転生魔女さんの日常   作:やーなん

40 / 74
今回は割と本格的な怪奇物に挑戦してみました。


天狗について 導入編

 

「ねぇねぇ、皆さん。お祭りにでも行きません?」

 発端は、そんな望海の一言だった。

 

 内職を終えてだらけていたいつもの四人が居る夏芽の家に、彼女がやってきてそう言い出したのである。

 

「お祭りって、まだそんな時期じゃないじゃない」

 すかさず、千秋が返した。

 彼女らの住む地域のお祭りは八月後半だった。

 まだ八月になるには一週間以上ある。

 

「この町のお祭りな訳ないじゃないですか。

 ちょっと、真冬さん。ノーパソ貸してください」

「うん、いいけど」

 魔術師さんのまとめ動画を観覧していた真冬が場所を開けると、そこに望海が居座った。

 そして検索ホームを呼び出し、“天狗祭り”とキーボードで打ち込んだ。

 

「天狗祭りって、下北沢の奴? 今の時期はやってなくない?」

「そんな有名どころじゃありませんよ」

 横から画面を覗き込む夏芽に、彼女は目的のサイトを探しながら答えた。

 

「ここ、この天狗祭りですよ」

 彼女が見つけたホームページは、ある町のお祭りについて記載されていた。

 神秘が残る妖怪の街の天狗祭りへようこそ、というキャッチフレーズと共に、開催日などの子細が書かれていた。

 

「なんか、普通の町おこしっぽいね。オカルト色が強いし」

 ホームページはなかなかに気合が入っており、町内各所の神秘的な逸話やらを解説していた。

 それによると天狗だけでなく、座敷童も出るらしい。

 

「ええ、そんなわけで何年か前から話題になってるんですよ。

 勿論、オカルト的な理由で」

「え? どういうこと」

「起こるらしいんですよ、それ」

 夏芽は望海が指差す画面の箇所に視線を送る。

 そこには、“神隠し”の文字が存在していた。

 

「……マジ?」

「ええ、それについて調査してほしい、って私のブログに依頼が来たんです」

 真顔で尋ねる夏芽に、望海はそう述べた。

 

「あのねー」

 千秋はこめかみに指を当てて言う。

 

「この間、それで痛い目に遭ったばかりじゃない」

「じゃあ千秋さんは来なければいいじゃないですか」

 だが望海は素っ気なく返した。その態度にイラっとした千秋だったが。

 

「あッ、これ、ちょっと前に話題になったお守りじゃん。

 ここの街が発生だったんだ。わぁ、欲しいなー」

 横合いから見ていた真冬がそんな声を挙げた。

 

「真冬……春美ちゃん、何とか言ってよ」

「うーん、それがね」

 言い難そうに、春美は口を開く。

 

「その町って、キノコ狩りの名所らしいの。

 毎年毒キノコを取って食べて中毒者が出るって有名でさ。

 師匠が居ないから、そろそろ手持ちの素材が厳しくて」

 なんと、春美はすでに懐柔済みであった。

 

「カタリナさんは勿論付いてくるのよね?」

「あの人、何だか野暮用があるとかでしばらくは予定が合わないそうで」

 ちなみに祭りの期日は数日後である。

 千秋はすがる様に夏芽を見たが。

 

「千秋は心配性だなぁ、ちょっと遠出してお祭りに行くだけじゃん。

 私も結構興味あるし」

 と、彼女も乗り気である。

 

「じゃあ、私たち四人(・・)で旅行計画を立てましょう。

 一応、話だけ聞いてダメそうならそこで手を引けばいいだけですし。

 その時は普通に観光だけでもしましょうよ」

 そう言って、にやりと厭味ったらしい視線で千秋を流し見る望海。

 

「わかったわよ!! 私も付いて行くわよ!!」

 結局みんなが心配で付いて行くことになった千秋。

 苦労人の性であった。

 

 

 

 §§§

 

 

 新幹線に乗ること数時間の旅を経て、最寄りの駅へと彼女らは向かう。

 途中で駅弁とかを楽しみながら、件の街へと辿りついた。

 

 新幹線から降りると、駅の中には明日に行われるこの町の天狗祭りについてのポスターがそこかしこに貼られていた。

 大して広くも無い駅を出ると、一行はこんな印象を受けた。

 

「普通の街だねぇ」

「うん、そうだね……」

 妖怪の街などと謳い文句を述べつつも、自分達の住んでいる町と大差無い。

 近くに大きな山や森があるくらいで、自然が残っているというだけだった。

 

 しかし、商店街の方に出ると、やはり祭りが明日に迫っていると言うだけあって飾り付けが既になされており、既に観光客らしき姿もちらほらと見えた。

 シャッター商店街が目立つ日本で、この町の町おこしは成功していると言えた。

 

「あーッ、これこれ、このお守りだよ!!」

 目的地に向かう道中で、真冬がお土産屋の店頭を見て駆け寄った。

 

「何それ?」

 興味を引かれたのか、千秋も店頭を覗き込む。

 真冬が手にしているのは、藁で編まれたお守りだった。

 飾り気は無く、楕円の形をしている手のひらサイズの代物を藁で編んだ縄で括りつけられており、ストラップにもなるようだ。

 店頭には他にも、もっと手の込んだ藁の工芸品などが売られていた。

 

「そいつは、天狗の蓑を模したもんだよ」

 すると、店番をしていたお婆さんが言った。

 

「中にお札が入っていてね、天狗に攫われずに済むって話さ。

 転じて、道に迷ったりしないように、目的地への安全を祈願する旅のお守りになったそうだよ」

「へぇ」

 お婆さんの説明に、まじまじと手に取って見てみる夏芽。

 

「少し前、このお守りが評判になってね。

 一時期は生産が追い付かないほどになったんだよ」

「まあ、これは手作業で作るしかないでしょうし」

 望海も藁の工芸品を眺めながらそう呟いた。

 

「まあ、旅の記念に一つ買っておいても良いかもね」

 多分本当にお土産以上の価値は無いと察しつつも、春美は財布を取り出した。

 

「まいどあり、お祭りは明日だけど楽しんで行ってね」

 お値段もお手頃で、一行は一つずつ藁のお守りを購入し目的地へと向かった。

 

 

 

 

「えー、あなたがですか?」

 目的地と言うのは、この町の町内会長の家だった。

 古い日本家屋で出迎えた老人は、春美たちを見て目を瞬かせた。

 

「はい、この町で起こってる神隠しについて調査してほしいとのことですが」

「あ、いや失礼。あまりにもお若いものでしたから。

 ささ、こちらに上がってください」

 老人はすぐに気を取り直して、一行を中へと迎え入れた。

 木造の廊下を進み、応接室へと迎えられると老人の奥方らしき老婆が麦茶を持ってきてくれた。

 

「それで、さっそく本題ですが、本当に神隠しなんて起こっているんですか?」

「本当ですよ、間違いありません」

 望海の問いかけに、彼は真顔でそう返した。

 

「この町には、いえ、より正確にはあの山には天狗が居るのです」

 町内会長は、窓から見える近くの山を見やった。

 

「この町の天狗祭りについて、御存じですか?」

「ホームページで概要を読んだ程度ですが」

 春美も、この町の天狗祭りについての由来は目を通していた。

 

 曰く、室町時代において、あの山は政府によって木々が伐採され、禿山となった。

 それからと言うもの、そこに住む天狗の怒りを買い、人々から子供が攫われるようになったのだと言う。

 この町の天狗祭りは、その天狗の怒りを鎮めるための儀式が元になったと言われているそうだ。

 

「あの山には、私の子供の頃から近づくなと言われていましてね。

 実際に、迷い込んで行方不明になった人間はここ数百年で数知れず。

 しかしひょっこりと、そうした者達はしばらくすると帰ってくるのです。

 その間、どこに居たのか尋ねても、分からないとしか言いませんが」

 それを聞いて、幼馴染三人組は顔を見合わせた。

 

「天狗祭りそのものは、この町の伝統行事でした。

 それがいつの間にか、他所へと評判になり、町おこしの切っ掛けになったのです」

 だが、それを語る彼の口調は憂鬱そうだった。

 

「私はそれが、天狗を刺激したのだと思っています。

 祭りが有名になりその伝承が知られるようになると、あの山に向かう観光客が後を絶たなくなりました。

 そして、何人か決まって若者が遭難し、翌年になって山から帰ってきた者もいます」

「そ、その間、どうやって過ごしてたんですか?」

 怖気づいている夏芽に、彼は首を静かに横に振った。

 

「自分が一年間行方不明だったことに驚くほどですよ。

 その人物は、仲間に置いて行かれたと思っていたようでしたが」

 もはや一般人三人は絶句するしかなかった。

 この町の傍にある御山に根付く怪異の存在に。

 

「私はこの町の小中高の行事に招かれる度に、あの山には近づいてはならないと口を酸っぱくして言いつづけて来ました。

 それを面白がっているのか、毎年あの山に肝試しに向かう学生も居るそうです。

 そして、行方不明者が出ると聞くと胸が締め付けられる思いです」

 そう言って、老人は五人を見やる。

 

「あなた達もお若い、森に入ればきっと天狗に遭遇するでしょう。

 どうか、この依頼の件は忘れて、お祭りを楽しむだけにしておいて、そのままお帰りなさい」

 そんな彼の忠告に、彼女らは何も言い返せなかった。

 

 

 

 §§§

 

 

「どうするの、春美ちゃん。

 あの山には入るな、だってさ」

 天狗の山は、大人が入る分には特に問題ないらしい。

 それでも遭難者が出ることがあるが、それは単純に不用心なだけなようだ。

 

「一応、私は行ってみようと思ってる」

「あんな話を聞いたら、ちょっと気になりますしね」

 春美も望海も、心配そうにしている真冬にそう言った。

 

「天狗の人攫い、か。

 本当にそんなことが起こってるなんて」

 千秋はその山を見上げる。

 かつては禿山とは思えないほど、緑が青々と茂っていた。

 

「私と望海だけで行くから、何かあったら師匠に連絡を入れておいてくれる?」

「それは、構わないけど……」

 流石にそんな話を聞かされた上で、幼馴染三人組も付いて行くとは言わなかった。

 そんな話をしていると。

 

「君たち、あの山に行こうとしてるの? 

 止めときなよ、あそこには本当に何か居るよ」

 と、一行にそんな声を掛ける人物が現れた。

 

 彼女らがそちらを見ると、ラフな格好の中年の男がそこに居た。

 

「あ、ごめんね、急におじさんが話しかけちゃあれだよね。

 僕はフリーライターをしていてね。この辺りの伝承について取材してたところなんだ」

 彼はそう言って、名刺を差し出してきた。

 そこには、木次と言ういかにも記者になる為に産まれたような名前が書かれていた。

 

「もしかして、夏休みの自由研究か何かだったら、別の題材にした方がいいよ。

 まだまだ時間はあるんだしさ」

「私は町内会長さんに依頼されて、神隠しの調査にやって来たんです。

 だから心配ご無用ですよ」

 恐らく純粋な親切心からの忠告に、望海は刺々しく返した。

 

「まあ、その依頼は引き下げられちゃったけどね」

 ぼそり、と夏芽が付け加える。

 

「え? あの町内会長さんから話を聞けたの? 

 僕は記者だからって取材拒否されたのに……。

 ねぇ、よければだけどさ、お互いに情報交換しない?」

 木次は望海の言葉に驚きつつも、強かにそう言って見せるのだった。

 

 

 

「ふーん、君たち異能者のお弟子さんな訳なのね」

 お互いに自己紹介すると、彼は春美と望海の経歴を聞いて特に驚きはしなかった。

 

「僕も何人かの異能者に取材させてもらったけど、こんな面倒事に首を突っ込みたがるような人はいなかったなぁ」

 とあるカフェの一席にて、木次はそんな風に語った。

 そんな彼に、真冬が問う。

 

「木次さんはオカルト専門なんですか?」

「まあね、今のご時世その方が売れるし」

 彼としては特にこだわりがあるわけでは無いようだった。

 

「私たちに関して記事にしないでくださいよ」

「それは勿論、プライバシーには気を使う方だからね、僕は」

「もしその時は呪いますから」

 春美の率直な言葉に、木次の頬が引き攣った。

 

「と、とりあえず、情報交換と行こうか」

 そして一行は彼に町内会長から聞いた話を伝えた。

 あらかじめ地域の伝承を調べている彼の知識と統合した方が良いと考えたからだ。

 

「うーん、じゃあ、この話はあの町内会長も把握していないのか?」

「この話というと」

「この町の天狗に関する、もう一つの伝承さ」

 木次は次のように語る。

 

 この土地ではかつて、森を伐採した祟りとして魔物が現れ、人を攫っては悪さをしたと言う。

 そこに現れたのが、天狗だったのだ。

 天狗は魔物を退治し、人々に禿山に木を植える様に助言した。

 人々は感謝し、天狗に感謝を現すために毎年祭りを行うようになった、のだという。

 

「なんか、真逆じゃありません?」

 千秋がその話を聞いて、素直な感想を述べた。

 

「君たちは祭りがどのように行われるか知ってるかい? 

 神輿に乗せた樹木を山の近くに植えるのさ」

「でもそれって、祟りが起こらないようにするためって感じにも取れますよね」

 木次の言葉に、首を捻っている千秋が言う。

 

「もし、その伝承が正しかった場合、魔物は倒されたのではなく封印されただけだった、とかでしょうか?」

「もしかしたら、退治された魔物と言うのはまた神隠しとは別の可能性があるんだよね」

 ここに来て木次が新しい情報を齎す。

 

「室町時代、まだ日本で鎖国が成される前、この町は都から別の港への中継地点だったらしい。

 外国の商人が行き来し、ここは昔宿場町だったらしいよ。

 僕はその魔物と言うのは、その外国人の人攫いの事だったんじゃないかなって思う」

「桃太郎で言うところの鬼が、海で遭難して漂着した外国人だった、みたいな説みたいにですか?」

「そうそう」

 夏芽の例えに、木次も頷く。

 

「ちなみに図書館で調べていたら、ある古い絵本にこんな挿絵を見つけた」

 木次がスマホを操作し、皆にその画像を見せた。

 

 それは、醜悪な色黒の巨漢が誰もがよく知る天狗と対峙している様子だった。

 その巨漢は毛むくじゃらで、見ようによっては鬼のような外国人に見えるかもしれない。

 天狗も藁の縄で結ばれた蓑を纏い、錫杖を持った赤い顔の長鼻の姿だった。

 

「うーん、天狗が悪者なのかどうかはこの際置いておいて、何かしらの怪異があの山に残っているってのは確かってことね」

「魔術を扱う人間でも、詳しくはわからないか」

 春美のあまり参考にならない意見に、木次もため息を漏らす。

 

「木次さん、ありがとうございます。

 もしかしたらその絵にある化け物が居るかもしれませんし」

「それで春美さん、実際問題どうしますか?」

「準備はしてきたでしょ、道具があればどうにでもなるわ」

「それは頼もしい」

 望海はやる気の春美を見て頷く。

 

「あ、もしよければだけど、僕も連れてって貰っても」

「言っておきますが、安全は保障できませんよ」

「だ、だよねー」

 彼を守れる余裕はないときっぱりと言われて、すごすごと引き下がる木次。

 

「情報料は調査が終わったら、何か聞かせてくれればいいから」

「それは勿論」

 木次とそんな約束をして、春美は望海を伴い天狗の山へと向かう。

 

 

「私たちは二人が戻ってくるまでどうしようか」

「座敷童が出てくる民宿が有るらしいよ」

「それって、テレビ番組でやってる胡散臭いやつとかと一緒じゃないよね」

 三人組がそんなことを話していると。

 

「僕もその話を聞いて取材してみたけど、幸運どころか客の持ってた食料やお菓子とか勝手に食べられるらしいよ。

 あれはあれで怪奇現象だから、宿の人が座敷童だって言い張ってるだけだよ、きっと」

「へぇ、本当に居るのかなぁ」

「僕が泊まってる部屋、その座敷童が出る部屋だけど、試してみたら見事にやられたよ……」

「マジですか!?」

「うん、しかしどう記事に書こうか……」

 残された面々は、そんな感じで吉報を待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 




この時点で、いったいどんな怪異が正体なのか、分かる人が居たらすごいと思います。
今回の話の中で伏線を散りばめたので。
果たして天狗は悪者なのか、それとも……。

それでは、また次回を乞うご期待!!

ところで風邪引きました、頑張って書きました。
皆さんは気を付けてくださいね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。