がたんごとん、と休日の人気の無い鈍行列車に春美と望海は揺られていた。
今日、この二人は先日のカルトヤクザの元へ、届け物をしに行くのだ。
いつもの三人は居ない。元とは言えヤクザとの接触に、夏芽がNGを出したからである。
「ほら、うちの親、ヤクザと関わりがあると同僚から睨まれるらしいからさ」
弁護士が両親の夏芽はバツが悪そうにそう言った。
彼女は自分が元ヤクザと関わって両親に迷惑を掛けるのは嫌なようだった。実際ほぼ拉致されたし、元という文字は建前である可能性も否定できない。
そんな彼女の様子に、こればかりは仕方ないと他の二人も引き下がった。
「今日は面倒事はゴメンだからね」
「私だって、少しは悪いと思ってますよ」
「少しなのかい」
次は見捨ててやろうか、と春美はそんな思考が頭に過った。
彼女はあの召喚士を霊視したことで、悪魔を嗾けられたのだ。
それ自体は低級な存在だったが、相手はほぼ条件反射で望海に悪魔を送り付けた。
ハッキリ言って、達人芸、神業の部類だった。
二人の師は言った。荒事に慣れたかなりの手練れだと。
魔法使い同士の優劣を語るのは、アニメやラノベのキャラで最強論争するぐらい無意味なことだ。
剣と弓の達人同士が、互いの戦い始める位置で勝率が違うのと同じだ。
少なくとも、次に二人があの召喚士と敵対することになったら、助けないと明言されていた。
それだけ、やりあうのが分の悪い相手だということだった。
「次は間違っても、指を差したりしないでよ」
「わかってますって!!
あの召喚士って女、春美さんみたいに陰キャっぽいですけど、多分何人も殺してます。
でないと召喚魔術なんていかにも時間かかる魔法であんな反撃できるわけがない」
「ぶっとばすわよ、あんた」
突如としてバトルマンガの敵の技解説みたいなことを言いだした望海に、春美は睨みつけた。
「私が、師匠になんて言われたか忘れたわけじゃないでしょ」
「…………」
望海は黙り込んだ。
がたんごとん、と鈍行列車は目的地へと向かって行く。
§§§
「お二人とも、ようこそおいでくださいました。
こちらの車にどうぞ」
二人が駅に着くと、出口にはこの間のスーツ姿のセールスマンが待っていた。
そのまま二人は案内されるまま車に乗ると、カルトヤクザの事務所へ移動した。
そして中に入ると、応接室へと通された。
「確かに」
二人が運んできた物を確認し、召喚士は頷いた。
「お嬢、これは何の薬なんだ?」
同席していた軽塔が彼女の手元を覗き込む。
それはガラス瓶に入った、得体のしれない液体だった。
「私も実在するとは思っていませんでした。
これは薬物依存などによる禁断症状を緩和したり、事実上打ち消す秘薬ですよ。
私が前に居た結社にもまことしやかに囁かれた、文献にも残らない噂に過ぎませんでしたが」
「おいおい、マジかよ」
魔術品の生産販売なんてしている軽塔も、そんな荒唐無稽な薬の存在にあんぐりと口を開けた。
「そんな奇跡みたいな薬があるわけないじゃない。
ただ、狙って症状が感じなくなるだけよ」
「なるほど。親分さん、これをセイジに」
実感のこもった春美の言葉に、召喚士はその秘薬を横に座る軽塔に差し出した。
「え、良いのか、お嬢?」
「あの魔女の実力を確かめるための品物です。
これを売り物には出来ないでしょうし」
「すげー薬だと思うんだがなぁ」
薬物に手を出した売人を何人も知っている彼は、大事そうにそれを懐にしまった。
「じゃあ、さっそく商談と行こう。
うちの会社は前にも言ったが、魔術品の生産販売をしている。
と言っても、社員は十人にも満たない人数で厚利小売でやってる。
製品の生産もうち社員でやってるんだが需要のあるうちにもっと利益を得たい。
魔術品を欲しがる金持ちは腐るほどいるからな」
軽塔の言葉に、二人は頷く。
昨今の日本でも、地方の無名のお土産が魔術的効果の見込みがあるとされると噂されるだけで翌日には完売していたりしたとニュースに何度もなっているほどだ。
「それで今回、外部委託しようかって考えたわけだ。
うちはホンモノの魔術品しか取り扱わないからな。外から仕入れるツテがなかった。
精々、材料をよそから買うくらいだ」
「まあそうでしょうね」
「お互い、些細な行き違いがあったが、俺はこれを良縁だと思っている。
お嬢は魔術品の生産は決して専門じゃないからな、教えを乞うている社員たちは言わずもがなだ。
商品がホンモノだと言っても、質はあんまり良くないらしい」
それは二人も思ったことだった。
二人は以前ここに来た時にこの会社の商品を見たが、召喚士が手掛けただろう数百万の商品と比べて、社員たちが作ったと思われる護符の出来は素人に毛が生えた程度だった。
春美でも自分で作った方がまだマシだといえるレベルだ。
「私は、ただ研究に没頭したい」
深いため息と共に、召喚士が言った。
「まあ、お嬢は常日頃からこの通りでな。
この会社の商品はお嬢の研究の副産物などで利益を得ているわけだが。
開発者担当のお嬢が製品の生産をしててはそれが滞る。
その為に、社員たちのスキルアップが急務だったが、まだまだ時間が掛かるらしい」
「私も、師匠に独り立ちを許されるのは十年先だと言われました」
「つまり職人技だってことだ。
だから、商品の発注先ができるかもしれないってことは、俺たちにとっては福音なんだわ」
軽塔の説明はそれが全てだった。
「師匠から、その話をされたら受けても良いと言われました」
「おお、本当か?」
「ただし、商品を製作するのは私だと」
その春美の言葉に、召喚士だけでなく軽塔も目を細めた。
「なるほど、弟子に経験を積ませたいわけか。
いい師匠だな。だが、こっちも遊びじゃないんだ。わかるよな?」
あくまで穏やかに話をしていた軽塔に、初めて元ヤクザらしい剣呑さが言葉に混じった。
「師匠も、今回の出会いを良縁だと捉えています。
ですので、長い目で見ていただければ、と」
「その結果、商機を逸したらどうする?」
「もしそう思うのなら、そっちに商才は無いんじゃないですか?」
緊張して言葉が固くなっている春美をフォローするように、望海が言った。
「年々、呪殺事件が多くなってます。
誰しも、頭の中には呪われる心当たりがあるものです。
防犯対策と同じで、需要が無くなるなんてこともありえない。
仮に競合他社が出来ても、シェアを奪い合うほど質の高い魔術品を生産できるとは思えませんし」
そう、高度な魔術品は当然だが作成に時間が掛かる。
召喚士が最も嫌がっているのがそれであるくらいだ。
異能者が協力する企業が魔術品を工場で生産しても、それが日本中に行き渡るのはまず不可能に近い。
魔術とは大量生産大量消費と相性が悪いから、廃れて行ったのだから。
「お互いに譲り合って、落としどころを見定めるのが賢いと思いますよ」
「……そうだな」
フッと、軽塔は笑って頷いた。
交渉が成立したところで、春美は改めて軽塔と握手を交わしたのだった。
§§§
契約をしたことで、二人は晴れてこの会社の取引相手となった。
「あ、二人とも、タピオカミルクティー飲む?」
ちょっとしたトラブルで召喚士と軽塔が応接間から出ている間、二人を待たせている間に彼女たちを出迎えしたセールスマンの若い男が対応した。
「女子高生ってそう言うの好きでしょ?」
まさか元ヤクザの事務所でそんなものが出てくるとは思わなかった二人だった。
「これ、ミルクティー甘すぎ……」
「こっちはタピオカに芯が残ってますよ」
クオリティ低ッ、と二人は思った。
「それ、前のシノギだったんだよね。
うちも代紋掲げている時はそんな感じで迷走してたんだわ」
セールスマンの男、ケンジは笑ってそう言った。
「在庫まだまだ残ってるから、どんどんおかわりしていいよ」
「いえ、遠慮しておきます」
こんなんで良く商売しようと思ったな、と内心口に出さずに望海はやんわり断った。
「ケンジさんでしたっけ?
召喚士さんとはいったいどんな馴れ初めで一緒に商売なんてしてるんですか?」
この際だから、話題も無いことだし春美は尋ねてみた。
「え? 聞いちゃう? それ聞いちゃう?」
すると、この若者はにやにやと嬉しそうに語りだした。
ちょろいな、と二人は思った。
軽塔組は組長の方針で、それなりに硬派なヤクザだった。
みかじめ料と借金の取り立てと言ったシノギで、彼らは最近まで食べていた。
ところが、暴対法の締め付けは年々厳しくなり、借金の取り立てを請け負っていた別の組の運営していた闇金が摘発された。
元々細々とした小規模な三次団体に過ぎない軽塔組は即座に困窮しはじめた。
ヤクザがお金を持っていると言うのは、バブル時代の幻想に過ぎない。
操業のコストが低いタピオカミルクティーで稼いでいたりもしたが、それでも上への上納金を支払うので精一杯だった。
ブームはいずれ過ぎ去る。利率の高いシノギだったが、客は商品の質を高める努力などしないことにすぐに気付く。
彼らが次に目を付けたシノギは、魔術品の売買だった。
今の時代、世界中で猛烈なオカルトブームだ。
需要は沢山あったが、供給は全く足りていない。
軽塔たちは親の組に依頼され、ある廃倉庫に魔術品の密輸をしている中国マフィアと取引に向かった。
「これがブツだ」
中国人の片言の日本語で、段ボールに入った中身を示した。
そこには、短冊状の紙が大量に入っていた。
「なんだ、これは」
「あ、オヤジ、俺知ってますよ。
香港でやってる何とかって呪術の時に使う紙っすよ」
嫌な奴の名前を書いてビシバシって靴でしばくんですわ、とケンジの仲間がそう言った。
「ほう、そうなのか」
「税関もこういうのは止められない。
空港から楽に仕入られるから、ヤクよりボロイ商売だ」
と、中国人たちはにやにやと笑ってそう言った。
軽塔はその言い草を不愉快に思いつつも、用意された金を渡そうとした時だった。
「こんなプリンターで大量生産したゴミにそんな大金を払うのですか?」
その女が、現れたのは。
「だ、誰だお前!!」
中国人も、軽塔たちも、咄嗟に武器を抜いてブツの前で中身を漁っているその女にその銃口を向けた。
「外国の魔術品の取引があると聞いたので来ました。
ですが、ただの見よう見まねで、実際に打小人に使われているものですらない。
相手の出方次第ですが、こんなものを売っても詐欺だとしか言われませんよ」
「ふざけるな!! 勝手なこと言うんじゃねぇ!!」
中国マフィアたちは彼女の言葉がよほど耳障りだったのか、そう怒鳴りながら即座に発砲した。
「は?」
その時ケンジは目を見開いた。
たしかに、その女の眉間に銃弾は命中した筈だった。
カンッ、と鉄にでも当たったかのように銃弾が弾かれるという目を疑うような光景が真実だとすれば、だ。
中国人たちの銃撃はそれだけでは終わらない。
後ろに控えていた面々も、容赦なく銃弾の雨を浴びせかけた。
軽塔たちは流れ弾を恐れてその場を退避したが、その女は倒れることなく立ち尽くしたままだった。
やがて、中国人たちの銃弾が尽きた。
「私は帰ります。時間の無駄でした」
ぼそぼそとそう言って、その黒いローブの女は踵を返した。
「ば、化け物が!!」
「止めろ、そいつは道士だ!!」
中国マフィアたちが、中国語でそんな会話を交わしながら、一人がナイフを持って彼女に斬りかかる。
殺気に反応し、その女が振り返る。
地獄のような冷たい視線で。
「はぁ?」
それは、理解を超えた現象だった。
女のローブの中から、明らかに質量を無視した巨大な腕が彼女を斬りかかってきた男を鷲掴みにしていたのだ。
それは禍々しい、悪魔の腕としか言いようのないものだった。
「私は穏便に済ませろといったはずですが?」
こつこつ、とまた別の足音がした。
そっちを見ると、ローブの女と全く同じ顔が歩いてくるではないか。
その直後、初めに現れたローブの女が弾け飛んだ。
まるで皮を破くように、全長数メートルの巨体に膨れ上がる。
人間とは思えない動物の顔、捻じれた一対の角、漆黒の両翼。
それは人間が想像する、悪魔そのものだった。
悪魔は恭しく膝を突き、後から現れたその女に頭を下げた。
「それ、捨てなさい」
女は、悪魔が手に持っているモノを、犬が汚いボールでも拾ってきた光景を見るかのようにそう言った。
その言葉に、悪魔は握っていた中国人を彼らに投げ返した。
ボーリングのピンかなにかのように、恐怖に慄いていた中国人たちがぶっ飛ばされた。
そして女が指を鳴らすと、悪魔はその巨体が嘘のように霧の如く消え去ってしまった。
「おい、待てよ」
踵を返し、帰ろうとする彼女に、軽塔は声を掛けた。
彼の子分たちが必死に目で、そのヤバイ奴に関わるのは止めろと訴えているのに。
「あんた、こっちの取引を滅茶苦茶にしておいて、侘びの一つも無いのかよ」
「あなた達は偽物を掴ませられようとしていたのに?」
「それは後の問題だ。今重要なのは、あんたに俺たちのメンツを潰されたってことだ」
軽塔は生粋のヤクザだった。
目の前に姿を現した悪魔よりも、人間の方がよほど恐ろしいことをよく知っていたのである。
「メンツに命を掛けるのですか?」
「それが極道だ。ここでただあんたを返しちゃ、筋が通らねぇ」
ここで怖気づいて逃げ帰れば、彼の人生は弱い者イジメの下衆と同じになる。
それだけは、命を置いてでも認められないことだった。
「……面白い、あなたという人間に興味が湧きました。
あなたの言う筋とやらを、聞かせてもらいましょう」
「あんた、名前は?」
「
それが召喚士と、軽塔組の出会いだった。
「それから紆余曲折はあったんすけどね」
「まあ、力のある人間に心酔するのはわかりますよ」
ケンジたち組員は、親である軽塔と同等に召喚士を扱っていた。
そんな出会い方をして、よくそうなれたものだと、望海は思ったが。
「結局、組は解散して真面目に働けているんなら良かったんじゃないんですか?」
「そう簡単に割り切れるもんじゃないんですけどね」
春美の言葉に、ケンジは少し寂しげに笑った。
そのすぐ後、軽塔は書類を持ってきて、書面での契約を済ませ、春美たちは事務所から家に帰るのだった。
ただのヤクザがカルトヤクザにクラスチェンジした経緯については、また次回。
その次は、魔女さんとカタリナの話にしようと思ってます。
ちょっとしたアンケートをするので、ご協力くださると幸いです。
それでは、また次回!!
キャラが増えてきたので、人物一覧やキャラ設定等が有った方がいいですか?
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有った方が良い!!
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無くても構わない。