転生魔女さんの日常   作:やーなん

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事故物件について

 

「ちょっと、話が違うんじゃないんですか?」

 望海は怒りをあらわにしてそう言った。

 

「そちらの物件に住み着く悪霊を退治する為にわざわざ遠くからやってきたと言うのに、今さらキャンセルだなんて!!」

「それについては申し訳ありません。

 ですが、こちらも余裕があるわけではないのです」

 望海と男が揉めているのを、四人組は遠目で見ていた。

 

「なんだか、話がまとまらなそう」

「でも、どうして急に? 依頼されてたんじゃなかったのか?」

「うまい話は無いとは思ったけど、しょっぱなからこんな調子か」

 両者の言い争いが続き、諦念を抱き始めた真冬。

 どうしてこうなったのかと疑問を抱く夏芽に、その様子に呆れ果てる春美。

 

「こんな調子で大丈夫なの?」

 そして幸先の悪い出だしに、さっそく不安を抱く千秋だった。

 

 

 四人組+αは、休みの日に電車に乗って依頼があるという町へとやってきていた。

 そこに霊障があるという物件を抱えた不動産屋が居るのだと言う。

 

 しかし肝心の依頼主に会ったら、依頼はキャンセル。

 このままでは電車代で大赤字である。

 

 話はこじれ、今では望海がキャンセル料を払えと言い出している始末である。

 

「望海ちゃん、もう良いでしょう」

「春美さん、ですけど!! 最低限交通費ぐらいはふんだくらないと!!」

「今回はあなたの詰めが甘かったと言うことにしておきましょう。

 ところで、霊障は実際に出ていたのでしょう? なぜ土壇場で依頼を取り下げるんですか?」

 未だ依頼主に食い下がろうとしている望海を押しのけ、春美が大人の対応に出た。

 

「いえ、実はまだうちの物件の問題は解決してはいないんですよ」

 胡散臭そうにこちらを見ている不動産屋の男は、最低限説明しないと帰らないと思ったのか、ため息と共にそう言った。

 

「では、なぜ?」

「奇特な方がおられましてね。

 別のところに相談したところ、無償で悪霊を払ってくれるという人物が現れたんですよ」

「別のところ?」

「あの丁度、その方と約束の時間なのです。いい加減お引き取りください」

 不動産屋が苛立たしげにそう言った時だった。

 

 

「もし」

 かつかつ、とその女は足音を立てて現れた。

 その姿を見て、望海と春美はゲッと顔が引きつった。

 

「あなた様が今回我らが教会に救いを求めておられる方でしょうか?」

 その女は、修道服を身に纏う若い修道女だった。

 そしてなぜか大きめの旅行カバンを携えていた。

 

「ああどうも、シスター。お待ちしておりました」

 不動産屋はごますりしながら彼女を出迎えた。

 

「……彼女たちは?」

「ああいえ、彼女らとはちょっとした行き違いがありまして」

 胡乱な視線を投げかける修道女に、不動産屋はそんな説明をした。

 彼の近くにいた二人は、いつの間にか距離を取っていた。

 

「撤収、皆帰ろう」

「了解です、春美さん」

 春美は短くそう言い放ち、望海もそれに賛成した。

 

「どうしたの、二人とも?」

 その変わり身の早さに、夏芽は目を白黒させていた。

 

「たぶんほら、あれじゃない? 

 教会のシスターさんみたいだから、二人とは相性が悪いとか」

「ああ、そう言う」

 喧嘩になる前に撤退する、賢い判断だと真冬の推察を聞いた千秋は思った。

 二人は仮にも魔女の弟子である。キリスト教徒と仲良くできるはずもないと感じたのだ。

 

「どういった経緯かはわかりませんが」

 修道女は不動産屋と春美たちを交互に見て、こう言った。

 

「お話にあった霊障を私が払える保証は有りません。

 彼女たちにも同行してもらい、後詰めになさっては如何でしょう」

「え、ですけど……」

「彼女たちにも依頼をしておきながら、都合が悪くなったら一方的に追い払うのは不義理が過ぎましょう」

「それはまあ、仰る通りで」

 そのように不動産屋を納得させた彼女は、警戒を露わにしている二人と三人に顔を向けた。

 

「だそうですが、いかがですか?」

 生気の無い視線が、彼女らに問う。

 

 

「……」

「…………」

 結局、件の物件のことが心配だった二人は、同行することにした。

 ただし、終始無言で修道女から常に五歩は離れた位置をキープしていたが。

 

「なあ、そんなに警戒するような人か?」

 物件への道中、こっそりと後ろを歩く二人に声を掛ける夏芽。

 

「師匠の教えなの。キリスト教徒に関わるなって」

「特に悪魔祓いはろくな連中じゃないって」

 ぼそぼそ、と夏芽の質問に二人は答えた。

 

「でも無償で悪霊退治を引き受けてくれるんだから、良い人かもよ?」

「あの目を見たでしょ?」

 真冬の楽観的な意見を、望海はまるで聞き入れる様子はなかった。

 

「奴はホンモノですよ。実力のほどは知りませんがね」

「まあ、うちの学校のメガシンよりずっと死んだ目してるけど」

 千秋はなぜ二人があの修道女をここまで警戒するのか理解できない様子だった。

 

「実力って、教会のシスターにそんなのあるのか? 

 ってか、そもそもキリスト教は魔法とか呪術とか否定してるじゃん」

 物静かな女性にしか見えない修道女を見て夏芽はそんなことを小さくぼやいた。

 

「連中が否定しているのは魔道の実践で、魔道そのものの存在は認めてるんですよ」

「まあ、実際に今の時代にもあるしね」

「自分たちが使う術を奇跡と言い換えてるらしいし、所詮はそんなものよ」

 真冬は警戒心を解かない二人を見て、どういう反応をすれば困った。

 

「まあ、同業者かどうか判断するのに、最も確実な方法はありますけどね」

「望海ちゃん、あらかじめ言っておくけど止めてよね。フリとかじゃないから」

「私がそんな藪蛇を踏むとでも?」

 ちっとも信用されていない望海は半眼で春美を見やった。

 

「それって、勿論呪ったりするとかじゃないよね?」

「違いますよ、単に相手を指差すだけです。

 ほら、ガンドって指を差して発動する呪いがあるんですよ」

「ああ!! 知ってる知ってる、アニメで見たことある」

 疑わしげにしている夏芽をよそに、真冬は心当たりがあるのかポンと手を叩いた。

 

「私もアニメで知った口ですけどね、それを師匠に言ったらこれも時代かって言ってましたよ。

 あの御方と仲良くしたいなら、冗談でも指を差したりしないように。

 ……冗談じゃなく、指をへし折られますから」

 苦々しい表情をしている望海の横で、春美もこくこくと頷いていた。

 

「しないから大丈夫だよ」

 やや怯えながら、真冬たちも頷いた。

 彼女らは何となく、日本でも相手を指を差す行為は失礼に当たる理由に呪術的意図を感じざるを得ないのだった。

 

 

 §§§

 

 

「ここです」

 そして不動産屋に連れられやってきたのは、アパートの一室だった。

 彼が鍵を開けると、室内へのドアが開けられた。

 

「なるほど」

「ああー、これはダメね」

 修道女と修業で多少霊的感覚を得ている春美も、通路からでもその部屋の異質な空気を感じ取った。

 魔女の本格的な修業を受けていない望海も、スマホを取り出し玄関をカメラで一枚撮った。

 

「うわッ」

 そして映った物を見て、思わず体をスマホから遠ざけた。

 気になった三人組がそれを覗いてみると、表情を引きつらせた。

 

 そこは、まるでホラーゲームのように赤黒い染みが玄関の壁紙やフローリングに浮いていたのである。

 

「これ、完全に異界化してますね。ここで何があったんですか?」

 何やら不穏な様子を感じ取って不安そうにしている不動産屋に春美が問うた。

 

「ええと、あまり大きな声では言えませんけど、以前ここの部屋で首吊り自殺がありまして……」

「ああ所謂、事故物件って奴か。

 うちの両親も前にそれで民事裁判やったって言ってたなぁ。ロンダリングされた事故物件だったって、被害者が訴えて弁護したって」

「ええまあ、デリケートな問題でして」

 夏芽の言葉に頷くように、不動産屋が言った。

 

「正直におっしゃった方が宜しいですよ」

 感情の無い視線が、部屋の中から不動産屋へ向けられる。

 

「人間が一人死んだくらいで、こんなになるはずがありません。

 ここはそれだけの怨念が渦巻いている」

「わ、私の口からは何も」

 修道女の追及に、不動産屋は露骨に目を逸らした。

 

「まあ、いいでしょう」

 彼女は特にそれ以上尋ねることもなく、旅行カバンからオリーブオイルの瓶を取り出した。

 それの中身を手のひらに零し、袖を捲って手足に塗った。

 

「私は行きます。救われぬ魂を導かねば」

 そして、修道女は部屋の中へと入って行った。

 その後、春美はドアを閉めて、五芒星の描かれた札を入り口に張った。

 

「え、閉めちゃうの?」

「だって危ないわよ」

 春美にそのように言われては、千秋には何も言えなかった。

 

「たぶん、大丈夫でしょう。あの人、本職みたいですし」

「シスターに本職もなにも無い気がするけど」

「いえ、あれは──」

 望海が夏芽に何か言おうとした時だった。

 

 ドン、と室内から何かを打ちつけるような音が聞こえた。

 不動産屋は青ざめ、五人も押し黙った。

 

 それから中から断続的に物音が聞こえ始めた。

 春美は無言でドアに札を追加した。

 

 その直後、ドンドンドン、と入り口のドアを叩くような音が通路に響いた。

 張ってあった五芒星の札が黒ずみ、何十年も風化したように塵となっていく。

 

「焼け石に水ね、下がってて」

 春美は恐怖に慄いている不動産屋や、スマホを弄っている望海と絶句している三人組を後ろに下がらせ、三叉路の中心になる位置に女神像を置いた。

 

 やがて、きぃぃ、とドアが開いた。

 

 

 静寂。

 

 

 

 

 

「……ねぇ、終わったの?」

 恐る恐る、夏芽が尋ねた。

 春美は女神像の前に跪き、祈りの姿勢のまま何も答えない。

 

 そこで彼女らは開かれたドアの内側には、無数の引っ掻き傷が刻まれていたことに気付いた。

 

「内装工事をしたばかりだというのに!! これ以上部屋を傷つけられては困る!!」

 その時、なぜか焦燥感に駆られた不動産屋が、部屋に近づこうと前に出た。

 

 それはまるで、部屋に誘われるかのように、不自然に。

 

「ちょ、あのおじさん大丈夫なの!?」

「この位置から動くと二の舞になりますよ」

 スマホを弄りながら、望海が慌てた千秋に忠告した。

 

 不動産屋の姿が室内に消えていく。

 すぐに彼の悲鳴が周辺に響いた。

 

「あの、助けなくていいの?」

「無理そう。私の方でも何とかしてみたけど、まるで駄目。

 多分、あちらの術と競合している」

 祈りの姿勢を解いて立ち上がる春美が、ため息交じりに真冬にそう言った。

 

「まあ、自業自得でしょ」

 望海はスマホの画面を見つめたまま、冷たくそう言った。

 

 

 その時だった。

 澄んだ歌声が聞こえてきたのは。

 

「これって、讃美歌?」

 それは部屋の中から聞こえるのだと、真冬は感じた。

 

「綺麗な歌声……あれ?」

 その神聖さすら感じる歌声に聞き惚れていた千秋は、両耳を指で塞いでいる春美と望海に首を傾げた。

 

「二人とも、どうしたの?」

「これ、霊体や活性化した魔力の持ち主にダメージを与える術っぽい」

「手こずってるとは思ったけど、あのおじさんが来て危ないから強硬手段に切り替えた感じですかね」

 と、二人は顔を顰めて言った。彼女らも多少なりとも影響を受けているらしかった。

 

「終わりました」

 その歌が終わると、修道女は部屋から出てきた。

 勿論、青ざめて震える不動産屋を引きずりながら。

 

 

 

 §§§

 

 

「いやぁ、結局お金貰えてよかったですねぇ」

 にこにこと笑みを浮かべ、封筒の万札を数える望海。

 しかし、他の四人は複雑そうな表情をしていた。

 

「あのおじさん、結構やらかしてたんだねぇ」

 夏芽は先ほどのやり取りを思い出し、眉を顰めていた。

 

 あの後、仕事を終えた修道女は脇目も振らずに立ち去って行った。

 これ幸いと、望海は不動産屋にキャンセル料を請求したのだが。

 

「ふざけるな!! お前たちは何もしていないじゃないか!!」

 と、当然彼は激怒した。

 しかし望海はすかさずスマホを取り出し、画面を見せた。

 

「この方、ご存知ですよね」

「ッ、そいつは……」

 その画面には、みすぼらしい老人があの部屋に入って行こうとする画像が映っていた。

 

「このおじいさん、バイトでしょう? 

 身よりの無いホームレスにタダ同然で貸して、事故物件のロンダリングしようとした。

 でもこの人、近くの川辺で身投げしたみたい。この部屋に住んでいたせいで」

 望海は念写で、あの部屋の異様な有様の原因を探っていた。

 たった一人の自殺で、あんな怨念が渦巻くのはおかしいのだから。

 そして、この不動産屋の男が誘われたのも。

 

「他にも似たようなこと、何件かあったんでしょ? 

 あの部屋で死んだわけじゃないから、知らぬ存ぜぬを通して」

 望海だけでなく、春美たちの視線も次第に軽蔑の色を帯びていった。

 

「あんたに良心が残ってるなら、供養代ぐらいだしなさいよ」

 春美がため息を吐いてそう言うと、不動産屋はうつむき震えながらも小さくうなずいた。

 

 

 その後、二人は呪われた事故物件の犠牲者の冥福を祈った後、友人たちと一緒に帰路についた。

 

「往復の交通費がこれで、今日の打ち上げにこれだけ使うとして、私と春美さんの分け前がこれぐらいかな」

「おッ、望海ちゃん太っ腹!! どこ食べに行く?」

 費用を計算している望海の呟きに、食い意地の張っている夏芽が反応した。

 

「夏芽ちゃん、私たちこそ何もしてないんだから、そこは建前だけでも遠慮しておこうよ」

「千秋も結局建前だけなんじゃないか!!」

「春美ちゃんたちはどこ食べに行きたい?」

「待って、今口コミでこの辺の店を探してるから」

 春夏秋冬の四人組はそれぞれそんなやり取りをしていると。

 

 ふと、春美が足を止めた。

 一歩遅れて、望海も気付いた。

 

 不自然に人気の無い一本道の先に、あの死んだ目の修道女が立っていることに。

 

「ごきげんよう、先ほど振りですね」

 彼女は抑揚の感じさせない声で、そう口にした。

 真冬はこの人物があの美しい歌声の持ち主とは思えなかった。

 

「正直なところ、あなた達程度見逃してあげようかと思っていたのですが」

 修道女は先ほどは持っていなかったギターケースを地面に降ろした。

 

「あなた達の扱う術には、覚えがある」

 ギターケースのジッパーが開かれ、その中から現代の人間には見慣れないが誰もが知っている物体が現れた。

 刃渡り九十センチ以上の、ロングソードだった。

 

「あなた達にその術を授けた人間がどこにいるか、拷問してでも吐いてもらいましょう」

 すぅ、と彼女が慣れた手つきでその剣の切っ先を彼女たちに向ける。

 

 ギョッとしている一般人三人に対し、彼女らの前に出た春美。

 そして、望海は冷静に行動に移した。

 

「あ、もしもし、警察ですか? 

 助けてください!! 刃物を持った変なコスプレした女に襲われそうになってるんです!!」

 

 

 

 ぴーぽーぴーぽー。

 

「ほら、中に入って」

 そして十分後、警察に連れて行かれる刃物を持った修道女という状況が誕生した。

 

「いや、あの、これは誤解でして」

「うえーん、あの人、私たちを拷問するとか言ってたんですー」

「だそうだが?」

「…………」

 ばたん、とパトカーに押し込まれ、刃物を没収された修道女は警察署に連れて行かれるのだった。

 

 事情聴取が終わり、嘘泣きを止めた望海と四人組は去っていくパトカーを見て哀愁を感じていた。

 

「時代が違うって、残酷なんだなぁ」

 そんな真冬の呟きに、無言でうなずく四人だった。

 

 

 

 




ここにきて新キャラを投入していくスタイル。
シュールな登場の仕方をしましたが、彼女は魔女さんたちの過去を掘り下げる役割があります。
決して不憫担当とかではありません、たぶん!! きっと、メイビー……。

やっぱりスマホは下手な魔法の道具より強い説。

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