転生魔女さんの日常   作:やーなん

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時代について

「へぇ、面白いことになってるなぁ」

 濃い青色の手術着にマスクを身に着けた化粧屋が、薄暗い警察病院の一室でメスを振るっていた。

 

 彼女の目の前にあるのは、人間の石像だった。

 石像に、見える人間だった。

 

 彼女は医師の立ち会いの元、電動サンダーで表面の石を引きはがし、その内側の生身の肉体の解剖を行っていたのだ。

 

 彼女は立ち会いの医師も唸るような鮮やかな手さばきで、石像の内臓を摘出していく。

 

「ははッ、すげぇなぁこれ、こうなったのってもう何年も前なんだろ? 

 これ、今も生きてるぜ。メスを入れる度にびくびく反応しているから、たぶんまだ意識がある」

 そしてこの女の手際も、血管に傷つけないように“生かした”ままだった。

 人はここまで中身を無くしても、生きていられるのかと思ってしまうほどの光景だった。

 

 化粧屋の解剖は、粛々と続いて行く。

 中身を元に戻すまで。

 

 

 

「ふう」

 数時間にも及ぶ解剖を終えた化粧屋は、部屋の長椅子に座り込むと手術帽を脱ぎ捨てた。

 

「化粧屋、結果はどうだった?」

「それについては同席した医者のレポートを見てくれよ」

「普通の医者の知見じゃ分からないから、上もあんたを信用して司法解剖をさせたんだろうが」

 部屋の外で待っていた伊藤刑事が、小さくため息を吐いてそう言った。

 

「それにしても、今まで誰も解剖しなかったって本当か? 

 幾らなんでも腰抜けすぎるだろ」

「人体が石化するなんて未知の現象だぞ? 

 大半は中国に返還したし、魔術の恐怖で誰もやりたがらなかったんだ」

「普通なら、知的好奇心がくすぐられると思うんだけどなぁ」

 化粧屋の物言いに、彼も顔を顰めた。

 

「それで、どうなんだ?」

「ああ、あれな、人間業じゃなかったわ」

 伊藤刑事の問いに、化粧屋は簡潔に応じた。

 

「人間業じゃない? 異能者の犯行ではないと言うことか?」

「まず、生かしたまま半分生身で石化させる魔術なんて聞いたことがない。

 人間を石にするなんて怪物の伝承は幾つかあるがな」

「冗談だろう? 日本でも百体以上がああなったんだぞ? 

 伝説の化け物が突然現れて、中国マフィアだけを狙って石にして煙のように消えたってか?」

「結論を急くなよ、らしくないぜ」

 化粧屋は笑って伊藤刑事にそう言った。

 そんな軽い彼女の態度が気に食わないのか、彼は歯を噛みしめた。

 

「なあ、お前なら人体を半分だけ石にするってどう捉える?」

「俺に異能者の考えなんてわかるわけないだろ!!」

「私はこう思ったぜ。これは拷問だってな」

「拷問、だと!?」

「それも陰湿な、ただ相手を苦しませる為だけの拷問だ。

 あれは石になってなお死ねず、狂えず、癒えず、苦しみ続けている。芸術的でさえある」

 その相手を称賛するような物言いに、伊藤刑事は信じられないと首を振った。

 

「なにが芸術的だって、意味が分からない!! 狂ってやがる!!」

「落ち着けって。

 だから人間業じゃないってことだ。この陰湿さは悪魔の類だろうな。

 悪魔が面白半分に人間を弄んだんだ」

「あ、悪魔だと……」

 理解の範疇を超えた言葉の連続に、伊藤刑事も頭を抱えて長椅子に座り込む。

 彼にとって人間を石にする伝説の怪物も、悪魔も大差無いのだ。

 

「悪魔なんて、ほんとに存在するのかッ」

「私や私の周りは召喚術の類は専門じゃないんで詳しくは言えないんだが、召喚術ってのは伝承にある化け物を実際に存在してるところからこの世に呼び出す代物なんだよ。

 だから実際にこの世に存在していたか、って言われればどうかなって感じだが」

「そんなの、言葉遊びだろうがッ」

 吐き捨てるように、伊藤刑事はそう言った。

 

「俺はあの石像事件に、公安として関わった」

「ああ、だから」

「標的になったのが、マフィアだったから良かったとでも思うか? 

 違うな、日本政府や、世界各国はその事件をきっかけに悟った。

 何か一つ歯車が狂って、この惨劇が国会議事堂で起こったとしてもそれを防ぐ手立ては無かったということにな」

 憂国の刑事は、血を吐くようにそう言った。

 

「一般人がその標的になったとしたとしても、成すすべがなかったということだ」

 深いため息が、彼から漏れた。

 

「それまで緩慢な態度で異能者の登場に騒いでいた世間は、それによって大きく変わった。

 お前も覚えがあるだろう? 日本でも異能者に対する法律が出来て、異能係が出来た」

「ああ、でも実際はガバガバらしいな」

「そうだ。異能犯罪を立証するには困難を極めた。

 犯罪の捜査は、科学捜査と言うくらいに科学技術を前提にしている。

 異能犯罪の捜査は、それとは真っ向から反対になる特殊な知識や技術の持ち主が必要になった」

「だろうなぁ」

 万人に証明できる必要がある科学捜査と、科学では説明できない異能犯罪の相性は悪いに尽きた。

 

 例えば目の前で犯人が念力で人間を殺しても、炎を出す杖で焼き殺しても、異能の要素が含まれる行為での殺傷事件は立証が不可能なのだ。

 そしてそれは、異能犯罪に対する法律が出来た今でも殆ど変らないのが現状だった。

 日本は異能犯罪に対して遅れている方だと言われているが、どの国でもそれは大差ないのだ。

 

「俺たちが苦心して捕まえたホシも、釈放になったことは数えきれない。

 地方の警察も異能犯を検挙することに及び腰になっている有様だ」

 これが、今の日本だった。

 いや、世界の現状だった。

 

 凶悪な異能犯罪に対して、一般人は無力だった。

 

 

「伊藤ちゃんの苦労は理解できるつもりだよ、だがあの石像事件の犯人を追うのは止めといた方がいい」

「なぜだッ」

「手におえないからだ。

 そいつに対する一番の対処法は、余計な刺激を与えないことだよ」

 化粧屋は、優しくも残酷な言葉を述べた。

 

「少し前の中東での魔女狩りの件、どうなったかぐらい知ってるだろう?」

「……」

「首謀者とそれを先導した人間全員、十五人が呪殺された。

 その組織のトップは報復するなんて声高にイキってたが、本心はそいつもビビって犯人捜しも形だけだ。

 不思議だとは思わないか、伊藤ちゃん」

「……何がだ?」

 化粧屋の言葉に、彼は顔を上げた

 

「一般人どもは見よう見まねの呪殺で、命を差し出す。

 だがその十五人を呪い殺した奴はどうしてそんな人数をやれたと思う?」

「……」

 それは、伊藤刑事も不思議に思えていた。

 呪殺に限らず魔術にはリスクが伴うのに、彼女やその同業者はまるでおとぎ話の魔法使いのように自在に魔術を操るのだ。

 

「それが、私たちと素人の違いだよ。

 魔術を生業にするってことは、そのリスクと上手に付き合うってことだ。

 こっちとこっちの魔術でリスクを相殺、あちらとこちらの道具を組み合わせて代償を肩代わりさせる、とかな。

 私や同業者たちは、まずリスクを相殺できない魔術は使わないんだよ。

 じゃないと、他人に一発で術者とバレるからな」

 魔術とは実用性が大事であると、化粧屋は言う。

 それは伊藤刑事にも納得できる理由だ。どんな兵器も、最も重要視されるのは安全性なのだから。

 

「じゃあ、お前はこの国で百人以上を石にした犯人は、何の代償も払ってないってのか!?」

「そう言うことを言いたいんじゃないんだがな。

 まあ、手持ちと相談してリスクを打ち消せると思ったからそうしたんだろうな」

「くそッ」

「おそらく、悪魔を上手く言いくるめて、被害者たちで遊ばせて殺させ満足させたんだろうな。

 その術者は私から見ても凄腕だぜ。悪魔の性質をよく理解している。連中は物質的な充足にあまり興味ないらしいからな」

 化粧屋はそこまで犯人を分析して、肩を竦めた。

 

「ここまで懇切丁寧に説明してやってるんだから、いい加減分かれよ伊藤ちゃん。

 ──あんた、深入りするとマジで死ぬよ」

「…………そうだな」

 その言葉を己の魂まで吐き出すように呟いた彼を見てられず、化粧屋は仕方なさそうに眼を逸らした。

 

 

 

「伊藤ちゃん、私はあんたに死んでほしくないんだよ」

 警察病院からの帰りの車の中で、後部座席の化粧屋は運転席の伊藤刑事にそう言った。

 

「あんたが何だかんだで便宜を図ってくれてるのは知ってるからな。

 私も何だか、必要以上に協力してやってる感もあるし。

 だが人間が踏み入れるべきじゃない領域ってのがあるんだよ」

「そうかもしれないな」

 伊藤刑事はぼんやりと呟いた。

 

「おいおい、ちゃんと前見て運転してくれよ」

 その声に不安感を抱いた化粧屋がそう言うと。

 

「俺は公安の捜査官として、あの現場に立ち会った。

 それまで公安も異能者の存在を甘く見ていた。

 突然世間に現れた、ちょっと変わった人間だとしか見てなかったんだ」

「……」

 化粧屋は彼の語りを、黙って聞くことにした。

 

「あの現場を見た時、衝撃だったよ。

 大勢の人が石像に変わったのだと、あの常識では考えられない現場でその考えを誰もが否定できなかった。

 中国でさらに大勢が石像になった事件が起こった時、世界各国はようやくその水面下の脅威に気付いた。

 俺もこの国の異能事件に関わっていくうちに、その得体の知れなさに恐れをなしたもんだ」

 彼は思いを馳せる。

 この国に蔓延り始めた、異能事件の数々を。

 

「ほとんどは、超能力に目覚めて調子づいた連中ばかりだった。

 だが、魔術被害の多くは怨恨による呪殺ばかりだ。

 呪術汚染によって、土地そのものが腐敗した例もある。

 このまま俺も異能係の刑事を続けてたら、ホンモノの異能者が俺を疎ましく思って呪い殺されるかもしれねぇ。

 ……だが、他にこんなこと誰がやるんだ?」

 それはどこか、自分に言い聞かせているようにも思えた。

 

「俺以外の異能係の連中は、妻鳥のように刑事のイロハも分からん若者ばかりだ。

 俺だってまだ四十半ばだってのに、あの中じゃ一番の年上だぞ。

 刑事課時代の先輩たちも足が竦んでるってのに。

 俺がやらねえで誰がやるってんだ」

「一服するかい?」

「お前のタバコ、いったい誰が目を瞑ってると思ってやがる」

「くへへ」

 化粧屋がパイプを取り出すと、伊藤刑事は後部座席のガラスを下した。

 

「鑑識がそのパイプの吸い殻を分析した結果を見た時、目が飛び出るかと思ったぞ」

「その薬効まで把握できるようになるなら、私の協力も必要ないんだろうがな」

 化粧屋はパイプに火を点け、外に向かって煙を吹いた。

 

「まあ、安心しろよ伊藤ちゃん。

 あんたが死んでも、私が起き上がれるようにしてやるからさ」

「それだけは勘弁だな」

 化粧屋の軽口に、彼はようやく笑みを浮かべた。

 

 

 

 §§§

 

 

「マスター、ヒマー」

「うるさい。静かにしていなさい」

 そして警視庁の異能係の一室では、仮面の魔術師が資料を読み漁っていた。

 彼の方ではレプがだらりと体を投げ出して退屈そうにしていた。

 

「よう、調子はどうだい」

 そこに警察病院から帰ってきた二人がやってきた。

 

「そちらはどうでしたか?」

「ううん、多分違うな。あの派手さに対して、野郎にしては悪趣味な感じだった」

「……こちらも、奴の痕跡は見当たらないですね」

「そうか、手詰まりになって来たな」

 化粧屋は魔術師の言葉に唇を噛んだ。

 

「二人とも、いったい何を探しているんだ? 

 国家間で共有している魔術事件の資料なんて読み漁って」

 伊藤刑事は先日ようやく手元に届きた資料を協力の対価として要求してきた魔術師に問うた。

 

「この世界の、潜在的な脅威について、ですかね」

「……随分と大きく出たな」

「石像事件が奴の犯行かと思いましたが、化粧屋の見立てが正しいのなら違うと言うことでしょうね」

 手元の資料をテーブルに放り出し、魔術師は肩を落とした。

 

「なあ、その奴ってのはいったい誰なんだ?」

「誰、ですか。もはや誰なのか、と言える相手なのでしょうか」

 伊藤刑事の問いに、魔術師は曖昧に言葉を濁した。

 

「やはり、前世の記憶を持つ異能者なのか?」

「それは違うだろうな。あいつは“まだ”生きているはずだ」

「はぁ?」

 化粧屋の物言いに、一般人に過ぎない彼は理解が追いつかないようだった。

 

「昔、ペストを癒そうとした呪医が居たんだ。

 なにしろ、とんでもない死人が出たからな。

 そうして研究を重ねるうちに、黄熱病を研究してそれに掛かった野口英世のようにそいつもペストを患った。

 だが、そいつは自分が死から逃れる為にとんでもない手段を取った」

 化粧屋はそのように語りながら、魔術師の対面の席に座った。

 

 

「──自身が、ペストそのものになったんだ」

 

 

「ペストそのもの、に?」

「この間のハンセン病の呪いを思い出しな。

 あれが、意思を持った存在だと思い浮かべればいい」

 痛ましいものを思い出すように、化粧屋はそう言った。

 

「人間が、呪いそのものになったというのか?」

 それを言葉にして、伊藤刑事は全身がゾッと寒気に襲われた。

 あくまで対象の地位を失墜させることが目的のあの呪いと比べ、その殺傷性は桁違いな上に意思があるという。

 彼は喉がひりつくような恐怖に体が震えるのを悟った。

 

「平たく言えば、そうでしょうね。

 私も化粧屋も、それを止める為に前世では命を落とした。

 当時では、最強の呪詛と言えたでしょう。奴はもう、生き死にという概念が欠如したペストの病魔そのもの。

 我々は奴を、ペイルライダーと呼んでいました」

「なあ、これは私見だが、治療法が確立した現代では、奴が全盛期の力を発揮できないんじゃないのか?」

「……確かに。奴の力は、ペストの影響力に比例するでしょうからね」

 化粧屋の意見に、魔術師も顔を上げ同意した。

 

「じゃあ、その意思のあるペストとやらは、昔ほど脅威じゃないんだな」

 それを聞いて、伊藤刑事はホッと息を吐いた。

 だが、未だこの世界にはペストの死者が絶えないことを想い出し、複雑な表情になった。

 

「恐らく。発展途上国辺りで今も存在しているでしょうが、奴の存在ももはや時代ではないと言うことでしょうか」

 それを聞いて、魔術師は遣る瀬無い表情になった。

 

「もし今生でもまだ奴が存在していたとしたら、奴を鎮めることができると思っていたのですが」

 それは強大だと思っていた敵が、いつの間にか無残に弱体化していたことに拳の振り下ろし場所を無くしたような様子だった。

 

「悲しいな。色々と。俺たちは前世で、命を投げ打ったってのに」

「世の中など、そんなものなのでしょう」

 化粧屋も、魔術師も、どこか遠いところを見る様に顔を上げた。

 

「……意外だな、あんたが病魔を鎮める為に命を投げ打つなんてな」

「前世の俺も、死ぬとは思ってなかったんだよ。

 死体を渡り歩いて百年以上生きてたからな。目の前でペストの悲劇を見てきて他人事じゃなかったとはいえ、バカなことをしたぜ」

 化粧屋はそう言って、伊藤刑事に力なく笑った。

 

「当時は魔女殿や博士も手におえない相手でした。

 極まった魔道とは、そんな人智を超えたものなのです」

「そう考えると、時代の移り変わりってのは凄いんだな。

 あの時、俺たちがどうしようもなかった相手の活動が分からないレベルにまで貶められている。

 伊藤ちゃん、この時代の技術も決して無意味じゃないんだな」

「……そうなのか」

 凄腕の異能者二人の言葉に、伊藤刑事は少しだけ救われた気持ちになれた。

 

 

「これであんたは警察に協力する理由が無くなったな。これからどうする?」

「それはあなたもでしょう。あなたこそ、ペイルライダーの動向を追っていた。

 他の同業者の行方も、十分に見つけられたのでしょう?」

「ああ、知り合いはあらかた連絡が付けた」

 二人が警察に協力するメリットとはそれだった。

 魔術師は前世の心残りで、化粧屋は前世の縁を求めて。

 そしてそれらは、もう十分なほど二人の手元に集まった。

 

「私は、もうちょい力を貸してもいいと思ってる。

 ほら、あのままだと伊藤ちゃん、マジで死んじまいそうだし」

「そうですか。私も、警察で協力した過程で得た知識を許可を取って生放送で警告したいと思っています」

「そっか、変わらないな、あんた」

「あなたは少し、変わりましたね」

「色々と思うところがあるのさ」

 魔術師は仮面の位置を指で直して、素直じゃないな、と思うのだった。

 

 

 

 

 

 




今回は魔女さんたちの話だと前回言いました。
ごめんなさい、いい感じにまとめられなかったので化粧屋たち警察サイドになりました。
一般人の苦悩や、そんな人たちに情が湧いた魔法使いたちといった構図です。
こういう協力関係とか、私は好きです。そのうち、相棒感とか出せたらいいと思ってます。

次回は未定ですが、できれば前回言った通り魔女さん達にしたいと思います。
それでは、また!!
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