「こんにちは皆さん、魔術師です」
某大手動画サイトにて、今日も魔術師は生放送を始めていた。
『こんばんわー』
『枠おつです』
『わこつー』
早くも生放送の開始に待機していた人々が挨拶を返す。
しかし今日の彼の出で立ちは、カメラの角度からして違った。
『魔術師さん、その仮面なにww?』
コメントが読み上げられる。
そう、今日の魔術師は木製の仮面を被って全身を映していた。
「実は今日、機材の調整をしようと思いまして」
魔術師は今回の放送の主旨をそのように述べた。
『え、生放送しながら機材いじるの?』
『そういうのなら何でも相談して!!』
『パソコンのスペックは? 撮影機材とかソフトは何使ってるの?』
と、視聴者たちは配信環境に興味があるのか、真摯に応じようとするコメントが多数寄せられた。
「ああいえ、機材と言うのは少々語弊がありますね。
助手やアシスタントのようなものです。
実を言うと私は機械には疎くて、この配信環境を整えたのも彼女の助力によるものなのです」
珍しく彼はコメントを目で追いながらそのように答えた。
『ああやっぱりサポート役いたのね』
『彼女ってことは、女性なの!?』
『女の子を機材扱い……ごくり』
『もしかして、前言ってた使い魔ってやつ?』
そんな調子のコメント欄に、不用意な発言だったと気付いて魔術師もううむと唸った。
「ええそうです、私が使役している妖精ですね。
ノームの系譜らしく、手先が器用で機械類もすぐに覚えてしまいました。
機材の調整などは基本的に彼女に任せているんです」
普段あまりコメントを読まない魔術師は、若干コメント欄の勢いに呑まれているようにも見えた。
『ええッ、妖精とかマジでいるの!?』
『でもノームかぁ、髭だらけじゃん』
『髭かぁ、でも妖精見えるとか素敵だなぁ』
視聴者の反応はそんな風に妖精を視認できることを羨ましがる声が多かった。
「妖精や精霊を認識するのは、独特の感性が必要です。
彼らは我々が思った以上に希薄であり、実体化し意思疎通を図るのも難しい。
そして向こうから接触を図られた場合、大抵は良くないことばかりです。
……うん?」
そのような説明をした魔術師が、不意に横に視線をずらした。
「……失敗しました」
そして、彼はため息を吐いた。
『え、どうしたの?』
『魔術師さん、何かあったの?』
『何かミスったの?』
心配するコメントを残す視聴者たちに、魔術師は頷いた。
「ええ、最近外出することが増えたのですが、基本的に彼女を置いて行くことにしているのです。
彼女はそれがえらく気に入らないようで、私がいない間に余計な知恵を付けてしまったようなのです」
『それのなにが悪いの?』
不意に、普段コメントを読み上げる機械的な音声が流れた。
『え? 今の誰のコメ?』
『そんなコメントあった?』
『無理、文字流れるの早すぎて追えない』
コメント欄も、突如として発せられた機械音声に驚愕していた。
「はぁ、基本的に彼女は私の魔力で実体を維持しているんです。
それをもって隷属下においていたのですが、このままだともう生放送の配信も機材の調整も手伝わないと言っているんですよ」
『待遇の改善を要求する』
魔術師の説明に追従するように機械音声が発せられる。
『なにこれ、魔術師さんの生放送始まって以来の面白展開は!?』
『いやいやいや、隷属とか普通にダメでしょ』
『私も魔術師さんに隷属させられたい……』
『妖精ちゃんかわいそう』
コメント欄は前代未聞の放送トラブルに大騒ぎだった。
「……わかりました、私も役割を果たすために要求を聞きましょう」
魔術師も視聴者が同情的なのを見て、仕方なさそうにそう言った。
『まず、私を生放送に出演させなさい』
姿の見えない機械音声は最初の要求を伝えた。
「そもそも、お前はカメラに映らないだろう」
『レンズに私たちが見えるようになる薬塗る』
「ああ、あれか。人の目もレンズも変わらないか」
それを了承としたのか、魔術師は席を立って画面外へと歩いて行った。
『えッ、妖精ちゃん見えるようになるの!?』
『どっかの伝承になかったっけ? 妖精が見えるようになる塗り薬』
『マジで!? 欲しいんだけど!?』
『それ、大抵の場合ろくな結果が待ってないんですがそれは』
視聴者は好奇心に引かれる者、妖精の伝承に戦々恐々する者と様々だ。
「ちょっとカメラを止めるそうです」
魔術師が何かの瓶を取って戻ってくると、不意に画面が真っ暗になった。
そして十数秒後、画面が戻った。
「ほら、これで満足でしょう?」
魔術師は面倒そうに手のひらに乗せたヒト型の何かをカメラに近づけた。
その姿は、伝承にあるレプラコーンに近かった。
小さな靴を履いた、金髪の赤いワンピースのような薄着の少女が、彼の手に膝を抱えて座っていた。
『えッ、カワイイ、てか、えッッッ』
『全然髭もじゃじゃないじゃーん!!』
『妖精ちゃんきゃわわ!!』
『ぼこぉしたい』
『さっきから変態が湧いてません?』
妖精の登場に、コメント欄は狂ったように文字が流れ始めた。
同時に何十人もの投げ銭が投じられ、コメント欄を彩った。
その熱狂具合に魔術師は仮面の下で呆然とし、手のひらの少女は彼を見上げ、彼にしか聞こえない言葉でこう言った。
『ね? 人間って馬鹿だから私が出たらいっぱい儲かったでしょ?』
小さな少女は口元を手で隠しながら、性悪そうな笑みを浮かべた。
そしてこれが、史上初のリアル妖精ライバーが誕生した瞬間だった。
同時に、これが彼女の絶頂期だった。
§§§
小さな妖精はその生放送内で次々と魔術師に要求を呑ませた。
と言っても、それらは某呟きサービスのアカウントだったり、ゲーム機が欲しいとか、三時のおやつの要求だったりと微笑ましいものだったが。
彼女は魔術師の生放送に登場し、終了後一時間にはファンアートがイラスト投稿サイトにアップされ、ニュースサイトの話題を掻っ攫った。
が、三日後、その好奇心旺盛さと子供っぽさが祟り、片っ端から他人を煽りまくり某呟きアカウントは大炎上。
見かねた飼い主がアカウント削除の措置を取る羽目になったのである。
その有様はウェブニュースで取り上げられるほどであった。
「どうも皆さん、魔術師です」
そんなことがあってから数日、何日か振りに魔術師は生放送を始めた。
『魔術師さんこんにちわ』
『わこつです、そしてご苦労様でした』
『数日ぶりなのに何だか久々な気がしてた』
と、視聴者は彼の生放送を心待ちにしていたのだが。
『どうも、レプでーす』
機械音声が発せられる。
カメラの端に映る妖精が可愛らしく手を振っている姿が出ると、コメント欄が加速した。
『出たな、クソ妖精!!』
『お前よくも魔術師さんに迷惑かけたな!!』
『この間の生放送、お前のアンチのせいで途中で終わっちゃったじゃねぇ!!』
『ふざけんな、森に帰れ!!』
『ぼこぉすんぞ、ゴルァ!!』
『ひぎぃって言えや、クソ妖精!!』
無数の罵倒がコメント欄を席巻する。
それを見た妖精レプは顔を真っ赤にして地団太を踏み、カメラに向かって何かを叫び始めたが、視聴者に彼女の声は聞こえない。
「はぁ、これでは今回もダメそうですね。
日を改めた方が良さそうでしょうか」
コメント欄が荒れに荒れているのを見て、魔術師がそう言うと。
『ごめんなさい』
『謝ります。クソ妖精が』
『黙ります。だからそれも黙らせてください』
視聴者たちは大分静かになった。
「私は言いましたよ。妖精の姿なんて当てにならないと。
この馬鹿妖精は皆さんが可愛いと思うだろう姿を取っているだけで、その本性は人間を下に見ている性悪に過ぎないと」
『そうでしたね』
『実際その通りでした』
『投げ銭返せ、俺の純情返せクソ妖精』
数日前の熱狂ぶりが嘘のように、魔術師の生放送は沈痛な空気が流れていた。
「まあ、この子も反省させましたし、彼女有っての私の生放送なのでそれぐらいで終わりにしてあげてほしいです」
画面端でいじけている妖精を横目で見やり、魔術師はそう言った。
「色々あって滞っていましたが、私の機材の調整を彼女にやってもらいました。
試しにやってみますので、レプ、準備しなさい」
魔術師がそう言うと、いじけていた妖精が立ち上がった。
そして彼女は、背中に光る羽を浮かび上がらせ、飛び立った。
視聴者からは『ここ、妖精要素』『外見だけはキレイ』と煽られているが。
レプが画面外に消えると、唐突にカメラの写す画面が不安定に揺れ、上から魔術師を見下ろす位置になった。
「このように、私が外出中に彼女を同行させ撮影させることもできるようになったわけです」
魔術師はカメラの位置を元に戻させ、そう言った。
『おお、これ俺も欲しい』
『でもこれ、レプちゃんのサイズでカメラ持たせているわけでは?』
『馬車馬のように働けやクソ妖精!!』
『残当の扱いでは?』
『妖精を使役するとか、何気に魔術師さんの魔法使いらしいところ初めて見たかも』
『言われてみればそうかも』
と、視聴者たちの反応もまずまずである。
「正直なところ、レプがゲーム実況などをしたいと言っているので私が外で何かをする必要性も薄くなっているのですが、最近私の心境も変化しています。
レプを放送に出したのも、その一環と言えるでしょう」
魔術師はそのように己の心情を吐露した。
『魔術師さんはストイックすぎるから丁度ええんでないの?』
『その羽虫より魔術師さんのゲーム実況の方が需要有るんですが』
『たまにで良いから一緒に遊んであげて』
『てか、外に出て何をするのかも気になる!!』
『レプ:羽虫って言ったやつ許さねぇ、覚えてろ』
『正体現したね!!』
『妖精の振りをしたチンピラ』
『精神年齢=クソガキ』
『レプ:ふぎいぃぃ!! マスターに買ってもらった対戦ゲームやるから掛かって来い、クソ雑魚人間ども!! どっちが上か分からせてやる!!』
魔術師は自分の生放送にコメントを打っている助手を横目で呆れながら見ているのだった。
その後、レプに生放送が乗っ取られた魔術師は退出して、そのままゲーム配信をする流れになった。
ゲームの内容は孤島に100人が空からダイビングして撃ち合うアレである。
『はぁぁ、ふっざけんな!!
こっちが配信してるからって位置特定して集中攻撃とか、それが人間のやることかよ!!』
ゲーム画面ではレプが操作するキャラが銃撃の雨に晒されている光景が映されていた。
彼女は全長十五センチ程度の手のひらサイズのくせに、器用にゲームパッドを操作していた。
『十人くらい集まってて草ww』
『こいつら完全に勝負捨ててるww』
『最初に人間なんてザコとかイキリ散らしてたのは誰でしたかねぇ』
『絶対何人か裏で結託してるだろww』
『人間様が妖精に負けるわけないだろ!! 分からせてやるこのメスガキ!!』
クソ妖精の絶体絶命のピンチに、視聴者たちのコメントもイキイキしていたが。
『はい、切り抜けたー!!
あれあれー? 人間さん達雁首揃って遠足ですかー?
自分より十分の一ぐらいの身長の子ひとり倒せないとかゲーム辞めたら~?
人間じゃなくてお猿さんって名乗ったらどうですー?』
レプは人外じみた空間把握能力を持ってしてその危機的状況を切り抜けていた。
そして、このミニマムクソガキは普通にゲームが上手かった。
『反応速度が人間じゃないわ……』
『チートなしでこれだからなぁ』
『エイムの方はよわよわだけどなぁ!!』
『それはまあ、ラグとかあるし』
『これでこのゲームに触って一週間とかマジか』
『そもそもFPSやるのも初めてっぽいけどな』
ゲーム画面の追いかけっこを冷静に見ている視聴者たちはそんな感想を漏らしていた。
人間と妖精のスペックの差が明確になった場面だった。
そもそもレプは、ゲームパッドを操り実況しながら機械音声を打って対戦相手を煽っているのである。
物理的には不可能なことをしていた。その様子が画面端で小さく映っている。
『これ、リアルに魔法使うのはチートに入るのか?』
『別にゲームシステムに干渉してるわけじゃなさそうだしなぁ』
『体格差を考えても、これは種族の差の範囲内では?』
『自分はレプちゃんがゲームパッドをわちゃわちゃ操作してるの見てるだけで楽しいんで何でもいいです』
『ロリコン乙』
と言った感じにゲーム外で雑談が進んでいると。
『ひゃーはははは!! 十人も居て追ってこれないんですかー?
ああ来れないんですねー!! もうそこプレイエリア外だもんねー!!』
機械音声の筈なのに感情豊かにレプは高らかに笑う。
『※妖精です』
『伝承通りなんだよなぁ』
『レプちゃんは罪な女よな、今の世界中の妖精のイメージをこれにしたんだから』
『世界基準になったクソ妖精レプ』
『これ他の妖精から苦情来ない?』
『飼い主も大変そう』
コメント欄が珍生物の観察でもしているような雰囲気になっていると。
『あッ』
『あ』
『あ……』
『あー』
突如として、レプの操作キャラがヘッドショットされて倒れ伏した。
キルカメラには、草むらでスナイパーライフルを構えたプレイヤーの姿が。
『むぎいいいい!! なんなのあいつ!!』
唐突に訪れた死に唖然とした妖精は、自分が敗退したと悟るとドタバタと喚き始めた。
『ああ、残り十数人か、あとは猛者ばかりか』
『今のは仕方ない、相手がゴルゴだったわ』
『妖精は狙撃で殺せる φ(・_・”)メモメモ』
『じたばたしてるレプちゃんカワイイ』
『ロリコン乙』
コメントの雑談がしばらく進むと、レプは起き上がった。
『ドン勝つするまでやる』
ムキになったレプはそう宣言した。
『そう来なくちゃな!!』
『よーし、俺も参戦しようかな!!』
『負けたら脱げ』
『↑通報した』
結局その後、レプは飼い主に怒られるまでゲームを続けた。
ネットに颯爽と現れた珍生物はこうして人々に受け入れられるのだった。
なお、魔術師の元にレプを研究したいと言うメールが殺到し、彼を辟易させるのはすぐの事である。
彼女も勝手に他のバーチャルライバーとコラボを了承したりと、ネットの界隈を賑わすのだった。
今回は魔術師さんの回でしたが、何だか新キャラの紹介みたいになってしまいました。
だって魔術師さん単体だと出しにくいんですもの。これで魔術師さんも外出先で配信できます!!
それにこの世界での幻想種族がどんなのか見せたいのもありましたし、これはこれで良かったと思ってます。
なお、私は某FPSは未プレイなので、違ってもあしからず。
それでは、また次回!!