転生魔女さんの日常   作:やーなん

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死化粧について

「千秋~、おかずくれー」

「はいはい、どうぞ」

 昼休み、いつものように机を囲んでいる四人。

 千秋が自分のお弁当のおかずを夏芽に分け与えていた。

 

「ありがとー、もぐもぐ」

 彼女は千秋から煮物を食べさせてもらうと、その味が消えないうちに自分で握ってきたのだろう不格好な握り飯をバクバクと食べ始めた。

 

「助かる~、今日はおにぎりに具を詰める時間もなくてさ」

「もっと早く起きればいいじゃない」

 ジャム入りコッペパンを牛乳で流し込む春美がそう言った。

 それが出来れば苦労はしない、と夏芽は首を振ったが。

 

「そう言えば最近、煮物ばっかりだな。美味しいからいいけど」

「ふふ、田舎っぽいって言われなくてよかった」

「言わない言わない、もう一個くれ」

「いいよ」

 千秋は里芋の煮物を口を開ける夏芽に放り込んだ。

 

「うまうま……」

「すごいよね、千秋ちゃん。毎日自分のお弁当作ってくるなんて」

 この四人の中で最も女子力の高い千秋に、真冬はどこか羨望の眼差しを向けていた。

 

「流石料理部だね」

「私なんてまだまだだよ、お母さんの方がずっと上手いし」

 率直に褒める春美に、千秋は謙遜してみせた。

 

 そのように日常を謳歌している四人の一寸先は闇とでも言うように、非日常の影は間近にあった。

 

「なぁなぁ見て見ろよ、これ、今朝もテレビでニュースになってたぜ!!」

 やや興奮した様子でクラスメイトの男子が、友人たちと一緒でスマホで動画を見ていた。

 

「なにあれ? 何かあったの?」

「たぶん、このことじゃないかな、SNSで今めっちゃ話題になってるよ」

 真冬は自分のスマホを取り出して画面を皆に見せた。

 画面には無料ニュースアプリが開かれており、一番上の見出しにはこう書かれていた。

 

 

『稀代のロックスター、葬儀中にまさかの復活!?』

 

 

「これって、たまたま死んでなくて息を吹き返したとかじゃなく?」

「違うみたい。世代じゃないから名前ぐらいしか知らないけど、この人有名なロックスターみたいでさ。

 葬式にテレビカメラが入ってたらしいんだけど、その目の前で棺から起き上がったんだって。

 そして一緒に棺に入れられてたギターで一曲披露した後、遺言を述べてから動かなくなったって」

「……ロックだなぁ」

 真冬がニュースの内容を掻い摘んで伝えると、夏芽はぼんやりとそう言った。

 最後の最期に伝説を残したロックスターに呆れているのかもしれない。

 

 春美もスマホで件の事件を探してみると、検索するまでも無くプラウザのニュースで取り上げられていた。

 ロックスターの遺言の内容や、いったいどんな魔法が使われたのか、とか論議が交わされていた。

 死体の復活は当然賛否両論のようだったが、多くの情報の中に共通した単語が存在していた。

 

 ロックスターが復活した場で述べた遺言の最後に、ある人物に報酬を支払えとあった。

 どんな魔法かという論議が成されている掲示板でも、その人物の正体についてこう考察されていた。

 

 その人物の呼び名は『化粧屋』。

 ──遺体に異端の死化粧を施すネクロマンサー、死霊術師だと。

 

 

 

 §§§

 

 

 千秋はこれからは『化粧屋』詐欺が流行るだろうな、と思っていた。

 死者との対面は多くの人間が望むものだ。

 キリスト教では神の御業であるし、古代エジプトでも死後に復活する肉体が残されたまま埋葬される。

 

 あのようなパフォーマンスみたいな真似をしたのだから、きっとあの『化粧屋』を騙る者が死者を蘇らせてあげましょう、と持ちかけるのだろうと。

 昨今、魔法の道具詐欺が猛威を振るっているらしいし。

 

 だからこれも、きっとその詐欺なのだと。

 

「や、待った?」

 放課後の待ち合わせ場所のカフェに現れたのは、少々パンクなファッションの若い女性だった。

 サングラスに皮製の服装、動物の毛並みのような髪型。

 死霊魔術を生業にしている人物にはとても思えなかった。

 

「このチラシ、本当なんですか?」

 千秋はポストに入っていた簡素なカードを見せた。

 

『 死者の降霊・蘇生、請け負います。

 遺体は遺灰だけでもOK!! 

 金庫の番号や遺言まで何でも聞き出せます!! 

 報酬は要相談 化粧屋  ×××-○○○-▽△▽△』

 

「当然。これは身内の葬儀が近くにあった家にだけ送っているからね。

 他には恋人とか、親しい友人とか、未練を抱えて死んだ人って私には見えるから」

「…………」

 化粧屋はサングラスの奥はどこか落ち窪んだ深淵に繋がっているように千秋には見えた。

 

「証拠を見せてください」

「うん、いいよ。おいで」

 化粧屋はそう言って踵を返し、千秋は彼女について行った。

 

 

 

 ……千秋には、彼女の家族には先月に死者が出た。

 

 それは彼女の祖母で、病気とかではなく寿命だった。

 数年前から認知症を患って、両親はその介護に四苦八苦していた。

 

 幼い頃、千秋の記憶にある祖母は優しく穏やかだった。

 いつか千秋の晴れ姿を見たいとか、口癖のように言って彼女を可愛がっていた。

 

 だがその記憶は、すぐに厳しい介護の記憶に塗り替えられる。

 自分のことを忘れ、介護には抵抗し、目を離せばいつの間にか外を徘徊していた。

 ベッドに寝た切りになってからは、両親に罵倒を投げかけるなんて毎日だった。

 

 子供に過ぎなかった千秋にとって、祖母の存在は苦痛で、家族の重荷でしかなかった。

 料理を覚えて自分で弁当を作っていくのも、両親に負担を掛けない為だった。

 

 そして、先月祖母が亡くなった。

 葬式で涙は出なかった。

 

 

 

 化粧屋は千秋の通学路にある道路脇に退かされている猫の死体を抱き上げた。

 その猫は今朝、もう既に亡くなっているのを千秋は見ていた。

 猫とはいえ直視しがたいその姿を手に、化粧屋はすぐそばにある公園へと歩いて行った。

 

 猫をテーブルに置くと、彼女は始めた。

 異端なる死化粧を。

 

 

 それは人形の修復のような光景だった。

 車に轢かれた衝撃で潰れた内臓を体内に押し込み、脱脂綿を詰め込み、ゼリー状の何かを注入して膨らみを持たせた。

 丁寧に傷口を縫合し、血で汚れた毛を水場で洗う。

 その後、いくつもの薬品を使って外見を整えた。

 

 猫の死体は、一時間も掛からずに死体であったとわからないほどに復元されていた。

 そしてこの一般的な死化粧の過程に(勿論千秋が一般的かどうかなどわかるわけないが)魔法の類が使われていたのか、千秋には判別できなかった。

 

「よーし、ほら、飼い主の元に戻っておいで」

 そして驚くべきことに、或いはおぞましいことに、全ての作業を終えた途端、猫の死体が動き出したのだ。

 きょろきょろと周囲の様子を窺い、足取り軽くジャンプしてどこかに去って行った。

 

「これでどう?」

 顔だけ振り返って尋ねる化粧屋に、千秋は頷くことしかできなかった。

 

 

 

「あの、化粧屋さん。報酬のことなんですけれど」

 さて、目の前の人物がホンモノだと分かった途端、千秋は申し訳なくなってしまった。

 なにせ、彼女は相手に支払える金銭などたかが知れているのだから。

 

「うん? ああ、別にいいよ、お金は。今は懐が温かいしさ」

「えッ? どういうことですか?」

「この稼業、半ば慈善事業みたいなもんなんだ。

 君らにはわからないだろうけど、見え過ぎるってのは苦痛でね」

 化粧屋はずれてもいないサングラスの位置を戻してそう答えた。

 

「だからお金は持ってる人間に、私の懐の寒い時にだけ貰ってる」

 そう言って、彼女は肩を竦め微笑んだ。

 

 

 

 §§§

 

 

 千秋は仮に死後の祖母に対面できたとして、何を言えば良いのかわからなかった。

 それはかつての優しかった頃の祖母に会いたかったからなのか、美化された思い出が本物か確かめたかったのか。

 

 死者と対面し、対話できるという常識ではあり得ない出来事に不安が募るばかりだった。

 

「よいしょ、っと」

 化粧屋は額の汗を拭った。

 それとはまた別に、彼女に手伝わされたことにも千秋は不安になった。

 

 彼女はホームセンターで大量の塩を買い込み、台車に入れて墓所に運び込んだ。

 その手伝いを千秋はしたのである。

 幾ら人気の無い時期だからと言って、大量の塩の袋を運び込むのは人目に憚られた。

 

「こんなにいっぱいの塩、なんに使うんですか?」

「ん~? 君のおばあさんの肉体は火葬されたんだろ? 

 代わりの肉体が必要なのさ。これに遺灰と」

 化粧屋は千秋の家の墓に収められている骨壺を取り出した。

 躊躇いも無く墓をあばいたことに面を食らう千秋。

 故にどのように言い繕うとも、化粧屋のしていることは外法なのだと思い知るのだ。

 

 彼女は骨壺に片手を突っ込み、中から遺灰と骨を取り出すと台車に空けられた大量の塩の上に振りまいた。

 

「“人体を構成する塩、硫黄、水銀よ。

 御魂と精神を此処に降ろし、三位一体となして仮初めの肉体とする”」

 それは、ゲームやアニメのような呪文や詠唱と言うよりは、命令に近い声色だった。

 

 そして、宙を舞う遺灰の残滓が、ヒトの形を取った。

 台車の大量の塩が、そのヒト型に沿うように盛り上がっていく。

 

 やがて、人を模した塩の像が独りでに出来上がった。

 その人智を超えた現象を目の当たりにした千秋は、目を見開いて絶句した。

 

『ここは、どこだい?』

 すると、塩の像が人の言葉を発した。

 無機質で、老若男女の判別のできない声音だったが、そこにはたしかに感情があった。

 

「お、おばあちゃん、なの?」

『その声は、千秋ちゃんなのかい?』

 塩の像が首を動かす。ぼろっ、と形作られた塩の一部が地に落ち塵になる。

 

「あんまり時間は無いからね。終わったら呼んで」

 作業を終えた化粧屋は、踵を返して片手を振って千秋の目の届く範囲から消えて行った。

 

 

「……おばあちゃん、私のこと、覚える?」

『ええ、覚えているよ。まるで頭の中の靄が無くなってしまったみたいだ』

 二人きりになった千秋が尋ねると、塩の像に宿る彼女の祖母は答えた。

 

『……千秋ちゃん、あなたには迷惑を掛けたわね』

「迷惑って、そんな……」

『こうして彼岸を垣間見ることになって、三途の川の向こうにおじいちゃんを見たよ。

 そして人の肉体は、大きな枷だと悟ったのさ』

 その言葉は、まるで悟りを得た仏僧のように穏やかだった。

 

『娘には、これでよかったのだと伝えておいてほしいの。

 でもひとつ、千秋ちゃんの晴れ姿を見れないことだけが心残りだったの』

「おばあちゃん……」

『ああ、そう言えば、昔約束したねぇ。

 千秋ちゃんが大好きだった煮物の作り方、教えてあげよう』

 そこまで言った時、塩の像の三分の一は崩れていた。

 

「覚えてて、くれたんだ……」

 千秋はここ最近、子供の頃に食べた煮物の味を再現しようとしていた。

 彼女に残された数少ない祖母との思い出だったから。

 

 千秋はカバンからノートとシャーペンを取り出し、祖母の語る煮物のレシピを書きだした。

 そのすべてを書き終えた時、塩の像は跡形もなく崩れ去った。

 

 その時初めて、千秋は祖母の死と言う事実に涙を流した。

 

 

 ~~~

 ~~~

 

 

「ぷはぁ~」

 墓地の石段に腰かけ、化粧屋は古めかしいパイプに火を入れ、煙を吐いた。

 

「やぁ、久しぶり。……それとも、初めましてかな?」

 彼女が夕闇に視線を向けると、そこに明りが灯った。

 松明の炎だった。それに照らされるように、学生服と黒いケープの魔女が現れた。

 

「ここは私のテリトリーよ。

 この辺りの地脈を支配しているのが分からないの?」

「第一声がそれか。まあ、あなたらしいと言えばそうか。

 今日は挨拶に来たんだ。回りくどいのは勘弁してくれよ? 

 直接会いに行ったら、攻撃されると思ったからね」

 化粧屋はそう言って肩を竦め、“武装”済みの魔女を見て苦笑した。

 

「挨拶? 何が目的?」

「かつての知人に会うのに理由が居るかい? 

 せっかく生きやすい時代になったんだ。君がどうしているか気になっていろいろ探し回ってみたんだ」

「……生きやすい時代、ね。

 あなたにとって日本が生きやすい場所だとは思えないけどね。

 この国は火葬が徹底されているわ。どうせならアメリカに居ればいいのに」

「あそこはキリスト教の国じゃないか。

 あそこじゃ、私のアートは理解されない。忌々しい十字架も、この国じゃ意識しなければ視界に映らないし」

 日本人のキリスト教徒は僅か1%だと言われている。

 死体を弄する死霊術師が過ごすには、確かに良い場所なのかもしれなかった。

 

「まあ、ここには十字軍も異端審問官も来ないでしょうけど」

「それにこの国の法は、私たちを罰せないし」

「いや、あなたの場合、普通に死体損壊罪が適用されるんじゃない?」

「え、マジ?」

 ぽろり、化粧屋のパイプが地面に落ちた。

 

「この国の警察も、いろいろと手を打っているようだし、あまり舐めない方が良いわ」

「マジかー、趣味と慈善活動を両立しようとしたんだけどなー」

「それにしても、あなたのような変態が慈善活動なんてどういう心境?」

「ああ、それなー」

 魔女の問いに、化粧屋はパイプを拾い上げてため息を吐いた。

 

「誰よりも死に近い仕事をしていても、実際にこの目で死後の世界を垣間見るとね。

 ……多少価値観が変わるってものだよ、君もそうだろう?」

「……私はもう、十分好き勝手に生きているわ」

「そうかい。それはよかったよ」

 化粧屋はそれだけ聞き出すと、小さく笑った。

 

「あなたはこれからどうするの?」

「まあ、ぼちぼち活動しながら、他の知り合いを探してみるよ。

 これ、私の連絡先。そのうち、当時のメンツで昔の同窓会でもしてみようぜ」

「そう」

 魔女は素っ気なくそう言って、踵を返し夕闇に松明の光ごと消えて行った。

 

「相変わらず、つれないねぇ」

 化粧屋は火が消えたパイプの埃を払って、そろそろ術が切れる頃か、と思い起こすのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「千秋~、おかずくれー」

「はいはい、どうぞ」

 昼休み、いつものように机を囲んでいる四人。

 千秋もいつものように夏芽に煮物を分け与えた。

 

「もぐもぐ。あ、今日のいつもと味付けが違うねぇ」

「味付けの違いが分かるほどおかずをたかるな」

 春美が軽くチョップを入れると、夏芽はエヘヘとはにかんで笑った。

 

「まだ、このレシピをものにしてないから、まだまだ作ってきてあげるね、夏芽ちゃん」

「お、サンキュー、ありがと千秋、愛してる!!」

「調子いいんだから」

 真冬もちゃっかりしている夏芽に苦笑していた。

 

 それに釣られて、千秋も笑った。

 脳裏には、昨日の祖母の伝言を伝えた母の泣きはらす姿が浮かんでいた。

 そして祖母の仏壇にした懺悔も。

 

 千秋の母は祖母の介護に疲れ、やがて手を抜くようになったのだと言う。

 そんな母親を父は慰め、千秋も赦した。他でもない祖母がそう言っていたのだから。

 

 当分は、家族の間の空気がぎくしゃくするだろうことは想像がついた。

 それでも、千秋はこれでよかったのだと思うことにした。

 

 だってようやく、千秋は祖母の為に泣くことができたのだから、

 

 

 

 

 




正直こんな趣味全開な小説に需要があるかどうかわかりませんが、少ないながらもお気に入りに入れてくれる人がいるので、しばらくネタ切れになるまで書き続けたいです。
では!!
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