「なあ、聞いた聞いた?
先週、うちの学校で一年がコックリさんをやったんだってさ」
「うえぇ、マジ? 怖い物知らずだねぇ」
高校の昼休み、四人は代わり映えも無く机を囲んで昼食をとりながら雑談に興じていた。
「あれって良くない物しか呼ばない上にほぼ失敗するから止めた方が良いって、あの人も言ってたよ」
「あー、魔女さんもお墨付きでヤバイのねぇ」
春美が眉間にしわを寄せて言うと、真冬も納得したように頷いた。
「最近、物騒な都市伝説とか聞くし、なんで自分から怖いことに近づくんだろうな」
「でも、面白そうだってのは分かるなぁ。
何だかんだで、皆も興味あるじゃん?」
「それは、まあ……」
「勿論、自分たちに危険に及ばない範囲で、だけど」
夏芽も、千秋が言うことはわからないでもなかった。
今時、オカルトに興味のない人間などそうは居ない。
その典型だった夏芽は、それを否定することはできなかった。
そんな会話をしていると。
「春美さ~~ん!!」
教室の外から聞こえるその声に、呼ばれた当人が顔を顰めた。
「春美ちゃん、呼ばれているよ?」
「悪いけど、居ないって言っておいて」
親切なクラスメイトが彼女を呼んだのだが、当の春美は居留守を決め込もうとした。
「あ、春美さん!! やっぱりいらっしゃった!!」
来訪者はクラスの中に顔を入れて彼女の姿を認めると笑顔になり、よそのクラスだと言うのにずんずんと中へと入って来た。
「ちょっとお話を聞いてほしいんですけどー」
「帰って」
「そんな冷たいなぁ。私と先輩の仲じゃないですか」
「私は人前で話しかけないっていう配慮が欲しかったの」
春美は、へらへらと笑みを浮かべている望海を睨んでそう言った。
同席している三人も、クラスメイトも二人のやり取りに目を白黒させていた。
「そう言ったって、春美さんが私のお話を聞いてくれた試しなんてないじゃないですか」
「察してくれない? 私、あなたのこと嫌いなの」
「そりゃあ、春美さんとあの方との蜜月をお邪魔した自覚はありますけど……」
何もそんなに嫌わなくたっていいじゃないですか、と寂しそうに体を背けて望海は春美を流し見ながらそう言った。
そんなことまで言われて、春美も席を立った。
「…………次、余計な口を利いたらもう二度と顔を合わせずに済むようにするわよ」
「わ、わかりましたよ……。我らが女神に誓います」
怒りと羞恥で殺意さえ漏れだしている春美に、面の皮が厚い望海も流石に恐れをなして頷いた。
§§§
校舎の端にある利便性が全くない階段に、二人はやってきた。
「これで、よし」
春美は奇妙な文様の描かれた短冊状の紙を壁に貼ってから、望海を睨んだ。
「あのね、一つだけ言わせて。
私にも友達はいるし、学校生活もあるのよ」
「あの方と一緒に世俗から離れようとしている人間とは思えない言葉っすね」
「師匠も私も、利用できるものは何でも利用する性質だからいいのよ。
私たちが師匠の邪魔をしてはいけない、そうでしょ?」
「それはそうですけど」
それは友人に対する物言いなのか、とまでは望海は口にするほど愚かでは無かった。
「それで、いったい私に何の用なの?」
「いやぁそれが、実はこんなものを見つけちゃいまして」
望海はスマホを取り出し、春美にそこに映っていた画像を見せた。
それは、空間の異常だった。
画像の中心の空間が球体のように捻じれ、その中は周囲とはまったく別の場所の光景が映っていた。
「……これって、どこなの?」
「さぁ、それはまだ。でも、私はこれを最近聞くようになった都市伝説の正体だと睨んでるんですよ!!
ほら、歩いていたら知らない場所にいつの間にかたどり着いていたって」
「…………」
春美は呆れたように望みを見やる。
不可思議な現象を語る彼女はイキイキとしていた。
「他にも、これとか。この事故現場、何だかおかしくないと思いません?」
望海が画面をスライドして別の画像を示した。
それは交通事故の事故現場の画像だった。
「これ、どうやったらこんな事故になるの?」
その事故現場は、狭い通路の途中にある民家の塀に自動車が真正面に衝突した光景だった。
だが、どう見ても塀を破壊できる速度で、塀に対して垂直に自動車が突っ込めるほどその道路に余裕は無かった。
「それで、これが警察の事情聴取の最中の記録です」
今度は、望海が念写で映したと思われる事故現場の事情聴取の光景が録画されていた。
『本当なんです!! 公道を走ってたら、いつの間にか目の前に塀があったんですよ!!』
『分かりましたから、落ち着いてくださいよ』
『こんな狭い道、普段から通らないようにしているのに途中の家に突っ込むわけあるか!!』
と言った、車の持ち主と警察官の会話だった。
「相変わらず便利な覗き見ね……」
この光景を、望海は自ら現地で取材したわけではない。
それどころか、都合よく事故現場を見つけてすらいない。
彼女の念写は魔女の指導により、見たいと思った場所をある程度時間さえ遡って見れるようになったのである。
「しかもこの人、走っていたのは隣の県だったみたいなんですよ。
突っ込んだ民家の住人に通報してもらった時に初めて自分がどこに居るのか気付いて驚いた顔は見ものですよ」
「そして相変わらず趣味が悪い……」
春美はニヤニヤして動画を見返している望海を、あとで師匠に〆てもらおうなどと考えていると。
「こういった超常現象は私じゃなくて師匠に相談すればいいじゃない」
「嫌ですよ、あの方に一人で話しかけるのなんて。
SNSで相談しても、それはソシャゲの周回作業より価値があるのかしら? とか言われるし」
「ああ、最近師匠はガチャでお気に入りキャラが最後まで限突できなくてイライラしてるみたいだから……」
「あのゲームって最高レアの限界突破って最後まで行くのに十体必要になりませんでしたっけ?」
うん、と春美は肯定した。望海は何とも言えない表情になった。
「とにかく!! あの方は魔力の異常くらいなら今の春美さんでも何とかできるとのことなので、御同行をお願いしたいのです!!」
「嫌です」
即答だった。
「何でですか!!」
「そもそも、あなたはこの怪異に対して何がしたいの?
師匠があなたに身を守る術を授けたのは、危険に首を突っ込ませる為じゃないのよ?」
「それは……」
望海が超常現象を遊びの延長としか捉えていないのは、春美にはお見通しだった。
「あなたは自分が超能力者だと知られることに対しては臆病なくせして、超常現象に対して危機感が無さすぎる。
師匠も言ってたじゃない、あなたの能力は危ういって」
「それ、めっちゃブーメランじゃないんすか?」
ここまで一方的に言われていた望海も、流石にムッとした様子でそう返した。
「魔法使いの弟子なんかしてるのに、新学期になったらお友達作って。陽キャの真似事ですか?
魔力の扱いを修めると良くないモノを引き付けるからって、あのお方は私に目を掛けてくれましたけど、それって春美さんも同じですよね?
私は友達と距離取りましたよ? ハブられて今はめっちゃ悲しいですけど。
でも、一緒に修業してる時は友人とか無駄だとかスカしたこと言ってたのに、それを忘れてイメチェンですか? 正直、ダサいっすよ」
むかっ腹が立った望海は早口で思いのたけをぶちまけた。
二人で同じ師に師事していた時から、お互いにいろいろな物を捨てる羽目になった。
望海は友人を、春美は家族を。
望海は姉弟子はいずれ、師のようになっていくのだと漠然と思っていた。
それは彼女の価値観からすればイカしていて、美しかった。
だと言うのに、姉弟子は二年生になったら仮初めの友達ごっこになんて興じている。
望海にとって春美は、ある種の“教義”を破ったに等しかった。
「……」
「…………すいません、先輩、言い過ぎました。協力を頼む態度じゃなかったですよね」
望海はある種の失望を抱えながら、礼儀として謝罪を述べた。
お互いに友情やら同じ師に師事している絆やらが無くても、仲間意識ぐらいはあるのだと期待していたのが間違いだったのだと。
きーんこーんかーんこーん。
「あ、清掃の時間だ。もう行きましょう、春美さん」
望海は上下の階層へと繋がる人気のない階段から、喧騒にまみれた廊下へと歩み出た。
清掃の時間になった為か、掃除をしに生徒たちがやってくる。
いつの間にか、春美の張った短冊状の札の効果は切れていた。
春美は、ギュッと拳を握りしめて望海が去って行った方を見ていることしかできなかった。
§§§
「はぁ、当てが外れたなぁ」
その日の放課後、望海は昇降口で怪異の発生地点を洗い出していた。
「別に誰かに見せびらかす訳でもないのに。
せっかく得た力を使わないでどうするんだか」
望海の師は言った。好きに生きて勝手に死ね、と。
だから彼女はそうしているだけだった。他人に迷惑を掛けない範囲で、好き勝手している。
人がお金を稼ぐのは、ため込む為ではなく使う為なのだから、春美の物言いは彼女にとって出し惜しみにしか聞こえなかった。
結局のところ、望海は若く幼いだけだった。
「ん? 二人とも、あれって昼休みの」
「あッ、ホントだ」
その声に、望海もスマホから顔を上げる。
その視線の先の女子たちに、望海は憶えがあった。春美と机を囲んでいた三人組だ。
「ちょっとー、あんた春美となに話してたの?
あの後、春美ったらちょー不機嫌だったんだけど?」
「そうだよ!! おかげで午後の授業ずっとピリピリしてたんだけど」
と、夏芽と千秋が望海に絡み始めた。
「あー、あんたら、春美さんのお友達?」
「そうだけど、あなたも?」
「まあ、ちょっとした縁があるってだけだけど」
あんまり事情をおおっぴらにしたくない望海は、真冬の質問に曖昧に答えた。
「どういう関係だか知らないけどさ、春美が困ってたじゃん。ああいうのよくないと思うよ」
「ちょっと、聞いてる?」
望海が夏芽の注意を聞き入れる様子の無いのを見て、千秋も顔を顰めた。
当人は三人を無視して下駄箱へ歩いて行っている。
「あなた、ちょっと待ちなさいよ!!」
このあんまりな態度に憤った千秋が望海に詰め寄ろうとして、他の二人も喧嘩になりそうだと慌てて追いかける。
「いい加減、しつこいんですけどー!!」
速足で歩く望海と、それを追いかける千秋。
そんな二人をハラハラした様子で追従する夏芽と真冬。
「だから待てって言ってるでしょ!!」
勿論、千秋が望海を追いかけているのは激情故だった。
もし彼女を掴まえたところで、原因とは関係ない感情に任せた無意味な論争が始まるだけだ。
それでもお互いに駆け足になって追いかけっこが始まらないのは、女子としての最低限の品性を保とうとしているからなのだろうか。
とにかく、なぜだか走って逃げたら負け、走って追いかけたら無様、と言うような謎の共通意識がお互いに芽生えていた。本当に謎である。
「千秋、もうやめとこうって。明日学校で良いじゃん!!」
「ねぇ落ち着こうよ千秋ちゃん」
焦る夏芽に涙目になる真冬。
この三人組で昔から沸点が低いのは千秋で、決まって二人がなだめる側だった。
追われ、追いかける二人。
望海も速足で不規則に曲がり、三人を撒こうとしているが、その程度で負けるほど女子高生の身体能力に差などない。
だが、やがで千秋は望海に追いついた。
「ようやく掴まえた!!」
千秋は、唐突に足が止まった望海の肩を掴んだ。
そして彼女の正面に回って、ようやく異変に気付いた。
「……え?」
青い表情をしている望海、コンクリートの道路と塀に囲まれていた筈の道中。
それが、見覚えのない田んぼだらけの田舎道になっていた。
更には、二人を追っていたはずの夏芽と真冬もキレイさっぱり消えていた。
望海は反射的にスマホのカメラアプリを起動し、動画撮影モードに切り替え、背後を映した。
そこには、見えないはずの空間の歪みが閉じて行き、何が起こっているのか分からず呆然としている夏芽と真冬の姿があった。
その二人の姿も、空間の歪みが閉じきって見えなくなった。
「なに、それ……」
彼女の異様な行動を、千秋は背後から見ていた。
勿論、彼女がスマホで録画している異常現象までも。
「嘘でしょ、まさか私が都市伝説に巻き込まれるなんて……」
何も異常を示さなくなった目の前の空間を呆然と撮影している望海が、そう呟いた。
録画を切り、何度見返しても彼女が撮影した動画は異様な光景を映していた。
見たことも無い田舎道に取り残された二人の耳には、夏でもないのにうるさいほどのセミの鳴き声だけが鳴り響いていた。
今回の話を書いていて、思いました。うざがられようなキャラだとも、望海ちゃんみたいなキャラは物語に必要なんだなぁと。
本当は前篇後編にするつもりはなかったのですが、五人の関係性や魔女さんが彼女らに関わりやすくする口実を作るにはよい機会だと思い、後編も書こうかと考えた次第です。
それでは、また次回、お楽しみに!!