ボウロロープ侯の娘   作:neocy

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書きたいこと詰め過ぎたら長くなり過ぎた……。

今回はみんな待望のあの二人が登場!


クロエ奔走録②

王都某所

 

そこは日の当たる世界に住むものは知らない場所。

否、知るべきでない場所である。

何故ならそこは「八本指」が居座っているからである。

 

 

「さて、緊急の会合に集まってもらい感謝したいところなんだが、敢えて言わせてくれ……どうしてこうなった?」

 

その日、八本指の首脳陣は誰しもが同じ事を考えていた。

『どうしてこのタイミングで王国が乗り出してきたのか?』

 

ちょうど前日は定例会が行われる日であった為、各部門の代表や幹部は皆王都入りしていた。

そしてそれを待っていたかの様に発せられた王令、つまり『王都頂上作戦』の開始により彼らは足止めを食らってしまったのだ。

 

「あの忌々しい小娘めぇ……ボウロロープの青二才めぇ」

ある者はひたすらに計画の発案者(クロエ)を罵った。

 

「このタイミングで王都全域に移動制限をかけるとは……」

「それとなく王都外に出る通路を探させたが、そこらかしこに兵が張り付いておる」

ある者はこの窮地を抜け出す術を探った。

 

「表の茶番が落ち着くまで籠城するのはどうか?幸い非常時の食料も蓄えてある」

「帝国の『麻薬王』パスコバルは籠城してた所をやられたって言うじゃねーか。あまり縁起はよくねぇぜ」

ある者は嵐が過ぎ去るまで耐え忍ぶべきかを迷った。

 

「もしや、内通者か……?」

そしてある者は、思った所で誰も口に出そうとはしなかった一言を漏らしてしまった。

 

「……流石にその発言は許容できんのう」

「そうか?揃いも揃ってチンピラだ。裏切りの一つや二つ、あるかもしれないぜ」

「ほらほら、皆さん落ち着いて……」

 

誰も彼もが疑心暗鬼になっている最中、とてつもなく汚い悲鳴が上がった。

「あ”ぁ“ぁ“ーっ!?」

 

「……誰だ今のクッソ汚い声は?」

「……ごめん、アタシ」

 

場のざわめきを制した悲鳴の主は奴隷売買部門の長、コッコドールだった。

 

「アレが君の地声か?……マジで汚かったぞ」

「そうだぞ。うちの犬が踏ん張ってる時よりひでぇや」

「いやん、もう!失礼ねっ!……っじゃなくて!ねぇゼロ?アンタのところのサキュロントのことよ〜」

 

普段のなよなよした彼からは想像できないほどに野太く汚い地声によって場の空気は少しばかりなごんだが、当のコッコドールはそれどころでは無いようで、沈黙を続けるゼロに話しかけた。

 

「サキュロント?やつがどうかしたのか」

「ほら、昨日の会議で話した処分予定の女の件あったでしょ?今頃何も知らずに動いてるかもしれないわん!……彼、大丈夫かしら?」

 

大丈夫だ、問題ない。

 

と、ゼロは答えたかったが、改めて状況を考えると本当に大丈夫かと不安がよぎった。

 

サキュロントは確かに六腕に称される実力を持つが、戦士という面から見れば未熟の一言に尽きる。

今回は女の回収ということで都合良く近くにいた彼を派遣したのだが、衛兵や騎士が巡回する今の王都で事が大きくなった場合、サキュロントが切り抜けられるかは良くて五分というのがゼロの結論だった。

 

流石に正直に言うと警備部門の面子を汚すことにもなるだろうと考えたゼロは、徐に両手の手の平を合わせて目を閉じた。

 

「……合掌」

「おい!それってよぉ、『神のみぞ知る』ってぇ修行僧(モンク)ジョークか!?合掌だけに!?」

「この状況で冗談かますか!?クッソ趣味悪ぃぞ!」

「アンタの事見損なったよ!」

 

ここは周囲の緊張をほぐす為にユーモアに富んだ返しをしよう。

 

そう考えて先の一発芸に踏み切ったゼロであったが、彼を罵る言葉はその心をひどく傷つけたという……。

 

※※※※※

 

どうしこうなった!

 

六腕『幻魔』サキュロントは何度目となるかわからない悪態をついた。

 

奴隷売買部門からの依頼で処分予定の女を取り返すなんていう『簡単な仕事』のはずが……

 

どうしてこうなった!

 

 

サキュロントは今回の仕事にあたり、八本指の息のかかった巡回使、スタッファン・ヘーウィッシュを連れて行くことにした。

スタッファンはサキュロントをしても度し難い変態であったが、傲慢さという点においては悪徳官吏的にポイントが高く、今回のような仕事にうってつけであった。

 

「……と言う訳で、おたくの執事がサキュロント君の経営する店舗から従業員を誘拐したところを目撃したと報告があがっているのですよ。お分かりいただけましたかな?」

 

 

ねっとりした口調で目の前の令嬢を嬲るような様子には吐き気を覚えたが、サキュロントの予想通りスタッファンは良い仕事をしていた。

令嬢の方も執事の失態を認めて、面倒を避けようとするまであと少しだろう。

そう思い始めた時、突然応接室のドアが叩かれた。

 

「ソリュシャンお嬢様、ただ今戻りました」

「あら……セバス、貴方にお客様よ。入ってきて貴方が相手なさい」

「かしこまりました」

 

(クソッ!あと少しだってのに)

サキュロントは内心で舌打ちをした。

ドアを開ける執事の横を通り過ぎるソリュシャンと呼ばれた令嬢を目で追っていると、突然彼女が立ち止まり、廊下にいるであろう何者かと言葉を交わしていたのに気がついた。

 

下調べでは、この屋敷には令嬢と執事しかいない事がわかっている。

そうなると考えられるのは一つの可能性だけだった。

 

(もしかしたら例の女か?なるほど、やはり面倒事は避けたかったらしいな)

 

「……スタッファンさん、おそらく執事と一緒に例の女が来ます。そうしたら一気に畳み掛けてください」

「うむ、私に任せておけ」

サキュロントの耳打ちにサムズアップで応えるスタッファン。

 

しかし、悲しいかな。

もしサキュロントが戦士としても秀でていれば、「第三の人物」の他に「第四の人物」の気配が控えていることがわかったであろうし、「強者」の気配にも気付けていただろう。

 

更に悲しい事に、二人は「知る機会」を逸していたのだ。

「王都頂上作戦」が開始されている事を。

 

 

 

「ヘーウィッシュ巡回使、貴公の職務の視察に参った。我々はいないものと思って仕事を続け給え」

「お邪魔しますわね、巡回使様。ところでそちらはどなたかしら?」

 

巨人(バルブロ)死神(クロエ)がやってきた。

 

 

(いっやぁおかしいだろっ!なん、なんでこの二人がここにいるんだよっ!というかなんだこの存在感っ!?お、押しつぶされそうだっ……!)

サキュロントは発狂しそうな精神を現状分析をしつつ落ち着かせようとしていた。

 

一方スタッファンは泡を吹いて気絶していた。

しかし、死神(クロエ)は彼を気絶させたままにするほど優しくはなかった(無慈悲ではない)

 

「まぁまぁ、巡回使さんってばお疲れなのねぇ。ちょっとごめんあそばせ………えいっ!」

 

パタパタとスタッファンの背後に駆け寄ってきたクロエは彼の両肩を掴み、更に肩甲骨と背骨の間の肉を親指で一気に押し込んだ。

 

「……アァイィッッ!?……はっ!?」

すると激痛に驚いたスタッファンが悲鳴を上げながらも意識を取り戻した。

 

「お目覚めですわね巡回使さん!どうぞお仕事を続けなさって!」

 

クロエが微笑むとまた気絶しそうになったスタッファンであったが、ここでまた気絶してしまえば違法な娼館に通っている云々を抜きに普通に不敬罪で処罰されると思い、何とか踏みとどまった。

 

「あ……はい、で、殿下……お仕事、がんばりましゅ……」

 

※※※※※

 

「それでは……ご用件をお聞きしましょう」

 

スタッファンが落ち着きを取り戻したのを見計らったセバスが、対面に座り、尋問(おはなし)は開始された。

 

字面がおかしい?

……いや、これで正しい。

 

「で、では改めて……お、お嬢様にはすでにお話しましたが、最近このあたりで不審者が目撃されていまして、治安を司る者としてこのように一軒ずつ伺ってお話を……」

(この役立たずっ!?)

 

サキュロントが怒りを覚えるのも仕方が無いが、スタッファンの行動は必然的と言える。

王国と八本指。

一つの国と一つの結社。

どちらも敵に回すのはゴメンだが、天秤に掛ければ一目瞭然。

スタッファンは「当たり前の選択」として八本指を裏切った。

 

しかし彼女の前では無意味だった。

 

「あっれれー、おかしいですわねー?ソリュシャンさんから聞いた話だとセバス様が誘拐を働かれたとか何とかだったような気がしますわー。王子も聞いてましたわよね?」

「う、うむ。確かにセバス殿を誘拐犯と貴公らが疑っていると話していたな」

 

クロエが何処ぞの少年探偵のようなセリフでカウンターを取ると、スタッファンは慌てて訂正した。

 

「そ、そうでした!こちらの執事殿と思しき人相だったと言う証言があったのでアリバイの調査に来たのです!」

「え、えぇ、しかしどうやら違うみたいですねぇ、はい。いやぁお時間を取らせてしまって申し訳……」

 

「お待ちくださいサキュロント様」

 

こんな場所じゃできる事もできやしねぇ。

とっととずらかろうと腰をあげようとしたサキュロントにセバスが声をかけた。

 

「ど、どうかしましたか?」

「いえ、個人的に気になった事が。好奇心といいましょうか、一つだけお答えいただければ構いません」

 

まるで蛇に睨まれた蛙の心地。

目を逸らすことすら許さぬという気迫を感じながらサキュロントは目の前の執事の質問を待ち構えていた。

 

 

「お仕事は、何を?」

 

サキュロントは思わずスタッファンと目を合わせた。

質問の真意を掴めない。

しかしスタッファンが嘘を付いたことにより追い詰められた事から、でまかせを言うのも得策ではない事は明白だった。

故にサキュロントは台本(カバーストーリー)通りに答える。

 

 

「し、仕事って……せっ、接客業ですが?」

「そうですか。では貴方がたが私を疑うのも無理はありませんね」

 

対してセバスはやれやれといった様子でサキュロントに返す。

 

「昨日、私はとある少女を保護しました。容態も芳しくなかったので、当家で手当を施し安静にさせています」

 

「おぉ!?つ、つまり誘拐を認めるというのだね?」

「ちょっスタッファン!……さん」

 

スタッファンの追求は誰の目から見ても早計であった。

 

頼むから勝手なことをしないでくれ。

今更ながら人選ミスだったのではと後悔したサキュロントであった。

 

「おい待てスタッファン巡回使。セバス殿は保護したと言っているのだ。それを誘拐と決め付けるなどどういう了簡だ!答えによってはタダでは済まさんぞ!」

 

これに怒りを覚えたのはバルブロだった。

あの場に居合わせた者として、事実と異なる認識に異を唱えねばならぬと立ち上がり声を上げた。

 

「そもそもだ!俺もその場に居合わせたというのに、なぜセバス殿だけしか目撃されていないのだ!?」

 

「そ、それはたまたま視界に入らなかったのでは」

「この巨躯が視界に入らぬだと!?はっきりさせよう巡回使、お前たちの発言は出鱈目に過ぎる!どのようにしてことの経緯を知り得たかは知らぬが、セバス殿が八本指に虐げられていた少女を救い出したというのが真実だ!」

 

巨躯、大声量、そして怒気。

バルブロから発せられる迫力はまたしてもスタッファンの意識を狩り取ろうとしていた。

もちろんサキュロントも例には漏れない。いくら六腕の末席と言えど、怒れる巨人を前にしては軽口を叩けるほどの精神力を彼は持っていなかった。

 

(バルブロのくせにカッコいいですわね……私も負けてられませんわ!)

 

そしてクロエもここぞとばかりに行動を始めた。

 

「それじゃあお二人に私からも質問です。私、嘘は嫌いなので正直に答えてくださいな」

 

音も気配も無くサキュロントとスタッファンの背後に移動したクロエは、二人の肩に手を置いてたずねる。

 

「セバス様と王子の発言を聞く限り、これには犯罪結社『八本指』が絡んでいるということがわかりましたわ。王国を揺るがすならず者!なんて恐ろしい存在でしょう!……触らぬ神に何とやら、普通は誰も関わりたくないし、見て見ぬふりをするのが当たり前ですわね」

 

無駄に芝居がかったセリフと共に肩に置かれた手に力が入る。

まるで万力に締め上げられるような力強さに、二人は思わず顔を歪めた。

 

「じゃあ、貴方たちはどうやって此処に辿り着いたのか?誰が目撃して誰が通報したのか?気になりません?私は気になりますわ」

 

(何だこの握力!?身動きが取れねぇ!)

 

サキュロントの独白にそろそろ飽きてきた頃だと思うが、もう少し付き合って欲しい。

 

クロエの握力は普通の成人女性のそれとはワケが違う。

時に鍛冶師として金床に向かい、時にワーカーとして剣を振るう。

意識下、無意識下を問わず二十余年という年月を費やした鍛錬によって培われた「握力」はそれだけで英雄の領域(面白人間レベル)に達していた!

 

実にその握力! 計測不能!

 

そしてクロエは貴族、現在の王族の身分を自覚し、スタイル保持、肌のケアには人一倍気を使っているため、初見でその化け物じみた怪力に気づくのは至難の一言に尽きる!

 

つまり、掴まれたが最後、サキュロントとスタッファンの「鎖骨から上腕骨にかけた一帯」の生殺与奪はクロエの思うがまま!

 

鬼か。

いや、勧善懲悪モノも好きなクロエ様である。

 

(……おっと、私とした事が端ないですわ)

流石に熱が入り過ぎていた事に気がつき、クロエが握力を緩めた瞬間、

 

「は、八本指ですっ……!」

 

恐怖に耐えきれなくなったスタッファンは泣き叫ぶように叫んだ。

 

「そ、その男は八本指の警備部門、六腕のサキュロントですっ!わ、私はその男に脅されてっ、し、仕方なく手伝わされてましたぁっ!」

「スタッファン!てめぇっ!」

 

サキュロントはスタッファンの二度目の裏切りに腹を立てて立ち上がろうとするが、それを制するように未だ肩に置かれたクロエの手に力がこもり阻まれた。

 

一方クロエの手を払いのけたスタッファンは地面に手を付き頭を擦り付けるとクロエに嘆願した。

彼が行う事のできる精一杯の生存戦略だった。

 

「な、何でも話します!八本指の内通者!違法な娼館の場所!く、黒粉を取り扱ってるし、商人も知っています!だ、だだだ、だからっ……!」

 

 

 

「だまらっしゃい!!!」

 

 

しかし、スタッファンの嘆願を雷鳴の如き一喝が遮った。

 

 

(あ、流れ変わりましたわね)

 

※※※ここからは『暴れん坊将軍オリジナルサウンドトラック』収録曲「M-72」と合わせてお楽しみください※※※

 

 

「巡回使スタッファン・ヘーウィッシュ。貴公は脅されたと申したが、俺は貴公の悪行の数々を知っておるぞ」

 

「へっ、はっ?」

 

「恐喝まがいの徴税、婦女暴行、収賄に伴う違法な地上げ行為、更には八本指の息のかかった店にあしげく通っての淫蕩三昧な私生活、……貴公は隠し通せていると思っても市井の眼は誤魔化せぬ!」

 

バルブロの口から語られるスタッファンの汚職の数々。

それらがすべて事実であると物語るようにスタッファンの顔が青ざめていく。

 

「な、なぜ殿下がそのような事を……」

「戯け者!俺が普段から何をしていようか知らぬと申すか!?」

 

その瞬間、その場に居た者たちの脳裏を走馬灯のように王都の普段の風景がよぎった。

 

老婆の荷物を運ぶバルブロ

木から降りられなくなった猫を助けるバルブロ

足を取られた馬車の荷台を押すバルブロ

子どもたちの遊び相手をするバルブロ

工事現場でツルハシを振るうバルブロ

酔っぱらいの相談に乗るバルブロ

 

そう、どの場面にもバルブロは「居る」のだ。

 

「王都の民は我が眼、我が耳。殊悪党の所業においては見逃すはずもなかろう」

 

(何処ぞの風来坊兼8代将軍じゃねーですの!……私もやってみたいですわねぇ)

前世の大人気時代劇の主人公を思い出したクロエはバルブロの事を少し羨ましいと思った。

 

「貴公は王都、王国に仕える巡回使という役職に付きながら、市民を食い物にして私服を肥やすに飽き足らず、あろう事か八本指の手先として悪事を働くとは官吏の風上にもおけん。そして此度、セバス殿に濡れ衣を着せて王国と帝国の間に軋轢を生じさせようとしたその方等の行いは国家への叛逆にも等しき蛮行。もはや言い逃れはできぬものと知れぃ!」

 

「は、ははぁーっ!」

 

それは悪徳官吏スタッファン・ヘーウィッシュの事実上の敗北宣言。

これが騎士や官吏(同僚)相手であれば打つ手はあったのであろうが、王族、それも次期国王と目される王子直々の舌鋒をやり過ごす術など持ち合わせてはいなかった。

 

彼に残された道は唯一、獄に入り法の裁きを待つのみである。

 

「てっ、手前ぇら動くなぁーっ!こっこ『この女』がどうなってもいいのかぁー!?」

 

しかしサキュロント(札付き)は違った。

端からの悪人で、普段から権力者など屁でもないと構えるこの男はクロエの拘束から脱出するとともに隠し持っていたナイフを、あろう事かクロエの喉元に押し付けたのだ。

 

「この女は人質だ!俺を追ってくるようなら躊躇いなくこのナイフをこの女の喉にブッ刺す!」

 

サキュロントは邸外への逃走経路を『窓』と定めていた。

多少高さはあれど、伊達に六腕『幻魔』は名乗っていない。

軽戦士の身軽さを活かせばなんのその、あとは真面目さが取り柄の衛兵を撒けば逃走完了だ。

 

「ま、まぁ待て。お前には手を出さないから、下手な真似はやめろ。わかったか?下手な、真似は、するな」

 

「テメェーはだぁーってろ(黙ってろ)ぉーっ!」

 

バルブロが諭すようにサキュロントに忠告するが、絶賛逃走モード中の彼の耳には届かない。

口角に泡を飛ばし、クロエを盾にしながら脱出路と定めた窓を開け放った。

 

「……『開け』ましたわね、『窓』を?」

 

サキュロントは気づくべきだった。

人質にされているのに何故ここまで落ち着いているのか。

なぜ自分はあの怪力の拘束から抜け出せたのか。

 

なぜこの女は『笑って』いるのか。

 

そしてクロエは既にサキュロントの拘束から抜け出していた。

 

 

 

「あっやびぇ」

 

左頬へのビンタ、続けざまに右頬を拳打が襲う。

更に目潰しにより思考力が一瞬奪われる。

そして顎先を掠める切れ味鋭い右フックが脳を揺らす。

 

「ホアーッ!アタタタタターッ!」

 

それらが下準備であったと言わんばかりに、クロエの放った怪鳥の如き叫びとともに繰り出される拳打、蹴撃がサキュロントを襲う!

 

 

時間にして僅か10秒。

しかし総打撃数、実に150発!

故に毎秒15発!

これは現代のアメリカ軍で使用されているM240軽機関銃の発射速度に相当する!

 

そして驚くなかれ、「武技」を使わずにコレである。

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜っっ!!?」

(動けねぇっ……!)

 

拳打蹴撃の嵐に晒されるサキュロントは防御することも、悲鳴を上げることも許されず、ただ巻藁の如く打たれ続けた。

 

「ひ、ひひ、ひいぃぃっ!」

その光景を目にしたスタッファンは、その連撃を受けたかもしれない自分を想像して悲鳴を上げた。

 

(あの連撃、力任せ且つ我武者羅に打ち込んでいるように見えて、その実的確に急所のみに打ち込んでいる……。威力、技術力ともに侮れません。格闘戦に限れば実力はプレアデス以上、まだ私には劣るものの油断はできません。……モモンガ様がおっしゃった通り、やはりプレイヤーなのでしょうか)

セバスはその身に備えた修行僧(モンク)の性か、クロエの連撃の一つ一つを目で追いながらその戦闘力を評価していた。

 

「……あー、窓ってそう言う」

そして『クロエの打撃を受け切れる男』バルブロはと言うと、クロエの発した言葉の真意を察して呟いただけだった。

 

「ホワッチャアァッ!」

 

次の瞬間、すでに満身創痍のサキュロントに向けて、クロエ渾身のバックスピンキックが放たれた。

 

それを受けたサキュロントは宙に舞い上がり、

綺麗な放物線を描きながら窓から外に放り出される。

 

意識が途切れていたのか、サキュロントは何言も発さず、そのまま地面へと叩きつけられた。

 

「う、うわああぁ!」

「屋敷の中から人が降ってきたぞ!?」

「さっきの悲鳴といいなんだってんだコレぇ!」

「ヘーウィッシュ様!ご無事ですかヘーウィッシュ様!」

「ん?……こっコイツ!まだ息してるぞ!」

 

門前で待機していた衛兵がサキュロントに駆け寄っていく様子を見守り、クロエは一言呟いた。

 

「やれやれですわ」

 

※※※※※

 

「やれやれですわ、……じゃあないだろ!……ソリュシャン嬢にセバス殿、迷惑をかけて本当に申し訳ない!」

「恐怖のあまりつい……お見苦しいものをお見せして申し訳ございません!」

 

スタッファンとサキュロントを収監するために周囲で衛兵が忙しく動き回る中、バルブロとクロエはセバスとソリュシャンに謝罪をしていた。

 

流石に王族に頭を下げさせるのは不味いと感じたセバスが口を開こうとするが、その前にソリュシャンが「商人の令嬢」として癇癪を起こした。

 

「全く良い迷惑だわ!官吏には下卑た表情を向けられる!訳のわからない脅迫を受ける!貴方達が来たと思ったら人の家で怒鳴り声を上げる!お次は暴力沙汰ときたわ!セバス!貴方が近くにいながらなぜ見過ごすようなことをしてたの!?もう、王国なんてコリゴリよ!」

 

「ソ、ソリュシャン嬢。どうかセバス殿を責めないで頂きたいのだが……」

 

バルブロはセバスを非難の矛先から逸らそうとしたが、「お前は口を出すな」というソリュシャンの剣幕のせいで引き下がらざるを得なかった。

 

続いてソリュシャンはクロエに顔を向けた。

 

「そして貴女!……は、まぁ噂通りの人だったのね」

「え、私の噂……まさかっ!?」

「『武器を持つのは手加減の証拠』のクロエ様だったかしら?裏を返せば『素手のほうがおっかない』なんて、あの男もついてなかったわねぇ。ねぇ、お茶の代わりに生き血を飲むって本当なの?」

 

(アレの事(クロエ・ファクト)、知ってんのかーい!)

 

クロエはソリュシャンの叱責を甘んじて受けようと身構えていたが、予想外にも都市伝説の方で食い付かれて、困惑していた。

 

「い、いや……、それは戦場の噂ってやつですわよ。女だてらに戦場で武功をたててしまってるから、アハハ……」

(これ確実にマークされちまってるじゃねーですの……。変に誤魔化して後々拗れるよりは、ここは正直に話すしかねぇですわ!)

 

「へぇ、じゃあ戦場でも素手で戦うの?」

「それは最終手段ですわ。……んー、素手喧嘩(ステゴロ)なんかそうそう見せる機会も無いのになんでそんな噂が流れてるのかしらね?」

「ふーん?」

 

なるべく平静を装って応対するクロエ。

しかし、顔を近づけてくるソリュシャンに同性ながらもドキがムネムネ(死語)であり、そろそろ限界というところまで来ていた。

 

「ソリュシャンお嬢様、両殿下にも聞き取りをしたいも衛兵の方が仰ってますので、そろそろよろしいでしょうか?」

「あら残念。もっとお話ししたかったのに」

 

そこに助け舟を出したのはセバスであった。

クロエにだけ分かるように目配せをしながらソリュシャンを誘導する。

 

(んー、情報収集目的でフレンドリーな感じで絡んできたとすれば、こっちも準備万端で臨みたいもんですわね。……だったら先手を取るまで!)

 

「ソリュシャンさん、今日はいきなり押しかけたりご迷惑をお掛けしっぱなしでごめんなさい。ことが落ち着きましたらお茶にご招待させていただいてもいいかしら?そこで今日の続きをお話もしたいですし、ね?」

「……えぇ、楽しみにしていますわ」

 

改めての謝罪に合わせて埋め直しの提案をするクロエ。

これに対してソリュシャンは僅かに微笑んで返した。

 

魔法対策ガバガバに定評のある王国とはいえ、クロエにとってのホームである。

ソリュシャン側から招待された場合、下手を打てばナザリック直行は確実であると考えた末、「王族が直々に招く」という一般的に断りづらい提案をしたのだった。

 

結果ソリュシャンはこの提案を飲み、クロエはその事に安堵した。

こうしてソリュシャン邸(クロエ命名)での一波乱は幕を閉じるのであった。

 

※※※※※

場所は戻り、八本指の会合場

 

「おい、コッコドールのやつがパクられたってのは本当か?」

「あと六腕の『幻魔』サキュロント、協力者の巡回使もだ。粗方、その二人がゲロしたと見て良いだろう……」

 

奴隷売買部門長、コッコドールは私用のために娼館に戻っていた所を精鋭兵団の突入部隊に待ち伏せされて拘束された。

何とか追手を出し抜いた構成員の話では周辺一区画すべての家屋に臨検が入っており、それは首脳陣を戦慄させるには十分な情報だった。

 

「精鋭兵団、突撃しか能のない猪武者どもと侮っておったが……」

「警備部門といえど正規部隊相手に敵うかどうか……」

 

二人の部門長が言葉を交わしていると、怒りを顕にした警備部門長、『闘鬼』ゼロが口を開いた。

 

「サキュロント……六腕の面汚しめがぁっ!」

「アンタも笑えない冗談カマしてただけって時点で同罪だからね。はい、合掌」

 

看板に泥を塗られた事に腹を立てていると麻薬取引部門長のヒルマから鋭いツッコミがはいる。

他の部門長も「そうだそうだ」と言いたげな表情だ。

 

 

「まぁさ、今回の件で王国が本気で潰しにかかってるってのがわかって良かったじゃないか。……このままじゃアタシら『麻薬王』の二の舞だよ」

ヒルマが続けて発した言葉に首脳陣たちも息を呑む。

 

『麻薬王』ナスコール・パスコバル。

八本指創設よりも昔に帝国裏社会で一財を築き上げた稀代の大悪党。

敵対するものは貴族であろうと一族郎党根絶やしにするという残忍な性格であり、その最期は敵を作り過ぎたことによって籠城していた所を帝国軍に見つかるという、大悪党としては惨めなものであった。

 

「王都の外には近隣貴族の兵が集結してるし、もう逃げ場は無いさね。だったらやる事は一つだよ」

 

ヒルマの言葉を待っていた八本指首脳陣はその内容に驚愕した。

それは王国建国史上類を見ない、クロエですら予想だにしない凶悪犯罪、その計画であった。

 

※※※※※

アベリオン丘陵某所

通称『デミウルゴス牧場』

 

「はは、ハハハハハハッ!面白いっ!実に面白い人間だクロエ・カティナ・デイル・ボウロロープッ!」

 

バルブロとクロエが屋敷に訪れるという情報はソリュシャンからナザリックにも伝わっており、一部の守護者はその様子をそれぞれ見ていた。

 

もちろん、この大笑いしている悪魔(デミウルゴス)も例外ではなかった。

 

「善人の様に振る舞いながらその内面は混沌!残忍さにおいてはライヘンバッハ以上か!『黄金』とはまた違った精神の異形!プレイヤー疑惑があるとは言え、これは実に興味深い!」

 

新しい玩具を目の前にした子供のように騒ぐデミウルゴス。

どうするクロエ、お前が一番苦手な奴に目をつけられてるぞ。

 

※※※※※

王都 ソリュシャン邸

 

「ソリュシャン、先程のは一体何ですか?」

クロエ達が去ったのを確認したセバスはソリュシャンがクロエに一芝居を打った理由を訪ねた。

 

「『我儘な令嬢』という役割を利用できる良い機会と思い、彼女の口から噂の実態を聞き出そうと思いました」

「……なるほど。であるならば特に言うことはありません。それと、彼女との『お茶会』については一度モモンガ様にご報告し、対策を考えたほうが良いでしょう」

 

ソリュシャンの説明に理解を示したセバスであったが、実のところソリュシャンの行動は公私が混じった物だった。

 

(クロエ妃……人間のわりにいい趣味(嗜虐嗜好)してるわね)

 

何を隠そう彼女「も」一部始終を見ていた一人である。

最初のうちはただの観察であったが、途中からクロエの「精神的に追い詰めていく手法」に魅入っていたのだ。

 

(それにあの表情(笑顔)……思い出すたびにゾクゾクとするこの感情は何?)

 

更には悪属性特攻精神兵器(クロエ・スマイル)に晒され、彼女自身もドキがムネムネ(死語)してしまうという事故が発生。人間と違い、あからさまなバッドステータス化はしないものの、「気になる」程度にはクロエを意識してしまう原因となっていた。

 

おいおい、まさかデミウルゴスだけでなくソリュシャンからもガチマークされるとか、さすクロ(さすがクロエ)だぜ。




人ん家でトコトン暴れたんだから(マークされるのは)仕方ないね。
まさかのスタッファン、サキュロント生存に書いてる身としても驚愕ですよ。
生き残ったんだからエピローグ書いてやらねぇとなぁ仕方ねぇなぁ。

【ゼロさんのボツギャグ】
「……南無」
そもそも仏教ネタなのでファンタジー世界では通じないため次点の「合掌」になりました。
ゼロさんの活躍シーンは残り僅かだけど、これからも親父ギャグを飛ばしてもらおう。

【被害者のその後】
スタッファン……トラウマから女性恐怖症に陥る。取り調べには素直に応じた為、証人保護の観点から厳重監視下に置かれる。
サキュロント……再起不能。シコルスキーに襲われたガーレン並に怯えきってしまった。

【ナザリック勢】
デミえもんは力をためている!
ソリュシャン「おめぇ面白ぇやつだなぁ!」(野沢雅子)
真面目に考察しているのがセバスのみな件

【しかし総打撃数、実に150発!】
やっぱバトル物だとこういう描写書きたくなるのでぶっこみました。あれ、バトル物だったっけ?
まぁ高橋名人が秒間16連打だし、妥当な数字やろ(適当)

【『麻薬王』ナスコール・パスコバル】
オリキャラ(故人)
モデルはコロンビアの麻薬王。
帝国領内には彼の埋蔵金が人知れず眠っているという。


最後に、投稿前に思いついたオバロ早口言葉を一つ
【ソリュシャンさんの独唱シャンソン・ショウ】
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