転生魔女さんの日常   作:やーなん

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罰ゲームについて

 

「体育祭の中止ですか」

 朝のショートホームルームの時間、生徒たちに体育祭の中止を伝えるプリントが配布された。

 

 生徒たちの態度は、然もありなん、と言った様子だった。

 先日の呪い事件の記憶もまだ彼らには新しい。

 

「せっかくみんなでいろいろ決めたのに」

 と、ぼやくのは黒いケープの魔女だった。

 彼女の脳裏には、体育祭の出場競技を決めるホームルームの時間がまざまざと浮かんでいた。

 彼女が二人三脚をやろうとして、他のクラスメイトたちがチキンレースじみた牽制のし合いをし始めたのを思い出し、くすりと思い出し笑いをした。

 

「ええ、その代りなんですが、授業参観をすることに決まりました」

 担任の早瀬がそう告げると、生徒たちは一斉に嫌そうな声をあげた。

 

 高校生と言うのは大半が思春期真っ只中だ。

 なので、授業風景を親に見られるというのはそれはそれは嫌な行事なのだ。

 しかも高校の授業参観は参加者が少ない傾向にあるためか、授業を見に来た親の姿が目立つというコンボまで発生する。

 

 この学校には授業参観が存在しないことに安堵していた生徒たちは、まさかの不意打ちを食らった形になったのである。

 

「こちらが日程に関してのプリントになります。

 土曜日の午前中に行い、午後から保護者説明会を実施しますのでその旨をよろしく伝えてください」

 授業は午前中で終わり、月曜日には振替休日になる、という内容を打ち消して余りあるお知らせだった。

 土曜日の開催なら、それだけ親が来る確率が増えると言うことである。

 しかも学校としては本命は午後の保護者説明会だろうことは、高校生の彼らでも十分に理解できることだった。

 要するに学校側は先日の呪いの一件に関して説明をするつもりなのである。

 子供を心配する親なら、それだけ学校の説明を聞きたがるだろう。

 開催日が今週の土曜日という急な話であっても、親たちは可能な限り参加すると思われる。

 

「……授業参観」

 そしてこの魔女も、不意打ちを食らった一人であった。

 

 

 

 §§§

 

 

「あの……」

 その日の放課後、美術室に向かう彼女に話しかける人物がいた。

 

「あら、小池くん。お久しぶり」

 黒いケープの魔女は振り返り、その冴えない男子生徒にそう答えた。

 

「……今度授業参観、あるんだってね」

「だから?」

「いや、その、心配で……」

「本当に心配していたのなら、去年のあの時に言うべきだったのではないかしら?」

 彼女が目を細めてそう告げると、彼は肩身が狭そうに頭を俯かせた。

 

「ごめん、心配じゃなかったわけじゃないんだけど、でも君なら大丈夫だろうって」

「同じ高校に入学したのに、私に一言も無かったわね。

 去年は何度か廊下で顔を合わせたのに、私が視線を向ける度に顔を逸らして無視したわよね?」

「…………」

 魔女の追及に、小池は口を結ぶ。

 

「もしかして、まだ彼氏のつもりなの? 

 直接言葉にしないと、フラれたって自覚が持てないの?」

「そ、それについては俺が悪かったよ、だけど!!」

「さようなら、二度と話しかけないで」

 ふわり、と彼女の長い黒髪が伸ばそうとした少年の手を遮るように舞う。

 そのまま彼女は美術室の中へと入って行ってしまった。

 

 彼は両手を握りしめて、立ち尽くすしか出来なかった。

 そして、やがて力なく踵を返すと。

 

「…………」

「うッ」

 目を血走らせ、歯をむき出しにして般若のような形相で彼を睨む春美の姿がそこにはあった。

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

 男とは悲しい生き物である。

 例えば女性の集団に囲まれた時、男女平等という言葉は意味を成さなくなる。

 女性を悲しませた場合はなおのことである。

 

 そしてその状況に、小池少年は置かれていた。

 

 ことん、ことん、と春美がテーブルの上に薬液の入ったペットボトルを並べる度に、彼の方が震える。

 彼の周囲には、いつもの四人だけでなく望海やカタリナまで座っていた。

 場所はいつものファーストフードの一角。

 四人席の窓際の奥に追いやられた彼は、春美に呼び寄せられた面々に固められ、そこに座れなかった三人は周りの席に座って彼女らの様子を見ていた。

 

「ベラドンナ、ドクゼリ、マンドレイク、ヒガンバナ、あッ、キノコは好き? スギヒラタケとかあるわよ」

「見事に全部猛毒ですね」

 彼の正面に陣取る春美が並べる毒薬のペットボトルを見ながら、彼の横を固める望海がそう呟いた。

 

「あ、あの、そういうのはいいです」

「じゃあ、ウルフスベーン、モンクスフード、ウズ、アコナイトのどれがいい?」

「春美ちゃん、それどこの魔法薬学の教諭!? 

 全部トリカブトの事じゃん、やっぱり猛毒じゃん!!」

 もう一人四人席に同席している真冬がツッコミを入れた。

 残り三人は春美が彼の抹殺を実行しないように隣の席で様子を窺っていた。

 

「まあまあ、春美さん、まずは尋問してからでも遅くは無いですよ」

 目がイッている春美を見やり、望海が彼女を諌めた。

 

「あの、私たちはあの方を悲しませた奴としか聞いていないんですけど。

 いったい何をどう悲しませたって言うんですか?」

「それは、その、なんて言ったらいいか」

 望海の物言いはどこか半信半疑のようだった。

 だが師匠大好きな春美が抹殺を計ろうとするくらいなのだから本当なのだろうな、とも思っていた。

 

「ハッキリと言え。この男のモノを去勢する薬を使ってもいいのよ」

「ひッ、どちらかと言えば悲しませたと思います!!」

 春美の剣幕に押され、彼は身を竦ませてそう声を出した。

 

「あんたが師匠のカレシだってのは本当なの!?」

「そ、そうです、いえ、そうでした……」

 身を乗り出して問い詰める春美に、彼は涙目になってそう答えた。

 

「えッ」

「それマジ!?」

「元カレってことですか!?」

 それを聞いて、真冬以外付き合いで参加していた夏芽と千秋も身を乗り出した。

 

「はぁ、そういうことですか」

「言えッ、どこまで行った!! 

 言わないなら一番苦しませる方法で何十時間も掛けて殺してやる!!」

「ひ、ひぃ!! 手、手を握ったくらいですッ」

「ふざけるな、ぶっ殺してやる!!」

「許容範囲低ッ」

 事情を把握した望海と、二人のやり取りを見てマジギレしている春美に慄く真冬だった。

 

「カタリナさん、他に何かしてないか聞き出してやるんで、拷問の用意を!!」

「付き合いきれません。私は帰りますよ」

 そしてカタリナは呆れて立ち上がった。

 

「まあまあ、春美ちゃんが変な気を起こすかもしれないしさ」

「全く、他人の過去を詮索して何が楽しいのですか?」

 面白そうなことは共有する女子の生態なのか、夏芽が彼女を席に押し留めた。

 

「それにしても意外ですね。

 あの御方が彼氏を作るなんて」

「まあ、今のあの子を見てれば意外かもね」

 小池は望海の呟きに小さく儚く笑った。

 

「俺があの子と付き合う切っ掛けは、中一の頃に仲良くなった男友達との罰ゲームだったんだ」

「罰ゲームって」

 てっきり色恋が発端かと思いきや、酷い理由だった。

 

「これ、カンタレラって伝説にも出てくる毒なんだけど。

 これの凄いところはね、調合しだいで症状が出る時間を自在に伸ばせるの。

 つまり、──今からいつ死ぬか分からない恐怖を味わわせてやる」

「春美さん、ステイステイ」

 新しい毒薬を取り出す春美を諌めながら、望海は彼に先を促した。

 

「お、俺もオーケーが出るなんて思ってなかったんだって。

 中一の頃のあの子は、今みたいな雰囲気も無ければ異能者だって誰も知らなかった。

 物静かな文学少女くらいにしか思われてなかったんだって」

 小池は言い訳じみてそのような言葉を並べる。

 それが余計、春美の神経を逆なでするのだ。

 

「でもあの子、いつもケープを着てるだろ? あの黒いやつ。

 あれって中一の頃からいつも付けてたから、他の女子から良く思われてなくてさ」

「え、別に校則違反とかじゃなかったんでしょ?」

 真冬が尋ねると、小池は頷いた。

 

「うちの中学の制服はセーラー服だったけど、上着を羽織っていいってことになってたよ。

 でも、中学の頃っていろいろと学校ではオシャレが抑圧されたりする時期だろ? 

 同調圧力っていうか、他人と違うってのはそれだけで周囲の目を引くものだし。

 だから、その、他の女子たちにいろいろと言われたり嫌がらせされる日もあったかな」

 彼の負った罰ゲームとは、要するにクラスのカーストの低い女子に告白して笑いものにするための儀式に過ぎなかったのだ。

 

「俺、何もできなかったからさ。

 付き合っても良いって言われた時、少しでも自分に好奇の目が行けば良いと思ったんだ。

 まあ、余計に皆からからかわれただけだったけど」

 小池はほろ苦い物を味わったような表情で、思い出を語った。

 

「どうして俺なんかと付き合ってくれたの、って訊いたら、普通の男女の交際をしてみたかったからって言ってた。

 その時はそういうものかと思ってたけど、しばらくしてそれがどういう意味だか分かったんだ。

 異能者って、前世の記憶とかあるんだろ? それを知った時、ちょっとだけがっかりしたけど」

「ふーん、過去に誰かと付き合ってたってのも許せないタイプなんだ」

「ち、違うよ、そこまで言ってないだろ!?」

 冷たい表情で毒薬の蓋に手を掛けようとする春美に、慌てて弁明する小池。

 

「それに、あの子が異能者と分かってから、事実上破局してたよ。

 交際期間はひと月も無かったし、同じ高校に入ったのは知ってたけど、さっき話したのは殆ど三年ぶりで」

「えー、付き合ってたのに三年もほったらかしにしてたの?」

「流石にそれってちょっと冷たくない?」

 夏芽と千秋の批難が飛ぶ。

 だがそれを言われた小池は表情を歪めた。

 

「だって、だってしょうがないだろ!! 

 あんな、あんな光景を見ちまったらさッ!?」

 ここにきて初めて、彼は声を荒げて心中を吐露した。

 

「……場所を変わりなさい」

 カタリナは再び席を立ちあがると、殺気を研ぎ澄ませている春美を引っ張り出し、自身が彼の対面に座った。

 

「いったい何を見たのですか?」

「……一学期の授業参観の後、クラスの女子たちがあの子を笑いものにしたんだ。

 あの子の母親がさ、キャバ嬢ってか、ホステスが着てくるドレスみたいな格好で来たんだ。

 だからあいつら、あの子に父親が居ないことを良いことに好き勝手言い始めてさ」

 その後の光景を目にした彼は、震えながら恐怖の告白をした。

 

「本当に、本当に酷い言い方でさ。

 俺もその言い方に頭が来たんだけど、俺が何か言う前に、教室は俺の知ってる場所じゃなくなったんだ」

 頭を抱え、両肘をテーブルに付けて吐き出すように彼は言った。

 

「あの子と母親を卑しい人間だって言った女子たちは、制服を着た豚になってた!! 

 それを聞いて笑ってたほかのクラスの連中は、呼吸が出来ないほど笑い転げてたッ!! 

 そして彼女は俺を見て、俺だけは彼氏だから見逃してあげるって言ったんだよ」

 それは想像するだけで悪夢的な、狂気の光景だった。

 彼の話を真摯に耳を傾けるカタリナと、薄く笑っている春美以外は絶句してその話を聞いていた。

 

「俺は一週間、学校に出れなかった。

 恐る恐る登校したら、あの子を侮辱した女子たちは全員別の子になって、入学当初からのクラスメイトってことになってたんだ!! 

 他のクラスメイト達も、あの子が話しかけるとみんな同じ表情で笑みを浮かべるんだ!! 

 怖かった……俺の知らない女の子たちが、俺の知り合いのように俺が登校してきたことを喜んで励ましてくれたんだッ!? 

 俺は、俺はッ、あの罰ゲームが無かったらみんなと同じように不気味な笑みを浮かべてたはずだ!! 

 本当に俺は、運が良かっただけなんだ……」

 額に脂汗を浮かばせながら、彼は全てを吐き出していた。

 

「なあ、俺が悪いのか? あの女子たちはあそこまでされる必要はあったのかよ!?」

「少なくとも、あなたが見逃されたのはあなたの善性のたまものでしょう」

 少々錯乱気味の彼に、カタリナは淡々と語りかける。

 

「あなたの行動は正しかった。

 魔女の恐怖を目の当たりにし、その脅威から逃れようとした。それを誰が責められましょうか」

 だから、とカタリナは顔を引きつらせている幼馴染三人組に顔を向けた。

 

「真冬、携帯を貸してくれませんか?」

「え、良いけど」

 真冬は言われるがまま、護符などでごちゃごちゃしたスマホを彼女に渡した。

 すると、カタリナはハミングを口ずさみ始めた。

 その意味が理解できる前に、彼女らの目から力が失われた。

 

 そして、ぱちん、とカタリナが指を鳴らす。

 

 

「あれ、今なんの話をしてたんだっけ?」

 ハッとなった夏芽がそんなことを言い出した。

 

「夏芽、あなたちゃんと聞いてた? 

 魔女さんのお母さんがホステスみたいな格好で授業参観に来たってことに引いて、この人疎遠になったんだって」

「あ、そうだった。サイテーだよな」

「私もそう思うよ。あれ、カタリナさん、なんで私のスマホ持ってるの?」

 三人組だけでなく、小池も肩身が狭そうに縮こまっていた。

 この四人の記憶から、小池の語った悪夢の話は消え去っていた。

 

「やっぱり、俺なんかが今さら授業参観は普通の格好をしてきてもらった方が良いなんて言うのはおこがましかったのかな……」

 そして人間の脳は錯覚しやすくできている。

 視覚を勝手に脳が補完しているように、消えた記憶も都合のいいように勝手に脳が補完されていた。

 

 カタリナの魔術に対抗し、影響を免れた望海はひとり愉悦の笑みを浮かべている春美を見てため息を吐いた。

 

 

 

 §§§

 

 

 そして翌日。

 

「あの……」

「また何か用なの?」

 小池は再び、黒いケープの魔女を呼び止めていた。

 

「昨日のことは、ごめん。今までずっとほったらかしにしてたのも。

 誰だって、自分の母親のことを悪く言われたらいやだもんね。君が異能者だからって、怖がるなんて彼氏失格だろうし」

 彼がそう言って頭を下げた直後だった。

 

「えッ」

 彼女は、彼の額に手を当てて、眉を顰めていた。

 そして、余計なことを、と小さく吐き捨てた。

 

「ど、どうしたの?」

「ううん、なんでもない」

「もし、君が良ければだけれど、今までのこと埋め合わせしたいと思うんだ。

 な、なんでも言うこと聞くから、どんな我がままでも言って良いよ!!」

 それは言葉の内容だけでなく、虚勢だった。

 記憶が消えても、恐怖の体験は体に染みついていた。

 彼の体は、異能者としての彼女を無意識に恐れていたのだ。

 それでも男としての最低限のプライドが、彼をそうさせるのだ。

 

「……まあいいわ、あなたには責任を取ってもらおうとは思うし」

 黒い魔女はそう言って、くすりと笑った。

 

「またよろしくね、小池くん」

 彼女は小池、と言うよりその後ろでハンカチを噛みしめて涙目になってこちらの様子を窺っている春美を見て面白そうに笑みを深めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




なんと魔女さんの元カレの登場。
もっと甘酸っぱい話にしようとしたんですが、魔女さんが絡むと殺伐とした話になってしまうのはどうしてなんでしょう。そうでないと接点が発生しない、作者の力量不足が悔やまれます。
これから彼は魔女さん(と春美)に振り回されることでしょう。

冒頭に有ったように、本来なら体育祭の話を書こうと思ってたのですが、あの事件の後なら普通は自粛するだろうと思い当ったので、そうなりました。
魔女さんとカタリナが裏で魔術を使って暗闘するギャグ展開を考えていたのですけど、あえなくお蔵入りになりました。

次回は、前から名前だけ、というか固有名詞だけが出ていたあの人に登場してもらおうと思っています。
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