来ない。今や、前世の記憶は思い出せど、前世の名も忘れてしまったが、前世でどう死んだかははっきり覚えている。なんてことは無い。ただ車に轢かれそうになっていた少女を助けようとして、自分が轢かれた。今となっては助けた少女の顔も思い出せない。きっとグロテスクな死に方をした自分を見て、今頃トラウマになっているだろうが、彼には後悔はなかった。しかし、どういうわけか転生してしまった。
そんな自分にとっては、リリスは親と同じくらい敬愛すべき存在である。
クルスは、そう思い口を開いた。
「明日、帝都に向かいます。自分のために。」
師匠は、クルスの言葉を聞いて、少し息を吐いてから質問をした。
「そうか、行ってどうする。自分が皇帝にでもなるのか?」
弟子は、師の言葉にすぐさま返す
「いいえ、俺は既に廃嫡された身。皇位を継承する権限がないでしょう」
「ならばどうする。お前は、どうやって帝国を変える。どうやって弟を助ける。」
重なられる質問に対して、クルスは試されていると感じた。自身の覚悟を図るためにやっていると。そう理解した上で、彼は答える。
「まず、国を腐らせている者を排除する。そして、政体そのものを根本から変える。」
「どう変える?」
「帝政を終わらせる。国の決定権を国民に委ねる。」
「民主主義か。」
「はい、中央集権化を排して、選挙による民主主義国家として作り変える。共和制か、立憲君主制かは変えてみないとわかりませんが。いずれにしろ、これで権力を持っていた弟が力を失い、皇帝の名を悪用する旨みを完全に無くす。」
「だが、権力も戦力も無いお前がどう立ち回る?」
「……」
師匠の質問にクルスは黙る。そして少し考えてから口を開いた。
「文官として潜り込む。良識派の文官に交渉をして内部から浸食をする。それでだめなら、隠居している彼を擁して入る。第3勢力を作り出して実力差を分割させる手もある。そして、最終手段は革命軍と結託して帝国そのものを潰す。最終手段を使わないことを祈っています。」
クルスがそう答えると、リリスは椅子に座って台に乗せていた本を差し出した。クルスは彼女に近づく。
「でたらめだが…無策ではないようだな。無策だったらデスタグールの巣にでも放り込んでいた。」
「うおう、マジかよ…サラッと命がけじゃないですか…。で、これは?…帝都の図面?」
「餞別だ。今の帝都は、約500年前に完成されたものと言われている。そしてこれは、30年前に掘り出した帝都の全体図面だ。流石に表層は変わっているだろうが、革命軍が魔改造していない限りは地下の坑道や水道はそのままのはずだ。」
それを聞いて、弟子は師匠からその本を受け取る。
「あの、師しょ…」
「帰ってくるなよ。」
「はい?」
首を傾げる弟子に、師匠が言葉をかけた
「やるべきことを、やりきるまでは帰ってくるな。ここに帰ることがあれば、成功の土産話を持ってくることが条件だ。あと、お前の遺体の受け取り手にはならないからな。もし屍で来たらそのまま山に捨ててやる。」
リリスはそう言って、自らの弟子に笑いかけた。
そして夜が明け、陽は昇る。そしてクルスが旅立つ日が来た。
「装備と食糧は?」
「帝都に着くまでのは。」
「じゃあそっちは…」
クルスは、リリスと一緒に最後の確認を行っている。それをロニーは遠巻きで眺めていた。
「やっぱり行くんだな…その先はロクでもないのに。」
彼はそう言いながら、少量のぶどう酒をあおっていた。クルスに一緒に戦ってほしいと頼まれてから、一切勧誘の話をしない。良識派の文官の情報を求められたが、それ以降は何かを求めることはしなかった。これは、クルスの気遣いであることはロニーはすぐに感づいた。彼の気遣いで、ロニー自身は後悔にさいなまれていく。若者が全てを変えようと挑みに行くのに、自分は逃げたままなのか、と。そんな彼の隣に、長髪の青年が近づく。
「ランサー君か。笑いたければ笑えばいいさ」
「笑う?まさか、一般的な反応だし恥ずべき事じゃないって、マスターが言っていたよ。」
自嘲気味に後ろにいる青年、ランサーに言う。しかし、彼は笑わずに返してからロニーの隣に座った。そして、視線の先にある自分のマスターを観ながら、
「むしろ、僕のマスターの方が無謀だよ。僕がいたとしても、茨の道であることには変わらないのに。」
と、言った。ロニーはそれにため息をつきながら返す。
「全くだ…もう、帝国は終わるというのに。何であそこまで必死になれる?皇位が無いなら関わらなくても誰も彼を咎めないのに…」
「そりゃあ、ちがうな。間違っているぞ。」
ロニーの言葉は、いつの間にか目の前まで近づいたクルスによって遮られる。
「俺が一番嫌なのは、何かをすることが出来る力を持っているのに、それをやらずに後悔することだ。弟を無視できないこともあるが、それ以上に、そんなタイプの後悔を二度としたくない。だから無茶でも進むし、そのためにランサーを召喚した。まさか、天の鎖が来るとは思わなかったが。」
クルスは笑顔で、そう言った。そしてランサーの方を向いて続けた。
「支度が出来た。ランサー、霊体化と実体化、どっちが好みだ?」
「どっちでも変わらないよ。マスターの好きな方にする。」
「じゃあ、有事以外は霊体化で頼む。なるべく目立たずに移動したい」
「了解した。」
ランサーがそう言うと、霊体化して消えた。そんなランサーを見た後に、ロニーの方に向き直った。ロニーは、クルスを見ながら聞いた、
「今の君でどうできる?犬死の可能性が高いぞ」
「だろうな。それは真正面からやった場合だ。オネストを失脚させれば不可能ではない」
「その策はあるのか?言っておくが、奴の外堀を埋めようものなら容赦なく暗殺者を送り込むぞ。」
「まじで?」
「だろうと思った!」
クルスの意見を聞いて、大きくため息をついて言い放った。
「いいか?今の帝都はもう、正論や証拠が勝てる場所ではない!君がいくら強力なスキャンダルを握ったとしても、それを握りつぶせるのが今のオネストだ。そんな奴を相手に一人で挑むのは自殺行為だ。」
「とはいえ、帝都に着かない限りでは策の練りようがないだろ。それよりももっとひどいことになっているだろうし。で?ロニー、お前は俺に行ってほしくないのか?」
そう聞き返すクルスに、ロニーは自嘲的に笑いながら返す。
「言っても聞かないだろ、君は。」
「そうだな。手段ならいくらでもあるし。」
「だよな…ならば、私も行こう。」
「…マジ?」
クルスにとっては思いもよらない言葉に耳を疑う。ロニーはそれを無視して続ける。
「戦闘力は無いにしろ、私なら良識派の人間に顔が利く。役人時代に使っていた隠れ家も使えるだろうしな…。大体、君が帝都に着いたところでどうやって協力者を増やすんだ?監視の多い帝都内でドアをノックして入れてもらうか?」
「おう…返す言葉もねぇ…」
「交渉や口利きくらいしか役に立てない。しかし、私も命がけで付いて行くんだ。私にも君と同じような使い魔を使わせる。これが俺の譲歩だ。」
ロニーはそう言い切ると、右手を出してきた。クルスはそれを見てから、右手で握手をした。
「オーケー。それでいいよ。改めてよろしく」
クルスは、そう笑顔で言った。
クルスとロニーの会話が終わり、いよいよ出発の時となった。荷物を詰めたリュックを背負って、クルスはリリスの方に向く。
「では、いってきます」
「お土産は高級茶葉をお願いするよ」
「国難中の国に贅沢品をたからないでくださいよ。」
「冗談。気をつけろよ。」
そう会話をかわして、クルスとロニーは帝都の方に向かって歩き出した。
旅が始まってから三日。二人は、ようやくラボンと帝国の境界まで来た。寒冷地から抜け出した先は、鬱蒼とした広葉樹林。右も左も分からなくなりそうになりながらも、二人は、魔術によるナビに従って進んでいた。ロニーはそのナビを見ながら、クルスに聞いた。
「魔術を使えばすぐに帝都に行けたので…」
「サーヴァント抱えた状態で超距離航行しろって?ガス欠でぶった倒れるわ。」
ナビを見ながらクルスは、ロニーの質問に答える。そして逆に、ロニーに聞き返す。
「そういえば、サーヴァントを護衛にするって言ったけど、適正あるの?」
「リリスさんに診てもらったんだが、魔術適正は無いけど魔力量は二倍くらいだって。」
「なるほど…まあ、知ってなかったらそんな要求しないもんなー…お、そろそろかな?」
ナビに従って動いているクルス達は、ナビの挙動の変化を見て先を急ぐ。進むごとに鬱蒼とした森林は開けていき、ナビが消えた時には、大きな街道に出た。二人は人が行き交う街道を見て、クルスは初めて見る光景に、ロニーは、今まで味わった疲れを思い出して涙ぐんだ。
「ロニー…」
「あぁ…ここまでくれば…」
この帝都に続く街道を進めば、考えなくてもたどり着く。二人は、隠しきれない感動を飲み込みながら、静かに拳を突き合わせながら、その街道を、帝都の方面に向かって歩き始めた。
ラボン編-完-
次回予告
厳しい旅の果てにようやく帝都にたどり着いた二人。初めての首都に興奮をするクルスであったが、帝都を取り巻く闇を垣間見る。これまで考えてきた策が通じないと思わせる程に腐りきった帝国を目の当たりにして進路変更を余儀なくされる一行。そんな中で彼らに手を差し伸べたのは、アリアと名乗る少女だった
次回『帝都にて』