始業式が終わり、高校生の一大イベントとは何だろうか?
それは勿論、五月上旬から中旬頃に控える中間テストだった。
学校によっては五月下旬になることもあるが、少なくとも春美たちが通っている高校はそうだった。
「はぁ~、テストとかだるいなぁ」
まだ二週間以上余裕があると言うのに、夏芽がそんなことをぼやくのは理由があった。
つい先ほど、ホームルームで新しい担任の先生にクラス全員に中間テストについて釘を差されたばかりだったのだ。
「春美はテストの点数どれくらい?」
「去年の期末テスト、平均75点」
「嘘、ふつーに頭良い……」
春美は1限目の教材を用意しながらそう答えると、夏芽は自分の机にぐったりとしてしまった。
「夏芽ちゃん、去年の期末テストは赤点ぎりぎりだったもんね」
「テスト直前に泣きついてくるからだよ」
くすくす、と千秋と真冬はそんな彼女を見て笑っていた。
この二人は彼女に対して余裕そうであった。
「小学生の頃は私だって平均90点だったんだよ!!」
「……小学生のテストじゃねぇ」
夏芽の主張に、千秋もため息を吐いた。
「はぁ、テストとかマジで面倒だよなー」
「ホントだよ、おかげで部活も無しだしさ。
次の大会まで腕を鈍らせるわけにもいかないし」
クラスの男子たちもそのような会話をしていた。
「そう言えば、3人ってどこの部活入ってるの?」
春美は何となく気になったのでそんな話題を出した。
この高校ではどこかの部活に必ず入部しないといけない。
春美も写真部に所属している。幽霊部員だが。
「私が書道部で、夏芽ちゃんが水泳部、千秋ちゃんが料理部だよ」
「へぇ~、あれ、うちに水泳部ってあったっけ?」
「プール清掃部の間違いだよ、真冬」
春美の疑問に、夏芽がうんざりしたようにそう訂正した。
他の二人に比べて活発そうな夏芽は、春美の予想通り運動部のようだった。
「えーと、じゃあ、あの人は?」
真冬が恐る恐るそう口にした。
あの人が誰なのか、春美にとっては尋ねるまでもなかった。
「勿論、美術部」
「私、幽霊部員だけど写真部だからさ。
文化祭の写真展にこの写真を展示したの」
昼休み、春美はスマホのアルバムを開いてその写真をみんなに見せた。
「へぇ、よく撮れてるね」
「モデルが良いからね」
千秋の称賛の言葉に彼女は謙遜してそう言った。
彼女のスマホには、油絵を描いている魔女の後姿が夕日に照らされている様子が写し取られていた。
春美はその画像を宝物のように見ていた。
§§§
放課後、部活に顔を出した真冬は廊下を歩いていた。
他の三人にも言えることだが、彼女は部活にあまり力を入れて活動してはいなかった。
この学校は部活動への入部が強制の為か、文化部は活動したいときに活動すると言った姿勢に寛容だった。
そんな彼女だったが、入部している手前新学期活動初日ぐらいは真面目に部活動に参加した。
真冬は他の三人と一緒でも、角の立たない言動を選ぼうとする傾向にあった。
多少礼儀を欠いても平気な間柄であろうとも、周囲との同調を重視する。
だからいつもより多少早めの部活動の終わりだったが、最後まで部活に参加していた。
「あ、プリント机に入れたままだった」
彼女がカバンの中身を確認していると、今日配られたはずのプリントを教室に忘れていたことに気付いた。
五時を回った学校は静寂に満ちていた。
もうすぐ日が落ちるという事実に急かされるように、教室の自分の机から忘れ物を取り出す。
教室の扉を閉めて廊下に出た時、どこからか話し声が聞こえた。
「……幽霊じゃ、ないよね?」
お約束、と言うべきか、この高校にも七不思議というが存在した。
その一つが、無人の教室から話し声が聞こえると言う物だった。
真冬は人一倍怖がりな癖に、幽霊の不在証明の為にこっそりと声のする方向を覗き込もうとした。
すると、話し声は教室とは関係の無い、昼間でも殆ど人の使わない階段から聞こえていた。
それは男女の言い争いだった。
何だ痴情のもつれか、とホッとしたのもつかの間。
ぴたりと言い争う声が消えてしまった。
もう帰ったのかな、と疑問に思って廊下の角から奥を覗いてみた。
そこには、女子生徒に抱き着かれた男子生徒の姿があった。
そして、真冬と、男子生徒の目が合った。
真冬は気まずくなって、御馳走様でした、と内心お邪魔したことを詫びてその場から駆け足で退散した。
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「そう言えばさ、聞いた―?」
翌日、夏芽はにんまりと笑って机を囲むほか三人に言った。
「聞いたって、何が?」
お弁当のグリーンピースと格闘している千秋を横目で見ている春美が尋ねた。
「陸上の早坂先輩って知ってる?」
「あー、去年の全校集会で表彰されてた?」
「そうそう」
春美の答えに満足したように夏芽は頷く。
「何と!! あの先輩に告白をかました輩がまた現れたのだ!!」
「ふーん。どうせフラれたんでしょう」
「ところが!! どういう訳だか、先輩ってばオーケーしちゃったって噂なんだよ!!」
「へー」
他人の恋愛事情なんてまったく興味のない様子の春美は、昼食のコッペパンを齧りながら相槌を打った。
「ノリが悪いなぁ、早坂先輩ってもう何人も告白を断ってるって有名なんだよ?」
「うちの学校にもそんな人物が居るってことに驚きだわ」
「で、誰なの? 先輩にコクったって人」
グリーンピースとの戦いを制した千秋が興味深そうに尋ねた。
「それがさー、今年入ったばかりの一年なんだって」
「マジで? 年下が趣味だったの?」
「年下って、ほとんど変わらないじゃない」
驚きを隠せない様子の千秋に、春美は呆れたようにそう言った。
「真冬はどう思う?」
「えッ、なに?」
「どうしたのさ、だんまりしちゃって」
「ご、ごめん……」
話を振られた真冬は、言葉に詰まってしまって思わず謝ってしまった。
「もしかしたら私、その告白みちゃったかもしれない……」
「えぇ!? それマジ?」
「うん、そこの誰も使わない階段で抱き合ってた」
「マジでマジで? どんな感じだったの?」
やたらと食いつきの良い夏芽に若干うんざりしながらも、真冬はわからないと答えた。
「えー、分からないってなんなのさ」
「本当にわからないの。何だか言い争っているようにも聞こえたし」
「はぁ? じゃあ真冬が見たのは見間違いじゃないの?」
「かなぁ。でも、女の人の方は抱き着いてたし」
「じゃあ、顔は見たの?」
「どっちも見てない。男の子の方は女子の顔で半分隠れてたし」
真冬は昨日のことを思い出しながら答えた。
あの時は本当に、目だけが合ったのだ。より正確には、片目だけだが。
「真冬が見たのって、もしかしたらうちの学校の七不思議か何かなんじゃない?」
「えー、去年の学内新聞で七不思議についてやってたけど、そう言うのは無かったよ」
「そもそも、今時七不思議って……」
ついには夏芽は真冬の目撃情報に懐疑的になり、千秋も春美もそんなことを言う始末。
「やっぱり、幽霊か何かだったらやだなぁ」
魔法使いやら何やらの実在が当たり前になったこの時代、幽霊や妖怪と言った怪異が実在しても可笑しくは無いのだから。
昔から少しばかり信心深かった真冬は、内心少し涙目だった。
そして、その日の放課後。
真冬は今日も部室に来ていた。
新入生がどこに部活に入部するかの目安にする為、各部活動のオリエンテーションをするのだが、彼女はそれが終わるまで手伝ってほしいと先輩に頼まれてしまったのだ。
内心、どうせそんなのは先生たちにオリエンテーションをしました、というポーズをするだけのものだと分かっていたが、真冬は断れなかった。
どこの部活動に入部するかなんて、最初から決まっている生徒はわざわざ説明されるまでも無いし、それ以外は適当なのだから。
そんなわけで、新入生に見せる作品の選別を手伝い、真面目に活動している一部の生徒の実績などを紹介する段取りを決めて、その日の真冬の仕事は終わった。
「あの……」
彼女が部室から出て一人廊下を歩いていると、突然声を掛けられた。
「あなたは……昨日の?」
その人物が誰なのか、真冬は直感ですぐに分かった。
昨日、女子生徒に抱き着かれていた男子生徒だった。
「ああ、よかった、一瞬だったから、自信がなかったんだ」
彼は何やら、ホッとしたようにそう言った。
「ええと、あなたですよね、昨日の……あれを見てたの」
「ああー。ごめん、そのつもりはなかったんだけど」
男子生徒の顔は強張っていた。真冬はバツの悪そうにそう答えたその瞬間だった。
「ッ、ごめん!!」
彼が手に握りしめていたスマホを向け、画面を指でタップしたのだ。
かしゃり。
「えッ」
頭痛。何が起こったのか、真冬は理解できなかった。
吐き気。焦点が合わず、足元が不確かになった。
直後、パリン、と廊下の窓ガラスが割れ、黒い何かが飛び込んできた。
「うわぁ!? なんだ、こいつ!?」
目が白黒していた男子生徒は、突如として現れたその奇襲に対応できなかった。
持っていたスマホを、襲撃者に奪われてしまった。
「大丈夫?」
「…………え?」
頭痛と吐き気に襲われ、蹲っていた真冬は顔を上げる。
そこには、整った人形のような魔女の顔があった。
その彼女が片腕を横に広げると、ばさばさと黒い襲撃者が鷹のようにその腕に降り立った。
それは、大きな鴉だった。
「ありがとう」
彼女は彼が咥えているスマホを受け取ると、その鴉の頭を撫でた。
そして、彼は割れた窓から外へと飛び去って行った。
「起きられる? とりあえず、保健室に行きましょう?」
「は、はい……」
真冬はただ頷くことしかできなかった。
「あなたも、良いわね?」
スマホを奪い取られた男子生徒も、こくりと頷くことしかできなかった。
§§§
「催眠アプリ、ねぇ」
そんなものが実在すると聞いた時、真冬は頬が引きつるのを抑えきれなかった。
いつからこの世界はエロゲーやエロ同人みたいな代物が蔓延るようになったのか、と。
この高校に住まう魔女は、男子生徒のスマホにインストールされた件のアプリを弄っていた。
「ごめんなさい、本当にこれが効果があるなんて知らなかったんです」
「でしょうね」
いつの間にかスマホにインストールされていた、と証言する男子生徒の言葉を、彼女は否定するでもなく頷いた。
「じゃあ、どうして早坂先輩にそれを使ったの?」
「それは……その……」
保健室のベッドに座る真冬が咎めるようにそう言うと、彼は口ごもった。
そして彼はぽつりぽつりと話し始めた。
友達同士の罰ゲームで先輩に告白することになったということ。
たまたま陸上で成績不振気味だった彼女の虫の居所が悪く、激怒させてしまったということ。
そして散々なことを言われて打ちのめされた彼は、とっさにこのアプリのことを思い出したという。
「私に使おうとしたのは?」
「それは……僕がこれを先輩に使ったところを見たのかと思って、忘れてもらおうって」
二の句を継げないとはこのことだと、真冬は思った。
自分はその肝心な場面を見ていなかったと言うのに。
「危ないところだったわね」
と、言うのは自分に向けてアプリを試したりしている魔女だった。
その言葉は真冬では無く、男子生徒に向けられていた。
「これ、使用者から強引に魔力を奪い取る仕組みよ。
調子に乗って乱用していたら、ミイラみたいに干からびていたわ」
その言葉に、さしもの男子生徒も青ざめて身を竦ませた。
はぁ、と魔女はため息を吐いた。
「最近、こう言った科学技術を装った魔術の産物をよく見かけるわね。
これも時代かしら。先輩の処置は私がしておくから、これは今すぐ消しなさい」
「……はい」
男子生徒は二人が見ている目の前で、催眠アプリをアンインストールした。
「ところで」
これにてこの小さな異変が終わったと思いきや、彼女は真冬に顔を向けた。
「あなた、この催眠アプリの効果を一瞬抵抗したように見えたけど、どこかで魔術の心得でも?」
「あ、もしかしたら、これかも」
真冬は自分のスマホのストラップに付けているアクセサリーを示した。
「これ、魔術師さんの動画で作り方を見て、作ってみたんです」
「ふーん、かなり簡略化されてるけど、ルーン文字の護符なのね。
いい出来だわ、こんなのも当たり前に作れるようになってるなんて、これも時代かしら」
何て事を言いながら、彼女は保健室のドアを開けた。
「それじゃあね」
そう言って、彼女はこちらを流し見て去って行った。
その日、家に帰った真冬はパソコンを立ち上げ、いつも見ている某動画サイトにアクセスする。
そこでは今日も魔術師が自身のチャンネルで生放送をしていた。
これはあんまり他の幼馴染二人にも言っていなかったが、真冬は少々オタク気質でサブカルチャーに興味がある少女だった。
酷い目に遭いかけたが、彼女の心臓は非日常に遭遇したことで早打っていた。
そして彼女は、『動画の護符効果有りました、ありがとうございました』とお礼のコメントを打って、その日は眠った。
「催眠アプリぃ!?」
翌日、真冬が昨日のことを話題にあげると、夏芽が疑わしそうにそう言った。
「ホントだって、魔女さんにお世話になったし」
「マジかよ……怖ッ」
そんなものが無作為にばら撒かれているという事実に彼女も顔を顰めた。
「でも、夏芽には必要だったんじゃない?」
「え?」
「だって、それがあれば真面目に勉強する気にもなるでしょう?」
「こんにゃろー!!」
痛いところを突かれた彼女は、おかしそうに笑う千秋に逆上した。
真冬は自然と春美と目が合うと、揃って苦笑をするのだった。
ネタがあるうちに次を投稿。
一応主人公の魔女さんに名前を設定するか、このまま魔女さんで通すか考え中です。