転生魔女さんの日常   作:やーなん

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友達について

 

「春美さーん!!」

 その忌々しい声が聞こえた瞬間、春美は手にしていたコッペパンをぐにゅりと握り潰した。

 中からブルーベリージャムが外に漏れだす。

 

「私は、もう二度と顔を見せるなって言わなかった?」

「またまたぁ、先日は何だかんだで助けてくれたじゃないですか」

「あんた、あんなことがあったのに全然懲りてないのね」

 へらへらと笑っている望海を見て、千秋は心底呆れ顔だった。

 

「帰って。二度目は言わないわよ」

「ところで、春美さんってバイトとかする予定はあるんですか?」

「なんでそんなことを訊くの?」

「だって、ねぇ? お金掛かるじゃないですか」

 そう、魔術はお金が掛かる。

 逆に言えば大抵の物事はお金で解決できてしまう、と二人の師は時代が変わったことを嘆いていた。

 

 二人は先日の怪異に遭遇した後、女神への感謝を示すためにラム肉のブロックと国産蜂蜜を供物として捧げた。

 これだけで諭吉さんが一枚消えて行った。

 遥か昔だとどれだけコストが掛かったか考えたくもないレベルだ。

 

「あの方もどんな方法で稼いでソシャゲに廃課金しているかは知りませんけど、いつまでも師匠におんぶにだっこってのはどうかと思いません?」

「……」

 春美は苦い表情になった。全くその通りだったのである。

 彼女の扱う魔術の素材等は、修行と言う名目で彼女の師が調達した物ばかりだった。

 

「私のブログ、初めて間もないんですけど、SNSとかでも宣伝してバズっちゃってかなり人が来てるんです。だから結構収入が見込めそうなんですよ」

「どうせ、はした金でしょ」

「わかってないなぁ、春美さんは」

 近くにあった椅子を引き寄せ、春美の横に寄せて座る望海はやれやれと首を振った。

 

「私が記事でそれとなくホンモノの異能者と伝手があることをほのめかしたらメールに霊障とかで困っている人から何件か相談が来たんです。

 この手の案件の報酬ってどれくらいだと思います?」

「……どれくらいなの?」

「ごにょごにょ」

 春美は望海が耳打ちしてきた内容に目を剥いて彼女に顔を見合わせた。

 

「そんなに?」

「少なくともそれだけの金額は提示してきましたね」

「……」

 春美は実に苦々しい表情になった。

 いかに世俗から離れて魔導の研究に没頭しようとも、生きている以上お金は切っても切り離せないことを実感したのである。

 ましてや、現代の生活を知りながら電気ガス無しの自給自足になんて不可能だった。

 

「春美のやつ、なんであんな顔してるんだ?」

「たぶん、魔術師さんと同じような悩みなんだと思うよ」

 傍目から見ている夏芽と真冬はそんな感想を漏らした。

 

「春美ちゃん、毎日コンビニの百円パン食べてるしね」

 魔法使いも世知辛いなぁ、と思う千秋だった。

 

「悪霊ぐらい、私たちで余裕でしょう?」

「あのね、望海ちゃん」

 春美は一息吐いてから、周囲を見た。

 クラスの連中が二人を見ていた。

 

「そんな話、ここでしないでくれる?」

「こうして会いに来ないとお話を聞いてくれないじゃないですか」

 望海は少々不満げにそう言って、椅子から立ち上がった。

 

「それじゃあ、放課後再びお話を伺いに行きます」

 そう言って、彼女は教室から去って行った。

 

 それから春美は終始不機嫌そうにしていたので、友人たちも扱いに困った。

 そんな彼女が魔女の弟子だという噂がクラスに広まるのは、そう遠くない未来の話だった。

 

 

 

 §§§

 

 

「……あの、春美さん。なんでこの人たち連れてきちゃったんです?」

 放課後、校舎裏で待っていた望海は春美とその後ろの三人組を見やり眉を顰めた。

 

「あのね、望海さん。あんた、あんなことがあったのにまるで懲りてないの?」

 春美が何かを言う前に、千秋が前に出てそう言った。

 

「何ですか? 素人は引っ込んでてくれます?」

 望海はうっとおしそうに彼女に対応した。

 

「この間、あんなに酷い目に遭ったじゃない。

 なのにどうして危険なことをしようとしてるわけ?」

「私は千秋さんと違って身を守る手段がありますから。

 あの時、なーんにも出来なかった千秋さんと違って!!」

「すっ転んでビービ―泣いてたくせに」

「勝手にねつ造しないでくれます!? 私がいつビービ―泣いたって言うんです!!」

「その下手な敬語止めたら? キモいよ」

 二人の視線が交わり、火花が散った。

 

「はいはい、それまでにしとけって二人とも」

「千秋ちゃん、挑発しちゃダメだよ!!」

 本格的に喧嘩が始まろうとした瞬間に、夏芽と真冬が間に入った。

 

「だって、こいつが!!」

「春美さんも大変ですね。

 こんな面倒な人に仕方なく付き合ってあげてるんでしょ?」

 二人に遮られているのを良いことに、望海は嘲るようにそんな挑発を投げかけた。

 案の定、千秋は激怒したが、二人が必死に彼女を抑えた。

 

「彼女たちを連れてきてしまったのは悪かったわ。

 だけど、それ以上下らないことを言うなら私は帰るわ」

「本当に、分かっているんですか、春美さん?」

 望海は少しだけため息を吐いて、三人を見やる。

 

「私たちはあの御方に師事した時点で、普通の人生なんて無いも同然ですよ? 

 春美さんは高校を卒業したら素敵なキャンパスライフでもしますか? 

 サークルに入って仲間と遊んだり飲んだりする日が来るとでも? 

 否が応にも私たちは周囲を巻き込みますよ? この間の私みたいに」

 望海は真剣に春美の目を見てそう言った。

 だが、いい加減に春美も彼女の物言いに嫌気が差していた。

 

「そんなこと、分かってるわよ!! 

 でも私に穏便に距離を置く方法なんてわかるわけないじゃない!!」

 そんな彼女の唐突な叫び声に、望海だけでなく三人組も固まった。

 

「師匠の弟子だってことほのめかしたりしたけど、全然ダメだったし!! 

 だって普通、師匠みたいに皆から恐れられたりするものでしょう!? 

 私にこの三人みたいに仲のいい友達なんていなかったんだから、今でもどう接すればいいか時々わからないし!! 

 今こうして一緒に来るって言われた時も断れなかったし!! 

 それに師匠もこういった時にどうすれば良いか教えてくれなかった!!」

 春美は感情のままに、矢継ぎ早に思った言葉を吐き出し続けた。

 

「どうせボッチの私を面白がってるだけだと思ってのに、気が付けば一か月以上経ってるし!! 

 そりゃああなたが言ってた通り、滑稽でしょうよ!! 

 もう要らないと思ったモノが、もう切り捨てたと思ってたことが!! 目の前に転がり込んでくるんだもの!! 

 あなたに言われなくたって、自分が惨めだって分かってるのよ!!」

「あ、いや、春美さん、落ち着きましょう?」

 今まで見たことのない姉弟子の姿に困惑しながらも、望海は彼女を落ち着かせようとしたのだが。

 

「そうよ、あんたの方が正しいわ!! 

 私だってそう思うわよ!! でも世俗と完全に切り離して生きるなんて師匠にだってできないじゃない!! 

 今時中卒なんてあり得ないし、でも私たちが学歴を気にするのは無駄だって分かってるわよ!! 

 私にだって師匠に免許皆伝を貰うまでは人里で過ごさないといけないのよ!! 

 でもどっちにしろ私に山奥で暮らすなんて無理だし、世間体を気にするなら高校中退とか嫌だから!!」

「私は別に学校を辞めろだなんて言ってませんよ!!」

 話の方向性が明後日の方向に行っていることなど気にせずとにかく言葉を涙声でまくし立てる春美に、怒鳴られ続ける望海も泣きたくなってきた。

 

「一番ムカつくのは!!」

 春美はもはや望海を見ることさえせずに、何かに向けて当り散らしていた。

 

「結局、周囲に同調しているのが性に合ってるってことなのよ!!」

 全ての感情を発露させた彼女は、荒い息を整えるように肩を上下させた。

 

 春美にとって人間関係とは、我慢と忍耐だった。

 それらを感じなくて済むことを教えてくれる人に出会ったら、今度は煩わしいはずの人付き合いが悪くないと思えてしまった。

 こんな不条理を馬鹿馬鹿しいと言わずなんと言うのか。

 

 己の師と、三人組。出会う順番が逆なら、きっと春美の人生は真逆のモノになっていたのだろう。

 だがそれでも、それを春美が認めることは出来なかったのだ。

 彼女は、そんな素直でまっすぐな性根をしていなかった。

 

「あの、春美ちゃん……」

 実に居心地が悪そうに、千秋が口を開いた。

 

「なんだかごめん、無理言って付いて来たりして……」

「私も喧嘩になるの分かってて止めなかったし」

「正直私も二人が何を話すのか気になってて」

 千秋に続き、夏芽と真冬もバツが悪そうに春美の背中にそのように謝った。

 彼女たちは稀有なことに、或いは悲しいことに、今まで春美が出会ったことのない種類の人間だった。

 

 そして彼女らの素直さや優しさは、性根が根暗な春美を余計に惨めにさせるのである。

 

「望海ちゃん」

 黙って顔を逸らしていた望海が、彼女の言葉に顔を上げた。

 

「あなた、ネズの秘薬を持ってるでしょ?」

「え、はい、護身用に」

 言ってから、望海は春美が何をしようとしてるのか気付いてハッとした。

 

「ちょっと、春美さん!? 

 なにもそこまでしなくたって!!」

「いいから貸しなさい!! あなたが言いだしたことでしょう!!」

 春美にそう言われてしまっては、望海も苦渋の表情でカバンの中からペットボトルを差し出した。

 

 それは350mlの容器で、中に緑色の液体と木の枝が入っていた。

 

「なあ春美、それ、なんの薬なんだ?」

 夏芽とて、そのペットボトルの中身が緑茶などとは思っていない。

 嫌な予感がひしひしと、春美から伝わってくるのだから。

 

「大丈夫」

 三人に振り返った春美は寂しげに微笑んだ。

 

「後遺症とか、無いから」

 ペットボトルのキャップを外し、その中身が開け放たれようとした。

 

 

 

「はぁ」

 そんな時、深いため息が聞こえた。

 

 

「春美」

「ッ、師匠!!」

 なぜ今まで気付かなかったのか。彼女の言葉に、全員が驚きの表情でその姿を認めた。

 黒いケープの魔女が、校舎の壁に背を預け立っていたのである。

 

「その薬、人間相手に使ったらどうなるかしら?」

「す、数日は眠ったまま起きません!!」

「それが普通ではないことだと、どうして思い当たらないのかしら」

 ゆっくりと、魔女は春美に歩み寄る。

 たったそれだけの仕草だけで、春美は竦み上がっていた。

 

「あなたの悪い癖ね、一時の感情に身を任せ過ぎる」

「し、師匠!! 春美さんが、彼女たちの記憶を奪おうと!!」

 春美は焦って師に告げ口をする妹弟子を恨めし気に睨んだ。

 

「分かっているわ」

 黒い魔女は最初から一切の表情を変えず、望海に頷いて見せた。

 そのやり取りを見て、三人組は春美を見た。本当なのか、と。

 

「春美、あなたは無責任だとは思わないのかしら?」

「え?」

 まさか師からそんな言葉を投げかけられるとは思わず、春美は顔を上げた。

 

「今さら彼女たちの記憶を消したところで、縁は切れない。

 私が放課後、校舎や町を見て回っているのは知っているでしょう?」

「はい」

「私はこの土地の地脈を掌握し、恩恵を得ている。

 その時点で、この町は良くない物を引き寄せている。

 あなたが誰かに関わろうと関わるまいと、私がこの町に居る時点で同じことなのよ」

 その会話を聞いて、三人は思い出す。

 この黒衣の魔女と初めて遭遇した時のことを。

 

「それに、なぜあなたが悩むのか分からないわ。

 何かに巻き込んでしまうことが嫌なら、あなたがどうにかしなさい。

 この間、あなたがそうしたようにね」

「ですけど、私は全然未熟で」

「だから? 私は咎めているわけでも言い訳を聞きたいわけでもないわ。

 仮に彼女らの記憶を消したところで、何かしらの怪異にでも巻き込まれたら……どうせあなたはうじうじと後悔するわよ。

 そんな調子で、私に教えを乞うと言うの?」

「……」

 彼女の言うとおりだった。

 春美が三人の記憶を奪って他人面したところで、結局同じクラスなのだから意識しないわけではないのだ。

 

「当たり前のように勉学を学び、当たり前のように友人と過ごす時間は貴重よ。

 なにせ以前の私はそんなものは得られなかったのだから」

「……はい」

「まあ、説教するつもりは無かったのだけど。このままだとあなたがあまりにも哀れだから」

 もう一度、学園の魔女はため息を吐いた。

 なぜ今時の人間は自分たちが恵まれていると理解できないだろうか、とでも言うように。

 

「私を言い訳に使うのは止めて頂戴。

 私は少しも、あなた達の生き方を縛るつもりはないのだから」

 弟子二人にそう言って、黒い魔女は校舎裏を去っていく。

 

「あ、あの!!」

 魔女の足音だけが聞こえるようになった校舎裏で、一人の少女がその背に声を掛けた。

 真冬だった。

 

「こ、この間はありがとうございました!! 

 良ければ、また今度お話でもしませんかッ!!」

 彼女は精一杯の言葉で、同じ同級生にそう言ったのだ。

 

「……ええ、また今度ね」

 肩越しに振り返って、魔女は微笑んでそう言った。

 

 

「……三人とも、ごめん」

「あー、じゃあ、何か奢りな。二人は?」

「私もそれでいいわよ」

「私もー」

「じゃあそれで」

 ぺこり、と頭を下げる春美に、夏芽が二人の意見を取りまとめて笑った。

 

 

 

 §§§

 

 

「いやー、悪いですねー、春美さん。

 私の分まで奢ってもらっちゃって」

 四人、ではなく、五人はあの後、ファーストフード店に直行した。

 

「別に、あなたにも怒鳴っちゃったし」

「この分は例の件の報酬で返しますね」

「忘れてたわ……」

 結局その話は出来ずじまいだった。

 

「なぁなぁ、私らもそれ、見に行っていい?」

「ちょっと、何気なく私たちを巻き込まないでよ」

 ハンバーガーをもしゃもしゃしている夏芽に、千秋が横目で睨む。

 

「あ、でも私は興味あるな」

「真冬まで……」

 しかし真冬の方は興味津々なようであった。

 

「あなた達ねぇ、遊びじゃないのよ」

「良いじゃないすか、何かあったら春美さんが守れば」

 望海は完全に面白がっていた。

 その様子に、春美も顔を顰めた。

 

「師匠はああ仰ってたけど、あなたはどうするの? 

 一応友人は居たんでしょ?」

「はぁ? ちょっと忙しいからSNSで返信遅れただけでシカト決め込む奴らとか私しらなーい」

「ああ、そう……」

 春美はこれ以上聞かないことにした。

 主に自分の傷が開きそうだったから。

 

「それに、春美さんたち四人に関わっている方が面白そうですし。

 あ、そっちのSNSのグループ教えてください。連絡先教えますんで」

「……はぁ」

 これからはこいつが遠慮しなくなる、と思うと、何だか気が重くなる春美だった。

 

 そして、スマホを見ている四人を見て、春美はこんなことを思い出した。

 昔いた女子グループは、お互いに友達だよねー、と確認するように言い合っていたことを。

 だが春美たちはそんなことを一度も言い合ったことは無かった。

 

 友達はいつのまにかなっているモノなのだと、いったいどこのマンガの言葉だっただろうか。

 そんなことを、春美は思っていた。

 

 

 

 

 

 




今回の副題の別案は勿論、青春について、です。

前回がTRPGでいうところの導入シナリオなら、今回は理由づけ、動機に関するロールプレイになるでしょうか。
まだまだ春美や望海に三人組が関わる動機や理由は薄いですが、その辺の描写はまたそのうち。

あと、こちらだけでなく昨日から小説家になろうの方にもこの小説を掲載することにしました。こちらの読者さんも頭打ちになって来たので。
元々あちらは古巣なんですが……こちらの名前で書かせてもらうことにしました。

それでは、また次回!!
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