「小池くん、ここよ。ここに入って来て」
「う、うん、だけど俺、こういうの初めてで……」
「大丈夫よ、すぐに慣れるわ……私が教えてあげるから」
「あ、すごい……こんな風になってるんだ」
「そう、そうよ、そのまま奥まで来て……」
ぴろりん、と黒衣の魔女はスマホのゲーム音に即座に反応してアイテムボックスを開いた。
そこには『友達紹介特典』と称して、ガチャに必要なアイテムや行動力を回復するアイテムが送られてきていた。
それを見た彼女は、にやりとほくそ笑んだ。
「あの、ギルド登録したよ。
ギルド画面ってこんな風になってるんだね」
小池はゲームのランキングで上位のギルドにのみ与えらえる豪華なギルドの画面背景を見ながらそう言った。
「じゃあ、メインストーリーをプレイヤーランクが20になるまでひたすら続けて。それまでは行動力消費ゼロだから。それでレイドバトル機能を解放するの」
「ええと、初心者特典の最高レア選択チケットは誰を選べばいいのかな」
「『桜花の騎士サクラ』一択。ゲーム内設定的にもキャラ性能的にも最強だから」
「わかった。この子を編成で先頭にすればいいんだね」
「そうそう。とにかく最初は彼女を最大強化して。そうすれば曜日任務の周回が楽になるから。
イベントが無い時はとにかくそれを回して。
コンスタントに行動力を消費してキャラを強化していけば、初心者でも一週間程度でイベント最高難易度をクリアできるわ」
「プレミアムガチャは回した方がいいの?」
「ダメ。ガチャは限定ピックアップの時にだけ回すの。
その時だけは排出される最高レアが四人にまで限定されるから、強キャラをなるべく狙い撃ちにするの」
「じゃあ、回すなら今やってるピックアップの方を回すんだね」
「うーん、でも微妙なのよね、今の限定ピックアップの面子」
魔女はガチだった。教え方も、ゲームの効率的な進め方も。
そんな感じで彼女は小池と頭を突き合わせて、ファーストフード店の二人席でスマホゲームで遊んでいた。
そして、同じ店内の端っこの方で、怨念の籠った視線で小池を凝視している者もいた。
春美である。
「うぐぐぐ、ゲームの紹介特典程度の分際でぇ」
「春美さんいい加減にしたらどうです? 正直見苦しいですよ」
「ぬぅぁんですってぇ?」
バカにしているというよりは、本当に見ていられないと言った風な物言いをした望海だったが、嫉妬に狂う般若の如き春美にはそんな繊細な機微を理解できるほど余裕はなかった。
「ハッキリ言って付き合い切れないんですが」
望海は彼女の相手するのを止めて、テーブルに置いてあるポテトを口に運び始めた。
そんな二人とは別のボックス席に、いつもの三人とカタリナが座っていた。
向こうの二人のデートをデバガメしていると言うより、そこの春美が何か仕出かさないように見ていると言った意味合いの方が強かった。
実際にはそれも飽きて、普通にだべり始めていた。
「はぁ、魔術師さん素敵……ガチ恋しそう」
なんて言いながら、昨日の警察の記者会見の動画を眺めている真冬だった。
「物理的に法の意味が無いってすごいよなー。
魔術師さんと犯人が戦ってる動画みたけど、マジでRPGみたいだったし」
「私もその動画見たけど、キマイラもヤバかったよねぇ」
流石に夏芽と千秋も、そのセンセーショナルな話題に持ちきりだった。
「そんなに話題になるようなことが起こってるのですか?」
「えッ、カタリナさん知らないの?」
「うちの教会には神父様が他の教会とやり取りするための古いパソコンしかありませんから」
「テレビも無いの?」
「神父様の部屋にしか」
それを聞いて、今時の女子高生三人は思わず顔を見合わせた。
「携帯は……って、そうだった、カタリナさんの携帯って電話とメールが出来るだけの奴だったっけ」
「最低限のもので十分でしたから。それも高校に通うからと言ってわざわざしつらえたものですし」
それを聞いた彼女らは本当にカタリナが自分たちと同じ時代を生きているのか分からなくなってしまった。
「じゃ、じゃあ、カタリナさんはこれを見てどう思う?」
と言って、真冬は渋谷で起こった魔術師の戦いの動画で一番見栄えが良いのをカタリナに見せた。
「…………」
「え、無言?」
「いえ、ただ、衰えたな、と思いまして」
黙ってその動画を見ていたカタリナが一切喋らないから不安になった真冬が心配になると、彼女は首を振ってそう短く呟いた。
「衰えたって、どういうこと?」
「言ってませんでしたか? 彼と私も前世では刃を交えた間柄だったんですよ」
おうむ返しに問い返す夏芽に、カタリナがそう答えた直後だった。
ガバッ、と隣に座る真冬がカタリナの腕を掴んだ。
「なにそれ初耳、詳しく」
「真冬、止めなさいよ」
「だ、だってー」
千秋に咎められ、厄介オタクの如きムーブをしようとしていた真冬は諦めきれないのか表情を崩した。
「落ち着きなさい、この程度の話くらいいくらでもしますから」
「わ、わぁ、カタリナさん大好き!! 何か食べます?」
やんわりと真冬の腕を押し返してカタリナがそう言うと、真冬は目を輝かせた。
「まあ当然かもしれませんが、彼が魔術を用いてまともに戦ったのは今生では初めてだったのでしょう。
妖精の力を借りて、ようやく以前の七割と言ったところでしょうか」
「これで、七割なの!?」
「ええまあ、彼の全力を見たことがありますが、これも本気で戦っているわけではないので正確には言えませんが」
驚く夏芽に、カタリナは頷いて肯定した。
「以前の彼は、ケルト神話で語られる影の国で修業をした戦士たちにも劣らない強さでしょうね」
「えッ、それマジですか?」
カタリナの語り口に、真冬も思わず素になってそう言った。
「それってヤバイの?」
「うん、かなりヤバイ」
よく分かっていない千秋が真冬に尋ねると、彼女は真顔で頷いた。
「彼とかつての私が戦った際は、こちらが五十人ほどでした。
彼は一人で、我々を誰も殺さずに打ちのめしました。
まさしくケルト神話の英雄、クーフーリンの如き武勇でしたよ」
「ほ、ほげー」
その惜しみない称賛に、真冬も変な声が出てしまっていた。
「一人で、五十人に勝ったの?
神話の英雄と比較されても、なんだか現実味が湧かないっていうか」
「まあ、苦境でさえ百人の敵を倒したクーフーリンと比べるのはいささか大げさでしたね。
ですが当時の彼は、比較対象が神話くらいにしか存在しなかったのですよ」
実際に魔術師が戦っている動画を見てなお実感が湧いていない千秋に、カタリナはそのように述べた。
「彼との出会いは、私の中でも印象的な出来事の一つです」
カタリナはそのように前置きし、話し始めた。
「かつての私は、魔女が現れ人々を脅かしているという話を聞き、部下たちを連れて討伐に向かいました。
件の村に向かい、村民たちに聞き込みをするうちにそれは事実であると私たちは確信しました」
「話の腰を折るようで悪いのですが」
望海が四人の座っているボックス席にやってきた。
千秋と夏芽が奥に詰め、ギリギリ彼女はその席に座ることができた。
「魔女狩りってでっち上げとか迫害とかばかりだったそうじゃないですか。
その件もそうじゃなかったと、言えるんですか?」
「ええ、かつての私は生涯で本物の魔女を五人殺しました。
尤も、その百倍以上無関係な人間も殺しましたが」
望海の追及に、カタリナは淡々と答えた。
「魔女とは、今でいうところの流行病なのですよ。
最近でも特効薬の無い新病が流行っているでしょう?
誰も対処法が分からないから流言飛語が飛び交い、差別し、過剰に反応する。それらの病は悪魔と契約し、邪悪な魔術を行使する魔女が齎した。そういうことになるのです」
「日本じゃ西洋医学が入ってくる前の昔は、体の中に虫が居てそれが悪さをするから病気になるんだ、なんて信じられてたけどそれと同じってこと?」
要するに誰かのせいにしたかっただけなのか、と千秋が口にすると、カタリナは頷いた。
「やだなぁ、そういうの」
「かつての私が殺めてしまった無辜の人々に申し訳ないとは思いますが、それでも必要なことではあったと今でも思っていますよ。
事実、邪悪な魔術で人心を惑わし、人々を食らう魔女が居たわけですから」
その良し悪しは別として、と小さくカタリナは呟いたのを夏芽たちは聞き逃さなかった。
「ここで誤解を承知でこのように言いますが、魔術を用いて事実上の不死や不老となるのはそれほど難しいことじゃないのです」
「えッ、本当なの!?」
「ええ、かつての私が殺した五人の魔女は今の春美と大差ない程度でしたが、それでも魔力の扱いを覚えた者なら誰でもできる現実的な方法があるのですよ」
思わず不老不死に反応してしまった千秋だったが、この話の流れから何となくどんな方法なのか聞こうとは思えなかった。
「それって、まさか」
「ええ、魔力とは人間の生命力に根差した根源的な力だと考えられています。
それを他人から根こそぎ奪えば、まあ一時喉を潤す程度ですが、若さや寿命を保たれるわけです」
それはまさに外法だった。
「じゃあ、一年寿命を延ばすのに、どれくらいの人数が必要になるんですか?」
「考えたくもありませんね」
カタリナは真冬に首を振って見せた。
「そしてかつての私は、ペストは他人から効率的に魔力を奪う魔女の術だと信じてました。
魔女こそが、全ての諸悪の根源であると。
さて、件の魔女も、その村で村人から死ぬ寸前まで魔力を奪って回っていたのです。
中にはそのまま衰弱死した人間もいたくらいです」
「酷い……」
夏芽が顔を顰めて呟いた。
「かつての私と部下たちは、その魔女の潜むねぐらに押し入り、素早く殺しました。
ホンモノ相手に口上や拷問などしません。結果だけを村人たちに伝えようとしました」
「一件落着、と言う割には魔術師さんの魔の字しかでませんね」
「ええ、彼と出会ったのは魔女を殺したそのすぐあとだったのです」
望海の言葉に、カタリナは記憶を振り返りながらそう言った。
「魔女を殺し、村に報告しようとした時、彼は私たちの前に現れました。
これだけは話しておきたかった、と言って」
「あの、あの、魔術師さんの前世ってイケメンでしたか!?」
ここにきて予想外な話の腰の折り方をする真冬に、他の三人は呆れたようにため息を吐いた。
「いえ、当時の彼は老境に入る頃でしたから、良くわかりません」
「イケジジ……有です」
勝手な想像を膨らませている真冬を無視して、カタリナは話を続ける。
「ええと、どこまで話しましたか。
そう、彼が私たちの前に現れたと言うところでしたね。
彼は己を調停者だと名乗り、村人たちとあの魔女との間に起こったことを話し出したのです」
いよいよ魔術師の登場に、話を聞いている面々も息を呑んだ。
「村人たちは、数か月の水不足に悩まされていました。
そこにあの魔女が現れ、こう言ったそうです。自分なら雨を呼び寄せることができる、と」
「なんだか、一般的な昔話みたいな展開になってきましたね」
「事実昔話ですからね。
結果として、村は魔女に雨乞いを依頼しました。
そして、彼女は実際に雨を呼び寄せたそうです。
しかし村人たちは、彼女を恐れ魔女として告発しようとしたのです」
「村の人たちはその魔女を裏切ったんだ……」
夏芽は衝撃を受けた様子でそう漏らした。
「当然、魔女は怒り、村人たちを殺そうとしたそうです。
その間に、調停者は入って彼女の凶行を諌めたのです」
「……あれ? でも、その魔女って村人の魔力を奪って行ったんだよね?
魔術師さんはいったい何をしたの?」
「村人たちに非が有ったので、皆殺しのところ生け贄を定期的に差し出すことで収めることにしたそうです。
彼がしたのは、それだけだそうです」
事実上何もしていないことに、その話を聞いていた四人はぽかんとなった。
「村とその魔女の不幸があるとすれば、告発を受けてやってきたのがかつての私の一団だったということでしょう。
かつての私は、魔女と契約したと言うことで村を焼き滅ぼしました」
「…………」
四人は、その自業自得と言うにはあまりな結果に黙り込んでしまった。
「恐らくですが、調停者は私たちがそのような行動に出ることを承知でそのことを話したのでしょう。
今生の彼を持ち上げ、英雄視するのは結構ですが、彼は決して無辜の人々の味方などではない。
一般人側に非があるなら、異端側に着くでしょう。それをよくよく頭に入れておくことです」
そこまで話して、カタリナは冷めたミルクティーを口に運んだ。
「……それはわかったけどさ、肝心なところが抜けてない?」
夏芽の指摘に、露骨にカタリナは眼を逸らした。
「あッ、そう言えばカタリナさん達が魔術師さんと戦ったってくだりはどこに?」
千秋も話題の根幹を思い出し、そう言うとカタリナも観念したようにこう言った。
「村を焼いた後、かつての私たちは彼を追って後ろから不意打ちしたのです。
彼も魔女の存在を許容した異端者には変わりなかったですから」
「えげつなッ」
「所詮騎士道なんて同じ神や価値観を共有している間同士にしか成立しませんもんね」
ドン引きしてる真冬に、嫌味っぽく言う望海だった。
「言ったでしょう、ホンモノ相手に前口上も拷問も無しだと。
ただまあ、結果だけを言うのなら……」
「返り討ちになった、と」
「最初は十人で掛かり、それでは足らぬと増援を呼んでとにかく数で圧殺しようとしました」
カタリナの記憶にも、その戦いは鮮明に残っていた。
上着を脱いで上半身を露わにし、古代のケルトの戦士がそうであるように彼も鎧などは着けずに大勢の傭兵に囲まれる調停者。
老いに入ったはずのその男に、しかし歴戦の傭兵たちは気圧されていた。
「彼の雄たけびは精霊術の一種で、たった一人なのに数百の軍勢を相手しているように恐慌状態に陥りました。
彼は縦横無尽に我々の陣形に飛び込み、投げ、打ち、時には槍や縄を器用に使い一人一人無力化し、軽妙な動きで我々の兜を踏んで飛び回った」
カタリナの口調は徐々に真に迫るような迫力が伴って行った。
「我々が全員地面に転がされた後、たまたま地面に突き刺さっていた槍の石突きの先に立ち、彼はこれ以上戦っても無意味だと言って去って行きました。
我々は彼を追うこともできました。しかし、さらに多くの人数で挑んでも同じことだと結論に至りました」
「それって、異端を見逃したってことにならないんですか?」
そこで望海が意地悪なことを口にした。
「知らないのですか? ドルイドたちの崇める神は、キリスト教の神と同じ……と言うことになっています。
かの調停者は魔女の脅威から村の人たちを守ったのだ、ということになりました」
「ず、ずっこい」
総長たちの手のひら返しに、思わず夏芽が呟いた。
「我々は傭兵ですよ、勝てない敵とは戦いません。
どんな屁理屈をこねようとも、最終的に生き残ったのですから問題ないのです」
その言葉を皮切りに、身じろぎもせずにカタリナの話を聞き入っていた面々は力が抜けたように背もたれに体を預けた。
「まあ、そう言った彼の武勇を知る身としては、あの程度の相手に手こずるのは正直複雑と言いますか」
「いや、あのキマイラのどこがあの程度の相手なのよ」
そのどことなくプライドの高さを感じる物言いに、千秋は呆れていた。
「望海、手伝って……あの招待特典が入るギルドバトルの貢献ポイント根こそぎ奪い取ってやるのよ」
「はいはい」
春美がボックス席の向こう側から這い出るように顔を出し、そんなことを言いだすので望海は仕方なくしばらくの間ログボ勢だったスマホゲームの画面を開いた。
「あれ、装備が全部外れてるんですけど」
「ちょっと前に装備の仕様が変わったのよ」
「……師匠、ちょっと教えてほしいんですけど」
望海は頭を掻きながら向こうで遊んでいる二人の元に歩いて行ってしまった。
そんな師弟の様子を、夏芽たち幼馴染組は面白そうに笑って見ていた。
「やれやれ、そんなものの何が楽しいのやら」
自分の携帯はゲーム機能が付いていなくてよかったと思う、カタリナだった。
今回は幕間的なカタリナさんの昔話でした。
こうやってワンクッションおいてから、次回の授業参観の話に移る予定です。
そう言うわけで、また次回をお楽しみに!!