転生魔女さんの日常   作:やーなん

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今回は予定を変更して、前回の魔術師さんの続きをお送りします。
変更が多くて済みません。作者は嘘つきではないのです、ただ予定とか時間にいい加減なだけなんです。
その代り、過去最長の長さでお送りします。

あと、前回捕まった犯人はティファンじゃなくてティフォンでした。ご留意のほどお願いします。


ゲッシュについて

『こんにちわー、レプちゃんでーす!!』

 レプがカメラに向かって両手を振っている姿が画面に映る。

 魔術師のチャンネルでは、事前の告知もあり昼間にも関わらず十数万人もの同時接続がなされていたのだが。

 

『なんだ、レプちゃんか』

『おいクソ妖精、魔術師さんはどうなったんだ!?』

『はよ代われ』

『自分の巣に帰れ』

 彼女の登場に辛辣なコメントが流れた。

 レプはあまりにも自由なのでついに自分のチャンネルを開設し、基本的にそちらで活動をしていた。

 彼女のファンはそちらに流れ、魔術師の放送枠に登場しようものならこのようにコメント欄が荒れるのである。

 

『あっそー、せっかくマスターに頼まれてみんなにお知らせに来たのにそういうこと言うんだー。

 くすくす、じゃあもうしーらないっと』

 ぷい、と顔を背けたレプはにやにやと笑っていた。

 彼女は知っているのである。自分と飼い主の視聴者はほぼ同じであり、レプの放送では彼女を持ち上げ、こちらの放送ではふざけて罵っていることを。

 

『最初からそう言え』

『レプちゃん、情報はよ、はよ!!』

『こっちは気になって仕方がないんだって』

 コメントの視聴者たちは、先日の渋谷の一件が気になって仕方がないのである。

 魔術師と思われる異能者がキマイラと思しき怪物と戦い、勝利し犯人を警察に引き渡したと言う事件の顛末を。

 

 事件からそろそろ一週間。

 それまで警察も、魔術師も沈黙を保っていた。

 

『え? なんだって? 妖精の言語でコメントしてくれる? 

 私、人間の言葉分からなーい』

 そして隙あればクソガキムーブを繰り出すクソ妖精。

 あまつさえカメラの前で寝そべって背中を向ける始末である。

 

『レプちゃん様、情報を御恵みください!! ¥5000円』

『あーもう、わかったから、早く早く!! ¥1000円』

『ほら、これでいいんだろ!! ¥200円』

『レプちゃんカワイイ この94 ¥4000円』

 すっかり調教されている視聴者たちは、投げ銭を投げ付け始めた。

 その様子を背中越しに振り向いて確認すると、レプはひょいと起き上がった。

 

『それじゃあ、重大発表をしまーす!!』

 ぱちぱちー、と自分で言いながら拍手するレプ。

 

『8888888』

『パチパチー』

『人間の言葉読めないのに数字は読める妖精』

『ってか、マジでどうなったの?』

 もったいぶっているレプに、視聴者も焦れはじめた頃、彼女はこう言った。

 

『実は私、ASMRに挑戦しようかなって思ってるのー』

 視聴者たちは思った。違う、そうじゃない、と。

 

『お前の声、音声出力じゃん!!』

『そのゆっくりボイスでASMRとか正気かよ!?』

『およよよよよ、とか、はわわわわ、とか言え』

『それ別の妖精やん、ってか違う、そうじゃない』

 数多のツッコミでコメント欄が溢れかえる。

 その様子を、レプはくすくすと笑って見ていた。

 

『ええと、実はねー、マスターがある企業とコラボ放送することが決まったのー。

 しかも初のコラボ企画なのに、地上波でも放送されるの!!』

 十分に視聴者をおちょくって楽しんだレプは、自分の仕事をようやくし始めた。

 

『え、それマジ!?』

『魔術師さん、いきなりテレビにデビューするの!?』

『いやいや、すごく嫌な予感するんだけど』

『レプちゃんの物言いじゃ、真に受けられないっていうか』

 色んな意味で驚愕する視聴者たちに、レプは言葉を続けた。

 

『時間はこのあと十七時、生中継してるテレビ局は──』

 レプはその後、テレビ局の名前だけを口にして、告知放送を終えた。

 

 その時間に何が放送されるのか知っていた視聴者たちや、或いは番組表を調べた者は驚愕した。

 その時間、そのテレビ局が放送するのは、沈黙を守っていた警視庁の記者会見なのだから。

 

 

 

 §§§

 

 

「これより、渋谷キマイラ事件についての記者会見を始めます」

 記者会見の会場は、いつになく緊張していた。

 

 警視庁側の席には、警視監や警視正と言ったお偉い方のほかに、伊藤刑事や『参考人・協力者』という肩書で仮面の魔術師が並んで座っていた。

 記者たちもその異様な人物に戸惑ってもいた。

 警察の捜査関係者を記者会見で発表させることは有っても、身内以外の人間をこうして公式の場に呼ぶことなど彼らの経験からしてもまず無いことだった。

 

「まず事件の概要について説明します。

 逮捕された犯人は、自らをティフォンと名乗っており、身元や年齢など、戸籍の有無さえも不明であると分かりました。

 犯人は一週間前の午後十三時十五分頃、渋谷の歩行者天国に魔術を用いて作成したと思われる生物を引きつれ、道路の中央で立てこもり周囲を威嚇したとの事です。

 その際、ええー怪物と呼称させて頂きますが、その怪物の退去を訴えた警察協力者との論争となり、怪物をけしかけられ、やむなく戦闘が発生しそれを鎮圧。

 犯人は暴行及び器物損壊、公務執行妨害などの罪で逮捕しました」

 伊藤刑事が立ち上がり、事件の概要について話し始めた。

 そしてすぐに、記者たちが手を上げ始めた。

 

「犯人の身元や戸籍も不明とはどういうことですか? 

 犯人は無国籍の人間だと言うことですか?」

「いいえ、それについてはまとめてご説明いたします。

 ですが取り調べの結果、当人は日本人であると名乗っていました」

 伊藤刑事がそう説明すると、別の記者が選ばれ発言を始めた。

 

「そちらにいらっしゃる方は、動画配信などで有名な魔術師さんでよろしいのですよね?」

「ええ、他に魔術師と名乗っている者が居なければ」

「警察への協力者との事ですが、犯人の対応は警察への要請があってのことでしょうか?」

「いいえ、私とあと一人、同業者が事件の調査等のアドバイスの為に現場に赴きました。

 犯人との戦闘に発展したのは、彼が自分の作品の性能を確かめたかったが故でしたので、やむを得ずでした」

 魔術師は目の前に設置されたマイクに語りかけ、記者の質問に答えた。

 パシャパシャ、と無数のカメラのフラッシュが浴びせられ、仮面の奥で彼は眩しそうに目を細めた。

 

「つまり、独自の判断で魔術を用いて戦闘を行ったと言うことですか?」

「そのように述べたつもりですが」

「その結果、数千万円規模の被害が発生したことについてどのようにお考えでしょうか?」

 その記者の質問に、魔術師は首を傾げた。

 

「それはつまり、物的被害が出てしまうより、人的被害が有った方が良かったと言うことですか?」

「いえ、そういう意味では」

「私を上手く批判したいのなら、もう少し考えて物を言った方が良いですよ」

 魔術師の淡白な対応に、周囲からも冷笑が漏れた。

 その記者も、顔を引きつらせて黙り込んでしまった。

 

「私が言うのもなんですが、犯人は意外と紳士的でした。

 周囲のビルへの被害を考えて、怪物を操っていました。彼はやろうと思えば、あの周辺を火の海にすることもできたのですから」

 魔術師が皮肉げにそう言うと、また別の記者が指名され発言を許された。

 

「では、怪物の鎮圧は必要不可欠だった、と言うことですか?」

「犯人の動機は、怪物の性能テスト、そしてその成果を示すことでした。

 私が止めなければ機動隊や自衛隊が出動し、人的被害があったでしょうね。

 あれは戦車に随伴歩兵の小隊が武装してようやく対等に戦えるレベルの相手です。

 その時は街中で戦車砲を撃つ羽目になるでしょうが、その場合は彼らが批判されるのでしょうね」

 嫌味を言いながら質問に答える魔術師。肩に乗っているレプは可笑しそうに笑っていた。

 

「ええと、犯人の確保や怪物の誘導は難しかったでしょうか?」

「犯人が操っていたからこそ、あの程度の被害で済んだのです。

 彼が怪物を野放しにしたら、数十億単位の被害が出たでしょうね、人的被害も計り知れない。

 ……他に質問はありますか?」

 とりあえず当時の状況で聞きたいことは済んだのか、記者たちは手を下した。

 一人を残して。

 

「そこにあなた、どうぞ」

「魔術師さんの対応が最善だったと言うのは理解できました。

 では、なぜあなたが記者会見にまで出張ってきたのですか? 

 一協力者がそこまでする必要があるのですか?」

「その質問を含めて、次の内容に移ってもらってもいいでしょうか?」

 魔術師が視線を向けると、プロジェクターを職員が起動し、あらかじめ用意されていたスクリーンに映像が映し出された。

 

 そこには、ある一室でティフォンが木人と対峙している様子が投影されていた。

 

「これは異能犯罪を起こした人間に対して実施する、異能の判別テストの記録です」

 伊藤刑事がそう説明すると、映像が再生される。

 次の瞬間、ティフォンの腕がゴリラのような毛の覆われた剛腕に変化し、一歩も動かず木人を木端微塵に砕き潰した。

 そして巨大化した腕は、しゅるしゅると元の人間の腕に戻っていく。

 

 記者たちは、その様子に絶句するしかなかった。

 

「ハッキリ言います、あの怪物は芸術作品に過ぎません。

 あの怪物を抑えるより、彼を鎮圧する方がよっぽど骨が折れる」

 魔術師はため息交じりにそう言い放った。

 実はあの戦闘、彼は怪物よりずっと術者の方を警戒していたのである。

 

「彼の人体は、魔術的方法によって脳以外が改造されていました。

 DNA検査の結果、彼から数十種類の動物のモノと思われるDNAが検出され、その身体能力は私たちの想像をはるかに超えていました」

 警視監は苦渋に満ちた表情で、こう続けた。

 

「つまり、彼を起訴し、何らかの刑が確定し刑務所に入れても、彼はそのまま刑務所の壁を壊して歩いて出ていけてしまえるのです」

 カメラのフラッシュ音の絶えない記者会見の現場が、無音に包まれた。

 

「現段階で、彼を収容できる施設はこの日本のどこにも存在しえません」

 それは警察組織の敗北宣言だった。

 彼を収容しても、そこから逃げることを阻止することもできないのだ。

 そして一度逃がしたらDNA検査も無意味で、自分で顔も弄ることだって彼は出来るだろう。

 彼をもう一度掴まえ、それを証明する事は科学的に不可能だった。

 その上、仮に捕捉できても、あの人間生物兵器を逮捕できる警察官など居るはずもない。

 

「では、犯人はそれを承知だから公然とあのような怪物を連れ歩き、混乱を引き起こしたというのですか?」

「少なくとも、そう思っていた、と犯人は証言していましたね」

 警視監は疲れたようにそう記者に答えた。

 

「故に私が、調停者として間に入ることになりました」

 そこで、魔術師は一枚の羊皮紙を取り出した。

 

「司法で裁くことが無意味である以上、魔術的な拘束力を発揮するこの誓約書を彼にサインさせました。

 今後彼はこの誓約の内容を破ることが出来なくなります」

「仮に、それを破るとどうなるのですか?」

「現代で言うところの、脳死状態に陥ります」

 魔術師は誓約書を巻きながら、記者に淡白に答えた。

 

「そ、それは重大な人権侵害に当たるのでは!?」

「まさか、これは彼の人権、ひいては他の人々の権利を守る為ですよ」

 魔術師は青ざめてそう言った記者にそう告げた。

 

「これは警察としても苦渋の決断でした。

 超法規的措置の一種としてご理解いただければと思います。

 何分、魔術を使用する異能者の逮捕は世界でも数例、現行犯逮捕に至っては世界初の事例なのです」

 色々と各所と摺合せを行った警視監は疲労を隠そうともせずにそう告げた。

 

「魔術師さんに質問です。

 あなたは人々の権利を守る為とおっしゃいましたが、具体的にどのような意味でしょうか?」

「私や、犯人のような人間には前世の記憶があることは私の放送でも何度も話していることです。

 私の前世は、最も苛烈な魔女狩りの時代を生きました。

 そして前世の私も、魔術の恐怖におびえる人々と同業者たちの間に立った。

 犯人のような罪を犯した人間を野放しにして、あの時代のような悲劇を繰り返してはならないのです」

「では現代でも再び魔女狩りが起こりうると?」

「当時と現代の人間の間に、一体どれだけの精神的成長があるのですか? 

 少なくとも私には、もう二度と魔女狩りは起こらないと思えないのです」

 魔術師の言葉に、質問をしていた記者も思わず黙り込んだ。

 くすくす、と誰にも聞こえない妖精の笑い声が響く。

 

「質問です。もし仮に今後似たような事例が起こりうるとして、それはある種の特権階級の温床になるのではありませんか? 

 そしてあなたは魔術の危険性を説いている立場のはずなのに、自ら率先して魔術の危険性を証明するのはその活動の一環としてですか?」

 すると、次の記者はそんな切り込んだ質問をしてきた。

 

「誤解の無いようにお願いしますが、私には警察に介入する権限も無ければ義務もありません。

 自らを調停者として位置づけ、それを遵守しているに過ぎない」

「ですがあなたは自分を批判する相手に無差別に呪いを与える魔術を行使しているとおっしゃっていましたね。

 我々ジャーナリストは報道や言論の自由を尊ぶ者として、あなたの姿勢に疑問を抱かざるを得ません」

「なるほど、仰る通りだ」

「どの口が言ってるんだろうね」

 記者の言葉を、魔術師は頷き、妖精は嘲った。

 

「その術は私の調停者の立場を保持するためのモノです。

 ですが私の術から逃れる方法は簡単ですよ。その術はこの国に居る人間にしか効果がありません。

 ですので、あなたが真に報道の自由を尊ぶジャーナリストなら、海外にでも行って存分に私を批判なさればいい」

「それは……」

「どうぞ、海外で存分に批判してください」

 魔術師の淡々とした言葉に、その記者は悔しげに質問を終えた。

 レプは彼の肩で大笑いしている。

 

「私からも質問です。

 魔術師さんは調停者として、今回のように現行法の意味の無い犯罪を犯した異能者と私たちの間に立つとおっしゃりましたが、それは何かしらの法的根拠に基づくものなのでしょうか? 

 先ほどの呪いに対する質問もそうですが、異能者であるあなたは私たちに正当性を証明できるのでしょうか?」

 さっきから答えようのない質問が続くが。

 

「私の使用する魔術は、古代ケルトのドルイド由来の物です。

 本来、これは彼らの土地でしか使用できないはずなのです。

 しかし、それがこの国で行使できる。私はそれを、この国特有の八百万の概念が関係していると考えています」

「ええと、つまりどういうことですか?」

「ケルト神話には、ゲッシュと呼ばれる誓約や呪いに近い物があります。

 犯人との誓約に用いたのも、これの一種です。

 私は己に、“調停者として公平であれ”とゲッシュを課しました。

 これが守られている限り、私は神々の祝福を受けて調停者としての立場が保証されるのです。

 当然、これを破れば私は破滅するでしょうが」

「は? ……つまり、あなたの正当性は神が保証していると?」

「正確には、この国の神々が、でしょうね。

 勿論、この国の神社やお寺の方々を差し置いて申し訳ないと思ってはいます」

 質問をしていた記者は、その捉えようによってはふざけているとも思える言葉に絶句していた。

 しかしそれに反論するのはどう考えても批判になるので、質問を終えざるをえなかった。

 

 このようにして、記者会見は魔術師劇場状態であらかじめ予定された時間で終わりを告げるのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「みなさん、どうも。魔術師です。今日は疲れました」

 その日の夜の九時、魔術師は自宅で愚痴を言いに生放送を始めた。

 

『警察コラボ公共配信お疲れー』

『テレビじゃ投げ銭入れられなかったんで、こっちで入れるわ。 ¥5000円』

『魔術師さんがアホな質問をする記者どもを次々と論破するの面白かったわwww』

『いや、ほんとお疲れ様です』

『あの言論統制にも意味があったんですねー、見方変わりました』

 と、視聴者たちは暖かくコメントで彼を出迎えた。

 

「正直に言いますと、私もここまで首を突っ込むつもりはなかったのです。

 以前から警察の方々に協力していたのですが、私自らアクションを起こすつもりはなかったんですよ」

 ただの愚痴を言うにしては同時接続数100万人超えというのは聴衆が多すぎるようだが、生放送なんてしている割にインターネットに疎い彼は気付かずそんな心情を吐露した。

 

『まあ、海外の紙面じゃジャパニーズマスクドヒーローって見出しに出てるぐらいだし』

『そういや、アメリカの大統領がホットラインで魔術師さんと話をさせろ、って総理官邸に電話掛けたってニュースでやってたな』

『魔術師さんでも、やっぱり重圧感じるんだな』

 彼の様子に、視聴者たちも同情的だった。

 

『犯人ってどういう人だったの?』

 そして、そんなコメントが音声出力で読み上げられた。

 

「ニュースで言われているほど、悪人ではありませんでしたよ。

 ただ彼は敵にも味方にも恵まれなかった。異能者ならだれもが抱くだろう孤独を抱えていました。

 彼が人殺しにならなかったことだけは、私も誇れる気がします。

 ただ、彼は己で名乗ったように嵐のような人間ではありましたがね」

 と、魔術師は語った。その言葉の端々から、彼は犯人のことを嫌いになれないようでいた。

 

『まあ、心底邪悪な人間なんて殆ど居ないよな』

『魔術師さんとキマイラの戦闘風景再現MMDみたけど、キマイラの動き直線的すぎたしな』

『ああ、それ、やっぱりお互いに周囲に気を使ってたんだな』

『ティフォンって、嵐って意味なん?』

 

「ティフォンというのは、通りの良い呼び名はテュポーン。

 ギリシャ神話最高最悪の怪物の事です。タイフーンの語源となった存在ですよ。

 彼が女性なら、エキドナと名乗っていたでしょう。その両者の子が、キマイラなのです」

 彼はそのように解説をした。

 

『ほーん、なるほど』

『ああ、なんかのゲームで敵の総称でそんなのあったな』

『エキドナの方が有名よね、怪物の母として』

『当人もギリシャ神話の異形を名乗るにふさわしかったしな』

 

「テレビでも言いましたが、私は己にゲッシュを課しています。

 あの時、あの場面で私が介入しないと言う選択肢は有りませんでした。

 知っている方々も居るでしょうが、ゲッシュと言うのは試練という側面もあります。

 ケルトの英雄や物語の主人公たちは、己のゲッシュを破らざるをえないような状況に陥ったり、それを敵に利用されることが多々あるのです。

 今回の一件は、まさにそれだったのでしょう。この国の神々が私の公平性を確かめる為の試練だったのだと、今では受け止めています」

 魔術師の仮面から深々とため息が漏れた。

 

『魔術師さん、前向きww』

『あー、なるほど』

『めっちゃ試されてますねぇ』

『実際、それ破るとどうなるの?』

 

「さあ、多くの場合は事故と言う形だそうですが、私の場合はまずはこのアカウントがBANされるのではないでしょうか?」

 魔術師はコメントの反応にそのように返したのだが。

 

『草ww』

『アカウントBANは草ww』

『それだけなんかいww』

 思わぬ解答に、視聴者たちが笑っていると。

 

「試練は何度も訪れ、破るたびに累積すると思われるので、そうも笑っていられないですけどね」

 そこまで言ってから魔術師は、十秒以上言葉を発しなくなった。

 どうしたの、と心配そうなコメントが流れる中、彼はようやく口を開いた。

 

「私が魔道の道を歩み、こうして生放送を始めたり、己にゲッシュを課したのは前世が理由なのですよ。

 私自身、魔術の実践をする為だけのモノでした。

 私が調停者として振る舞うのは、義務感や使命感などではなく、単なる己のエゴに過ぎないのです。

 私は私自身が公平な人間ではないのは良く理解している。

 地位や名誉なんて興味などなかったのに、運命はそれを許そうとはしないようです」

 それは彼の初めての弱音だった。

 

『まあ、当初の魔術師さんって淡白だったしね』

『まさに最低限の公平さって感じで警告してたからなぁ』

『私は、こうして前よりコメントに反応してくれるようになって嬉しいですよ!!』

『前の方がストイックで良いって人もいるけど、他の普通のライバーさんみたいな魔術師さんが良いって人もいっぱいいるから!!』

『生放送は双方に意思疎通できるからこそ、だもんな』

 

「……皆さん、ありがとうございます」

 コメント欄の励ましを見て、魔術師は少しだけ仮面の奥で微笑んだ。

 

『魔術師さんがデレた!!』

『デレだ、魔術師さんにデレ期が来たぞ!!』

『これは切り抜き動画待ちですね』

『コメントの反応に草ww お前らそれだけでいいのかよww あ、自分も切り抜き楽しみです』

 今日もそんな風に騒がしいコメント達を見て、彼は少しだけ救われた気持ちになれるのだった。

 

 

 

 

 

 




前回の戦闘回は、以前のアンケートであまり望まれていなかった割には、今までで一番多くの感想を貰いました。
以前のギャグ回のようにある種実験的な感じで書いてみたのですが、前回を投稿してすぐ初めて低評価がついてすこしへこみました。
賛否があったということで納得してます。

ティフォンがどのような誓約をしたのかは、そのうち描写するつもりです。

今回のように世界観の描写するのも楽しいですが、そろそろ主人公たちに目を向けようと思います。
次回からは、ネタが尽きるまで魔女さん達で行きますよ!! もう予定変更は無し!! たぶん……。

それではまた、次回!!


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