転生魔女さんの日常   作:やーなん

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財産について

 

 高校が再開されてからというもの、学校でのカタリナの立ち位置は特殊だった。

 

 彼女は呪いの中心地で、それを止めたという光景を何人も見ている。

 聖職者だろうが、異能者は奇異の対象だった。

 

 日本は八百万の国だろうと、日本人にとってキリスト教徒はマイナーで敷居の高い宗教だった。

 故にお堅い典型的なキリスト教徒のカタリナは普通に敬遠されていた。

 隠し持った異能を披露し、誰かを助けて称賛されるなんて大抵の場合で無いから、創作でそう言った主人公が現れるのである。

 

 とは言え、彼女のイメージが逆に作用したケースもあった。

 学校側の呪術対策として、カタリナの保護者の神父を頼るという建前で彼女が祝福した物品が学校に配置されたりもした。

 が、翌日にそれが盗まれる事態が起こった。

 

 今のオカルトブームを鑑みれば当然の結末だったが、その盗んだ相手と言うのが即日自転車に轢かれ、家に雷が落ちて半焼。

 次の日には謝罪文と共に犯人の入院する病院から盗品が返却されたという一連の事件が起こった。

 

 犯人の自業自得だったが、あまりにも不憫だったので学校側は事を荒立てなかった。

 そして学校関係者や生徒たちは悟ったのである。

 ──ああ、この人魔女さん同様関わったらヤバイ、と。

 

 

「で、実際のところどうなの? 犯人呪ったりしたの?」

 そして当人に直接そんなことを尋ねるバカがいた。

 夏芽だった。

 

「誤解です」

 当然、カタリナは即答した。

 

「私はこの学校を聖域に指定する道具を設置しました。

 邪気や悪霊などを退ける代物です。

 ですがそれは、正しい場所に設置されて初めて効果が発揮されるのです。

 そして盗人には天罰が下っただけでしょう」

「いやいや、天罰って言うより、正しく効果が発揮しなかった道具が逆に悪い物を呼び寄せたんでしょ。

 魔術の世界には、正しい使い方をしないと効果が逆転するってことは珍しくないし」

 天罰の一言で済ませようとしているカタリナに、春美がツッコんだ。

 

「それに関しては、私の埒外でした。

 まさか学校の備品を盗む輩が居ようとは」

「まあ、私も馬鹿だとは思うよ」

 そっとため息を漏らすカタリナに、千秋は同情を示した。

 

「素人の浅はかな考えと言うのは、時に私たちを驚かせるものです」

「えッ、じゃあ、どういうことに気を付ければいいの?」

 護符とか自作している真冬は怖くなったのか、そのように尋ねた。

 

「触らない、近づかない、壊さない。それを守れば、設置型の魔術品から被害を受ける可能性は低くなるでしょう。

 物によっては、見ただけでダメなこともありますが」

「見るだけもダメって、どうすればいいんだよ」

「そんなものが置かれている場所は、大抵一般人が入れる場所に有りませんから気にする必要は無いでしょう」

「ああ、それもそうか」

 そんな危険な物が衆目のある場所に置くはずがない、という理由に夏芽は納得した。

 

「ところで、この学校は部活動に入る必要があると聞きました」

「あー、そう言えばそうだった」

「あの魔女はどこの部活ですか?」

「確か、美術部だったよね?」

 夏芽は他の三人が閉口しているのを気にせずそう言った。

 

「えーと、カタリナさんは合唱部が良いと思うなー」

「うんうん、私もそう思う」

 千秋と真冬は視線を逸らしながらそんな風に話題を逸らした。

 

「……行ってみれば? 

 ここ最近はずっと、二学期の文化祭に出す絵を書いているから」

 しかし友人たちの反応とは別に、春美はカタリナにそう口にした。

 

「まさか校内で二人きりになったところで、争いが始まるわけでもないでしょ?」

 そう言って、春美はカレーパンにかぶりつく。

 能天気そうな夏芽以外の二人は、表情を変えないカタリナを不安げに見ていた。

 

 

 

 §§§

 

 

 機を逸した、とカタリナは思っていた。

 

 彼女の当校初日でもそうであったが、この学校は何かしら不運の条件が揃っているのかもしれない。

 尤も、その不幸の原因は間違いなく、あの黒衣の魔女だとカタリナは確信していた。

 

 彼女はこの町の地脈を掌握し、何かしらの恩恵を得ている。

 エントロピーの法則がそうであるように、その力の制御は一見静かに見えても、徐々に歪みが生じるのだ。

 それは地脈から溢れた力のお零れを得ようとする怪異や悪霊の類だったりする。

 ただ逆に活性化した地脈の力は住人にも富や活力を齎す側面もある。

 その渦の中心に、彼女がいると言う話である。全て彼女の所為と言うのは間違いでもある。

 

 カタリナには、地脈を利用し大規模な魔術の行使が行われるわけでもなく、静寂を保っているのが不気味に思えた。

 それを問い詰める機会を逸し、カルトヤクザの件では共闘することにもなった。

 

 そしてずるずると今日まで掛かった。

 カタリナは部活の見学という建前で、各部活を見て回ることになったのである。

 

 

 放課後、彼女は美術室の扉を開けた。

 

 美術室は各々の部員たちが思い思いの作品を手掛けていた。

 その隅で、彼女は絵を描いていた。

 

「この絵は……」

 彼女の描く絵を見て、カタリナは言葉を失った。

 

 そこに描かれている火刑に処されたジャンヌダルクの表情は、憎悪に満ち溢れているように彼女は感じた。

 

「あなたは、あの時の彼女がこんな表情をしているように見えたのかッ」

 怒鳴ったつもりはなかった。

 だが、その語気の強さは集中している部員たちの視線を集めるには十分だった。

 

 ゆっくりと、黒いケープの魔女は筆を下した。

 

「私も、こんな表情を描くつもりじゃなかったわ」

 彼女は振り返ることなく、キャンバスに向かったままそう言葉を漏らした。

 

「芸術には、自分の心が表れるというのは本当ね」

 完成間近のその絵を見下ろし、彼女は独白した。

 

「思い出せなかったのよ、あの時彼女がどんな表情をしていたのか」

「……」

 カタリナは何も言えなかった。

 人間が産まれた時からすべての記憶を保持していないのと同じように、転生者である二人にも前世の記憶にある程度の欠落が生じていた。

 

「忘却は、人間に与えられた神の最大の機能である、と誰かが言ったわ。

 では輪廻を経て、前世を忘れられなかった人間と言うのは産まれながらの欠陥品なのではないのかしら」

 それは皮肉と言うより、自虐が入った言葉だった。

 

「戯言を。神は神自身も認める善人にその全てを奪い去る試練を課すこともある。

 そしてその信仰が確かな物なら、失った物の二倍の財産を与えて下さるのだ」

「そう。ではあなたは二倍の財産を得られなかったのね」

「私は、この二度目の生こそが、神に与えられた財産だと思っている」

 そう言ってから、カタリナはため息を吐いた。

 

「そう思わないと、やっていられない」

「ふッ」

 彼女のその本音に黒衣の魔女は小さく噴き出した。

 

「そのくだらない寓話について、私は一つの教訓を今悟ったわ」

「言ってみなさい」

「たとえ神でも、失ったという事実(きずあと)は消せないと言うことよ」

「……そうかもしれませんね」

 何一つ得ることの無い、不毛な問答だった。

 唯一つ、言えることがあるとすれば。

 

「……」

「……」

 お互いに、相手にどう接すれば良いのか分からないということであった。

 

 

 

 §§§

 

「ところで」

 四人組がいつもたむろしているファーストフード店に、なぜか二人はやってきていた。

 

「あの召喚士と名乗ってた女に覚えは?」

「私の記憶にはありません」

 結局二人の共通の話題は魔術関連だけだった。

 

「悪魔崇拝は昔からありましたから、秘密結社なら薔薇十字団もどきを含めたら数えるのも面倒なくらい潰しました。

 その中にあれほどの実力者はいませんでした」

 カタリナはアイスミルクティーをストローでかき混ぜ、じゃらじゃらと氷が渦を巻く様子を見下ろしながら言った。

 

「悪魔崇拝者は、魔女同様に最優先の抹殺対象でした。

 連中は悪魔と取引して高度な魔術の知識を会得する上に、周囲に甚大な被害を齎す可能性も高い。

 そして術者に制御されていない悪魔ほど恐ろしいものはない」

「そう、私にも心当たりはないわね。

 あなたには感謝しているわ。あの女はやると決めたら倫理や道徳なんて簡単に捨てられるでしょうね。

 私と春美たちだけだったら、五分五分の確率で実力行使が待っていたでしょう」

 そうなったら泥沼の殺し合いが始まるところだった。

 余りにも不毛な、何も得る物の無い戦いが。

 

「これは私の印象ですが、あの女は私たちより後の時代の人間でしょう。

 望海の霊視に対して即応する召喚術なんて私の常識ではあり得ない」

「そうね、普通の悪魔崇拝者は悪魔との接触を最低限にするものだわ。

 あんな護衛のように侍らせているなんて、私に言わせれば頭がおかしいとしか言えないわね」

 勝つ負ける、という話ではなく、戦った時点でお互いに損失しか出ないと言う話だった。

 それを踏まえ、召喚士は実力行使が合理的と判断すれば、相手は実行を躊躇わなかっただろうという話でもあった。

 そしてそれは、自分たちも同類なのだ。

 

「聞きましたよ。あなたもあの学校で、何人かに手を下したそうですね」

「あなたが彼女らを治療できるのならそうしても構わないわよ。

 尤も、呪術の類じゃないからあなたにも無理だと思うけど」

「話し合いで解決しなかったのですか?」

「無理よ。人は一度誰かを踏みにじると、それが成功体験になって優越感を覚えるの。

 そして一つ一つ、自分の理性や倫理のタガを外していくの。

 そうして、自分を肯定する状況を作り上げるのよ。あれはとっくに、人を狩る血に飢えたケダモノだったわ」

「憐れですね」

 じゃらじゃらと、ストローで飲み物をかき混ぜるのを止めて、カタリナは言う。

 

「結局それは、己をケダモノと同じ位置まで貶めているのと同じだ」

「弱者の立場に立ったことが無い人間は言うことが違うわね。

 私は魔女よ。堕落して、何が悪いの」

「開き直るな、それを人々は邪悪と言うのだ」

「だから、邪悪で結構だと言っているのよ。あの召喚士も、きっとあなたに同じことを言われたら私と同じように言うでしょうね」

「理解できない……」

 人は正しくあろうとする生き物だと、カタリナは信じている。

 それは正義とかだけでなく、倫理や秩序を保つためにも。

 それが平穏に繋がるはずなのだから。

 

 この魔女とも、今生ならほんの少しでも分かり合えると思っていたのだ。

 

「なぜ、再び機会を得てなお魔術に手を染めるのです? 

 少なくともこの国の人間の多くは飢えや重篤な病に怯えることなく過ごし、あなたもその一人の筈ではないのですか?」

 カタリナにとって堕落と退廃に満ちたこの世界も、少しは見るべきところはあった。

 少なくとも、彼女たち異能者が世に現れるまで、魔術に手を染めようという人間は現在より限りなく少なかったはずなのだから。

 

「あなた、両親は? 

 教会で暮らしているらしいけど、偶には会うの?」

「ええ、母は週に一度ほど顔を見せてくれます」

「そうなのね。ならあなたは既に、二倍の財産を得ているわ」

「……」

「結局私は前世も今生も、人並みに親も得られなかった」

 魔女は憂いを帯びた笑みを浮かべた。

 

「あなたの両親は……」

「母親は存命よ。でも父親は顔も知らないわ。

 何なら、会ってみる? うちの母親に」

「……わかりました」

 カタリナはそうするべきだと感じた。

 なぜ、彼女がまた魔女へとなったのかを、知るために。

 

 

 

 魔女の家は、有名なフリーホラーゲームに出てくるような森の奥にあるわけでも無ければ、木造でもなかった。

 彼女の通う高校の近くの、普通の二階建ての一軒家だった。

 

「ただいま」

 がらがら、と彼女はカタリナを連れて自宅へと帰った。

 

「お母さん、居るの?」

 彼女が居間の一室を開けると、そこには若い女がテレビを見ながらコンビニ弁当を食べていた。

 

「あ、あんた、何か用なの? 

 今日は学校のお知らせでもあるの?」

「ううん、友達を連れてきたから、それを知らせただけ」

「そ、そう。わかったわ」

 彼女は母親にそれだけ言うと、ドアを閉めた。

 親子の会話と言うには、あまりにも素っ気ないものだった。

 

 

 彼女の部屋は、二階だった。

 ドアを開けると、様々な薬草や薬品の臭いが廊下に漏れ出す。

 

「まさか、であって欲しいのですが」

 今まで黙っていたカタリナが魔女の部屋に入ると、早々に口を開いた。

 

「あなた、彼女にあの術を使いましたね」

「……」

 その無言は、肯定を意味していた。

 ぽすん、と魔女は自室のベットに座った。

 

「私が前世の記憶を取り戻したのは、八歳頃だったかしら。

 少しづつ、少しづつ、自分の前世が何者だったか思い出すようになったわ」

「私とは違いますね」

「そうなの? まあいいわ。

 お母さんはね、まあ水商売の人なのよ。私を産んだ頃にはもう四十手前でね、若くないから昔のように稼ぎは良くなかったみたい。

 だからまあ、私はあまりあの人に好かれなかったわね」

 その言葉の前後の間に何があって、だからまあで済まされるような理由があったのかまでは、彼女は語らなかった。

 

「幼心に、私はお母さんを喜ばせたかった。

 興味を引きたがったのね。幾つかの魔術を見せたわ。

 異能者が出て間もない頃だったけど、あの人は少なくとも気味悪がったりはしなかった。

 痩せた鶏が金の卵を産むと気付いたような顔はしてたけど」

「それは……」

「あの人にはプライドがあったわ。

 昔から、一人で生きていたってプライドが。だから彼女は私に、肌を美しく見せる方法とか、男を魅了する方法を聞き出したりしたわ。

 自分が今時の若い子に負けるはずが無いってね」

 カタリナは言葉を挟む機会を逸して、黙って彼女の話を聞いていた。

 

「だけどやがて母は、それらでは満足できなくなった」

 魔女はそう言って、微笑んだ。

 能面のような、感情を感じられない笑みだった。

 

「だから私は言ったわ。──若返りの魔法があるって」

「……」

 カタリナは嫌な想像が当たってしまい、内心呻いて天を仰いだ。

 彼女の母親は、今では五十才近くだと言うのに見た目も肌もみずみずしく、目の前の魔女と姉妹にしか見えないほど若々しかった。

 

「そして私は決行したの。

 始祖メディアが行い、私の前世が繰り返し自身に施してきたという、その秘術を」

 そう呟き、彼女は手のひらを見やる。

 

「今でも手に感触が残っているわ。

 実の母親を、ナイフでズタズタにしたのを」

「……」

 それですべてが説明が付いた。

 あの母親が、実の娘に心底怯えていた理由が。

 

「術は成功したわ。あの人も十代と見間違うほどに若返った。

 でもそれ以来、一度としてあの人は私の名前を呼んだことは無いわ」

「……」

「自業自得だと、笑うかしら?」

「いえ、この感情をどう表現すればいいのか分からないだけです」

 それはあまりにも救いの無い話だった。

 

 幼い子供が悪いのか、そんな子供にそうさせた母親が悪いのか、それとも前世の行いが悪かったのか。

 神ならぬカタリナには、判別がつかなかった。

 

「……ああ、そうだったのか」

 だがふと、天啓のようにカタリナは悟った。

 

「どうかしたの?」

「いえ、かつての私が、総長がどうしてかの聖女に複雑な感情を持っていたのか、少しだけ理解できたのです」

 言ってから、カタリナは力を抜いて肩を落とした。

 

「羨ましかったのですよ。祖国や人々の為に、曇りなき使命に没頭できた彼女が」

 総長の使命は、立場からして矛盾に満ちていた。

 祖先の為に無辜の人々を殺すこともあったし、建前を用いて使命にそぐわない行動もした。

 彼は心のどこかで、その矛盾に苦しんでいたのだ。

 

「そう、何だか意外だわ」

「私もそう思います」

 お互いにそんな感想を漏らして、初めて二人は今日笑った。

 

 

「今度、私の家にも来てください。

 あなたには、神父様に会って貰いたいです」

「ぜひ、そうさせてもらうわ」

 そしてかつての仇敵だった二人は、始めてそんな約束をした。

 

 前世では殺し殺された二人は、こうして今日少しだけ歩み寄れたのだった。

 

 

 




初めて明かされる、魔女さんの今生の過去の話でした。
女王メディアの若返りの魔法は、一度対象をバラバラにする必要があるそうです。
そんなことをいきなりされたら、まあ関係はこじれるでしょうね。

キャラ設定や人物一覧は、無くてもいいが上回ったので、今のところ保留します。
これから先、設定が膨らんで作者が確認したいと思う時があったら、その頃に書こうと思います。

そして誰の弟子になりたいか、というアンケートでは魔女さんが堂々の一位。
更に意外だったのは、二位が新キャラの召喚士さんだったと言うことでしょうか。
やっぱり皆さん、今の時代は安定した職場に就職できる方がいいということなのでしょうか。

次回もまた、魔女さん達のお話になります。
次はいつものように重いお話にはならないはずです。

それでは、また!!

本編に登場する魔法使いたちの中で、弟子入りするとしたら誰が良い?

  • 魔女さん。ただし春美に睨まれる
  • 化粧屋。なお気まぐれに振り回される
  • 魔術師さん。ただし、レプの玩具確定
  • カタリナ。当然改宗は必須である
  • 召喚士。家族のようにアットホームな職場

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