転生魔女さんの日常   作:やーなん

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今回は短編二組の構成となります。




警察組の初夏

《 ネクロマンサーの宣誓 》

 

 

 インターネットに揺蕩う某巨大動画サイトにて、今日も魔術師は配信を始める。

 

 あらかじめ予約で放送枠が告知されており、そのタイトルにはここ最近では彼の心境に伴い増えていた雑談等とは違う、警告の二文字があった。

 

「皆さん、こんにちわ」

 上下逆さまで画面に映る魔術師が放送開始直後の挨拶を行った。

 

『こんちわー』

『こんちゃーっす!!』

『魔術師さんきちゃ』

『またなんかやってるよww』

 そして、画面内で行われている彼の奇行にもツッコミが入った。

 

 魔術師は、なんと筋トレをしていた。

 片腕、いや指先だけで逆立ちをし、長時間その態勢を維持していた。その証拠に、彼は汗だくで仮面から汗が滴り落ちていた。

 常人と違うのは、指の接地面が床では無く刃物の先だと言うことだった。

 

 これを真似しないでください、の立札が横に設置され、視聴者や真似したがりのバカにも配慮されている。

 彼は自分が他人に影響力を与える存在なのだと、正しく認識した結果である。

 

『警告って、まさかそれをするなってこと?』

『そんなん真似できるかww』

『常人でも頑張れば出来そうなのがまた……』

『注意書きがあってもやるバカも居るしな』

 魔術師はこの異様な修練を、魔術を用いていると説明していた。

 素足で刃物の先を飛び乗ったり、床に立てた刃物と刃物の上を跳んで行ったりしている最中に放送したり、と彼は割と自由人だった。

 

 当人にその意図は無かったが、レプの存在は彼の放送に新たな視聴者層を呼び込んだだけでなく、淡々とした放送ばかりだった彼に多くの変化を齎した。

 ミステリアスな彼のキャラクターを好んでいた者はそれを喜ばなかったが、それよりも圧倒的にこれらの変化は好ましく受け止められていた。

 視聴者の意見から、レプちゃんが遊ぶ枠とかは魔術師さんと分けた方が良いと思う、と言った意見を取り入れ、彼女が一人でゲームしたりしている放送は彼女のチャンネルで行うなど住み分けもちゃんとしていたのも大きかった。

 

「…………」

 冒頭の挨拶から二十秒近く、なぜか彼は不自然に黙り込んでいた。

 

『どうしたの?』

『うん? 何かあった?』

『やっぱり無理してるの?』

 視聴者から心配の声が上がったが。

 

「いえ、ちょっと憂鬱なんです。

 本日は修練の合間に、いつもの警告を挟もうと思ったのですが、知り合いが私の放送で皆さんに言いたいことがあるそうなのです」

 たっぷりと時間を掛けて彼は躊躇いがちにそう口にしたのだ。

 

『え、魔術師さんの知り合い!?』

『私もリアルで魔術師さんと知り合いになりたい……』

『ってことは、やっぱり異能者ってこと!?』

『正直、俺と同じボッチだと思ってました』

『もしかしてまた、妖精とか言わないよな』

 等々、様々な反応を見せる視聴者たち。

 

「正直、昔から反りが合わないのですよ、彼女とは。

 ハッキリ言って嫌いなのですが、彼女が言いたいことと言うのが私の放送の趣旨と一致したのです。

 自分が言えば説得力があるから、とね。私は不愉快にもそれに納得してしまったわけです」

「言いたいこというじゃねぇか」

 修練中の魔術師の横合いから、女の声が入った。

 

『メッチャ嫌そうで草』

『彼女って、まさか知り合いって女!? まずいですよ!!』

『異性の声が入っただけでむやみやたらに騒ぐ連中もいるんですよ!!』

『えッ、今女性の声しなかった!?』

『ああそこに居るのね』

 魔術師の反応やその声に、視聴者が反応していると。

 

「それじゃ、さっさと用件だけ言うわ。

 変な絡みとか、邪推とかされても困るしな」

 と言って、その声の主が画面の前に現れた。

 

 その姿を見て、視聴者はこんな反応をした。こいつ誰? と。

 

「あー、私は、化粧屋と名乗ってる」

 画面越しとはいえ、大勢を前にして話すのを慣れていないのか、彼女は言葉を選ぶように話し始めた。

 

『えッ、今化粧屋って言った!!』

『ちょっと前に話題になってた人?』

『ちょッ、マジで!?』

『って言うか、女性だったん!?』

 コメント欄から、視聴者たちの困惑具合が見て取れる。

 

「私は、ほら、知ってる奴もいるかもだが、ネクロマンシーを生業にしてるんだわ。

 もしかしたら、私を騙るやつの話を聞いたことがあるかもしれない。

 もう二百件以上私の名前で詐欺を働く奴の被害が出たって聞いた」

 彼女はそんな風な切り口で話し始めたものだから。

 

『うちの知り合いに騙された人おるわ。一千万近く取られた』

『わいのおふくろにもそんな詐欺が来たよ。親父の葬儀の後だったからマジ許せん』

『知ってる。死者と会わせると言ってくるあれだろ』

『一時期ニュースでやってたな』

『あんたが発端なんか』

 それ以外にも、化粧屋に対して様々な無責任な意見も目立ったが。

 

「まあ、あんたらの言いたいことはわかるよ。うん。

 私は最初に術を見せてからお金の話に入るわけだ。だから最初にお金だけ振り込んでとか言わない。

 私は確かに死者と対談させることも出来るが、それは全てじゃない。

 死者の遺言を訊いたり、最期の言葉を伝えたり、と実際にはその程度だ。遺体が無ければ数分の会話も難しい。

 あー、これは今、関係ないな、よし。これは言っておこう」

 コメント欄は多くのコメントが凄まじい速度で流れ、その多くは死者を冒涜することに対する批判や、興味本位の意見などで埋め尽くされ、荒れていたが。

 

 

「──私の名前を騙り詐欺を働いた奴は、例外無く死より苦しい責め苦を与える」

 その言葉に、あれほど凄まじかったコメント欄が一気に鎮静化した。

 

「詐欺師に騙され、首を吊った者にそいつの素性を聞き、呪う。ゾンビになってその体が腐乱していく様を、世間様に見せてやろうと思う。

 騙されなかった者でも、親類の霊魂に話を聞いて愚か者を必ず見つけ出す。

 私の名前で悪事を働いた人間は全員見つけ出す。全員苦しみながら最悪な目に遭って貰う」

 化粧屋は淡々と、宣戦布告を行う。

 視聴者たちはコメントすることも忘れ、その言葉に聞き入っていた。

 彼らの中には件の詐欺に遭遇した者もいるだろう。そして、こう思うはずだ。

 

 ホンモノは、迫力が違う、と。

 

「と、まあ、これは私のしたことのケジメだな、それはこれで終わりだ。

 私の用件ってのは、これから多くの学生が夏休みに入ると思うんだが」

 あれが本題じゃなかったんだ、と視聴者の誰もが化粧屋の話を聞いて思った。

 

「この時期、居るだろう? 肝試しとか、そう言うの。

 あれ危ないから、止めような。マジで祟られる場合があるから。それだけ!!」

 そう言って、化粧屋は画面から消えた。

 えっそれだけ、と誰もが思った。

 

「私の放送であんなこと言わないでほしいのですけど。BANされたらどうするんですか」

 ずっと黙って逆立ちを続けていた魔術師が、視線を横に逸らしぼやいた。

 

『え、魔術師さんやばない? 呪うって』

『想像と見た目と中身が大分違ったんだけど』

『実際ヤバイやつでわろたww わろた……』

『でも、魔術師さんの知り合いってのは納得だわ』

『今回の放送、マジで伝説になるぞ』

 コメントの内容からも、視聴者には化粧屋に対する畏怖や恐怖が滲み出ていた。

 

「勿論、私は止めませんよ。彼女が何をして、その結果どうなろうとも。

 私は調停者に過ぎません。世間一般の正義や倫理に準じているわけではありませんから」

 そのような突き放したような魔術師の言葉が決定打になった。

 

 この放送から僅か一時間ほどで、何十人もの詐欺師が警察署に詰めかけた。

 連鎖的に詐欺グループが壊滅したり、化粧屋を騙る詐欺がほぼ撲滅する結果となったことは警察にとって痛し痒しでもあり嬉しい悲鳴となって大忙しになった。

 そして実際に、化粧屋が誰かに手を下す結果は無かったようだった。

 

 

 

「勝手なことをしてくれたな」

 当然、即日で化粧屋は警視庁に呼び出された。

 捉えようによっては、あの放送は犯罪予告でもあったからである。

 

「今、捜査二課はてんてこ舞いだとよ」

「さっき、そっちに顔を出して犯人の聴取を見たぜ。

 私の顔を見て死にそうなほど驚いてたぜ!!」

 大笑いする化粧屋に、伊藤刑事はため息を吐いた。

 

「本当に、そんなことするつもりだったのか?」

 ドカッと椅子に腰を下ろし、彼は問うた。

 

「必要なら、見せしめは必要だとは思ってたさ。

 まあ、そんなことにならずによかったじゃないか」

 ばしばし、と化粧屋は笑顔で彼の肩を叩いた。

 

 実のところ、伊藤刑事は上に言われて厳重注意をしたと言う名目をしているにすぎなかった。

 刑事の大半というのは、現場の捜査と言うより書類仕事である。

 異能係の事務室に入り浸っている化粧屋が、暇を持て余して他の刑事部にちゃちゃを入れに行っているのはもはや警視庁では見慣れた光景だった。

 

 彼女は当然煙たがられる存在だったが、占いが得意なので女性職員には受け入れられていた。

 それとなく、彼女に事件解決の助言を求めていたりしている者がいるのは割と周知の事実だった。

 そして……中には彼女の生業にすがる者も居て、彼らはそれを見て見ぬ振りしていた。

 

 伊藤刑事も、決して彼女が邪悪ではないと言うことは分かっていた。

 正義や倫理とそぐわないだけで、必死に異能事件や困難な捜査をする刑事たちを笑ったりすることは決して無いのだ。

 

「ホント、信用してるからな?」

「分かってるって、伊藤ちゃん」

 もはや見慣れた彼女の笑みに、伊藤刑事は肩を落として仕方なさそうな表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

怪物(ふみだい)の悲哀 》

 

 

「ティフォンさん、あなた何を持ってきてるんですか」

 妻鳥は、ティフォンが連れている物体を見て唖然としていた。

 

「くっくっく、見よ、我がしもべを」

 彼は大仰にそれを指示した。

 それは緑色のスライム状の物体である。と言うか、スライムだった。玩具で売っているタイプと同じ見た目をしていた。

 堆積や重量は不明だが、小さな風呂をいっぱいにするだけの体積はあった。

 

「衝動的に作ってしまった。割と後悔している」

 ティフォンはスライムに腰かけると、それはソファーのような形状となり、たぷんと波打って彼を受け止めた。

 

「わぁ、すごい。これ、ひんやりしていて気持ちいですね」

 ソファーの形状になったスライムの肘掛けをつつきながら、妻鳥は素直に面白そうにしていた。

 

「それで、これが何の役に立つんです?」

「それなぁ」

 ティフォンは彼の指摘に困ったようにそう答えた。

 

 

 ティフォンが異能係の預かりになってからと言うもの、当然ながらそれでは終わらない。

 実質的な彼の処遇を、世間が求めても仕方がないであろう。

 だが彼は生物的にも死が無意味というレベルの、高位の術者だった。

 法も、物理的な死も、彼には己を縛る要素にはならなかった。

 

 だがそれで世間が納得するわけも無く。

 警察は彼に、とりあえず対外的に今後の異能捜査の協力者として働いてもらうことを内外に示してもらうよう依頼した。

 

 その結果を、彼はすぐさま示した。

 彼はある生物を、警察に提供したのである。

 

 それは三つの首を持つ大型犬、すなわちケロべロスである。

 鑑識課によって、その異形の犬が警察犬として十分な機能と普通の犬と比べ物にならない知性を有すると知ると、すぐに現場で投入された。

 とにかく、警察上層部は目に見える結果を欲したのである。

 

 その結果、ケロべロスは目覚ましい活躍を持って警察の捜査に貢献した。

 それを世間に発表したところ、当然賛否はあったが概ねティフォンの処遇への関心は薄れたと言って良かった。

 人々は彼の所業よりも、彼の作品を望んだのである。

 

 そして次に出てきたのが、その何の役にも立たないスライムだった。

 

 

「な、なんだよこれ、ぷよんぷよんしてて面白いな!!」

 そして化粧屋も、それを見て大笑い。

 スライムに身体ごとダイブしてその柔らかさを楽しんでいた。

 

「移動も遅くて、場所も取るし。これは失敗じゃあ」

「だ、だが、埃やゴミがくっついたりしないようになっているから、衛生的だぞ!!」

 ティフォンの涙ぐましい主張に、妻鳥は昔買った玩具のスライムが埃やゴミで汚くなっていくのを思い出して、ああとなった。

 

「それにしても、ケロべロスはあんなに役に立つのに、なんで次はこんなのを作って来たんです?」

 妻鳥も件のケロべロスを見たが、すごいとしか言えなかった。

 彼は人間の言葉を理解し、明確に意思疎通をこなし、そして何より従順だった。

 逃げる犯人を追いかけ、噛みつくことなく制圧したのもポイントが高かった。

 

 かつて警察犬が広報目的で日本警察で採用されたように、そのケロべロスも新たな時代の警察の広告塔になると言っても良かった。元ネタの題材が良かったのもある。

 

「…………うーむ……」

 だが、ティフォンはため息を吐いてスライムに腰かけた。

 

「何かあったのか?」

「これを見て見ろ」

 化粧屋はうつ伏せから仰向けになって横に腰かけるティフォンに問うと、彼はスマホを少し操作して彼女に渡した。

 

「なになに、『最弱魔術師な俺が失格者の烙印を押され、追放されるも奴隷とハーレムを築いて最強生活!?』……うわッ」

 タイトルを見ただけで、ゾッとするようなテンプレート通りのネット小説だった。

 思わず化粧屋もドン引きするくらいには。

 

「これ、面白いのか?」

「内容を見てみるがいい」

 そのティフォンの言葉に、妻鳥もそのタイトルからスマホで検索して内容を読んでみた。

 

 そのネット小説の概要はこうだ。

 学園で最弱の魔術師が追放されるが、夢で神に転生の際に授かった仮面の存在を思い出し、それを身に着けるとチート能力に開花、冒険者として生きることになる。

 ギルドのクエストの最中にその辺りには現れない強力な魔物に襲われている奴隷商人の一行からたまたま生き残った奴隷少女を救い、一目惚れされ主人と仰がれる。

 奴隷を連れる主人公はチンピラに絡まれるが、颯爽と撃退。目立ちたくない、としょっちゅう言いながらもギルドでは強力な魔物の素材を持ち込んだことで驚かれ、国が主人公の功績に目を付けなぜか武闘派の姫様が仲間になる。

 更には新しいクエストで最弱のスライムが仲間になるが、なんやかんやあって進化して別物になるほど強くなる。

 更には仲間になった姫様の婚約者らしい嫌味っぽい貴族を決闘で普通なら使えない複数属性の魔法や魔法を付与した強力な武器で主人公が圧倒し撃退、婚約は破棄され姫様は主人公と婚約することに。

 

 そしてそのネット小説の現行最新話で、全身をキマイラ化した敵の強キャラらしき魔術師が登場するが、主人公に見せ場もなく一蹴されていた。

 どう見ても時事ネタである。

 

「不愉快だ」

 本当に不愉快極まりなさそうに、ティフォンはそう吐き捨てた。

 

「そりゃあ、まあそうでしょうけど」

 その小説の内容の薄さと言ったらもう、この短時間で流し読みできる程度のモノだった。

 それだと言うのに、結構な人気があった、

 驚くべきことに書籍化するという話も出ているようだった。

 

「これは出ても買わないな」

 化粧屋の琴線にも触れなかったようで、彼女の反応も薄かった。

 

「主人公もなんだか魔術師さんっぽいし、これの作者もわかって(・・・・)るなぁ」

 感想では面白い、と言う意見がたくさんあるが、これは面白いと言うより展開が爽快なだけで、見せ方が良いのだ。妻鳥は一時期こういう内容のネット小説を読み漁っていた経験があるので、それを理解していた。

 内容そのものは薄っぺらい。読み返すのも苦痛なぐらいに。

 それでもそう言うのが好きな層とは確実にいるのである。

 

「私が不愉快なのは、それだ。

 かの勇者殿をモデルにしておいて、こんな安っぽいネット小説の主人公にしてくれたことだよ」

 心底忌々しそうに、ティフォンは言う。

 

「私は、特撮が好きだ。ヒーローは悪役を倒し、正義は必ず勝つ。

 巨大な怪獣が人々を蹂躙し、そんな怪物に対し必死に生きようとする人々が」

 あんな事件を起こしたとは思えないほど、彼は純粋にそう語った。

 

「私も魔術(チート)を得るまでは、趣味が高じてそれらの二次創作など書いていたりもした」

「へぇ、今度読ませてくれよ」

「消したよ。そもそも、私が書くような小説が評価されるわけがないだろう」

 憮然と、ティフォンは化粧屋に答えた。

 

 それを妻鳥は何となく想像できた。彼の書く小説はきっと自分が書きたい、自分が面白いと思うだろう内容に違いないからだ。

 そしてそう言ったモノが、出来にも寄るが評価されることは珍しいのが今の時代だった。

 

 

「私は転生し、改造(チート)な魔術を得た。

 しかし思わせぶりで無く本当に目立ちたくなかった私には何も起こらなかった。

 日々、欲求が抑えられなくなっていくのを感じたよ。かつての友たちのように、共に魔術を研鑽していたあの頃のように、と。

 そうして行動を起こした結果、何にもくれなかったこの世界はようやく初めて都合よく私に敵をくれたのだ」

 それが踏み台だとしても、とティフォンは胸中を吐露した。

 

「なぜ異世界では無かったのだ。なぜ私の元にイベントを用意しなかったのだ。

 力を振るう機会があれば、私はきっとそうしただろう。でもそんな都合のいい出来事など有りはしなかった。

 結局、その薄っぺらい小説の主人公が活躍できるのは、展開に愛されているからに過ぎない。

 機会が無ければ、どんな勇者も埋もれたままだ」

 そして彼は憤慨していた。

 自分の前に現れてくれた本物の勇者が、そんな薄っぺらい存在に貶められていることが。

 

「そして、私に打ち勝った勇者殿には何があった? 

 奴隷でも得たのか? 王女にでも見初められたのか? 人々から称賛を得て、称えられたのか? 

 いいや、称賛されたが、恐れられてもいる。結局はそんなものだ」

 ティフォンと戦った魔術師は、確かに称賛され、ヒーローだと称えられた。

 だがそれと同じぐらい、そんな強さを持った個人が居ることを危惧している者も多いのが事実だった。

 

「それで、次は気に食わない相手でも出てきて勇者殿はそれを叩き潰すのか? 

 周りの人間はその様子を見て、爽快だと感じるのか? 

 バカな、所詮暴力は暴力だ。殴った分だけ、恐れられるだけなのだ。

 誰かの失敗を踏みにじる光景を見て笑うのは、その痛みを知らない者だけだ。

 自分を肯定し、自分が存在を認める人間だけを侍らせ、それ以外を容易く排除する、そんな風に勇者殿が見えたと言うのか」

 彼がどのような言い分でティフォンと戦ったかなど、結局は誰も興味など無いのだ。

 大事なのは、勇者が悪役と戦って勝った、それだけなのだから。

 ティフォンが憤慨しているのは、それを勝手な色眼鏡で肉付けしていることだった。誰もその本質など、見はしない。

 

「そして結局、多くの英雄譚がそうであるように、勇者を殺すのは民衆だ」

 怪物が現れ、民衆を脅かす。

 勇者が現れ、怪物を退治する。

 民衆は恐れ、勇者を貶める。

 それが古くから伝わる、お約束(テンプレート)だ。

 

「ならばこそ、私は勇者を貶める民衆を殺す怪物であるとしよう。

 その結果、彼に殺されるとしてもだ」

 それが決して大げさではないほど、彼はあの魔術師から多くの物を貰った。

 彼との出会いや、こうして話が合う化粧屋と出会い、異能係の面々と語り合える日々を。

 それは孤独であった彼に齎された、いかなるチートよりも得難い物だった。

 

「そうだな、私も伊藤ちゃんを気に入っているから、あいつがくたばるまでは警察の味方でいてやるよ。

 その後は、まあ世間様次第だな」

「先輩は責任重大ですね」

 化粧屋までそんなことを言うので、妻鳥は少しばかり他人事のように言った。

 

「ま、お前もこっち側だしな」

「ノーコメントで」

 妻鳥は肩を竦めた。ふっと化粧屋は小さく笑った。

 

 ちなみにその後、結局スライムは何の役にも立たなかったが、休憩用の椅子として異能係の事務所に置かれることになった。

 その感触とひんやりした冷たさで、夏場の間だけでなく職員たちに好評だったそうな。

 

 

 

 

 

 




何だかここ一週間で十人以上の方々から評価を頂き、総合評価2000超えたら何かしようかな、なんて考えていたらとっくにそれを超えて戦々恐々している次第であります。
今作がここまで皆さんにご愛読されているのもひとえに皆様の過分な評価のお蔭です。いつも本当にありがとうございます。

話は変わりますが、先日ようつべの方でラノベやアニメのレビュー動画を見ていて思いました。
なろう系って今も全然変わってないんですね。心底笑い、飽きれました。
いい加減別の形態に移り変わってるのかと思ってたのですけど、そんなこと無いようで。
だから今作を書き始めた初心を思い出し、衝動的に今回の話を書きました。本当にチョイ役のつもりだってんですよ、ティフォン君は。

さて、いよいよ次回は春美たちのお仕事。
久々に、そして本格的な伝奇物みたいな話に挑戦しようと思います。
それでは、また次回!!



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