魔女たちと別れたカタリナは、その翌日には行動を起こした。
まず、春美と望海に連絡を取り、会う約束を取り付けた。
言うまでもないが、学校は臨時休校中である。
『本当に、何も心当たりはないんだね?』
『当然でしょ!! どうして私が呪われなきゃならないのよ!!』
望海のスマホには、念写した被害者の女子生徒と伊藤刑事の病室でのやり取りが映っていた。
「ま、被害者の証言はずっとこの調子みたいですね」
「なるほど」
結局、伊藤刑事は被害者から情報を引き出すのを諦め、足で証拠を探すことにしたようだ。
それが病室の時計に映っていた昨日の夕方の出来事だ。
「彼女について、他に情報は有りますか?」
「まだ今ここで映した奴だけですよ。今回は首を突っ込むつもりはなかったですし」
「思わぬ休み期間が出来たから、お金稼ぎの算段はしてたけどね」
春美の棘のある言葉に、望海は不満そうに彼女を見やった。
「私は社交性が低い春美さんの代わりに金策の手段を提供しているんですから、文句があるなら自分で稼ぐ手段を探してはどうですか?」
「煽らない煽らない」
「そうだよ、望海さんだって春美ちゃんに頼りっきりじゃない」
そんな風に言い返す望海に、カフェテリアで一緒にテーブルを囲っている夏芽と千秋が諌めた。
「もう、分かってますけど……」
「ところで、一つ聞いていいですか?」
「何ですか?」
「なぜ彼女らが一緒に居るんですか?」
カタリナはいつもの幼馴染三人組が同席していることに対してそう言った。
「え、なんでそんなこと聞くの?」
「あなた達三人の役割を聞いているのです。
この間、あの事故物件で出くわした時も思いましたけど」
それを言われて、夏芽と千秋は顔を合わせた。
「賑やかし!!」
「ストッパー!!」
「……野次馬」
三人は仲良く声を揃えてそう言った。
「…………」
これにはカタリナも声が出ないようだった。
「正気ですか? 無力な一般人が首を突っ込むなどと」
「あー、やっぱり、そう思う?」
「今度からお弁当とか作ろうか?」
「じゃあ私は飲み物とか買ってくるよ」
そんなことを相談する夏芽と千秋を見て、二の句が継げない様子のカタリナ。
「広場で罪人の処刑を待ち望む民衆みたいなものですか……」
「たとえがすごい物騒だなぁ」
「言っておきますが」
と、カタリナは三人に真剣な態度で前置きしてこう言った。
「あなた達のそれは友人関係に付け込んだ馴れ合いと言うのです。
ハッキリ言って性質が悪い物乞いと同じだ。あなた達の身の安全のためにも、今すぐにお止めなさい」
ド正論だった。
ぐうの音も出ないほど100%、常識的にもカタリナが正しかった。
「まあまあ、カタリナさん。本当に危ないところには連れて行きませんし、マンガだとよくあるじゃないですか、なんの力も無いのに主人公の取り巻きとして同行するヒロインとか友人とか」
「生憎、そういった類の娯楽とは無縁の生活でしたので。
よもや創作物と現実を一緒くたにしているのですか?」
「転生っていうファンタジーを経験してる人に言われてもなぁ」
カタリナの追及を、何だかめんどくさそうに望海は感じ始めた。
「まあとにかく、その件はこちらで話が付いているんです。蒸し返さないでくださいよ」
「それに私、望海ちゃんと二人きりとかゴメンだし」
「ちょっとぉ!! 春美さん人がせっかくフォローしてるのになんですかその態度は!!」
「それに三人が来てくれないと、私たちも困るのよ?」
「それはなぜです?」
「それは勿論、文字数が稼げ──」
「おおっと!! コーヒーを零してしまったぁ!!」
「うわあっちぃ!!」
なぜか急に突然飲んでいたコーヒーをぶちまける望海。被害に遭った春美は大げさに飛び上がった。
「……はぁ、分かりました。それ以上触れないことにします」
これ以上は堂々巡りになる、と神の思し召しでもあったのか、カタリナはもう深く追求しないことにした。
「さて、場も温まったことですしそろそろ本題に行きましょう」
「確かに温かくしたわね、物理的に」
布巾でコーヒーを拭きながら嫌味を言う春美。
「本題? ようやく話を進める気になりましたか?」
「いえ、まずこちらの話ですよ」
「そちらの話?」
「ええ、率直に言います。
──カタリナさん、私たちと手を組みませんか?」
その望海の提案にカタリナは少々驚いて見せたが、すぐに得心が行ったようだった。
「なるほど、あなた達は戦力が充実し、私は手が増えると」
「まああの御方の弟子とはいえ、私は言うに及ばず、春美さんも未熟な身ですし。
その点、あなたは前世であの御方とやりあったくらいなんでしょう?
お互いにできないことを補えて、手札も増える。悪い取引じゃないと思いますよ」
彼女の提案は、言葉の上ではウィンウィンの関係だった。
魔女の弟子と聖職者という大前提を抜かせば。
「望海ちゃん、それだと分け前が減るじゃない」
「春美さん、馬鹿ですか? 師匠レベルの人を味方に引き入れられるんですよ?
分け前とかみみっちいこと言って。安全性に勝る投資は無いんですよ」
「うぐ、それはそうだけど……」
悲しいことに、春美は己の師に以前こんなことを言われていた。
望海の方が機転が利いて行動力があり賢い、と。
そのことをずっと根に持っている、と言うか嫉妬している春美は彼女のことが好かないのである。
「でもそんな提案、この人が呑むわけないじゃない」
「いえ、一考には値するでしょう。
かつての私があなた達の師と渡り合えたのは人手があったのも大きい」
望海の提案にケチを付けようとした春美は、そのカタリナの言葉に口を噤んだ。
「……わかりました。
どうせ彼女らも付いてくるのなら、私も一緒に居た方が良い。
目を離したところで勝手に付いて来られても困るでしょうし」
「流石カタリナさん、話が分かるぅ」
「勘違いしないでください。
この三人がいずれ目覚めるかもしれない信仰の萌芽を守り、邪悪な魔術や怪異に苦しむ人々を救い神の御心を示すためです」
「建前なんて何でもいいんですよ」
にやにやしている望海を見て、カタリナは少し不愉快そうに鼻を鳴らした。
「え、今度からカタリナさんも来るの!?」
今までの話の流れを理解していなかったのか、それともただ聞いていなかったのか、夏芽が素っ頓狂な声を挙げた。
「夏芽、あなた……今そういう話をしてたじゃない」
黙って話の成り行きを見守っていた千秋は彼女を見てため息を吐いた。
「ところで、さっきからずっと真冬さんがふにゃふにゃなのはどうしてですか?」
望海は今日は口数が少なく生返事しかしない真冬について尋ねた。
「ああ、この子、昨日魔女さんが連れてきた魔術師さんとお話して、それから舞い上がっちゃって」
「私も魔術師さんの生放送とか見たけどさ、ずーっと何かの作業してるし、同じことばっかり繰り返して話すし、何が面白いんだ、あれ?」
二人の話を聞いて、ああアイドルに会ったファンみたいなものか、と春美たちは納得すると。
「はぁ、夏芽ちゃんはわかってないなぁ。
毎回同じような放送で一挙一動を観察して違いを探すのが楽しいんだよ!!」
「うわキモ」
「がーん!?」
限界オタクと化した真冬の主張は、夏芽の率直な言葉に撃沈された。
「そうだ、春美ちゃんに望海さん。
本当に邪魔ならちゃんと言ってね? 私たち、迷惑を掛けたいわけじゃないし」
「ああ、大丈夫よ。なにせ」
気遣える女である千秋が二人にそう言うと、春美は微笑んでこう言った。
「皆が居ないと、説明セリフが──」
「おおっと、またコーヒーが!!」
「ぎゃ──!!」
いつの間にか、おかわりしていた望海のコーヒーが春美を襲った!!
そんなこんなで、彼女らの共同戦線が始まったのである。
§§§
「本当に行くんですか? 必要な工程とは思えませんが」
病院の廊下を歩く望海が、カタリナに言った。
「危険から助けるだけを、主は救うとは仰りませんよ」
「人はパンのみにて生くるにあらず、ってことでしょ?」
ええ、と彼女は春美に頷いて見せた。
「懺悔を行うのに、多人数はよろしくないでしょう。ここは私に任せてください」
そう言って、カタリナは被害者のいる病室へと入って行った。
すぐに、中から喚き声が聞こえてきた。
「ねぇ、大丈夫なの?」
壁越しでも、かなり取り乱したような声が聞こえてくることに、千秋は心配そうに呟いた。
「もう任せましょうよ。
適材適所ってことでしょうし」
望海がそう言うと、そこで会話は途切れた。
病室で、すすり泣く様な声が聞こえ始めたからだ。
「流石本職のシスター。情報が引き出せそうだね」
夏芽が感心していると、しばらくするとカタリナが病室の扉を開けて廊下に出てきた。
カタリナは、被害者から複数の電話番号を聞き出した。
「あの人、遊んでいるとは聞いていましたけど……」
まさかこんなに恨まれているとは、と望海も心底呆れ顔だった。
彼女は携帯の電話番号と思しき数字をそれぞれ紙に書いて封筒に封入し、目を瞑り瞑想している春美の前に順番に差し出した。
「これよ」
春美は目を瞑ったまま、一番端に置かれた封筒に手を置いた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
望海はその封筒の中身の電話番号に、スマホから電話を掛けた。
「…………出ませんね。だけど、繋がりが見えた以上こっちのものです」
相手が通話に出なかったことなど気にせず、望海は電話の向こう側を念写した。
「これが、電話の相手の家です」
「その電話番号の相手が被害者と最も繋がりがあった。
そいつが術者で間違いないと思う」
望海と春美のコンビプレーによって、術者の居場所が特定できた。
「これは、どこかの一軒家ですか?」
望海のスマホには、なんの変哲もない住宅街の一軒家が映っていた。
「もうちょっと周りに手掛かりになりそうなのを映してみますよ」
そう言って、望海はその一軒家の周囲を映し始めた。
「うん? 待って、この煙突見覚えがある、割と近くじゃない?」
「かもしれない。あッ、これ、電柱に住所っぽいの書いてある!!」
どれどれ、と夏芽と千秋が映し出された画像の数々を見ていると、そんな声を挙げた。
「これだけ情報があれば、探せるかもしれないよ」
真冬は某社が提供しているストリートビューのサービスで夏芽の心当たりのあった煙突のある工場を既に発見していた。
六人は顔を見合わせる。
ここからは、手当たり次第だ。
「見つけた!! この電柱だッ!!」
六人はファミレスでドリンクバーを頼み、スマホで例の一軒家の場所を探すこと一時間と少し。
千秋が、コンビニでプリントしておいた画像に映っている電柱と自分のスマホを見比べてそう言った。
「あった、この家じゃない?」
「確かにそのようですね」
「よし、千秋のお手柄だッ」
こうして六人は術者の明確の居場所を特定したのだった。
件の一軒家は、彼女らの通う学校の隣町にあった。
閑散とした住宅街で、そこそこ良いランクの住人達が住んでいる。
その中に、その一軒家はあった。
ピンポーン、とカタリナは先頭に立ちインターホンを押した。
「ねえ、やっぱりこの家なの?」
確認するように、真冬が問うた。
カタリナも、春美も、無言で頷く。
『……誰ですか?』
か細い、怯えたような女性の声がインターホンから聞こえた。
このタイプのインターホンはカメラで来訪者を確認できるので、困惑も混じっているようにも思えた。
「教会の者です。
ここ数日で、この家に異変が起こったりはしませんでしたか?」
『な、なんでそれを!?』
「神の思し召しです。
あなたから金銭を受け取るつもりも、何かを要求するつもりもありません。
どうか鍵を開けて、相談したいことがあるなら仰ってください」
カタリナがそう言うと、家の中からどたどたと足音が聞こえて、がちゃがちゃと扉の鍵を開けようとする音が鳴った。
そして、玄関のドアを開け、家の中から四十代前半らしき女性が飛び出してきた。
「お願いです、助けてください!!
もう耐えられないんです!!」
女性はまさに神にすがる様にカタリナに泣きはらしながらそう言ったのだった。
その女性は語った。
夫の様子が、数日前からおかしいのだと。
会社に行くことも無ければ、部屋から出ることも無い。
声を掛けても、怒鳴り返されるだけだという。
そして彼の部屋の壁には不気味な黒ずみが浮かんでいて、食事を運ぶ以外で近づくことも恐ろしいのだと。
「安心してください。もう大丈夫です。
彼は邪悪な魔術に手を染め、悪魔に魅入られているだけです。
どうか、私にお任せください」
そう言って、カタリナは女性に術者の部屋へと案内させた。
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そこから先は、気が滅入るような内容だった。
「まさか被害者の子に援交して弱み握られて、その腹いせに呪ったんだとはね」
春美は心底呆れ果ててため息を吐いた。
事の顛末はそんな感じだった。
被害者の女子生徒は、複数の援助交際を繰り返し、相手の携帯を盗み見て弱みを握り、継続的に金銭を脅し取っていたようなのだ。
今回の事件を起こした犯人は、もうやめてほしいと懇願し断られた腹いせに呪いを掛けたのだと喚き散らした。
術者は、呪いの代償に己の姿が醜悪に歪んでいた。
彼の部屋も同様に、黒く腐食していた。
「なんだか、どっちも馬鹿なんじゃないの?」
夏芽は疲れたようにそう言って、術者の家に集まるパトカーの数々を見やった。
その部屋に踏み込んだ際の犯人の身勝手な罵倒の数々は、一般人の三人には精神的に疲弊が伴うような聞くに堪えない代物だったのだ。
犯人の奥さんもショックで今は声も出せないような有様だ。
「カタリナさん、本来はこういうことを言うのは憚られるが、通報と事件の協力を感謝する」
犯人が連行されると、伊藤刑事がやってきてカタリナにそう言った。
彼の表情には疲労が色濃く、数多の魔術事件に関わり刑事としてのプライドとかが抜け落ちているようにも見えた。
「いえ、邪悪な魔術が蔓延るのを許すわけにはいきませんから」
そのように語るカタリナの横の五人を、伊藤刑事は見やる。
しかし彼は何も見なかったことにしたのか、眼を逸らして他の捜査官の元へと歩いて行った。
結局のところ、犯人の呪いは成就された。
被害者の女子生徒は呪いを掛けられたと言う風聞を恐れて転校してしまったのだ。
これからは、呪いを掛けられたという事実が他人に明らかになる恐怖と共に生きていくのだろう。
「嫌だよね、誰も救われない話って」
「本当ですよ」
春美も望海も、犯人逮捕のニュースを見ながらそう呟いた。
どちらかと言うと呪いの恐怖より、人間の馬鹿馬鹿しさに辟易しているようにも見えた。
「それよりさ、今度からカタリナさんも一緒に行くんでしょ?」
「カタリナさん、よろしくね」
「よろしくー」
幼馴染三人組は話題を変える様にそんな風にカタリナに言った。
「あんな光景を目の当たりにしたと言うのに、この三人は……」
犯人の姿とその言動は狂気に満ちていて、見ていて精神衛生上良いものではなかったと言うのにこの三人はもう次の話をしている。
カタリナは三人のバイタリティに呆れるほかなかった。
「どうせなら、あの刑事から捜査協力の謝礼ふんだくれば良かったですね」
「やめなよ、私たちのこと見ない振りしてくれてたんだしさ」
望海も春美も、次の案件はこんな疲れる内容でなければと願うばかりだった。
「まあ、ともかく、これからよろしくですよ。カタリナさん」
「よろしくね」
「……ええ」
こうして、世にも珍しい魔女の弟子と聖職者と一般人のパーティが結成されたのだった。
今回の話により、カタリナがいつもの四人+αのグループに正式加入する運びになりました。
戦隊ものでいうところのテコ入れですね。
まあ彼女ら五人は物理で来られたらどうしようもないところがあったので、それの補強と言うか、怪我されたら困るからと言うか。
さて、次回はお待ちかねの魔術師さんのお話になりそうです。
彼の話を書くとなると、配信や実況風の小説が少し前に流行ったのを思い起こしますね。私視聴者の反応を書くの苦手なんですよねー。
前回のアンケートの結果、準主人公の春美ちゃんが首位独走。
あとはほぼ横ばいで、約一名を除いてって感じですね。彼女らのキャラが弱いことを嘆いていたのはなんだったのか。
沢山の投票、ありがとうございました!!
それでは、また次回!!
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