臨時休校からしばらく経ち、六月になった春美たちの学校は、早々に珍事に遭遇した。
「カタリナと申します。
どうぞよろしくお願いします」
予想外の人物の登場に、ぽかーんとなるいつもの四人。
「カタリナさんは家庭の事情で今まで通信制の学校にいたらしくて、あまり学校に通ったことがなかったそうです。
皆さん、彼女に偏見など持ったりせず、分からないところがあったら助けてあげてください」
彼女らの担任先生がそのようにカタリナを紹介した。
クラス中の誰もが、それは無理だろう、と思った。
なぜなら、彼女は今でさえ修道服姿なのだから。
「何でシスターさんが? この時期に?」
「編入するとこ、ミッション系の学校と間違えてない?」
等々、生徒たちは好き勝手隣の席の生徒たちと話し始めた。
「え、これ、どういうこと?」
「……さぁ?」
困惑する夏芽と、呆然と生返事を返す千秋。
「…………」
そして真冬やほかの生徒たちは真顔のまま無言を貫く春美の様子をちらちらと窺うこととなったのだった。
さて、朝のホームルームの時間に紹介されたカタリナは、急遽増設された一番後ろの机に着席した。
そして一時限目の準備を始めた彼女に転入生のお約束イベントが発生した。
「ねぇねぇ、カタリナさんってシスターなの?」
「はい」
「カタリナって本名なの? 日本人だよね?」
「洗礼名です」
「今まで学校に通ってなかったってホント? やっぱり教会って厳しいの?」
「いえ、神父様はかなり緩い方です」
そう、女子たちによる質問攻めである。
ハッキリ言ってカタリナはその外見や雰囲気から話しかけづらい人物だった。
それでも好奇心が勝つあたり、女子たちのバイタリティは侮れなかった。
「私の方からも質問をよろしいでしょうか?」
「うん? なになに? 何でも聞いて」
「同じ学年に魔女が居ると聞きました。どのクラスですか?」
しかしいかに彼女らがバイタリティに溢れていようとも、バイタリティだけではどうにもならないことは有った。
そしてそれは彼女の立ち位置を決定付けてしまう一言だった。
「あ、うーん、魔女さんねぇ……」
「ねえ、私たちも授業の準備しよ!!」
「そ、そうだね!!」
女子たちは別に授業に真面目でもないのに蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻り、教科書の準備を始めてしまった。
「……」
カタリナは周囲に視線を向けると、クラスメイト達は目を合わせまいと顔を逸らした。
「なるほど」
彼女は自分なりの解釈でその状況に結論付け、警戒するようにカタリナを見ている春美を見返した。
「やはりここは異教の教えが流布された、邪悪な魔女のあぎとの内側というわけですか」
そして彼女は、静かに祈り始めた。
その頃、屋上では一羽のカラスとハトが少しの距離を開け睨み合っていた。
お互いに微動だにせず、争うことも無く、ただじっと、牽制するように、静かに。
§§§
──この学校に魔女さんを退治にやってきた教会の刺客が現れた。
そんなバカみたいな噂が学年中に広がるのに、お昼休みまで掛からなかった。
他のクラスの生徒たちは、二限目の終わりの礼拝の時間に十字架を机に置いて祈りながら聖書の文言を呟いているカタリナの姿を興味本位で廊下から入れ替わり立ち代わり噂の真偽を確かめようと遠巻きに見ては帰って行ったからである。
学内で宗教戦争が勃発かと思いきや、両者の動きは不気味なほど無かった。
そんな中で、彼女に話しかける人物がいた。
「あ、カタリナさん、一緒にご飯食べる?」
アホだった。いや、夏芽だった。
「よろしいのですか?」
「え、だってクラスメイトでしょ?」
夏芽は素直にそう返した。
何も考えていないように見えて、わざわざ学校に編入したのに争いに来たわけないでしょう、と言った考えているような無いような楽観も入っていたが、概ね彼女の直観は正しかった。
「夏芽ちゃん、勇気あるなぁ」
「何も考えてないだけよ」
真冬と千秋の幼馴染二人は、彼女の行動力に呆れるやら何やら。
「前にこの三人があなたと会ったって言ってたけど、何もしなかったでしょうね?」
五人が一堂に会すると、蒸しパンをかじっていた春美が口を開いた。
「何も。少なくとも、今の私は前世のように活動する気概も無ければ地盤もありません。
私はただ、今生を生きる者として彼女に会いに来ただけです。
そのようにしたいと私のお世話になっている神父様に話したら、この際だからちゃんと学校に通ったらどうだと仰られまして」
「へー、でも良くこの短期間で編入なんてできたね」
「それはまあ、あれですよ、神の導きがなんやかんやあったのです」
「なんやかんや!? なんやかんやって何!?」
千秋のツッコミに応えるつもりはないのか、カタリナは聖別済みのパンとブドウジュースを食べ始めた。
「でもまあ、うちの教師たちって魔女さんを怖がってるし。
本職のシスターが居たら嬉しかったんじゃないの?」
と、思いついたことを口にする夏芽。
この場合、本職という言葉がまた別の意味を持つわけだが、当人はそんなこと考えてはいなかった。
「いやいや、それって逆に刺激するようなことじゃない。
先生たちはたぶん、このまま穏便に卒業してもらうのが一番だって思ってるよ、きっと」
真冬は教師たちの立場を考えて、そのような推察を述べた。
「おそらく、それが正しいのでしょう。
私はあの女と同じクラスにしてほしいと頼みました。
しかしその願いは無視され、遠いこのクラスに宛がわれました」
「え、じゃあ別に先生たちに魔法とか見せたわけじゃないの?」
「別に異端と対峙したわけでも無く、迫害に遭ったわけでも無いのに、神が安々と御業を披露するわけがないでしょう?
あと、私が邪悪な魔術に通じているような言い方は止めてください」
「あ、ごめん」
千秋は失礼なことを言ったことに対して、ハッとなって素直に謝罪を述べた。
春美はカタリナの態度に鼻を鳴らしたが。
「じゃあ学校は普通に変なシスターが編入したとしか思ってないんだ」
「それって普通なの、変なの?」
「それにしても、変な知り合いが増えたよな、あたしら」
春美のツッコミは夏芽には通用しなかった。
「この間なんて、魔女さんと一緒にカレー食べたしね」
「望海さんも変な人だしねー」
「はいはい、どうせ私は変な人ですよ」
可笑しそうに微笑む真冬と千秋を見て、春美はふて腐れ始めた。
「……不思議ですね」
「うん、なにが?」
「私の知識では、あの魔女は女子供を集めて夜な夜な邪悪な呪いを授け、生け贄の儀式としてその血肉を貪る邪悪極まりない存在でした。
あの時代、もしあなた達三人が私の前に現れていたら困惑していたかもしれません。
魔女に出会いその知識に魅了され啓蒙されていない、と言うのは常識的にあり得ないことでしたから」
「ふーん、別の魔法使いに啓蒙されまくっている真冬さんどーぞ」
「ちょ、そこで私に振る!?」
そんな夏芽と真冬のやり取りを、やはりカタリナは不思議そうにしていた。
「邪悪な知識を目の前にして、それに靡かないというのはそれだけ得難いことなのですよ」
「あー、うん、カタリナさんを見てると、やっぱりそうなんだろうね」
千秋はカタリナを見て何となく昔も今も人々は変わらないんだろうなと察した。
それこそ、魔女に会った時点で殺害対象になるくらいには。
「だからこそ、今の時代は度し難い」
「え?」
「なぜ人々が神の御心から離れ、邪悪な魔術に手を染めるかわかりますか?」
「えっと、不幸だから?」
夏芽は以前、魔女に言われた言葉を思い出して、反射的に口にした。
「ええ、その通りです」
そして異端と、異端を狩る側の意見は、見事に一致していた。
「人々が魔術に手を染めるのは、貧しさや病への恐怖から逃れるためです。
清貧を貫き、神にその身を捧げれば、魔術と言うまやかしから己を遠ざけることぐらいできるというのに」
カタリナの言葉は、少なくとも正論ではあった。
キリスト教の教えは現代の倫理観にも続く優秀な物なのだから。
「でもそれは少なくとも、あなたが言える言葉じゃないんじゃないの?
神に近づくことがキリスト教徒の目標だけど、誰もがそれを実践できないから修道院なんてものがあるんでしょう?
やり方次第で信者の心を取り戻せたかもしれないのに、その機会を奪ってきた連中がそれを言うの?」
そしてその正論は、それこそ春美のような人間にとってはまやかしだった。
清貧を心がけ、神に対して真摯でも、それは他人に蹂躙されない理由にはならないのだから。
「少なくとも私は、あの人に師事して心の底から良かったと思っている。
そして我が神はヘカテー様で、あなた達の神とは違う」
「ええ、だから私はここに来た」
カタリナは春美の言葉に反論するわけでも無く、生気の無い瞳と表情でこう続けた。
「かつての私の行いが正しいのか間違いなのか、それを見極めよと、これはそう言った神の思し召しなのでしょうから」
「まあ、良いことだと思うよ? とりあえず魔女さんと喧嘩するわけじゃないって分かってよかったよ」
いつの間にか宗教論争になって緊迫していた五人の間の空気を気にせず、夏芽は笑ってそう言った。
「目の前で邪悪を目にすればその限りではありませんが」
「暴力沙汰になったら停学になるから刃物振り回すのは止めようね?」
その光景を想像して、心配になった千秋はそのように言い含めるのだった。
「春美さーん、ちょっといいですか?」
その声を聴いた瞬間、春美は反射的に身構えた。
「げッ、そのシスター女、本当に転入してきたんですか」
「その節はどうも」
カタリナの記憶が先日警察に通報した時で止まっている望海が、教室内の彼女の姿を認めて嫌そうに表情を歪めた。
「彼女、少なくとも争うつもりはないそうだから、用があるのならこっち来なさい」
「はい、わかりました」
望海は春美にそうは言われたが、そろそろと彼女らに近づいた。
「ちょっとこれ、見てくださいよ」
そして、望海はスマホの画面を春美に見せた。
「これ、うちの生徒?」
「ええ、どうします?」
春美は眉を顰め、望海も困ったように彼女に尋ねた。
「私にも見せてくれますか?」
「え、まあいいですけど」
カタリナに言われて、望海は渋々彼女にもスマホの画面を見せた。
それに乗じて他の三人もその画面を覗き込む。
「うッ」
それを見て三人は言葉を失い、特に夏芽は青ざめた。
その画像は自撮り写真だった。
女子生徒が様々なデコレーションのされた文字やスタンプで己を彩っていた。
だが彼女がそれをしようとするには、有ってはならないものがあった。
顔中や首元に皮膚病のような赤い斑点が点在していたのである。
写真の女子生徒が笑顔な分、痛々しくて眼を逸らしたくなるほどだった。
「これは、らい病ですね」
「え、これ普通の病気なの?」
「いえ、まだ、当人の見た目に影響は出ていません」
即座に原因を特定したカタリナに真冬は驚き、望海は冷静に答えた。
「おっと、失礼。今時は重い皮膚病でしたね。まったく、聖書の誤訳で処刑された者もいると言うのに。
より正確に言うなら、これはツァーラアトという呪詛ですね」
「じゅ、呪詛って……」
「夏芽ちゃん、これ以上見ない方が良いよ」
真冬が千秋を気遣って、一緒に席を離れた。
「そ、その、つあーらとって?」
「今の言葉で訳するなら、ハンセン病のことです」
「やっぱり普通の病気とは違うの?」
「ええ、これは私がかつて生きていた時代の一昔前に流行った病に見せかけた呪いです」
カタリナは千秋にそのように丁寧に説明をした。
「……これは、私の術で霊視したものではなく、知り合いのSNSグループに上げられた写真なんです。
どういった類の呪いなんですか?」
建前上自分の超能力を術と言うことにしている望海がそのように言ってカタリナに尋ねた。
「レビ記にあるように、かの病は物にも感染すると考えられて、それらは焼かねばなりませんでした」
写真に影響が出ているのは呪いの影響だろう、とカタリナは判断した。
「まあ、昔は感染症とか細菌とかよく分からなかっただろうし、最適解だと思うけど」
「ええその通り、この呪詛も現代からすればすぐに呪いだと分かる時代遅れの代物ですね」
「物にも病気の症状が出るなんて、今の時代あり得ませんしね。所詮十五世紀の産物か」
こう言うところは決して現代の技術が魔法や呪術に劣っているわけではないと実感する春美と望海だった。
「早めに処置しなければ、これは周囲にも影響を及ぼしますよ」
「まあ、物に感染するってことは周囲の人間にも感染するでしょうけど」
「その方に会わせてください。
早急にこの呪いを祓わなければ、この学校を焼く羽目になる」
「は、はい、そう言うことなら」
望海は一瞬彼女の気迫に押されながらも、ある算段をつけた。
「彼女ですよ」
件の女子生徒は、机に突っ伏して泣いていた。
クラスメイト達は彼女が呪われていると何となく察し、離れた位置から好き勝手にひそひそと話していた。
「ついさっき、判明したばかりなんです。
昨日にはさっきの画像はあんな感じじゃなかったみたいで」
「なるほど、運が良かった」
望海の言葉を聞いて、カタリナはそう呟いた。
それには付いてきていた春美も同感だった。
呪いの症状が本格化した直後に、呪いが周囲に振りまかれる可能性もあったのだから。
「だ、大丈夫そう?」
「ええ、いまのところは」
この三人から離れた廊下から彼女らを見ている幼馴染三人組が、恐る恐る尋ねた。
「ッ、待って、ここから離れてください!!」
動画撮影モードで被害者を映していた望海が叫んだ。
彼女のスマホに映る被害者は、呪いに蝕まれていた。
それが、徐々に己の視界と今まさに重なっていっているのだ。
呪いが、人体に本格的に浮かび上がってきたのだ。
「い、いやぁああ!!」
被害者は己の体に浮かび上がった異変に気づき、叫び声をあげた。
顔や、手足だけではない。まず、制服が腐食し、変色した。
彼女の接触している机や椅子も同様に蝕まれ、ボロボロになっていく。
それは既存のハンセン病と同一視するにはあまりにもそれとかけ離れた、おぞましい呪詛の発現だった。
生徒たちはパニックになって、教室から逃げ出す。
その流れに逆らうように、カタリナは前に出た。
春美と望海の二人は、被害が広がらないように急いで壁に油性ペンで魔法陣を描き始めた。
「た、助けて、誰か助けて!!」
「もう大丈夫」
被害者の女子生徒を中心に赤黒く変色する教室を、一人の修道女がゆっくりと歩み進む。
「ちょうど聖体を拝領した直後でよかった」
彼女は聖水を周囲に振りまいた。
そして、聖書のイエスキリストがそうしたように、呪いの影響で様々な疾患が出ている被害者の手を取り、跪いてカタリナは言った。
「よろしい、清くなれ」
彼女がそう言った、直後だった。
這い進むように周囲に広がっていった呪詛が、動きを止めた。
カタリナは腐敗して崩れた制服を破り捨て、産まれたままの姿の被害者を抱きしめた。
被害者を蝕んでいた呪いは、消え去っていた。
「誰か、火とタオルを」
「どうぞ」
彼女が振り返ると、制服のままの魔女が松明の炎と自身のケープを差し出していた。
カタリナは無言でケープを受け取り、被害者に着せた。
その横で魔女は松明を振るう。
そうして、呪詛に侵された物品だけを焼き払った。
これで一件落着、と言うには教室丸々一つ使用不可という状況は重かった。
学校側はこれを魔術的テロだとして通報した。
まずは当事者ということで、呪いに掛けられた女子生徒が事情聴取され、残りの生徒は一旦家に帰されることになった。
「まったく、登校初日からこの有様ですか」
騒ぎを起こすつもりがあったわけではないのに、騒ぎが起こってしまいカタリナも不機嫌な様子だった。
「一応聞いておきますが、あなたの仕業ではありませんよね?」
「わざわざ、自分が通っている学校でやる理由も無いでしょう?」
校門に既に事件を聞きつけてやってきたマスコミを遠目で見ながら、カタリナは鼻を鳴らした。
「それで、師匠。どうしますか?」
「どうするも何も、あれは素人の犯行よ。
私たちが何もしなくても、犯人は勝手に逮捕されるわ」
「そういうことなら。望海、あなたも余計な首を突っ込むんじゃないわよ」
「分かってますよ、衝撃の光景ならさっきので十分です」
師匠の言葉を受けて春美は望海に釘を差したが、当人もさっきの呪術汚染に立ち会い冷や汗が今だ収まっていないようだった。
「皆、怖かったでしょう?
気分転換になにか一緒に食べましょう」
「あ、じゃあ、近くに新しくオープンしたクレープ屋行きましょう!!」
「賛成賛成!!」
「じゃあそれで!!」
魔女の提案に食い意地の張った夏芽が手を挙げてそう言って、真冬と千秋もその案に賛成した。
「私も同行しましょう。魔女が彼女たちを誑かすやもしれませんし」
「そう言えばあなた」
「何ですか?」
嫌味っぽく言うカタリナに、しかし魔女は皮肉っぽく笑ってこう言った。
「あんな風に対処することもできたのね」
その嫌味に、カタリナはもう一度フンと鼻を鳴らすのだった。
あけましておめでとうございます!!
新年一発目にして、カタリナさんの本格参戦です。
彼女が十六歳と言う設定はこの為にありました。
魔女さんと同じクラスにしようかと思いましたが、そうなると事あるごとに張り合う未来しか見えなかったので四人組のクラスになりました。
次回はアンケートの結果を顧みて、魔術師さん回にしようと思います。
更なるアンケートを実施するので、良ければご協力くださると幸いです!!
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