転生魔女さんの日常   作:やーなん

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内職について

 

 七月も後半に入ると、学生たちは夏休みに入る。

 期末テストという苦難を乗り越えた学生たちにやってくる、長期休暇だ。

 

 休みに入った春美たちも他の学生たちのように休暇を謳歌している、という訳ではなかった。

 

「春美ちゃん、こんな感じでいいの?」

「うん、問題ないと思うよ」

 真冬は手元にある木の板を春美に見せた。

 それにはルーン文字が刻まれている。お手製の護符だった。

 

「それにしてもさぁ、これって元手殆どかかってないよね。

 これを一つ数千円で売ってるんだから、えぐい商売しているよな」

 と、色とりどりのビーズを紐に通してミサンガを作っている夏芽がぼやく。

 彼女の目の前には完成品が既に十近く積み上がっていた。

 

「お祭りの屋台と一緒でしょ。

 雰囲気を楽しむのよ。そうやって信じて、その人が救われればそれでいいんじゃないの」

 ひたすら折り紙で鶴を折っている千秋。

 彼女は二十組一束で千羽鶴を作っていた。

 

「一応、儀式で魔力を付与するから……。

 花粉症ならガーゼマスクぐらいの効果はあるから……」

 春美は眼を逸らしながらそう言った。

 それって殆ど気持ち程度じゃ、と三人は思ったが口にするほど無神経ではなかった。

 

 

 三人が春美の手伝いをしているのは、彼女があの召喚士の経営する会社に納品する商品の作成だった。

 やっていることは内職と大して変わらないが、数時間でちょっとしたバイトの一週間分くらいと同じくらいの稼ぎとなるので彼女らは夏芽の家に集合して毎回それに参加していた。

 報酬は四等分にしている。学生にはそれで一か月分のお小遣いには十分である。

 

 魔術の工程こそ重要なのだから、その等分な報酬を三人は躊躇ったが春美はそれを否定した。

 要するにこれは自分のスキルアップの為にやってることだから、と。

 

「春美ちゃんには悪いけどさ、そのくらいの効果の商品を売ってやっぱり詐欺だって思われないのかな」

「まあ、それで望海ちゃんがあんな目に遭ったわけだしね」

「私たちもね……」

 三人は作業の手を止めず、先日のことを思い浮かべながらそう呟いた。

 

「その程度で良いんだって。

 これは要するに、より高い物を買って貰うための呼び水なんだって。

 興味がある人なら、もっと高い物だって買うかもしれないでしょ?」

「なるほどなー」

 そして彼らは、もっと高い商品の作成に集中できるのである。

 

「やり方はカルト教団の手口そのものよ。

 これを買ってくれたあなただけに、もっと高価な物を紹介しますってね。

 あの人たち、たまに販売会なんて言って人を集めて、高い商品を売ってるみたい」

「それってやっぱり悪徳商法なんじゃないの? 

 昔、老人向けの格安旅行のプランで誘い込んで高い布団とか売り付けようとしたってニュースでやってたじゃん? そう言うのじゃないの?」

 夏芽がそんな風に指摘すると、春美は首を横に振った。

 

「まさか、あそこの首領はホンモノの、師匠も警戒するほどの召喚術の使い手よ。

 詐欺の手口どころか、マジもののカルトのやり口を見たわ」

 そう言って、商品に術を施していた春美は語りだした。

 

 

 

 §§§

 

 

 二週間ほど前の事である。

 春美は商品の納品に召喚士の会社へと向かおうとしたのだが。

 

「春美、これであの会社から買い物をしておいて」

 と、己の師に呼び出され、ぽんとある物を手渡された。

 

「えッ、これ、札束じゃ……」

 春美は目を見開いて驚いた。

 それは紛れもなく、日本円にして百万円の札束だった。

 自分では直接見たことも触れたことも無いそれに、思わず硬直する。

 

「あ、あの、これで何を買ってくれば……?」

「行けばわかるわ」

 そう言われ、春美は送り出された。

 

 

「ああ、春美さん。いつもお世話になってます」

 そして召喚士の会社に赴くと、いつも彼女の対応をしてくれる社員が出迎えてくれた。

 

「あの……師匠から買い付けを頼まれているんですが」

 伝票を受け取り、春美がそう言うと、彼はああと頷いた。

 

「そちらの御師匠殿にはお話が行っているんですね。

 我々の“販売会”のことが」

 彼は若干含みを持たせる言い方で、静かに微笑んだ。

 

「ならば、こちらにどうぞ」

 そう言って、春美は会社の奥へと案内された。

 そこは通路の突き当りで、壁に立ち鏡が立てかけられているだけだった。

 

 男が先導するように、立ち鏡の奥へと入っていく。

 鏡の奥に魔術的な方法で作られた空間があるのは何となく分かっていたので、春美も鏡の奥へと足を踏み入れる。

 

 中は思ったより広い場所だった。

 ただ、上下左右の壁や床、天井が真っ黒に染められ、光源は松明に見立てられたLEDライトだけだ。

 

 奥はステージになっており、演出と思われる禍々しい調度品で彩られていた。

 観客席と思しき場所には椅子が二十組ほど置かれ、老若男女様々な人間がそこに座ってこれから行われるカルトの催しを心待ちにしている様子だった。

 

「ささ、どうぞ」

 春美に向けて、新しい椅子が用意される。

 彼女は無言でそれに座り、黙って何が始まるのか待った。

 

 暇を持て余し、春美は客たちを盗み見る。

 気品のある女性や、裕福そうな老婆、サラリーマン風の男に痩せ細った老人など等。

 彼らは無駄口などせず、“販売会”の開催を待っていた。

 

「皆さま、お待たせしました。

 我らが宗主がお越しになられました」

 春美を案内した男が、そう言うと入り口の鏡からローブ姿の召喚士が入室してきた。

 それに続くように、元ヤクザだった彼女の徒弟たちが続く。

 

 彼女たちがステージの前に並ぶと、その中心に立つ召喚士が口を開いた。

 

「私たち人類が、まだ雷を神の怒りと認識し、台風や川の氾濫を怪物が起こしたものであると考えていたずっと昔、西暦が始まる前のこと。

 異邦の彼方より、この世界に“神”が降り立ったそうです」

 召喚士の話の切り出しは、胡散臭い宗教にありがちな世界観から始まった。

 

「その神々は、超常の力を振るい私たちのずっと祖先である人類に恐怖や恩恵を齎した。

 しかし、それも長くは続かなかった。異邦よりやってきた神々の術は、この世界の法則に適応できなかったのです。

 神々は、やがて人に墜ちたのです。そうして、彼らは時と共にこの世界に適応した術を生み出し始めた。

 それは神々として振るった力と比べるまでも無いものだったそうです。

 彼らは魔力と扱う術を知らなかった我々の祖先に細々とその技術を伝え、その血と共に歴史に消えて行った。

 そう、それが私たちの扱う魔術の興りなのです」

 その話を聞いて、春美は思った。

 既存の神話にそれっぽい話を付け加えただけだろう、と。

 それでも、そんな話をホンモノの魔術を扱う召喚士が言えば、説得力は絶大だった。

 

 召喚士はステージの床に刻まれた魔法陣に向けて、ぱちん、と指を鳴らす。

 一瞬、魔法陣が光ると、そこからリスのような生物が飛び出し、ちっちっち、と床を走って召喚士の体を登り、その肩へと留まった。

 

 おおぉ、と観客たちの感嘆の声が聞こえる。

 よく見ればそのリスのような生物は、既存のリスとは似ても似つかない姿をしていた。

 その額には、特徴的な宝石のような物が存在していた。

 

「か、カーバンクルだ!!」

 そのリスのような生物を見て、客の一人が声を挙げた。

 まさしく、往年の人気ゲームのキャラクターがそうするように、召喚士は伝説上にしか存在しない生き物を呼び出して見せた。

 

 召喚士は肩の上のカーバンクルを鷲掴みにすると、徒弟に持たせていた鳥かごの中に放り込んだ。

 

「カーバンクルの宝石を手にしたものは、巨万の富や名声を得ると言われています。

 それが真実かどうかは、実際に手にして確かめてください。

 では、一千万から始めましょうか」

 召喚士の言葉と同時に、客たちが立ち上がって声高に叫ぶ。

 二千万、五千万だッ、いいや一億出すぞ、こちらは一億五千万だ!! 

 

 瞬く間に、その未知の生物に巨額の値段が付けられていく。

 春美は置いてきぼりを食らって、呆けたように熱気に満ちた横の客たちを見ることしかできなかった。

 

 最終的に、カーバンクルは十億円もの値段が付けられた。

 春美には想像すら出来ない規模の金額だった。

 

「次は、こちらになります」

 ステージの魔法陣を徒弟たちが取り囲み、召喚士もその前に立って共に呪文を唱えた。

 朗々と、体に響く声がしばらく室内に響いた。

 

 やがて、魔法陣が光り、そこから何かがせり上がってきた。

 それは馬だった。馬のような何かだった。

 

 ブヒィーーーン!! 

 と、それは自分が置かれた状況を認識すると、驚き、そして興奮し暴れ出そうとした。

 

 室内で暴れるにはあまりにも危険なそれに、客たちも悲鳴を上げたが。

 

「皆さま、ご安心を」

 召喚士が一言、告げる。

 しかし、激しい気性のその馬型の生物は、額に大人の腕のような太さの立派なツノを彼女に向けた。

 その生物の名は、誰もが知っている。

 

 乙女にしか懐かないと言われている、ユニコーンだ。

 処女厨だのなんだのと評されるユニコーンであるが、その気性の荒さも有名であった。

 

「ほら、私は処女ですよ」

 召喚士が一角獣に手を差し向ける。

 これにてユニコーンが大人しくなると、思われたのだが。

 

 ユニコーンは首を竦め、彼女を突き殺そうとツノを突きだそうとしたのである。

 召喚士は寸ででそれを避けたが、肩口を掠めローブが破れて血が流れた。

 

「ふむ、なるほど。処女性ではなく、魂の清廉さで判断しているのか」

「召喚士の姉御!!」

 猛獣を目の前にして、のんきに分析をしている召喚士に、徒弟の一人が声を挙げるが。

 

「全く、誰を心配しているのですか?」

 ぐしゃあ、と生々しい音が響く。

 魔法陣から禍々しい槍のような何かが飛び出し、ユニコーンを串刺しにして絶命させていた。

 

「さて、お騒がせしました」

 圧倒的な実力を持つ召喚士を前には、猛獣の抵抗すらも演出にしか見えない。

 

「ユニコーンの角は、強力な解毒薬の材料となり、汚染された水を清める力を持つそうです。

 これを用いた秘薬を後日お届け致します。その効能は万病に効き、若さを保ち活力を齎してくれるとの事です。

 これは、複数ご用意できますが数に限りがございます。

 皆さまのお手元にお配りする用紙に金額を記載していただき、入札額の高い順番に落札とさせていただきます」

 そうして、彼女の言う手順を踏み、ユニコーンの角の秘薬の落札額が公開される。

 一番高い値を付けた人間は、五十億。

 

 春美は眩暈がしそうだった。

 自分の師匠から渡された金額では、どれも到底手に入るとは思えない。

 

 それからしばらく、カルトの集会は続いたのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 話を聞き終えた三人は、ぽかんと絶句していた。

 

 闇オークションを行うカルトの集会なんてものが実在しており、そこで取引されているのが未知の生物やその素材だと言うのだから当然だろう。

 想像以上にカルトらしいカルトだった。

 

「え、じゃあ、春美ちゃんはカーバンクルやユニコーンを見たってこと?」

 耳を疑っている真冬の言葉に、春美は無言で頷く。

 

「そ、それってあれじゃないの? に、偽物とか……」

「どうやって未知の生物をでっちあげるのよ」

「あれは偽物なんかじゃなかった。

 内包している魔力が桁違いだったし。たぶん、本当の異世界の幻獣だと思う」

 未だに信じられない様子の夏芽と、千秋に春美はそう断言した。

 

「あの女、悪魔専門かと思ったら呼び出すだけなら何でも行けるみたい。

 でも、可哀そうだったな。

 買われて行ったカーバンクルも、多分長生きできないだろうし」

「そうなの?」

「うん、環境が違い過ぎるだろうし」

 春美の言葉に、千秋は痛ましそうな表情になった。

 

「そっか……。でも、そんな荒稼ぎしてるなら、表向きの会社も儲かってるんだろうなぁ」

「それがね、あの闇オークションで儲けたお金は、全部研究費用になるんだって。

 異世界から幻獣を召喚するのも、かなりコストが掛かるみたいだし」

「それだけ儲かるなら、楽に暮らせると思うのに」

「そう思わないから、魔術をやってるのよ」

 そういうものなのかな、と夏芽は思った。

 

「ところで、春美ちゃんは何を買いに行ったの?」

「あ、そう言えば」

「私が買いに行ったのは、ユニコーンの血よ。

 霊的に格が高い生き物の血は、高度な魔術薬の素材になるから。

 昔から召喚術の使い手って、異世界からそう言った生き物を調達するのを生業にしている人も居たんだって」

 春美は真冬の疑問に、そのように答えた。

 

「異世界、かぁ。

 さっきの話じゃ、大昔に魔法使いが異世界からやってきたんでしょ? 

 それが魔術の始祖だって。そうやって他所から未知の生物を呼び出せるなら、その話も本当なのかもね」

「私にはこじつけにしか聞こえなかったけどね」

 想像力を働かせている様子の千秋に対し、春美は淡白にそう言った。

 

「でもさ、夢があるよね。私は行ってみたいなぁ、異世界とか」

「それは止めた方がいいよ、マジで」

 ふと、そこで以前異界に迷い込んだことを思い出した千秋が真顔になって夏芽にそう告げた。

 

「それよりさ、今度これを納品した時のバイト代でどこか行こうって話になってたよね? 

 どこに行くか誰か意見とかある?」

 タイミングを見計らっていた春美が、そんな話を切り出した。

 

「ああ、そうだった。どこ行く? 

 やっぱり夏だし、海に行こうよ」

 すると、真冬がそう提案した。

 

「去年も馬鹿みたいに暑かったけど、今年もアホみたいに暑いし、北海道とか良いんじゃない? 

 フェリーでゆっくりさ、何日も掛けて。美味しい物でも食べて回らない?」

「そうなると、大分ヒマになりそうね。宿題も持って行きましょう」

「うぇ」

 宿題と聞いて表情を歪める夏芽。

 それを見て仕方なさそうに首を振る千秋だった。

 

「海に行くなら、望海ちゃんやカタリナさん、魔女さんも誘いたいね」

「あ、でも師匠を誘うなら都合が付くか分からないかな」

「うん? どうして?」

 千秋が問うと、春美はこう答えた。

 

「師匠は去年もだけど、長期休暇は田舎に暮らしてる母方の祖父母の家に行ってるみたいだから」

「あッ、そうなんだ」

 彼女の複雑な親子関係を何となく察している面々は、これ以上言及しようとはしなかった。

 

「うーん、どこに行こうか迷うなぁ」

 夏芽は宿題のことなど知らんぷりして、そのように期待に胸を膨らませていた。

 

 しかし、彼女らの夏休みの最初の旅行が、望海が持ってきた厄介ごとが最初になるなどと、この時の四人は想像もしていないのであった。

 

 

 

 

 




今回は特に動きの無い日常回。
召喚士の語った話は、どこまでが事実なのか……?

次回の内容は未定。魔術師さんか、警察組、魔女さんの田舎暮らしのいずれかだと思います。
それではまた、次回。
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