「ねぇねぇ、春美ちゃん!!
春美ちゃんって使い魔とか居るの!?」
学校が再開して四人が顔を合わせると、真冬は真っ先にそんなことを尋ねてきた。
「え? なんで?」
「何でって、魔法使いと言えば使い魔じゃない!!」
春美が思わず横の二人に顔を向ければ、二人も呆れ気味であった。
「春美ちゃん、ニュースとか見た?」
「ううん」
「ちょっと見てみなよ」
千秋に言われるままに自分のスマホを見てみると、プラウザのホーム画面の見出しに春美も興味を引く内容があった。
『妖精は実在したのか!?
魔術師さんの生放送にリアル妖精現る!?』
と言った記事だった。
「もしかして、これ?」
「多分それ、真冬の奴、登校中にその話ばっかりしてたから」
春美がその記事を見せると、夏芽が肩を竦めてそう言った。
「それで、どうなの!?」
「私には居ないよ。だって必要ないし」
春美は率直に答えた。
真冬はショックを受けたように固まった。
「えぇ、魔女さんの弟子なのに、使い魔とか持ってないの……?」
「即席で近くの動物を使役することはあるけど、継続的に使役するには学生の身分じゃちょっとね。
なにより──」
春美は目の前の少女の夢を壊すような一言だと分かりつつも、こう言った。
「うちのアパート、ペット禁止だし」
「がーん!?」
妖精のようなファンシーな生物を使い魔にしているのを期待していたのか、真冬はがっくりと肩を落とした。
「そう言えば昔、夏芽も使い魔だー、とか言って猫を拾ってきたことがあったよね。三毛猫だったけど」
「や、やめろぉ!!」
にやにやと笑いながら夏芽の黒歴史を掘り起こす千秋に、当人も大ダメージだった。
「へぇ、じゃあ夏芽ちゃんって三毛猫飼ってるの?」
「ううん、どうせ飼えないからって元の場所に戻してきた」
「そう……」
確かに夏芽の雑さじゃ動物は飼えないな、と口にしないのは春美の優しさだった。
「あッ、私じゃないけど、師匠はたしか使い魔がいたはず」
「えッ!? 本当!?」
春美がそのことを思い出して口にすると、真冬ががばっと顔を上げた。
ついでに夏芽もちらちらと春美の様子を窺い興味が隠しきれない様子だった。
「と言っても妖精とかじゃなくて、カラスだけどね」
「カラス、カラスかぁ」
「イメージ通りっちゃイメージ通りだけど」
真冬と夏芽の反応はいまいちだった。
どうせならもっとファンタジーな生き物だったらよかったのに、と表情が物語っていた。
「でもあの子、めっちゃ頭良いよ。
人間の言葉とかわかるっぽいし」
「それはすごいけど、カラスじゃなぁ」
「まあ、カラスは迷惑な隣人って感じだしね」
夏芽の落胆を、千秋は理解できるのか苦笑しながらそう言った。
「私も妖精とか、見てみたかったなぁ」
「一応、師匠に聞いてみるよ」
真冬たちの落胆ぶりに見かねた春美はスマホで師にメッセージを送った。
「あ、今日はダメそう。学校にも来てないって」
「魔女さん、何か用事なのかな?」
千秋の疑問に、春美は頷いた。
「うん、お葬式だって」
§§§
「ほら、ご覧ください。あれが数年前から近くに山から居ついたカラスの群れです」
市役所の役員が電柱を指差す。
そこにはずらり、とハシブトガラスが電線に並んでいた。
「どれぐらいの数がいるんですか?」
彼と同じように電柱を見上げるのは、黒いケープの少女だった。
「正確な数は把握してはいませんが、千か二千かと言ったところでしょうか」
「凄まじい数ですね」
「ええ、おかげで被害も馬鹿にならず……」
役員の視線は道路に向けられる。
そこはカラスのフンで真っ白だった。
「毎週の如くゴミ置き場は荒らされますし、ゴミを狙ったカラスが近くで見ているものですから、住人の皆さんも襲われるんじゃと怖がっています。
幸いこの辺りは農家がありませんので、農作物の被害とかは報告されていないのですが」
そのように説明しながらも、彼は正直不安そうに彼女を見ていた。
毎年、この時期になるとカラスの生態の専門家を派遣し、追っ払って貰うのである。
しかしカラスという生き物は賢く、年々それらの対策が通じなくなっていくのだ。
カラスと言うのは、とにかくしつこい。
飽きるという言葉を知らないのか、というぐらいしつこい生物だ。
その忍耐力や執着力は人間の想像を絶するほどである。
ある意味では、それが自然の在るべき姿なのかもしれないが、そこに住む人々はたまったものではない。
そしてその筋の専門家が、最終手段だと言って紹介したのが、この少女だった。
このカラスが人の姿をとったらこうなるだろう、と思わせる少女は、しかしカラスのように集団に混じる姿が想像ができない何かを感じられた。
「どうにかできますか?」
「やってみましょう」
黒衣の少女は、木の枝や枯葉を集め火を点けた。
もくもくと煙が空に上がる。
煙でカラスを追い払うのか、と思った役員は少女の行動に目を見張った。
まるでカラスがそうするように、煙を自分で浴び始めたのである。
「あの、なにを」
その理解できない行動について尋ねようとした彼は、次に起こったことに驚愕した。
かぁー、かぁー、かぁー!!
少女の口から、まるでカラスのような鳴き声が発せられる。
その直後だった。
電柱に、電線に、木々に、家の屋根に、塀の上に、それぞれ並んで立っていたカラスたちが一斉に飛んで少女の周囲に集まってきたのだ。
若い役員は腰を抜かして、地面に尻餅をついた。
想像してほしい、ハシブトカラスは全長六十センチ前後もある大型の鳥だ。
小型犬ぐらいの大きさはあり、それが翼を広げ近くに殺到する光景と言うのは十分に恐怖に値する。
いったいいかなる呼びかけの結果なのか、百羽以上のカラスが彼女の周囲に降り立ったのである。
役員はその異様な光景を、信じられないようなものを見る目で見ていることしかできなかった。
カラスは、とにかく警戒心が強く、人に懐かないとされる生き物だ。
もし人に懐くカラスがいたとしても、それは特殊な環境で育てられたカラスであり、それでも人見知りはするという。
だというのに、この少女は百羽以上のカラスを初見で警戒心を失わせ、両手に留まらせることに成功させていた。
まるでカラスの渦の中心に、カラスたちの女王でもいるかのように。
そして、カラスたちは合唱を始める。
かぁーかぁーかぁーかぁー!!
かぁーかぁーかぁーかぁー!!
かぁーかぁーかぁーかぁー!!
一斉に鳴き始めるカラスたち。
そんな中に居れば、常人なら恐怖で竦みあがるだろう状況だが、少女は慣れた顔つきだった。
「こりゃあああぁぁ!!」
そんな時だった。
「お前ら、何しとるんじゃ!!」
その大声は、突如その場に現れた老婆のものだった。
その叫び声と同時に、カラスたちは一斉に飛び上がった。
カラスたちの羽ばたきにより風圧で砂埃が舞い、空からカラスの羽が落ちる。
「あの方は?」
「え、ああ、あの人はそこの家に住んでいる方で……」
一匹残らず空へと羽ばたいて行ったカラスたちを呆然と見上げる役員に、手を差し伸べる少女。
そうしているうちに、憤怒の表情を浮かべた老婆が二人の元にやってきていた。
「お前さん、去年も変な男と一緒にカラスたちに悪さしとったろ!!」
「……お婆さん、またですか?
カラスたちに餌をやるのは条例違反だって言ってるでしょう」
役員の男はこの老婆がパンの耳といった餌を持参しているのに気付いて、注意したのだが。
「そうじゃった、お前さん役人じゃったな。なら、わかっとるじゃろ。
この町では古くからカラスは神の遣いなんじゃ。悪さしとったら許さん!!」
「それは以前も聞きました。
ですが神の遣いだろうとなんだろうと、被害が出ている以上対処をしないといけないんですよ」
「それをどうにかするのが役所の仕事じゃろ!!
カラスが手段を選ぶ余地など有るわけがなかろうが!!
だったら被害を出ないようにするのが人間側の責任じゃろうが!!」
「だからって、餌をやっていい理由にはなりませんよ!!
カラスたちがこの辺りに集中しているのは、無責任な餌やりが原因かもしれないんですよ!!」
この老婆の主張も、一理はあった。
だがそれをする予算も人員も、市役所には無いのだ。
だから二人の話は平行線で、交わることは無いはずだった。
「ねえ、お婆さん」
この黒衣の少女が居なければ。
「なんじゃ、この娘は。
あの変な男は今回はおらんのか?」
「あのカラス教授の代わりですよ。
あの人の代わりに、カラスを追い払ってと彼に頼まれたんです」
「何じゃと!!」
少女の言葉に、老婆の怒りの矛先が彼女にも向けられる。
しかし彼女はこのように言葉を続けた。
「お婆さん」
老婆に呼び掛けるその声音は、どこか優しげで慈愛に満ちていた。
「あなた、助産師でしょう?」
「む? 今時の役所はそんなことまで調べるんか?」
老婆は役員を睨みつけるが、彼は首を何度も横に振った。
「お前さん、なんでわかったんじゃ?
確かに昔は助産師をしとったが……」
「カラスたちが、お婆さんを気にしていたので。
カラスたちはとても賢い。彼らはあなたを仲間だと認識している。
あのカラス教授も手に余るわけね。これでは何をしてもここから離れるわけがない」
黒衣の少女はそう言って、踵を返した。
「役員さん、今日は帰りましょう」
「え、は、はい」
役員は確実に十歳は年下であろう少女の行動に意を唱えることもできずに、その後をついて行くことしかできなかった。
「なんじゃ、あの娘は」
老婆はそんな二人の後姿を奇妙な物を見る目で見送ると、羽ばたきの音に振り返った。
「おうよしよし、たんと食え」
そこには数羽のカラスがひな鳥のように老婆に餌を求める姿があった。
その翌日。
「お婆さん、こんにちは」
老婆の住む家に、黒衣の少女は現れた。
「なんじゃ、お前さん。
またカラスに悪さしに来たんか?」
「まさか。この土地には古来からカラスは八咫烏の化身だと伝えられているんですね」
「そうじゃよ」
少女の言葉に、老婆は頷いた。
「わしの若い頃は、そんなこと誰でも知っておった。
カラスたちも、迷惑を掛けるほど数も居なかった。
山を切り崩したり、林を切ったり、どちらがどちらにとって迷惑なのか、一目瞭然じゃろうに」
縁側に座ってお茶を啜る老婆は、そこから見える景色の変化に嘆いていた。
「そうですか」
少女は老婆の話に相槌を打った。
彼女の話はそれで終わることはなく、少女はそれから一時間以上も老婆の話に付き合うのだった。
くどくど、と長話を続けている老婆に変化が訪れたのは、話が二時間目に突入したころだった。
老婆の住む家の敷地に、車が入って来たのだ。
「お母さん、お久しぶりです」
「ふん、誰かと思えば、薄情なせがれじゃないか」
車の中から出てきた男性を一瞥し、老婆は嫌味ったらしくそう言った。
「ええと、あなたは……」
「お気になさらず」
老婆の息子は、少女の存在を気にしていたが、彼女は慎ましくそう答えた。
「……お母さん、いい加減、一緒に暮らそう」
「嫌じゃね、誰があんたの嫁なんかと一緒に暮らすか」
「あのことに関しては、ちゃんと言って聞かせたって!!
お母さんももう歳なんだから、一人でままならないこともあるでしょう?」
「孫はもう、独り立ちしたんだろう?
子供を触らせるのは嫌だったくせに、今さらそれかい?」
老婆は不愉快そうに鼻を鳴らして、息子を睨みつけた。
「帰えんな」
老婆の言葉に、彼女の息子が何か言おうとした瞬間だった。
かぁーかぁーかぁーかぁー!!
「えッ」
いつの間にか、老婆の家の敷地に何十羽というカラスが集まっていた。
カラスたちは一斉に鳴き始め、怖気づいた老婆の息子はまた来ると言って車に逃げるように入って、帰って行ってしまった。
「ふん、何を今さら……」
吐き捨てるように、と言うにはそれは哀愁に満ちた呟きだった。
「お婆さん」
その呼び声に、老婆はハッとして周囲を窺った。
まるでこの世のものではない何かに話しかけられたような気がしたのだ。
老婆の顔に掛かる影は、目の前に立つ少女のものだった。
だがその目は、彼女の長い人生で一度たりとも見たことが無い深い暗闇があった。
「なるほど。あの役人は、物の怪の類を呼んできたんだね」
信心深い老婆は、目の前の少女を姿をした何かの正体を直感的に感じていた。
そして少女は、否、少女の姿をした魔女は言った。
「────────―」
その言葉に、死期を悟ったと思っていた老婆は思わず顔を上げた。
§§§
喪服を身に纏った魔女は、電車を乗り継ぎ目的地へと向かった。
「お婆さん」
魔女は、目的地の家の縁側で眠たそうにしている老婆に話しかけた。
「んあ、ああ、あんたか」
「そろそろ、時間じゃありませんか?」
「別に遅れたって問題ないじゃろう。
迷うことなんてありはせんのだからな」
「そうですね」
それを聞いて、魔女は頷いた。
老婆の横には何羽ものカラスが寄り添っていたのだ。
「おや、あなたはこの間の」
そこに、老婆の息子が通りがかった。
「どうも」
「あなたも、来てくださったんですか」
「はい」
「そうですか、お母さんも喜びます」
彼はそう言って、式場の方へと歩いて行った。
魔女が振り返ると、縁側には老婆もカラスの姿も無かった。
「あなたの言うとおり、あのお婆さんにお任せして正解でしたね」
老婆の自宅で行われた葬式は、市役所の役員も参列していた。
「まさかあのお婆さんが、カラスたちを手懐けてしまうなんて」
「そうですね」
彼の言葉に、魔女は頷いた。
老婆はある時を境に、カラスたちを手懐けて見せた。
それ以来、彼らはゴミを漁らず、住宅街にフンをしないようになった。
それどころか、老婆の家に入った泥棒を追い払ったり、よその土地から来たカラスも撃退したりもした。
カラスたちが餌を求めてやってくる老婆の家は、カラス屋敷として周辺の住民たちから親しまれるまでになった。
だが、それも少し前までの話だ。
「カラスは葬儀をするという迷信があるそうですね」
式場から外を見やり、カラスたちが集まっているのを見て役員はそう言った。
「迷信でしょう? あれは周囲に外敵が居ないか、判断する為だと聞きました」
「ええ、迷信です。ですが……」
役員は式場の奥にある老婆の遺影を見て、こう思いたくなった。
「カラスたちも私たちが思いもよらない理由であっても、死者を悼むのであってほしい、と」
そんな彼の感傷を、魔女は黙って聞いていた。
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「はぁ」
「どうしたの、真冬」
「これ、見て」
いつもの昼休み、真冬が深いため息を吐いたのを見て、夏芽は何事かと尋ねた。
「ああ、これか」
真冬の見せたスマホの画面には、例の妖精の某呟きアカウントが大炎上したと記事になっていた。
「何と言うか、その、残念だったな……」
幻想だと思っていた生き物が実在したのに、蓋を開けてみればクソガキだったという落胆は夏芽も少しばかり、いや、かなり理解できた。
「あれ、あの後、師匠にお願いして妖精を捕まえる方法を教えてもらったんだけど。もういいの?」
「もういいです!!
春美ちゃん、私が悪かったです!! 我儘言ってごめんなさい!!」
そんな春美の意地悪な言葉に、真冬は涙目になって謝った。
「まったく、真冬は時々変なスイッチ入るよね」
千秋は自分もそのニュースを見ようと、ニュースアプリのオカルトタブを見た。
そこには、妖精が大炎上したというニュースの他にも、こんな記事があった。
『カラス婆さん亡くなる。葬式後、町中のカラスが消える!?』
と、そんな見出しの記事が。
気が付けばお気に入り五百人、総合評価1000突破とか目を疑う事態です。
私もなんて喜べばいいのかわかりません。
これまでほぼ毎日更新していましたが、流石に明日以降はちょっと無理かもしれません。
せっかくランキングに乗ったので頑張ってみましたが、年末年始は終わりですからね。
そういうわけですので、あしからず!!
それでは、また次回!! そして、この小説をご愛読くださるすべての読者のみなさんに感謝を!!