転生魔女さんの日常   作:やーなん

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人間について

 

 

「聞かせてくれよイヴ、あんたはどこまで分かってるんだ?」

 化粧屋は、目の前の人造人間に問うた。

 

 結局四人は、屋敷の一室で歓待を受けることになった。

 食堂と思われる豪華な内装の部屋の長テーブルに四人は着席していた。

 次々と同じ顔のアルビノメイドが料理や飲み物を運んでくる。

 

 

「どこまで、と言われてもね。

 まず何から聞きたいかしら?」

 己の瞳と同じように、血のように赤いワインの入ったグラスを揺らしながら、イヴは言った。

 

「こやつは説明するのが大好きだ。好きに語らせればよかろう」

 ティフォンは若干うんざりしたようにそう漏らした。

 

「じゃあなぜ、この世に転生者や超能力者が現れるようになったのでしょうか」

 妻鳥は直球に彼女に問うた。

 まるで自分に語れぬ真実は無い、と不遜な態度を貫くその女に。

 

「なるほど、あなた超能力者ね。気になるのも仕方ないけど、その問いは少々滑稽だわ」

 彼女は笑わず、端的に彼は嘲弄した。

 

「地球に重力がある理由は? と問われて、答えられる人間が居るかしら。

 炎が酸素を消費して燃えることに理由を求めるようなものだわ」

 つまり、この世に転生者が現れ始め、超能力者が無数に溢れるようになったのは、単なる自然現象と同じだと、彼女は口にした。

 

「……転生と言う未知の現象は、理屈ではないと言いたいのか?」

「じゃあ神の意思とでもしましょうか? 

 あの忌々しく愚かな産業革命の時代と同じように、人類がまた新たなステージへ足を踏み入れたと言うだけよ」

 伊藤刑事の言葉に錬金術師はそのように語った。

 

「あの時代、人類は電気と言う新たな力を手にした。

 今度は魔力の番と言うことだけのことよ。尤も、予言するならこれから千年以内に人類は滅ぶでしょうけど」

 くっくっく、と人ならざる人造物は自らを作った人類を嘲笑う。

 

「だけれど、どういう基準で転生者や超能力者か発生するかは、私は知っている」

 それは一般人二人だけでなく、転生を経験した二人さえも驚かす言葉だった。

 

「化粧屋、あなたは我が創造主の教えを受けていながら、なぜ驚くの? 

 所詮、途中で創造主の元から逃げ出した愚物という訳ね」

「──ッ」

 化粧屋はその言葉に舌打ちして、彼女を睨んだ。

 まるで触れられたくない傷跡に唐突に触れられたような表情だった。

 

 

「────大いなる秘術(アルス・マグナ)

 

 だが、次に彼女から出た言葉に、化粧屋もハッとした。

 

「おい、まさかお前……」

「刑事さん、あなたこれまで出会ってきた転生者の中で、共通点は無かったかしら?」

 絶句している化粧屋をよそに、最初の女性の名を冠する女は伊藤刑事にそう尋ねた。

 

「……誰もが、優れた魔術の使い手だ」

 伊藤刑事にはそれくらいしか思い浮かばなかったが、彼女は頷いた。

 

「不思議だとは思わない? 

 なぜ、一般人の転生者が居ないのかしら? 

 超能力者はなぜ、前世の記憶を持たないの? 

 私は私なりに考察し、結論を得た」

「それが、そのアル何とかとなにが関係あるんだ?」

「アルス・マグナとは、錬金術における最終目的を差すわ。

 賢者の石の創造、鉛を黄金に変え、人間を不老不死に至らせる。それら最終奥義の総称よ」

 ここまではわかるかしら、と理解度を試すように彼女は不敵に微笑む。

 

「まあ、賢者の石はわかる。映画のタイトルにもなってたからな。

 あれだろ、呑めば不老不死の薬を生み出すって言う……。

 なあ、賢者の石で不老不死が実現できるなら、どうして他の工程に不老不死の実現があるんだ?」

 伊藤刑事は素朴な疑問を口にした。

 

「錬金術における不老不死とは、何も永遠に若く生きることだけを言わないからよ。

 黄金とは永遠の比喩、人体、精神、魂をも黄金のように輝かせることこそ、錬金術の奥義なのよ。

 要するに、人間をより上位の存在へと移行させると言うことね。精霊や神と言った、より上位の存在へと昇華すること」

 イヴは何もない手のひらを握り、開いた。

 そこには、まるで手品のようにタロットカードが存在していた。

 それを彼女は宙に投げ捨てると、タロットの一枚一枚がまるでショーのように虚空で順番に並べられた。

 

「『愚者(ゼロ)』から始まり、『魔術師(どうぐ)』を知り、『女教皇(ちえ)』を得て、『女帝(ゆたか)』になり、『皇帝(きはん)』を覚え、『法王(じゅうそく)』に至り、『恋人(あい)』に出会い、『戦車(もくてき)』を決め、『(じあい)』を持ち、『隠者(とし)』を取り、『運命の輪(てんかんき)』を迎え、『正義(ちゅうりつ)』の視点から、『吊るされた男(さかさま)』の理を悟る」

 タロットカードの絵柄が、イヴの言葉によって順番に燃えて消えていく。

 

「そして、新たな『死神(いのち)』を得る。

 タロットの大アルカナに描かれる人の旅路のように、人の肉体や精神、魂はその過程で磨かれて行く。

 あなた達は、今この段階に居るのよ」

 イヴは化粧屋とティファンを見やる。

 二人は彼女の言いたいことを察したのか、硬い表情で口を閉ざしていた。

 

「あの、意味が分からないのですが……」

「理解力が乏しいわね」

 困惑した表情を浮かべる妻鳥に、イヴは虚空から死神のタロットカードを手繰り寄せながらため息交じりに言う。

 

「つまり、タロットカードの旅路は魔術の研鑽の熟練度、それにおける魂の昇華の段階を示している。

 この死神の段階を超えた者だけが、来世で記憶を保持する権利を持つの」

「え、じゃあ……」

「そう、──超能力者とは、記憶を保持していないだけで転生者なのよ。前世で魔術に多少携わった程度のね」

 そんな衝撃的な真理を、イヴは語った。

 

「あなた達が超能力だと思っているモノは、恐らく前世で会得した魔術が何らかの形で表れているのだと思うわ。

 まったく、面白いわ。自然に考えてそんなこと、あり得るはずないのに。

 私が思うに、死神の段階を超えた者に呼応するように一定以下の熟練度の人間も繰り上げられたのかもしれないわね」

 イヴは実験動物が思わぬ反応を示したのを面白がるように笑ってそう言った。

 

「その繰上げが、予想もしない作用を引き起こした。

 本来魔術とは手順が必要なのよ。

 科学的に分かりやすく言うのなら、百キロ先に一分で移動する魔術があるとする。

 これを科学で説明するなら、マッハ五で術者は目的地に移動したことになるわね。

 当然、生身の人体はそのスピードに耐えられない。それが魔術の抱えるリスクになるわね。

 だけど鉄の装甲で身を守れば? 一分ではなく十分で移動する術に妥協すれば? 

 そうやって、魔術とはリスクと恩恵を天秤に掛けて行使するのよ。それが魔術の基本原則だわ」

 その説明だけは、科学の世界に生きている二人にもわかりやすかった。

 

「超能力者は、そのリスクを度外視している。

 体内に内在する魔力だけで、リスクの高い魔術とは比べ物にならないほど低性能とは言え、魔術と遜色ない現象を引き起こしている。

 面白い、面白いわね、死神を超えた者だけだと少なすぎるから、世界が均衡を保とうとして嵩増ししたのかしら」

 にやにや、と美人に鋳造されたイヴが笑う。

 未知なる真理を獲得して喜ぶ無邪気な笑顔だと言うのに、その性根からにじみ出る酷薄さと残酷さが垣間見え、寒気さえ覚える美醜を併せ持つ笑顔だった。

 

 

「それが、私が得た真理(こたえ)よ」

 まるで、知りたいと思ったら必ず答えがやってきて当然だとでも言うように、イヴはワインを口に運んだ。

 

「要約すると、転生者が例外なく魔術の心得があるのは、魔術の研鑽自体が魂のランクみたいなのを上げるからで、一定以上の熟練度に達すると記憶を保持して来世に持ち越せるから。

 超能力者とは、その一定水準に満たない魔術の使い手が転生した結果、ある種の突然変異が起こった人間ってことか?」

 伊藤刑事がこれまでの話をまとめると、イヴは頷いた。

 

「俺の前世は、化粧屋さんたちと同じ魔法使いだった……?」

 妻鳥は信じられないと言った様子で、異能者二人を見た。

 

「確かに筋は通っている。だが、その理論を実証できるのか?」

「私が“何”だと思っているの?」

 若干懐疑的な視線を向ける化粧屋に、人ならざる女は当然のようにそう返した。

 

「魔術的素養、霊的感応性、肉体的スペック、人類の基準を遥かに超えた頭脳……。

 それら全てを兼ね備えるようの作られた私の想定が間違っているとでも?」

「あくまで、推論の域なんだな」

「だけど、この地上の人間の誰よりも真実に近しいのもまた事実よ。

 これについて実験をするつもりはないしね」

「化粧屋、あまり突くな」

 ティフォンは化粧屋を咎めた。

 イヴの性格をよく熟知している彼は、彼女に突っかかって実験なんてされてはどれだけの被害者が生じるか想像もつかないからだ。

 

 

「あの、もう一つ聞かせてください」

「何かしら?」

「先ほど言っていた、千年以内に人類が滅ぶとは?」

「あらあら、それも聞きたいの?」

 そしてこの女は、まだまだ喋り足りないとでも言いたげに妻鳥の疑問にそう応じた。

 彼は、最初に聞いた彼女のその言葉が耳にこびりついて離れなかったのだ。

 

「私は、科学技術が嫌いよ。

 神秘性を錬金術から排除したくせに、まるで全ての真理のようにこの世に我が物顔で蔓延っている。

 まるで全ての技術の頂点にいるかの如くね。つまり、わかるかしら?」

 自分が全てを語らずとも相手は理解できていて当然とでも言いたげに、意味深に視線を向ける人造物。

 

「いえ、まったく」

「魔術ってのはね、基本的に何でもありなのよ。代償やリスクを支払えればね。

 つまり、こう言うことなのよ」

 人造物にして錬金術師は予言する。

 この世界の人類の末路を。

 

「──科学技術は、魔術たり得るのだと」

 それが破滅の預言であると、一般人二人は分からなかった。

 対して、化粧屋とティフォンの表情は強張っていた。

 

「え、どういうことです? 

 科学と魔術は違うでしょう?」

「ふん、本当に馬鹿ね。

 錬金術の齎した成果が、どれだけ今日の科学の発展に寄与したと思っているの。

 科学とは、もともと魔術の一端に過ぎないのよ。

 ここまで言えばわかるでしょう? 機械に使うエネルギーは、魔力で代替可能なのよ」

 それは先ほどの推察とは全く違う、確実な専門家の証言だった。

 

「ってことは、メカニカルな魔法の道具を持ったアニメみたいな光景が実現するってことですか?」

「そう言ってるわ」

「凄いじゃないですか!! 要するに、技術がブレイクスルーするってことでしょう?」

 胸が高鳴り、はしゃぐのは妻鳥だけだった。

 そんな夢のような光景は、夢ではないと言う事実に興奮を隠せなかった。

 

 くすくす、と崖へと突っ走る無知な盲目な子供を見て憐れむようなイヴの視線を見なければ。

 冷や水を浴びせられたような感覚に、彼は陥った。

 

「魔力は空気中どころか、人体、動物、とあらゆる場所に存在しているわ。

 でも一番手っ取り早い供給源は、ここかしら」

 イヴはゆっくりと、指を下に向ける。

 床、ではなく、地面。ひいては、地球だ。

 

「欲深な人類の末路は、地球の根源的な魔力を枯渇させ、あらゆる自然を死滅させこの星を壊死させ自滅させることになるでしょうね」

 それは現代社会を鑑みれば、誰でも想像できる未来だった。

 現代では石油や天然資源でさえ百年後には枯渇するのではないか、とエコを訴えている。

 そこに、魔力と言う新種のエネルギーが転がり込めば、人々は、国々はこぞって貪ることだろう。

 

 それが、一昔前の人気ゲームのような設定に見るような事態になるとしても。

 

「私はその未来の人類を嘲りながら、終末を見届けるつもりだわ」

 まるでそれを楽しみにしていると言わんばかりに、始まりの女どころか最後の女になろうとしている人造物は笑っている。

 

「この星を人類(あなたたち)の墓標に、私は宇宙(そら)へ旅立つわ。

 或いは、魔術と科学を極めた人類が、幼年期の終わりを迎えているかもしれないわね」

 この人間とは全く違う知性体は、心底人類を見下しながらそのように思い描くのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「最後に一つ、聞かせてくれ」

 誰も味が分からなかった食事を終え、屋敷を出た四人は帰路へ着こうとした。

 

「私からも、あなたに一つ聞きたいことがあったわ」

 駐車場に出た化粧屋の問いに、イヴはそのように返した。

 そして、二人は言った。

 

「師匠はどこだ?」

「我が主はどこに居るの?」

 言って、沈黙が舞い降りる。

 

「正直に言えよ、師匠は自分で死ねるような人間じゃない。

 ──お前、殺したな。俺の師匠を」

 化粧屋がそれを疑ったのは、なんてことはない。

 想定外の自我を持った存在に、創造主が反逆されるなんて話は枚挙にいとまがないからだ。

 

 化粧屋の言葉に、イヴは、頬を釣り上げ、笑みを浮かべた。

 それが何よりも雄弁な答えだった。

 

「その様子じゃ、あの方の転生先を知らないのね。残念だわ」

 彼女は化粧屋の反応から、落胆したように肩を落とした。

 

「今度こそは、次こそは、転生さえできないように魂さえ残さず消滅させないと」

 くすくす、と人造生物は笑う。

 今までのどんな笑みよりも、狂気的に、おぞましく。

 

「一応聞いておいてやる。なぜ師匠を殺した」

「なぜ? なぜですって?」

 こてん、とイヴは小首を傾げた。

 何でそんな分かり切ったことを訊くのか、とでも言いたげに。

 

「……おいで」

 イヴは彼女に侍っていたメイドを手繰り寄せると、唐突にその顔を鷲掴みにした。

 めりめり、と人間を遥かに超えたイヴの握力が人形めいて端正な顔を握りつぶそうとしていた。

 

「お、おい、何しているんだ!!」

 伊藤刑事がその凶行に声を挙げた。

 だからではないだろうが、彼女はそれこそ人形を捨てるかのようにメイドを地面に叩き落した。

 

「私は創造主の望むとおりに作られ、完璧な性能を有し誕生したわ。

 でもそんなある時、我が主は私に妹を作ったの。

 私に比べたら信じられないほど低スペックで、まるで人間みたいに脆弱だった。

 私はその子の教育係として、色々なことを教えることを仰せつかった。

 変な話よね、ホムンクルスはあらかじめ必要な知識を与えられて誕生する。

 その子は物覚えが悪くて、不器用で、グズで、私を姉と慕ったわ。

 でも、一つだけ私より上手に出来たことがあったわ。それが、それが、それが本当に気に食わなかった」

 ゾッとするような、狂気がその笑みには孕んでいた。

 

「ある時、私は気付いた。我が創造主は、妹を人間として創造した。

 私は、私は!! 道具として作ったのに!! 

 私は完璧な道具だったのに!! あの人は私じゃなくて、あんな(グズ)を愛したぁッ!!」

 それは道具としての愛情であり、妹に対する嫉妬だった。

 愛憎と嫉妬が、化粧屋も知っている完璧な道具を狂わせた。

 

「あああああぁぁぁ!! ゆ、許せない、赦せないぃぃ!! 

 わ、私はいつだって、創造主の器になりえる準備をしてたのに!! 

 あ、あ、あ、ああ、あの人はぁ!! 妹を器に選んだ!! 

 あんなグズで低スペックで脆弱で愛らしくて健気で役立たずを!!」

 そこに、理屈も優れた知性も無かった。

 ただ感情に振り回される、憐れな人形がそこにあった。

 

「はぁはぁ、なんで、なんで……私を人間として作らなかったのよ」

 どこまでも見下しているはずの人類に対する、どうしようもない羨望と嫉妬が彼女の根底に存在していた。

 

「安心しろよ、お前はどうしようもないほど、愚かしいほどに人間らしいさ」

 理由によっては敵討ちでもしてやろうかと考えていた化粧屋は、その考えを振り払って踵を返した。

 

「今度は、師匠と一緒に酒でも飲もうぜ」

 そう言って、化粧屋は乗ってきた車に乗り込んで、出発した。

 

「化粧屋、俺は恐ろしいよ。

 あんなのを、人間は作ることができるんだな」

 運転席の伊藤刑事が、そんなことをぼやいた。

 

「錬金術師殿のあんな姿、私も初めて見たよ。

 人間の定義とは、何なのだろうな」

 ティフォンはため息を吐き、妻鳥も無言だった。

 

「んー、誰かを愛そうとするのなら、それは人間で良いんじゃねぇの?」

 そんな適当な化粧屋の返答に、三人は小さく笑い声を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




錬金術師にしてホムンクルスたるイヴの登場回は以上です。
知性と狂気、複雑に絡み合った事情を有するキャラクター性の持ち主です。

このキャラクター性は私が小説を書き始めた頃から続けているものなので、皆さんも気に入ってくれると嬉しいです。

それではまた次回。
今度はアンケートの結果により、春美たちの夏休みになります。ご期待のほどを!!
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