転生魔女さんの日常   作:やーなん

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始まりについて

 悲しさ、悔しさ、怒り。

 そして何より、憎悪。

 

 一体どこで間違えてしまったのだろう。

 言ってくれさえすれば、自分は直したと言うのに。

 

 脳裏に浮かぶのは、親友だと信じていた人たちの嘲笑。見下したような表情。

 ……もう、耐えられなかった。

 こんな日がずっと続くと思うと。

 

 私は暗く閉ざされた体育館の準備室の片隅ですすり泣きながら春先の寒さに耐えていた。

 助けを呼ぶことはできた。

 今時携帯機器を持ちえない高校生は居ない。

 

 だけど、そうなると助けを求める先は学校や家になる。

 後から考えれば、もっと良い言い訳とか思いついたけれど、その時の私はそんなことを考えられる心境ではなかった。

 

 私が受けた仕打ちを誰かに話したとして、余計惨めになるのは明白だった。

 これは耐久レース、我慢比べだった。

 

 ゴールは私が誰かに助けを呼ぶ屈辱に折り合いをつけるまで。

 私をこんな目に合わせた連中は、私がこのことを誰かに訴えるだなんて考えてもいない。

 人間、十代半ばにもなれば踏みにじる相手が自分に反撃してくるか否かぐらい判別するようになるのだから。

 もしかしたら彼女らは、悪意なんて無く、ただの悪ふざけでこんなことをしたと言うこともある。

 

 惨めで、悔しくて、憎くて、怒りが治まらない。

 私がその孤独にずっと耐えて、この仕打ちに抗っていた……そんな時だった。

 

 

「誰か居るの?」

 突如として開かれる、鍵がかかった準備室の扉。

 顔を上げた私は、黄昏の夕日の光を背にした魔女と邂逅した。

 

 その時私は、きっと彼女に魂を奪われたのだ。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 新年度、新しい季節。

 中学生の頃、小学生のように毎年クラス替えが無かったことに不思議に思ったが、この高校はそうではないらしかった。

 

 クラスの半分は新しい顔ぶれ。

 もう半分は見知った顔だった。

 私はその中にあの人が居ないことに落胆しながらも、新しい女子グループの中に身を置いていた。

 

「おはよう」

 私が登校し教室に入ると、ここ数日で仲良くなった三人が机を囲んでいた。

 私はそちらに近づくと、彼女らも気付いたようでゲッとでも言うようにこちらを見た。

 

「えー、どうかしたの? 三人とも」

 私は愛想よく三人に問いかける。

 この三人にハブられるようなことはまだしていないつもりだったのだけれど。

 

「あー……あのさ、春美ってあの“魔女さん”の知り合いってホント?」

「そうだけれど? それがどうかした?」

 私は間髪入れずに即答した。

 それを聞いた三人のクラスメイトは、心配そうに私を見やった。

 

「それがどうかしたって、あの人って、ホンモノらしいじゃん」

「去年、あの人に関わった奴が何人も登校拒否になったって言うし」

「噂じゃ、自宅の部屋に閉じこもっておかしくなってるって……呪われたんだって」

 彼女たちは声をひそめてそう言った。

 私は、少し意外だった。

 あの人との関わりを知った人たちは、誰もが私と離れて行った。

 心配そうにされるほど、この三人とは仲が良かったわけじゃないのに。

 

「大丈夫だよ。話してみれば、案外普通の人だよ」

 私はにっこり笑ってそう答えた。

 彼女たちは顔を見合わせると、先生がホームルームにやってきたのもあり、その場での追及は終わった。

 私たちの会話の行く末を恐る恐る見ていた他のクラスメイト達も。

 

 

 

 四時限目が終わり、私たち四人は机を合わせて昼食を取る。

 

「実際のところ、春美は聞いてないの?」

「何が?」

「いや、それは、呪われたっていう人たちのこと……」

 もごもごと、夏芽ちゃんは言った。

 

「止めようよ、夏芽ちゃん。そんなこと聞くの」

 そんな彼女を諌めるように、千秋ちゃんがそう言った。

 

「そうだよ、不謹慎っていうか、こっちまで呪われるかもだし……」

 呪いを殊更に恐れている様子の真冬ちゃんも彼女に同調した。

 

「少なくとも、あの人はホンモノだよ」

 そう答えた私に、三人はギョッとした。

 

 ここ十年くらいのことである。

 世界各地の、魔法使いやら魔術師やら、超能力の類を持つ人たちが静かに、示し合わせたように世間に知れ渡り始めたのは。

 今では某動画サイトではホンモノの魔術師が生放送で雑談を配信し、霊視能力者が犯罪捜査に呼ばれることも多くなった。

 不思議なことに世間は混乱こそ起きなかったが、法整備などは当然進んでいない。

 

 魔女に呪い殺されたとして、それは泣き寝入りするしかないのだ。

 

「じゃあ、春美は見たことあるの? 

 ──あの人が魔法を使うところを」

「うん。とてもすごかった」

 そうとしか、言いようがなかった。

 

 私はあの人に魂を奪われた。耽溺した。堕落した。

 もう、あの人の居ない世界なんて考えられない。

 

 

 

「ねぇねぇ、今日カラオケでも行かない?」

 放課後、千秋ちゃんがそんなことを口にした。

 良いねぇ、と他の二人もそれに賛成。私も特にいやではなかったので、誘いに乗った。

 

 三人を見ていて何となく感じていたけど、彼女たちは今年同じクラスになるより以前から既に友人同士のようだった。

 幼馴染同士で、小中高と同じ学校なんだとか。腐れ縁だと、夏芽ちゃんは笑っていた。

 

「思ったんだけれど、どうして始業式の時に私に話しかけてくれたの?」

 三人はもう既にグループとして完成していた。

 どうして今さら、私に声を掛けたのだろうか。

 

「え? なんでそんなこと聞くの? 

 せっかくクラスが変わったんだし、話したことのない人と友達になりたいと思わない?」

 と、夏芽ちゃんは不思議そうにそう言った。

 私も、去年までそう思っていた。

 

「あと、あれじゃない? 

 私たち、夏芽に千秋、真冬だしさ。春美ちゃんが居たら春夏秋冬って感じで語呂も良いかなって」

「そう言えばそんなこと話してたよねー」

 千秋ちゃんと真冬ちゃんは、そんなことを言って微笑んでいた。

 

「ああ、確かに、そう言えばそうだね」

 私は正直、三人の名前にそれほどまで興味は無かった。

 だからそんな共通点があったことに、気が付きもしなかった。

 

 そんな話をしながらカラオケ店に歩いて向かっていると、私たちの目の前を黒猫が横切った気がした。

 

 

 

 §§§

 

 

 安さが売りのカラオケ店でたっぷり二時間歌った後、三人は春美と別れた。

 彼女だけ帰り道が別方向だった。三人は小学校以来の腐れ縁の為か、家も近くだった。

 

「春美ちゃん、意外とノリノリだったね」

「普段からあんな感じだったらいいのにねー」

 帰り道の道中、千秋と真冬はそんなことを口にした。

 

「でもなんていうかさー、春美があの魔女さんと知り合いだっての、納得だよな」

 夏芽は両手を頭の後ろに回して、あっけらかんとそう口にした。

 

 三人が春美と一緒に話すようになったのは、クラスで彼女だけ独り浮いていたからだった。

 ただ物静かで周囲との関係を控えているというには、その雰囲気が他とは違っていた。

 まるで、同じ室内に居ないかのように。

 

「……なんだか、今日はカラスがいっぱいいるな」

 丁度、空を見上げるような格好になった夏芽がぽつりとつぶやいた。

 

「ホントだ。でも、なんか気味悪い……なんだかこっち見てるし」

 釣られて二人も上を見上げれば、電柱や電線にカラスがずらりと並んで三人を見ていた。

 

「早く帰ろう」

「そうだね……」

 三人は無性に嫌な予感に駆られて、足を速めた。

 そんな時だった。

 

 

「こんばんわ」

 

 三人が、逢魔が時に魔女に遭遇したのは。

 

 

 薄暗い路地の奥から、こつこつとローファーの音が聞こえてくる。

 思わず三人は足を止め、息を呑んだまま呼吸を止めていた。

 

 魔女、と称するには彼女の容姿は日本人そのものだった。

 年老いて顔に刻まれた皺も、長い鼻も、長い白髪も無い。

 三人と同じ高校の制服を着ていて、とんがり帽子もかぶっていなかったが、黒い黒い闇に溶けるようなケープを羽織っていただけだった。

 

 ただひとつ一般人と違うところは、彼女の左手には燃え盛る松明があったことだった。

 しかし、それが問題にならないほど、彼女の纏う雰囲気は浮世離れしていた。

 

 彼女はどこか耽美で、退廃的で、冷たかった。

 

 

「春美とは仲良くしてあげてね、今日はそれだけ」

 すれ違いざまに彼女はそれだけ三人に言うと、そのまま歩いて去って行ってしまった。

 

 三人が息をすることを思い出したのは、少し後だった。

 

 

 

 

 …………

 …………

 ………………

 

 

 某動画サイトに、登録者数百万人を超える動画投稿者が居る。

 チャンネル名はシンプルに『魔術師の工房』。

 その名の通り、彼あるいは彼女の投稿動画の殆どが簡単な魔法の道具の作成と銘打っており、頻繁に生放送も行っていた。

 

 そして今日も、魔術師は雑談と称した生放送を行っていた。

 

 

『初見です』

 彼の放送する生放送に打たれたコメントが、機械的な音声によって読み上げられる。

 コメント欄は人気投稿者だけあって滝のように流れているが、何らかの基準で読み上げがなされているようだった。

 

「初見さんどうも」

 魔術師は男性とも女性ともつかない中性的な声で、初見の視聴者にそう応じた。

 彼の放送する動画の内容は、目深にフードを被った黒衣の人物の何かしらの作業風景だった。

 

『これって何をしてるの?』

「あー、これはですねー、ちょっとした護符ですねー。

 あまり直接的な効果は無いんですが、まあ無いよりマシなので」

 読み上げられる機械音声に、魔術師はそう答えた。

 

『無いよりマシww』

『ちょ、せっかくマネしてるのにww』

『またこのパターンだよww』

 と言ったコメントが流れるが、それらは機械音声で読み上げられることは無かった。

 

『これ、コメントが読み上げられるかどうかの基準ってなんなの?』

「ああこれはですねー、私の使い魔にやらせているんですよー。

 配信の趣旨に則ったコメントに、私が返答を返す形になってます」

 魔術師は読み上げられたコメントの一つに、そのように淡々と応じる。

 

「魔術の工程には集中力が求められるので、コメントしてくださる皆さんには申し訳ないですがこういう形を取らせてもらっています」

『初見です、配信の趣旨って? どっかの概要に書いてあるの?』

「初見さんどうも、ああ、それはですね」

 魔術師が初見の視聴者に応えようとすると。

 

『テンプレ乙』

『でた、魔術師さんのテンプレww』

『もう何十回も聞いたww』

『本日三回目』

 と言ったコメントが先んじて流れた。

 

「まあ、知ってる者としての警告ですね」

 魔術師は質問にそのように答えた。

 

「皆さんもご存じでしょう、魔術の知識を持つ者や超常の異能を持つ者の存在を。

 私もその一人です。彼らが世界中で度々ニュースで話題に上がっているのもご存じの筈です。

 私を含めその多くは約十年前を境に何かしらの原因によって転生し、再びこの時代に命を得た転生者です」

 魔術師は淡々と語る。

 

『リアルチート転生とか裏山……』

『俺も転生してればなぁ』

『今生がダメなら来世に期待してもダメだゾ、魔術師さんが言ってたやないか』

 コメントにはそのような嘆きが流れ始めた。

 

「彼らはとっくに廃れた筈の魔術の知識や技術を会得したまま現代に生れ落ちます。

 皆さんの周りにそうだと思われる人物が居たら、近づかない方が宜しいでしょう。

 他人の記憶を奪ったり、周囲の人気を払う魔術など、私に言わせれば基礎ですから。

 我々が世間に受け入れられ、混乱が起こっていないという訳ではないのです。

 ────もう既に、水面下では多くの異変が起こっている」

 それが、魔術師の発する警告だった。

 

『考えるだけでマジ怖いよな……』

『うちの隣の市で儀式殺人とかあったし、マジヤバイ夜歩けない』

『最近近所に変な新興宗教とかできたし怖くて近づけない』

 その警告を受けて、コメント欄もそのような言葉で埋め尽くされた。

 

「勿論、私のように現世の価値観を受け入れ、自重している者も多くいるはずです。

 ですがすべての人間が善人ではないように、魔女狩りや異端審問も廃れたこの時代に自分勝手な振る舞いをする者もいるでしょう。

 だからせめて、私の動画や生放送を視聴してくれている視聴者の皆さんに、簡単な護符の作り方などを伝えているわけです。

 ……あと、私の研究費用と素材代と生活費」

 

『草ww』

『ここまでテンプレ』

『欲望に忠実ww』

 いつものオチが付いたらしく、コメント欄では明るい雰囲気が戻ってきた。

 

 そうしていると、ふと、魔術師は作業を止めて作成中の護符を置いた。

 

『あれ、どうしたの?』

『うそマジ、リアタイで初めて見た』

『あッ(察し)ってことは』

 

 

「初見さん、いらっしゃい。

 でもイタズラは大概にしてくださいね」

 初見だ、というコメントも無いのに、魔術師はカメラに向かってそう言い放った。

 

 彼の手にしていた作りかけの布の護符は、真っ黒に黒ずんでボロボロに腐敗していた。

 

 

 コメント欄が恐怖で阿鼻叫喚になるなか、作り直しですね、と魔術師は淡々と作業を再開し始めた。

 

 

 

 




耽美でミステリアスな魔法使いの女性と現代ものを書いてみたくなったので書いてみました。
今回は世界観の説明みたいな感じです。

登場人物の名前は憶えやすくする予定。
詳しい容姿やキャラ設定は追々。

あと、高校を舞台にしておきながら女子高生の生態を作者はよくわかっていないのであしからず。

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