せっかく読者の皆さんが増えたので、挑戦してみました!!
その日、いつもの四人組は昼休みにいつも通り食事をしていた……のではなかった。
いや、この後、いつも通りそうなるのだろうが、今は違った。
今日は週に一度しかない美術の時間だった。
授業のテーマは、『自由工作』と黒板に書かれていた。
美術の教師は何やら書類の作成に追われており、殆ど自主学習状態だった。
生徒たちには彼女から用意した粘土や木材、段ボールや布、水性の絵具などから何か適当に作れと言うお達しがあった。
女子たちは粘土で人形を作ったり、絵心のある者は適当な物を模写しはじめた。
男子の中には段ボールでミニチュアハウスを作る器用な物が居たり、木材で某教育番組のような仕掛けを数人で分担して作ろうとしたりと、思いのほか生徒たちの自主性が発揮されていた。
「高校生にもなって、工作とか無いよねー」
とか言う千秋は、段ボールを切り貼りして飛行機を作っていた。
細かなディティールは油性ペンという力の抜きどころを弁えた彼女らしい手際の良さだった。
「だよねー、中学の頃に何回かあったぐらいだよね」
真冬は木の板に彫刻刀でルーン文字を刻んでいた。
普段からお守りや護符などを自作しているだけあって、慣れた手つきである。
「まあ良いじゃん、著名な芸術家の名前とか作品名とか覚えさせられるみたいな授業よりはさ」
夏芽は裁縫バサミで布を切って、裁縫道具でちょっとした女の子の人形を作っていた。
中学時代に患っていた頃、自分で衣装を作ったりした経験が生きていた。
「でも美術とかのテストって範囲が狭いから、点数の稼ぎどころだと思うんだけど」
そして春美は薄い木の板を切ったり張ったり曲げたりして、環状の物体を作っていた。
何とこの四人、程度の差はあれど不器用な人間はいなかったのである。
大抵一人は極端に不器用な人間が居て、嘆いたり喚いたり笑われたりするものなのに。面白みに欠ける連中だった。
「ところでさ、春美ちゃんは何を作ってるの?」
彼女らがそんな教師に失礼な会話をしていても平気なぐらいわいわいがやがやと息抜きの授業を楽しんでいる美術室で、唯一何を作っているのか分からない春美の工作をようやく真冬が突っ込んだ質問をした。
「これ? イユンクス」
「いゆんくす?」
夏芽は春美の齎した単語を反芻し、首を傾げ他の二人もみやる。
千秋も真冬も、知らないとでも言うように首を振った。
「なにそれ?」
「もうちょっとで出来上がるから待ってて」
春美は特にもったいぶったつもりは無かったのだが、三人はそのように言われると気になってしょうがない。
春美が作っているのは、非常に端的に言うなら車輪だった。
円形に十字の軸を取り付け、その中心に二つの穴を開けて、長い紐を通して結んだ。
「出来た、これがイユンクス」
春美はそうしてできた物体の紐の端を両手で持ってビヨンビヨンと車輪を上下させて遊び始めた。
「それってオモチャ? 車輪はどちらかというとキリスト教の逸話とかにある印象だけど」
サブカルチャーにそれなりに詳しい真冬もそれが何か判別がつかなかった。
「まあ、マイナーな道具だよね。
でもこれは由緒ある呪術の道具でさ、女神アフロディーテが発明したって言われているらしいんだ」
紐を引き締め、その反動で車輪が糸を巻き上げ回転し、それをほどく為に引き伸ばし回転させる。
やがて、車輪はぶんぶーんと奇妙な音を発し始める。
やっぱり三人は春美が遊んでいるようにしか見えなかった。
「せんせー、春美ちゃんがオモチャを作って遊んでまーす」
「これが恋を成就させる道具だとしても?」
「せんせー、嘘でーす、ごめんなさい」
悪ふざけをした千秋は物凄い手のひら返しで発言を撤回した。
そして残り二人同様、顔と体を突出してその道具を目に焼き付け始めた。
「なんでも、ヘカテー様をお呼びするのにも使えるらしくて師匠に作り方を教わったんだけどさ。
でも用途が限られるし、実際オモチャだ……よ……?」
そこで春美は気付いた。
同じテーブルで作業していた三人だけでなく、室内に居た女子生徒たちほぼ全員が顔を突出しその道具を食い入るように見ていたのである。
男子生徒たちもそわそわして、ちらっちらっと春美の手元を見ていた。
「春美さん」
そこで、教室の異変に気付いた先生が立ち上がる。
「あ、ごめんなさい、先生……」
つい先日お呪いの類は厳禁だとホームルームで言われたばかりなのを思い出して、素直に頭を下げる春美だったのだが。
「それの遣い方、先生にも教えて頂戴」
美術の先生(独身・三十路)が血走った目でそんなことをのたまうのだから、生徒たちもギャグ漫画のように一斉にズッコケた。
§§§
「あ、本当だ、イユンクス。紀元前三世紀頃に実際に有った道具なんだ」
昼休み、真冬は件の道具を昼食も忘れてスマホでググって調べていた。
「ギリシャ神話によるとアリスイを括りつけて使うらしいけどそこのところどうなの春美ちゃん」
自己主張の少ない真冬にしては珍しく問い詰めるような聞き方だった。
ちなみに、春美が美術の時間に作った例のイユンクスは提出と同時に先生に進呈していた。
「アリスイって?」
「鳥だよ、確か」
「え、鳥を括りつけるの!?」
その本来の遣い方に夏芽はドン引きだった。千秋も効果のほどは半信半疑の様子だ。
「うーん、実は道具の作り方だけで、やり方の方は参考程度っていうか」
「何で!! 肝心なところじゃない!!」
「だって、そんなことするより媚薬盛る方が手っ取り早いって言ってたんだもん!!」
机をバンして問いただす真冬に、春美は思わすそんなことを叫んでしまった。
「あッ」
しん、と静かになる教室。
幼馴染三人組は顔を真っ赤にしていた。
そして、どこからともなく感じる視線に、春美は教室の外の木に留まる鴉を見つけた。
「し、師匠!? ご、ごめんなさい!!」
春美が叫ぶのと同時に、彼女のお腹が急にぐぎゅるるるるぅと鳴って、青ざめた表情になった。
「と、トイレ、トイレ……」
春美は涙目のまま内股になって教室から千鳥足で去って行った。
空気の読めるクラスメイト達は、何も聞かなかったことにして昼休みの雑談を再開するのだった。
春美は一時間くらいトイレから帰ってこなかった。
「作ってきた」
翌日の昼休み、ドヤ顔で真冬は学校に昨日春美が作ったイユンクスを模倣して持ってきていた。
「さあ、春美ちゃん、吐いて!!」
「真冬ちゃん、なんでこんなテンション高いの?」
「さあ?」
春美に尋ねられた夏芽は小首を傾げた。
「そもそも真冬に惚れた相手も居ないし、これまでも居なかったじゃない」
「もしかしたらこれから役に立つかもしれないじゃない!!」
呆れている千秋に真冬はそのように熱弁した。
恋が成就するかどうかは思春期の乙女には大事なことなのだ。たぶん。作者は分からぬ。分からぬ……。
「あのさぁ、ぶっちゃけ呪術で相手の心を物にして嬉しいの?
何かの拍子で呪いが解けたら何言われるか分からないよ?」
と、言いながら春美はクラスメイト達の方を振り返る。
何人かの女子生徒がそっとカバンに何かをしまった。
「だってぇ」
「そんなに知りたいのなら、師匠に直接尋ねればいいじゃん。
そのうち一緒にお話しする約束したんでしょう?」
「そんなぁ、あの人にそんな恥ずかしいこと聞けるわけないじゃない」
「……呆れた」
真冬がこんな感じじゃあ呪術に頼りたくなるわけだ、と春美は思った。
「皆さーん、お昼ご一緒しましょー」
と、その時、望海が四人の教室に入ってきてそう言い放った。
「あれ、真冬さん、それってイユンクスですか?
もしかして、誰か気になる相手でも?」
望海は真冬が持っている道具を見て、口元に手を当てうしししといやらしく笑った。
「ほら、面倒なのに餌を与えちゃった」
「それで、誰なんです? ええ、気になります、気になります」
望海は食い気味に四人に詰め寄った。
しかし、春美が誤解の無いように説明すると、なんだ、と露骨に彼女は落胆して肩を落とした。
「ねぇ、望海ちゃんは使い方知ってるの!?」
真冬が望海に問う。そしてガタッと身を乗り出すクラスメイト達。
「残念ながら、道具の存在だけですね。
でも儀式をしながら魔力をイユンクスの音に乗せる必要があるらしいので、たぶん素人が真似しても成功しないと思いますよ」
「あ、そうなんだ」
真冬は望海の言葉にがっくりとうなだれた。後ろの方でもクラスメイト達ががっくりしていた。
「てか春美さん、この呪術はあの御方も嫌ってたはずでしょう?
それの作り方を教わってた時もかなり不機嫌でしたし」
「まあ、そうだけれど」
「それが学校で流行って、また不機嫌になっても知りませんよ」
望海の物言いに、春美はややふて腐れたように焼きそばパンをもしゃりはじめた。
「え、じゃあもしかして、魔女さんもこの呪術に嫌な思い出とかあったりして?」
他人の恋路に首を突っ込みたがるのは望海だけではなかった。
夏芽は興味津々の様子でそう言ったが、望海は首を横に振った。
「いえ、神話の上でこの呪術が誰に使われたかご存知でしょう、真冬さん」
「え、うん」
望海の言葉に、真冬は頷いた。
「コルキスの王女メディア」
日本ではマイナーな人物だが、有名な作品やアニメの登場人物になった為か近年では知る者は多い名前だった。
「そう、イユンクスの呪術には男女を引き寄せる力があるんですよ。
アフロディーテはその使い方をイアソンに教え、一緒のところをエロスの矢でブスリ。
ギリシャ神話屈指の魔法使いが見事愛の奴隷ですよ」
「それとこれとが何の関係があるの?」
それはあくまで神話の出来事である。
千秋はその話がなぜ魔女の琴線に触れるか分からなかった。
「何と言うか、うちの流派の始祖ってその王女メディアらしいんだよね」
それには、春美が答えた。
「え、ええええええッ!!」
真冬から、幼馴染たちすらも聞いたことが無いような叫び声が発せられた。
「だからその、師匠は王女メディアをマジでリスペクトしてて」
「王女メディアは魔女キルケーの他にヘカテー様にも師事して魔術を授かったらしいですし、まあ偉大なる始祖って表現で間違いないでしょうね」
「私たちにとっても大先輩よね」
と、望海の方を見やりながら春美はそう言った。
「じゃ、じゃあ、捻じ曲がった短剣とか伝わってたり……」
「それはアニメの見過ぎですよ、いえ、実際私も訊きましたけど」
「こ、今度アニメを勧めて感想聞かなきゃ……」
「ノベルゲームの方は敷居高いですしねー」
割と話の合う、真冬と望海だった。
「まあそう言うわけで、師匠はあんまりその道具と術が好きじゃないみたい」
春美はそのように締めくくったが、衝撃の事実に興奮して震えている真冬には聞こえてい無いようだった。
「真冬がおかしくなった……なんでこいつこんなに楽しそうなんだ?」
「さぁ?」
オタクならざる夏芽と千秋には分からないことであった。
「なんだか今の話を聞くと、その道具を使ったところで二人きりになれるだけのようにしか聞こえなかったんだけど」
「でもまあ、気を引くぐらいはできるんじゃないの?」
そこまで確実性が無いと悟り、なーんだ、と夏芽は興味を失ってしまった。
周囲からもため息が聞こえる。
「あのー」
そこで、外野の筈のクラスメイトの女子が手を挙げた。
「王女メディアって若返りの魔法が使えたらしいですけど、そこのところどうなんですか!!」
とある女子生徒の、決死の覚悟の質問だった。
「……」
「……」
しかし、弟子二人は眼を逸らして答えなかった。
……静寂が訪れた。
幼馴染三人組は、椅子から立ち上がって二人ににじりより始めた。
その瞳は血走っていて、般若の如き形相だ!!
クラスメイト達も亡者のようにゆっくりと二人に距離を詰め始めた。
「望海ちゃん」
「はい、春美さん」
二人は即座に二手に分かれ、教室の左右の扉から廊下に逃げ出した。
「待てぇ!!」
「逃がすな!!」
「絶対に吐かせるのよ!!」
目の色を変えた女子の軍勢が暴徒となって逃げだす二人を追い始めた。
これが現代の魔女狩りの縮図だった!!
「こら、廊下は走らない!!」
「ご、ごめんなさい!!」
「許すわ。その代り」
美術の先生(独身・三十路)は、くわっと目を見開いた。
「お願いだから、私を若返らせてッ!!」
「私にそんなめちゃくちゃ高度な魔法が出来るわけないじゃないですかー!!」
春美は半泣きになって教師の手から逃げ出した。
「はぁ」
もはや収拾がつかない状況になったので、その様子を呆れてみていた黒衣の魔女が指を鳴らした。
学校中に少しの記憶が曖昧になる毒ガスが散布され、ちょっとした集団意識不明事件が起こった。
原因は判明されなかったが、たぶん責任はガス会社の誰かが取るのだろう。
頑張れ、ガス会社!! 負けるなガス会社!! あなた達が倒産したら、誰が責任を取るんだ!!
今回はコメディ調でお送りしました。ある意味いままでで一番の日常回かもしれません。
基本シリアスな小説なので、困惑した人もいるかもしれませんが、我が半生に及ぶ執筆活動は挑戦の日々でした。
これでせっかく増えたお気に入りが減っても泣きません。作者は強い子ですから……嘘です。
何だか日刊ランキングに乗ったおかげでお気に入りが二日前より三倍ぐらいになってビビってますが、これに驕らぬよう頑張って続きを書きたい所存です。
あと、せっかくなのでアンケートを実施します。ご協力くださると幸いです。
この小説の今後の展開や作風について。
-
今のままのシリアス重視でいい
-
バトル展開とかも見てみたい
-
今回みたいなコメディ調も楽しみたい