逆行オイフェ   作:クワトロ体位

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第13話『良男オイフェ』

  

 グラン歴757年

 エバンス城 

 

 オイフェとアレクのひと悶着が起こってから数刻後。

 エバンス城内にある聖堂では、この日行われるシグルドとディアドラの婚礼を祝うべく各地より要人が集まっていた。

 とはいえ、その数は多くはない。

 未だにイザークとの戦が続いている現状、いくら王国聖騎士、そして属州総督の婚礼とはいえ、大々的に祝える世相ではないからだ。

 もっとも、シグルド自身は己の婚礼の規模などどうでもよく、あくまでディアドラを正式に妻として迎える為のけじめとして婚礼に臨んでいた。

 

「シグルド様……とても、良くお似合いです」

「そ、そうか。ありがとう、オイフェ」

 

 新郎であるシグルドが控える一室にて、オイフェは聖騎士の礼服に身を包んだシグルドの姿を見て思わずうっとりとした表情を向ける。

 その身なりは凛々しい騎士を思わせており、惚れ惚れするような男ぶりを見せていた。オイフェでなくとも、この場に居合わせる全員がその男ぶりに見惚れるのは必然であり。

 シグルドは着慣れぬ礼服に少々窮屈そうにしていたものの、オイフェへ屈託のない笑顔を浮かべていた。

 

 ちなみに、オイフェも婚礼用の礼服を身に着けている。丈の短いキュロットに銀色のベストを纏うその装いは、オイフェの中性的な容姿も相まって、見るもの全てが思わず笑顔を浮かべるほどの可愛らしい男の子ぶりを見せていた。

 

「でもよかったのか? ホイホイ参列させちまって。俺は新郎だってかまわないで食っちまう人間なんだぜ?」

 

 そのようなシグルド達を見て、挨拶にやってきたドズルのいい男(レックス)がそう嘯く。こちらも騎士用の礼服を纏っているが、一部を除きシグルドに比べ些か映えはしない服装だ。

 だが、いい男だ。

 いい男がチャペル内に存在するだけで、新郎であるシグルドの凛々しい姿が霞んでしまう恐れは十分にあった。

 

「あのさぁ……主役はシグルド総督なんだから、レックスはもっと控え目に行こうよ」

 

 そのレックスを嗜めるように声を上げるのは、同じく礼服に身を包んだヴェルトマー公子アゼルだ。

 丈の長い白いスラックスを履いており、オイフェと同じようなデザインの臙脂色のベストを身に着けていた。

 少し背伸びをした、青年に変わりつつある見た目麗しい少年のコーデだ。

 

「ところでアゼル。俺のベルトを見てくれ。こいつをどう思う?」

「すごく……大きいです……じゃなくて、もうちょっと落ち着いたデザインのやつなかったの?」

 

 妙に下腹部へ視線誘導するレックスに、アゼルはやや呆れた口調で応える。

 このような軽口を気軽に叩けるほど、この二人は幼少の頃からの長い付き合いがあった。

 

「生憎礼装用はこれしか持って無くてな。これ、ブリアンが贈ってくれたやつなんだ」

「あ、そうなんだ。ブリアン君、そんな贈り物するくらいになったんだねぇ。今いくつだっけ?」

「もう六歳だ。ダナンのアニキより俺に懐いててな。まったく、可愛い甥っ子さ」

「そっかぁ……六歳でそのベルトをチョイスしちゃうんだ……」

 

 レックスの自己主張の激しい(クソデカ)ベルトを見やりつつ、アゼルはドズルの嫡流でありレックスの甥でもあるブリアンの先行きを思い、なんとも言えない表情を浮かべていた。

 

(ブリアン公子、か)

 

 シグルドとオイフェはレックスとアゼルのやり取りを微笑ましく見ていたが、オイフェはブリアンの名が出た事で、何かを懐かしむような。

 それでいて、何かを哀しむかのような表情を浮かべる。

 

 ブリアン・ネイレウス・ドズル。

 

 かつてオイフェが戦ったユグドラル解放戦争、その終局。

 オイフェら解放軍の前に立ちはだかった、国士無双の斧騎士。

 その勇猛にして果敢な武者姿を、オイフェは静かに思い出していた。

 

 

 


 

 グラン歴778年

 

 光の公子、セリスを擁する解放軍がシアルフィにてアルヴィス皇帝を打ち破り、暗黒神の化身であるユリウス皇子を打倒せんべくグランベル帝国本領へと進軍したこの年。

 シアルフィ城の北方、ドズル城との境にある山谷では、最後の聖戦を戦う戦士達の姿があった。

 

「オイフェ殿! 崖上の暗黒魔道士共は排除しました!」

「アルテナ様、ご苦労様です。このまま前線を支えていただきたい」

「承知! ディーン! エダ! 私に続きなさい!」

「はっ!」

「わかりました! 行くよ、ケイト!」

 

 飛竜に騎乗した見た目麗しい乙女が、麾下の竜騎士を連れ前線へと飛翔していく。

 アルテナと呼ばれた、槍騎士ノヴァの直系である女竜騎士。

 その手には、既に多量の血を吸ったのか、妖しい輝きを放つ神器“地槍ゲイボルグ”があった。

 

「オイフェさん! 来るぜ! 兄貴だ!」

「気をつけられよ。兄上は強敵……武人の中の武人にして、本物の聖戦士です」

 

 オイフェへそう警告の声を上げるのは、解放戦争初期に帝国を離反し、解放軍へ参加したドズル公国公子、ヨハンとヨハルヴァの兄弟だ。

 二人の視線の先には、ここまで戦力を温存していたであろうドズル公国の斧騎士団“グラオリッター”が、一際輝く戦斧を携えた一人の騎士に率いられ、オイフェ達の前へと現れていた。

 

 現在、解放軍は二手に分かれ展開している。

 セリスが率いる解放軍本隊は、暗黒教団に占領されたエッダを攻略中だ。

 そして、オイフェはシアルフィ防衛の為に残された部隊を率い、ドズル公国から出撃してきた斧騎士団“グラオリッター”を迎撃していた。

 占領したばかりのシアルフィ城は籠城するにはやや厳しい状態。

 しかし、シアルフィとドズルの間は狭隘な地形に囲まれた一本の街道しかなく、大軍の展開には厳しい地形だ。

 故に、オイフェはそこを戦場に選び、セリス達がエッダを落とし、ドズル城を後方から攻め落とすまで時間を稼ぐ算段だった。

 

「ブリアン公子……やはり引いてはくれぬか……」

 

 しかし、グラオリッターもまた二手に分かれ、解放軍の前へと立ちはだかる。そしてグラオリッターの本隊は、ブリアンを先頭にシアルフィ守備隊へ猛攻を加えていた。

 前線で大いに暴れまわるヨハン達の実兄であり、ドズル家嫡男であるブリアン。それを見て、オイフェは湧き上がる無念の感情を押さえられず、僅かに歯噛みをしてその姿を見つめる。

 輝きを放つ戦斧、斧戦士ネールの直系だけが持つことを許された、神器“聖斧スワンチカ”。それを担ぎ、前線の兵士を蹴散らかすブリアンの戦ぶりは、まさに戦場に現出した“暴風”といっても過言ではなかった。

 

 そして。

 ブリアンは、あくまで暗黒神側で戦い抜くつもりなのだ。

 十二聖戦士達の末裔が光と闇の陣営に分かれた此度の聖戦。それは、この最終局面であっても変わらない、残酷な現実であった。

 

「このままじゃ突破されちまう! 俺が出る!」

「ヨハルヴァ! 私も征くぞ!」

「ま、待て! 二人とも!」

 

 しびれを切らすかのように、ヨハンとヨハルヴァの兄弟はそれぞれの愛斧を抱えブリアンへ向け走る。

 静止の声を上げるオイフェであったが、ブリアンの勢いに乗じたグラオリッターの各部隊に前線が押され、オイフェがいる本陣にも敵が押し寄せる有様。

 肉薄した敵グレートナイトの一人を斬り伏せたオイフェの目には、既にブリアンと対峙するヨハン達の姿が見えた。

 

「この裏切り者どもめ! ドズル家を滅ぼすつもりか!」

 

 破れ鐘のような激声が響き渡る。

 ヨハン、ヨハルヴァの姿を見とどめたブリアンは、威嚇するようにスワンチカを担ぎ、敵対する弟達へ野獣の如き鋭い眼光を浮かべている。

 ヨハン、ヨハルヴァはそれに気圧されつつも、自身の斧を握り締め実兄を睨み返していた。

 

「兄上、心配するな。ドズル家は私が立派に再建してみせる。もう兄上の出る幕はないのだ」

「ブリアンの兄貴、ドズル公国は俺が守ってやるよ。民もそれを望んでいるさ!」

 

 互いに斧を構え、対峙するドズル家の男たち。

 グラオリッターは自分達の大将の戦いを邪魔立てしないよう、オイフェら守備隊を牽制するように戦闘を繰り広げていた。

 

「とはいえ兄上。我らは斧戦士ネールの血を引く聖戦士の末裔だ。一応聞くが、やはりこちらに付くつもりはありませんかな?」

 

 ふと、斧を構えたヨハンが諭すようにブリアンへと声をかける。

 だが、その説得を、ブリアンは哄笑を持って返していた。

 

「戯け! ここに至ってはどちらかが斃れるまで戦うのみよ! 貴様らもネールの血を引く者なら、潔く覚悟を決めんか!」

 

 獰猛な野獣のような嗤いを浮かべながら、スワンチカを構えるブリアン。

 重厚なるその威容は、これまで戦ってきた数多くの強敵達よりも、一際重い圧力を放っていた。

 そして、その威容に隠された計り知れないほどの覚悟が、ブリアンから発せられる。

 

「ブリアン公子……」

 

 遠巻きにブリアンの姿を見たオイフェの胸中に、やり切れないといった感情が沸き起こる。

 ドズル家は、当主ダナンを除き“子供狩り”だけは承知しなかった。それは、ドズル本国を守っていたブリアンもまた同じ。

 解放軍と戦った、ある種の“義”を背負った者達と、ブリアンは同じだった。

 

 雷神の血を引き、己の愛と義に殉じたイシュトー。

 竜騎士の王子、いや王として最後まで意地を貫いたアリオーン。

 高潔な軍人として、滅び行く主君の露払いを果たすかのように散ったリデール。

 

「……」

 

 彼らもまた、決して滅んで良い“悪”ではなかった。

 滅んで良い“巨悪”は、ユリウス、マンフロイ……そして──

 

「兄上、残念です。嗚呼、いい男は父に加え実の兄とも争わねばならぬのか……しかしこれもラクチェの為。兄上、お覚悟を!」

「悪いな兄貴。俺はあんたを倒して、ラクチェに振り向いてもらえるようないい男になるぜ!」

 

 暗鬱たる感情に支配されかけたオイフェであったが、状況はそれを許さない。

 勇ましい声を上げるヨハンとヨハルヴァに、ブリアンは不敵な笑みを持って応えていた。

 

「愚かな弟どもよ! 二人だけでこの俺に勝てると思うなよ!」

「むっ!?」

「うぉ!?」

 

 聖斧一振。

 その凄まじいまでの暴圧。ヨハンとヨハルヴァは、背筋に冷えた汗を浮かべながら、実兄の圧力に身を晒していた。

 

「それに──!」

 

 スワンチカを構え直すブリアン。

 ゆるりと、ヨハン達へ間合いを詰めていた。

 

「その程度でいい男を名乗るなど片腹痛いわ! 貴様らではこの俺、そしてあのレックス叔父御の足元にも及ばぬ!」

「いや、叔父上の名を出すのは反則だぞ兄上!」

「流石の俺も叔父貴並みになれたなんて自惚れちゃいねえよ!」

「ぃやかましい! 百回生まれ変わって出直せぃッ!!!」

「ッ!? 来るぞ! ヨハルヴァ!」

「うおおおおおッ!!」

 

 重爆開始。

 そう表現するしかないほどのブリアンの苛烈な猛攻が、ヨハン達へ襲いかかった。

 

「……いかん! デルムッド、トリスタン! ヨハン達に加勢するぞ!」

「はい!」

「分かりました!」

「ハンニバル将軍! 後は任せます!」

「うむ。我輩にお任せあれ。オイフェ殿も油断なされるな!」

 

 数合打ち合っただけで、ヨハンとヨハルヴァは劣勢に立たされる。

 対するブリアンは余裕の表情を崩しておらず。

 オイフェは即座に加勢を決断すると、指揮を“トラキアの盾”とまで謳われたハンニバルへ任せ、傍らに控えるデルムッド、そしてクロスナイツの精鋭を父に持つトリスタンを引き連れ、暴風吹き荒れるドズルのいい男たちの戦いへと乱入していった。

 

「雑魚共がいくら来ようと物の数ではないわ!」

「くっ!?」

 

 だが、オイフェ達の横槍を物ともせず、ブリアンはスワンチカを縦横無尽に振り回し圧倒する。オイフェの袈裟斬りを容易く弾き、間髪入れずその首へ爆斧を振りかざす。それをかろうじて防ぐオイフェ。

 デルムッド、トリスタンも懸命に撃剣を入れるも、ブリアンへはかすり傷ひとつ付けられなかった。

 加勢を受けたヨハンとヨハルヴァも、体勢を立て直しその攻勢へと加わる。

 

「何という強さ! だが、例えこのヨハン死すとも愛は死なず!」

「くそっ! こんなに強えのかよブリアンの兄貴は!?」

「ヨハン! ヨハルヴァ! 口を動かす暇があったらもっと手を動かせ!」

「こっちは五人がかりだってのに! この化け物め!」

「デルムッド! トリスタン! お前達もだ! 集中しろ!」

 

 五対一という圧倒的に不利な状態にもかかわらず、四方から攻撃を全て防ぎ、不敵な笑みを絶やさないブリアン。いや、状況は攻撃を加えているヨハン達が逆に聖斧の猛撃に晒され、いつの間にか防戦一方となっている。

 

「チィッ!?」

 

 オイフェもまた自身の愛剣にてブリアンの撃斧を必死に防いでいた。

 だが。

 

「ぐっ!?」

「オイフェさん!?」

 

 スワンチカがオイフェの肩を抉る。

 バランスを崩したオイフェは落馬し、固い地面へその身を打ち付けた。

 

「オイフェさ──」

「しゃらくさいわ小僧ども!」

「ぐあっ!?」

 

 助けに入ろうとしたヨハン、ヨハルヴァ、デルムッド、トリスタン。

 しかし、ブリアンが咆哮と共に放った重爆斧により、ヨハン、デルムッド、トリスタンは馬ごと吹き飛ばされる。徒士であるヨハルヴァもまた踏みとどまれず、その爆風に吹き飛ばされていた。

 地を這うオイフェらを見て、グラオリッターの斧騎士達は歓声を上げていた。

 

「貴様があのオイフェか」

「くっ!?」

 

 倒れるオイフェへ、馬上にて斧を突きつけるブリアン。

 その表情は、先程までの獰猛な嗤いは消え失せ、やや寂寥感が籠もった表情だった。

 

「レックス叔父御も哀れなお人よ。貴様らのような雑魚の為に命を散らしたとは」

「なに……?」

 

 ブリアンの口から発せられた、バーハラで散った勇者の名。

 それを聞き、オイフェは額に青筋を浮かべブリアンを睨む。

 

「貴様にレックス殿の何が分かる!」

 

 シグルドが始めた、ユングウィ、そしてグランベルを救う為の義戦。

 その最初期から参戦し、シグルドを支え、そして殉じていったドズルの貴公子、レックス。

 その名を貶められたと感じたオイフェは、殺意が籠もった眼差しをブリアンへぶつけていた。

 

 だが、それを受け、ブリアンもまた怒気を孕んだ言葉を返す。

 

「分かる!」

「ッ!?」

 

 ブリアンの激声。

 それは、不思議と戦場全体へと響き渡っていた。

 

「叔父御は俺の……いや、ドズルに棲まう全ての男達の憧憬(あこがれ)なのだ!」

「なっ──!?」

「ドズル家三代の恨み……そして、叔父御の無念を晴らさせてもらう……死ねぃ!」

 

 もはや問答無用。

 そう断じたブリアンは、無慈悲の撃斧をオイフェへと振り落とした。

 

(これまでか──)

 

 迫りくるスワンチカの猛威。

 刹那の瞬間、オイフェはぎゅっと目をつむる。

 

(申し訳ありません、セリス様──シグルド様──)

 

 そして、聖戦を最後まで戦えなかった事を、守ると誓った主君、そして守れなかった主君へと謝罪していた。

 

 

「させません!」

「ぬぅ!?」

 

 

 だが、オイフェの頭部をスワンチカが断裂することはなく。

 刃先が頭部に触れた瞬間、天空より飛来した神槍の一閃が、聖斧を弾き返した。

 

「アルテナ様……!」

 

 額から血を流すオイフェが目撃したのは、飛竜に騎乗し、地槍ゲイボルグを構える、レンスター、そしてトラキアと二つの国を背負う王女アルテナ。

 オイフェとブリアンの間に立ち、全身から金色の闘気を放つ。

 

「ネールの戦士よ! ここからは私が相手です!」

「ゲイボルグ! 神器持ちか! 少しは歯ごたえのある奴が出てきたな!」

 

 ブリアンはスワンチカを構え直すと、同様に金色の闘気を放ちながらアルテナへ突撃する。

 直後、地槍と聖斧がぶつかり合い、激しい衝撃波が発生した。

 オイフェは思わず身を伏せ、その暴威に耐える。

 

「オ、オイフェさん、大丈夫ですか……?」

「デルムッド……皆は無事か?」

「は、はい、なんとか……」

「……もはや我らには介入できぬ。ここはアルテナ様に任せるしかない」

「はい……」

 

 肩を押さえたデルムッドが、オイフェへ心配そうに駆け寄る。

 だが、その視線はブリアンと激しく打ち合うアルテナへと注がれていた。

 

 打ち合う毎に大地が、空気が揺れる。

 その争いに余人が介入しようものなら、瞬く間にその打ち合いに巻き込まれ挽き肉となるだろう。

 神器同士の戦いとは、それほどの激しい戦いなのだ。

 

「くぅっ!?」

「うぬっ!?」

 

 地槍が、ブリアンの肩を貫く。

 聖斧が、アルテナの脚を穿つ。

 一見すれば互角の争い。

 だが、拮抗は徐々にアルテナの不利に傾いていった。

 

 アルテナが脚からの出血に気を取られた、一瞬の隙。

 

「ダッシャアッッ!!」

「あッ!?」

 

 その隙をつき、ブリアンはアルテナの騎乗飛竜を()()()()()()()()

 

「くッ!?」

 

 甲高い鳴き声と共に昏倒する飛竜。その飛竜に足を下敷きにされ、身動きの取れなくなったアルテナ。

 

「もらった! 死ねぇ!!」

 

 間髪入れず斧を振りかざすブリアン。

 レンスターで生まれ、トラキアで育った悲劇の王女の命運が、尽きようと──。

 

 

「死ぬのはお前だ」

「ッ!?」

 

 

 刹那。

 一振りの魔剣が、アルテナとブリアンの間に入る。

 目にも留まらぬ凄まじき疾さで、スワンチカを受け止める、魔剣ミストルティン。

 

「アルテナ王女、よくやった」

「ア、アレス殿……どうして……?」

 

 漆黒の馬に騎乗し、漆黒の甲冑を纏い、神器が発する神々しい闘気を放つのは、ノディオン王エルトシャンの遺児……黒騎士ヘズルの直系であり、魔剣ミストルティンの継承者、アレス。

 セリス率いる本隊にいたはずのアレスが、どうしてここにいるのか。

 そのような疑問を浮かべるアルテナに、アレスは僅かに口角を上げた。

 

「あっちは粗方片付いた。だから、俺がこっちに来た。それだけだ──!」

「うぬ!?」

 

 鍔迫り合いとなった状態から、アレスがスワンチカを弾き返す。

 勢いに押されたブリアンは間合いを取ると、荒い息を吐きながら聖斧を構え直した。

 

「今度はミストルティンか! 相手にとって不足はなし!」

「生憎だが俺には不足だ。斧で剣に勝てると思うなよ──!」

 

 対峙する両雄。

 その脇で気絶する飛竜に足を取られたアルテナに、一人の少女が駆け寄る。

 

「アルテナ様! 大丈夫!?」

「リーン、あなたまで……」

「アレスなら大丈夫! あたしがしっかり応援したから、あんな奴には負けないよ!」

 

 アレスと共に来たのか、踊り子のリーンがアルテナを介抱する。

 リーンの踊りは不思議な力を発揮する。通常なら一日以上かかる距離を半日で駆けるほど、人間の潜在能力を大いに引き上げる効果があるのだ。

 

「いざぁぁぁッッ!!」

 

 そして、ブリアンはスワンチカを大上段に構え、アレスに吶喊する。

 押し迫る豪斧の圧力を前に、アレスは冷静にミストルティンを構えていた。

 

(アレス殿──!)

 

 オイフェは、刹那の瞬間に繰り広げられる光景を見つめる。

 ブリアンの斧が、アレスの胸元へ迫っていた。

 

 一閃。

 

 甲高い金属音と共に、二人の聖戦士は互いの得物を交差させる。

 そして、戦場は静寂に包まれる。

 

「……」

「……」

 

 一瞬の攻防の後、動きを止めるアレスとブリアン。

 ふと、ブリアンはにやりと己の口角を引き攣らせた。

 

「くっ」

「アレス!?」

 

 アレスが僅かに体勢を崩す。

 見ると、その胸元は血に染まっていた。

 アレスの負傷を見とどめたリーンは思わずその名を叫ぶ。

 

 しかし。

 

「見事……!」

 

 ずしりと、重たい音が響く。

 ブリアンが落馬し、地に倒れ伏す音だった。

 

「ブリアン公子……」

 

 乾いた地面は、ブリアンから流れる血でみるみる濡れていく。

 血海に沈むネールの斧戦士は、最後まで不敵な笑みを絶やしておらず。

 オイフェは負傷した肩を押さえつつ、倒れ伏すブリアンを見下ろしていた。

 

「本当、に……これ……で……叔父……御……」

「……」

 

 猛将の最期。

 それを看取ったオイフェは、丁寧な手付きでブリアンの目を閉じていた。

 

 

 その後、フィッシャー将軍率いるグラオリッターの別働隊を蹴散らし、ドズル城を落としたセリス本隊。

 既に戦意を喪失し、武装解除したグラオリッター本隊を捕虜にし、セリス達と合流したオイフェ達。

 だが、あの凄まじい戦いぶりを見せたブリアンに畏怖を覚え、その表情は晴れやかではなかった。

 

 あとどれだけ、このような猛者と戦わねばならぬのだろう。

 そのような思いが、オイフェ達の中で渦を巻く。

 

 終わりは近い。

 だが、その終わりは、容易な道ではない。

 

 その事を痛感したオイフェ。

 そして、生涯、ブリアンの熱き闘魂を忘れる事は無かった。

 

 

 

 

 

 




ヨハヨハ兄弟は二人共生き残ってくれると心に優しい(弱いオタク)

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