これ、怪奇物になってます? ホラーじゃなくね?
さ、最悪怪奇風ってことでよろしくお願いします。
「君たちさ、もうちょっと危機感とか無いのかい?」
木次は行動力溢れる三人組に、ちょっと心配になっていた。
ここは、木次が泊まっている民宿の一室である。
彼はここに数日前から滞在しており、この場所を拠点に取材活動をしていた。
当然、この民宿に現れると言う座敷童について記事にするつもりだった。
それがどういう経緯か、異能者の弟子だという二人の連れである幼馴染三人を部屋に招いているのである。
「ここの女将さんも、ここに居ることは知ってるじゃないですか」
中身の無いポテトチップスの袋を見ながら、夏芽はそう言った。
「春美ちゃんたちはお山を調べた後は座敷童もどんなのか調査するつもりらしいし、これは事前調査って奴ですよ!!」
そしてすっかり興味津々な真冬が続く。
「まあ、こういう子たちなんです。
とりあえず、座敷童は危険とか無さそうですし、この様子じゃ女将さんの言っていた通り、痕跡とか探すだけ無意味っぽいですし」
唯一、千秋は呆れている側だった。
「いやね、僕としてはあの二人が戻ってきてから、座敷童の調査とか手伝ってくれるなら嬉しいけどさ。
正直、行き詰っていたしね。映像の一つも取れやしなかったし」
木次が取材した座敷童の話は、もう既に彼女らにも話していた。
ここは百年以上の歴史ある民宿で、いつしか座敷童が出てくると噂になる様になった知る人ぞ知るオカルトスポットの一つであったらしい。
座敷童が出てくる、と言うのにそこまで有名ではなかったのは、そのオカルト現象が座敷童の伝承とはかけ離れていたからである。
ここの座敷童は、泊まりに来た客に悪さをするのである。
いや、座敷童の存在を無下にする家主に対して没落させると言った話は有名だが、ここの座敷童は客限定なのである。
その悪さと言うのが、客の持っている食料やお菓子の類を夜中の内に食い荒らすと言うものである。
だからこの民宿は数年前まで餓鬼が出るから、と食べ物を持ち込む際は経営者が注意を促していたくらいなのだ。
餓鬼が座敷童に代わったのは、単に町おこしの影響でその方が外聞が良いからである。
「でも、ここの家の人もよく商売を止めなかったよね」
この民宿に餓鬼が出るというのは、この町ではそこそこ有名な話であったそうだ。
事実、女将も自分たちの代で店じまいを考えたことは何度もあると言う。
「元々は餓鬼だって話だけどさ、もしかしたら本当に幸運の座敷童なのかもよ?」
しかし店を閉めようとすると、決まって宿無しの人間がこの民宿の門を叩いて助けを求めに来るのだと言う。
お蔭で、経営難になったことは女将が産まれてから一度も無いと言う。
だからこそ、女将は毎日客に被害が及ばぬよう、あらかじめ客が泊まる部屋の所定の位置にお菓子などを設置しているのだそうだ。
「座敷童の存在を有り難がってお供え物をしたりするって話はあるからね。
この民宿もある種の御利益を預かってるってことだと思うよ」
不思議そうにしている夏芽と真冬に、木次はそう補足した。
「木次さん、一応カメラで撮影してたんですよね?」
「録画の画面は一面砂嵐……って言っても今の子は分からないかな。
とにかく、三分近く何も映らない時間があって、その間に手持ちのお菓子は全部持ってかれたよ。僕が寝ている間にね」
木次はビデオカメラを取り出し、その場面を千秋に見せた。
「これはホンモノだ、と確信した僕は翌日寝ずの番したんだけどね。
これもまたあっさりと、僕はいつの間にか寝てしまってね。これがその時の砂嵐さ」
「……本当に眠っちゃったんですか?」
「いや、たぶん、だけど、あれは眠らされたんじゃないかなぁって」
何となくそんな感じはした、と木次の話を聞いて千秋は思った。
「ほら、僕って異能者の取材をしたって言ったじゃない?
試しに取材相手の魔術を掛けてもらうようにお願いしたことあるんだよね。
そしたら、取材をしたという記憶をすっぱり消されて、驚く僕に取材の最中を記録したレコーダーを渡されたことがあってさ。
いや、ホンモノの魔術師って怖いね。記事を持ち込んだ出版社に掲載拒否されるほど真に迫った内容が書けたんだけど」
あははは、と空しそうに笑いながら語る木次。
この人も結構体張ってるんだなぁ、と思う千秋だった。
すると、そんな時だった。
千秋のスマホが音を鳴らした。
「あ、望海ちゃんからだ。……もしもし」
『ち、千秋さん!! 春美さんから連絡が行ってませんか!!』
「えッ、どうしたの、春美ちゃんに何かあったの!?」
アプリの通話機能から聞こえる望海の上擦った声に、室内の三人の視線が集まる。
『わ、分かりません!! 少しの間、記憶が飛んでるんです!!
たぶん、天狗です、天狗の仕業です!! 私たちは、恐らく天狗に遭いました!!』
望海の電話越しの叫び声が、静寂に満ちた室内に響き渡った。
§§§
その日の夜、四人と合流した望海は紆余曲折あって、民宿の女将の許可を貰い、木次の泊まっている部屋に張り込んでいた。
「ねえ、こんなことしてる場合で良いの?」
自分が泊まっている部屋なのに、居心地の悪そうに電気が消された部屋の隅に膝を抱いて女子四人に距離を置いている木次が言った。
その視線の先には、同じ布団に四人が入り込んで毛布を被ってお菓子を見張っていた。
「師匠に連絡してみたところ、座敷童が天狗の元へと案内してくれるだろう、と」
「それって、いったいどういう意味なの?」
「わかりませんけど、あの山の天狗とこの民宿の座敷童は何らかの関わりがあるのだと思います。
それが共生関係なのか、或いは……」
望海はスマホを構えたまま、夏芽にそう呟いた。
「って言うかさ、一体あの山で何が起こったの?」
「正直、聞いても面白くないですよ。肝心なことは何も覚えてませんから」
「それでも、最初から振り返ってみるのも大事だと思うよ」
「……まあ、それもそうですね」
千秋と真冬にそう言われ、望海は昼間の出来事を話し始めた。
「ちょっと、そこの君たち、その森に行くのは危ないよ」
望海は春美と山へと向かう途中で、自警団らしき男性に呼び止められた。
「……えっと、あの」
「ここってたしか、キノコ狩りの名所だって聞きました!!
私たち、キノコマニアでして、明日のお祭りのついでに下見しようかなって」
咄嗟に言葉が出てこない様子の春美に代わり、望海がそう答えた。
「キノコマニアってなぁ、確かに秋にはキノコが採れるって話だけどな。俺が聞く分には中毒者が出たって話ばかりなんだが……。
まあ、この時期あの祭りの伝承を面白がって天狗に会いに山に行こうとする馬鹿が後を絶たなくてよ。
どちらにせよ、この先は迷いやすいって地元じゃ有名で、毎年遭難者が出てるんだ。悪いことは言わないから楽しむならお祭りだけにしておきな」
彼はそんな風に二人を注意したのだが。
「……あの、この山に天狗が出るって本当なんですか?」
「はぁ、そんなこと言ってるのはこの町の老人ばかりですよ。
この先の森は人工林で、山の中まで規則的に木々が植えてあるから迷いやすいんですよ。
それで遭難した混乱や恐怖で記憶が混濁している人も多いみたいで。
きっと空腹に耐えかねて変な毒キノコでも食べたんじゃないかな……って、あれ?」
そのように話していた自警団員だったが、気付くと二人は目の前からいなくなっていた。
「うーん、俺は誰と話してたんだっけ?」
そんな疑問を抱きつつも、彼は周辺の見回りを再開するのだった。
「有力な情報は得られませんでしたね」
「地元の若者なんて普通そういうものでしょ」
森の中へ入った二人は、そんな会話を交わしていた。
「この辺は、比較的新しい森みたいですね」
「お祭りを毎年やってるなら、毎年一本ずつ木々は広がってるわけだからね」
森の中は手入れがされているわけではないが、それでも雑草が生い茂っているという程でもなかった。
奥へ進む分には、十分だった。
ただ……。
「ここ、蒸し暑いですね」
「まあキノコがたくさん取れるらしいし」
望海は早くも背負っていたリュックを下して手に持ち、上着を脱いで軽く羽織った。
「虫よけスプレー有ります?」
「凄く臭うけど効果抜群なのあるよ」
「已むを得ませんね」
望海はお手製らしい春美の虫よけの軟膏を受け取って、歩きながら肌に塗り始めた。
そうして森を進み、山の中へと進み始めた頃。
「望海、あんたは何か感じる?」
「いいえ、なにも」
「何だろう、この山に入った瞬間、空気が変わった気がする」
「と言うと?」
「たぶん、いや確実に何か居るよ、この辺りに」
春美の言葉に、望海も気を引き締める。
そしてある程度、山を進んだ時だった。
「────────!!」
春美が木の上を指差し、何かを叫んだ。
望海が顔を上げると、そこには赤い顔の何かが──。
「私が覚えているのは、そこまでです」
改めて、望海の話を詳細に聞いた四人は黙り込むしかなかった。
「望海ちゃんが見た赤い顔って、やっぱり天狗だったの?」
「わかりませんよ。ただ、赤い何かだったのは確かです。
あれが天狗なのかどうか、それ以上思い出せないんですよ。
私は気付けば、あの自警団の人と会ったところに居ましたから」
信じられない出来事を聞いたように、驚いた顔をしている真冬に望海は淡々と答える。
「子供が山に迷い込んで天狗に会い、いつの間にか家に送られていたって話は各地の伝承に残っているけれどね。
そして天狗に攫われたという人間は、天狗と共に各地を旅したと証言が有ったともいうね」
「でも、あの山で神隠しに遭った人は、記憶が丸ごと消えているんでしょ?」
木次の言葉に、夏芽が疑問を投げかける。
「そしてなぜ、春美さんが攫われ、私だけ無事だったのかも疑問です。
魔術の腕だけなら、春美さんは私よりずっと上ですから。
あの人はきっと、攫われた先でも抵抗しようとすれば抵抗できるはず。なぜ比較的非力な私の方を見逃したのか……」
「あえて危険な方を手元に残した、とか?」
「その理由ならば、私が天狗なら両方攫いますよ。あの山の神隠しも、行方不明になるのは必ず一人という訳ではないみたいですし」
千秋の意見に、望海はそのように考察を述べる。
「それに、何となくですが、私は相手から悪意を感じなかった。
一連の神隠しは、少なくとも山に踏み込む何者かに対する害意によってなされるものではないのではないのではないのだと思います」
「うーん、じゃあ天狗はどうして」
彼女の印象を受けて、真冬がそう呟いた、その時だった。
「しッ」
望海が唇に人差し指を当てて、皆に合図を送った。
それと同時に、全員は手元に忍ばせていた丸薬を口の中に放り込んだ。
悶絶しそうなほど壮絶な苦みが口内に広がる。
思わず呻いた面々だった、それでも決定的な瞬間に立ち会うことはできた。
がさごそ、がさごそ、と。
音が鳴りやすいだろうと、設置しておいた袋菓子を漁る音が聞こえ始めたのだ。
「ほ、ほへって?」
眠気を退ける丸薬の苦さに涙しながら、真冬が望海に問うた。
彼女の持つスマホの画面には、部屋の中を舞う不可視にして淡く輝く粒子が存在していた。
「ぺッ、これが眠気の正体ですよ」
口の中の丸薬を吐き出し、苦みに顔を歪めながらも望海は言った。
そして、彼女は毛布を取っ払って立ち上がる。
「見つけた!! 座敷童の正体、見破ったり!!」
動画撮影モードでスマホを向けながら、望海は民宿に現れる怪異の正体の核心に迫った。
『きゃあ!!』
すると、望海以外にも、彼女のスマホ越しにハッキリと聞こえた。
幼い、女の子らしき声が。
次の瞬間、閉じていた窓が乱暴に開け放たれた。
そしてお菓子の袋が、宙を舞って外へと消えていく。
「皆さん、追いますよ!!」
後から考えてみれば、この時望海はそんなことを言う必要は無かった。
ハッキリって彼女以外は足手まといであり、不必要な危険に巻き込む恐れがあった。
だが、その場の勢いとノリとは怖い物で、この怪奇現象を共有している面々である種の連帯感が生まれていたのである。
当然ながら、そんなことに疑問を抱かず準備をしていた面々はすぐに最低限の荷物を手に、民宿の外へと飛び出した。
怪異の正体は、よほど慌てていたのか、お菓子の袋の中身からスナック菓子を童話よろしく少しずつ零して行ったので追跡するのは望海の超能力を使わずとも比較的容易だった。
やがて、一行は辿りついた。
天狗が出ると言う山へと続く、昼間に春美と望海が入って行った森の入り口へと。
「はッ、何が座敷童ですか!! 笑わせる!!」
「ええッ、なんでそれがこの民宿に出て、山に向かって逃げてるわけ!?」
撮影した動画を見返して、望海が笑う。
その内容を確認した四人が、怪異の正体に驚愕する。
「簡単なことでしたね。座敷童と山の天狗は、同一の存在だったわけです。
これでハッキリしました。なぜ私だけ無事で、春美さんだけ攫われたのか」
そして同時に彼女たちは深く納得していた。
ああ、なるほど、と。これはそう言う存在であると。
「真冬さん、昼間に買ったお守り有ります?」
「うん、これ?」
こんな時だと言うのに、真冬はあの藁のお守りを持ってきていた。
「はははは、なるほど、これはそう言うことですか」
それを見て、全てに合点がいった、と望海は笑っていた。
他の面々は流石にそこまで頭が回っていないようではあったが。
「さあ、いい加減この土地の天狗伝説に幕を下ろしましょう。
そして、春美さんも返して貰いますよ」
四百年近く、この土地に根付いていた怪異の正体が今、彼女たちによって完全に暴かれようとしていたのだった。
ついに、怪異の正体にたどり着いた望海たち。
四百年の歴史の陰に存在していた天狗の伝承の真実とは!・
次回、解決編になります。
こうご期待!!