転生魔女さんの日常   作:やーなん

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天狗について 解決編

 

 望海の持つLEDランタンの輝きが、夜の森を暗闇を押し広げていく。

 一行は森に入ってからようやく、自分たちの状況が悪いのではと思い始めた。

 

「ねぇ、あの場は勢いで付いて来ちゃったけどさ。

 私たち、あそこで帰って明日来た方が良かったんじゃないの?」

 冷静になった千秋がそう口にする。

 

「いえ、多分奴が行く道を辿らないと、奴の住処には辿りつけないと思います。

 この粒子がその道標。朝には消えてしまうでしょう」

 望海のもう片手には撮影モードのスマホが握られている。

 その画面には、怪異が残した痕跡である光る粒子がふわふわと奥へ続いているのが見て取れる。

 

 本来なら、望海が怪異の痕跡を見つけた以上、念写で辿ればいいのだがそれを行う魔力すら彼女は惜しんでいた。

 こうして相手を刺激してしまったからには、相手が春美を手荒に扱う可能性もあった。

 

「そうだね、春美ちゃんも心配だし。

 何か手伝えることがあるかもだし」

 夏芽はそう言って、暗闇に怯える己の心を叱咤している。

 

「ところで、望海ちゃん。

 さっきあのお守りを見て、何に気付いたの?」

 怖いもの見たさで進む真冬が、望海に尋ねた。

 

「ちょっと待ってください、痕跡が途絶えました。

 ……いえ、違いますね」

 望海は真冬にランタンを押し付け、スマホの画面を不可視の粒子が途絶えた木の裏に向けた。

 

「そこに居るのはわかっていますよ、姿を現しなさい」

 彼女が声を張って、そう告げる。

 同時に、同行者の面々は身構えた。

 

 

 そして、木の裏から、怪異がひょっこりと姿を現した。

 

 それは、薄着のような薄緑の服を纏い、ナイトキャップを被った銀髪の身長二十センチ前後の小人の少女だった。

 背中から揚羽蝶のように美しい一対の羽が伸び、暗闇でも金色の瞳は輝いて望海のスマホには映っていた。

 

「よ、妖精だ!!」

 木次が声高らかに叫んだ。

 彼は幻想的な存在を目の前にした高揚感や、その当事者としていることに喜びを感じていたのだ。

 

「そうです、あの民宿に現れる座敷童の正体。

 そしてこの山に住まうと言う、天狗の神隠しの真相。

 それは全て、この妖精が行ってきたことなのでしょう」

 望海は画面越しに見える妖精を睨みつけそう言った。

 

 そう、この町にある山に出るという天狗の神隠し。

 それは神隠しなどでは無く、妖精の人攫いだったのだ。

 

「聞こえていますよね? 

 今日の昼間に、私と一緒に居た人を返してください。

 私たちの望みは、それだけなんです」

 望海がこちらを様子見ている妖精に訴えた。

 

 だが。

 

『やーだよー。なんでお前たちなんかにめいれーされないといけないの?』

 スマホ越しに聞こえてくる声は、一行を小馬鹿にしたような態度で嘲笑う幼い子供そのものだった。

 

「……餓鬼はガキでも、クソガキだったか」

「それ上手いこと言ったつもり?」

 呆気に取られた夏芽に、千秋が呆れた視線を向けた。

 

『ねぇねぇ、どうして私がお前たちなんかをわざわざ待ってたと思う? 

 くすくす、くすくす、私を驚かせた仕返しをする為だよ』

 妖精は可愛らしく、無邪気に、そして楽しそうに告げる。

 

『もうお前たち、私が良いって言うまで森から出られないよ!! 

 どうしても出してほしかったら、私に追いついてごらんよ。くすくす』

 そう言って、妖精は森の奥へと飛び去って行った。

 

「……え、嘘だよね?」

「あのクソガキがわざわざあんな嘘を吐くと思います?」

 妖精に遭遇できたことに感動していた真冬がハッと我に返って尋ねると、残酷な真実を望海は告げた。

 

「えッ、じゃあ、どうすればいいの!? 

 森から出られなくなったら、私たち餓死しちゃうよ!?」

「この森で食料調達は難しそうだしね」

 割と悲観的な夏芽に、木次も興奮から冷めてそんなことを呟く。

 

「真冬さん、あのお守りを貸してくれます?」

「え、うん。あッ、もしかしてこれが!!」

「ええ、まさにこれを今使う時なのでしょう」

 望海は彼女から藁のお守りを受け取ると、縄の先を持って振り子のよう揺らし始めた。

 彼女が魔力を込め、祈りを込める。

 

 すると、お守りがゆっくりと森の奥へと道を指し示した。

 科学と魔術は、相いれないがお互いに一つ共通点が存在する。

 それは、再現性だった。

 

 科学は万人にとって証明できるからこそ価値がある様に、魔術は過去の伝承の再現こそ価値を見出す。

 妖精、そして場所と道具が、お土産程度の価値しかないはずのお守りに極めて限定的な魔術的な効力を齎していた。

 

「行きましょう」

 望海の言葉に、一行は頷いた。

 

 

 

 §§§

 

 

「ねえ、望海ちゃん。さっき聞き損ねたことなんだけど」

「ああ、このお守りについて、気付いた事でしたっけ?」

「うん。何が分かったの?」

 森を進む道中、沈黙が続くので真冬が話題を振った。

 

「これ、天狗の蓑を模したにしてはおかしくありません?」

 望海が振り返って、指から垂らしているお守りをみんなに見せた。

 

「おかしいって、どこが?」

 それを見ても、夏芽は全く何も思い浮かばなかったが。

 

「……あッ、そうか、そう言うことか!!」

「木次さんは分かったんですか?」

「うん、これを見てくれ」

 千秋に問われ、木次は己のスマホを出し、昼間に見せた天狗と魔物の挿絵の画像を見せた。

 

「この天狗が着ている蓑を見てみるんだ。

 蓑って、稲の繊維に沿って雨粒が落ちるのを利用した雨具だろ? 

 つまり、藁の紐が外側に露出していてはその意味がなさない」

「あッ」

 そこまで言われて、真冬も気付いた。

 このお守りが天狗の蓑の再現なら、紐が外側に露出しているのはおかしいのだ。

 

「これ、もしかして妖精除けのおまじないってことですか!?」

 妖精の悪戯から身を守るのに、最も有名なおまじないに上着を裏返しに着ると言うものがある。

 この天狗は、それを実践しているのだ。

 

「私が春美さんと一緒に山に登った時、私だけ脱いだ上着を裏返しにしちゃったまま羽織ってたんですよ。

 多分、私だけ無事だったのはそう言う理由なのかと」

「そう言うことだったんだ……」

 多くの事柄が繋がって行き、千秋は思わず納得してしまった。

 

「え、待って、じゃあこの魔物と戦った天狗と、神隠しをしていた天狗は別人だったってこと?」

「必然的にそうなるね。

 紛らわしいけど、どちらの話も正しかったってことだ」

 夏芽が確認するように尋ねると、木次は自分の調べた情報が正しかったことに少し誇らしげにそう言った。

 

「じゃあ今から上着を裏返しても、ダメだよね……?」

「あれって妖精から関心を買わない為のモノらしいですから、今さらでしょう」

「だよねー」

 千秋は望海の無慈悲な断定にがっくりと肩を落とした。

 

「あれ、じゃああの毛むくじゃらの魔物ってなに?」

 彼女が呟いたから、ではないだろうが不意に望海が立ち止った。

 つられて他の面々も足を止める。

 森はいつの間にか、山の中へ一行を誘い込んでいた。

 

「…………隠れる気が無いのなら、出てきなさい」

 灯りを掲げ、望海が言った。

 その言葉に面々は身構えたが。

 

 

「性懲りも無いか、小娘。

 ぞろぞろと仲間を連れて来おって」

 しわがれた老人の声が、木々の間の闇から聞こえた。

 

 そして、それはゆっくりと暗闇から姿を現した。

 

「えッ、うそ」

「本当に居たの!?」

 その姿を見て、夏芽も千秋も驚愕した。

 

 錫杖を手に持ち、時代劇でしか見ないような蓑を纏い、山伏のような格好をした、赤い顔と長い鼻。

 誰がどう見ても、伝説に登場する天狗……の面を付けた何者かだった。

 

「あ、いや、あれお面だよ」

 真冬も出会いがしらのインパクトに衝撃を受けたが、彼が付けているのは天狗の面であることに気付いた。

 

「それでも随分時代錯誤な格好だけど」

 相手が妖怪の類ではないと悟ると、木次は値踏みするように天狗を観察しだした。

 

「昼間、帰れと忠告したろうに。

 よほど妖魔に悪さをされたいらしいな」

 天狗は錫杖を地面で鳴らしながらそうぼやく。

 

「こちらも、ただでは帰れない理由が有りましてね」

「お前の連れか? 心配せずとも、しばらくすれば飽きるだろう。

 わかっておろうな、妖術師よ。この先は奴の住処。あれを刺激することがどういうことか」

「……だんだん思い出してきましたよ、私の記憶を奪って入り口に戻したのはあなたでしたね」

 望海はそう言って、天狗の姿を写真で撮った。

 

「ほら、春美さんの言ってた通りだ」

 望海は今しがた撮った写真を、皆に見せた。

 

「えッ」

 写真と、天狗の姿を見比べて夏芽は動揺した様子を見せた。

 彼女だけではない、他の皆もだった。

 なぜなら、彼女のスマホには天狗の姿など映っていなかったのだから。

 

「あなたは、何かしらの……おそらく精霊術の類が見せている意思を持った幻覚だ。

 あなたはかつての術者の姿を投影している幻影に過ぎない。

 過去に天狗の面を被った極めて優れた修験者は確かに居たんでしょう。でもそれはあなたじゃない」

「然り、我は現身に過ぎない。

 だがこの身はこのお山と、あれからお前たち人間を守る為にいる。もう一度言う、帰れ」

「退けない、と私は言ってます」

「そうか、ならば好きにするといい」

 望海の物言いに呆れたのか、天狗は踵を返した。

 

「一つだけ教えてください、なぜあの妖精の肩を持つんです?」

 望海の問いに、天狗は一言だけこう言った。

 

「そういう約束だ」

 それと同時に、天狗の姿はすぅっと消え失せた。

 

 

「びっくりした……天狗の正体が、お化けだったなんて」

「お化けって、まあそうなのかもしれないけど」

 目の前で起こった神秘体験にドキドキしている夏芽に、千秋は呆れてそう言った。

 

「私じゃあ想像できないレベルの高度な術でした。

 意思を持つどころか、術を操る幻影だなんて」

「それよりも、この先にあの子は居るんだよね?」

「ええ、行きましょう。あんなクソガキにいつまでも付き合っていられない」

 望海は木次に頷いて見せて、歩みを再開した。

 

 

 

 山は深くなり、大して標高があるわけではない登り甲斐のある山でなくとも、険しさは増してくる。

 一行に疲労の色が見え始めた頃だった。

 

『お前たち、どうして迷わないのよ!!』

 一直線に奥へと進んでいく面々を見て焦れたのか、妖精が木の陰からそう声を漏らした。

 

『ムカつくムカつくムカつく!! 

 お前たち、これ以上こっちに来たらただじゃおかないからな!!』

 妖精は子供の癇癪みたいな物言いをして、飛び去ってしまった。

 

「だそうだが?」

「今さら、引き返すなんて選択肢はありませんよ」

 望海は木次にそう返した。

 そもそも妖精は帰す気が無い。子供らしい矛盾に満ちた物言いだった。

 

「……それに、もう遅いみたいです」

 山の奥を睨んだ。

 

 ずん、と何か重々しい音が聞こえた。

 何かが草木を分けて、こちらに近づいてくる気配をひしひしと感じた。

 

 逃げよう、と望海が言うよりも早く、それは姿を現した。

 

 それは色黒で、毛むくじゃらで醜悪な顔をしたヒト型の巨躯の怪物だった。

 確かな実体を持ち、人間を遥かに超える巨体から発せられる威圧感は凄まじい。

 それが樹木に手を当てると、ぐぐっと木が横に押しのけられる。

 ぶちぶち、と根っこが地面から引き離され、無理矢理道を開けさせられる。

 それを草花にそうするように、当然に行うのが、目の前の怪物だった。

 

「ま、魔物だぁ!!」

「逃げましょうッ!!」

 真冬が悲鳴を上げ、望海も叫んだ。

 藪を突いて蛇が出た、どころではなかった。

 

「魔物は退治されたんじゃなかったのー!!」

「僕が知るわけないだろう!!」

 一行は一目散に逃げ出した。

 夏芽と木次の叫び声にも余裕が無い。

 

「はぁはぁ、って言うか、なによあれ!!」

 数分ほど、全力で逃げた面々は力尽きて足が止まった。

 やがて、息を切らした千秋が言った。

 

「はぁはぁ、たぶん、トロールじゃないかと」

「えぇ、トロールぅ!? なんでそんなのが……」

 トロールと言えば、真冬にも親しみ深いテレビゲームでもおなじみの敵キャラだ。

 大抵の場合、彼らは怪力を持つ怪物として描かれる。

 場合によっては異様な再生能力を持ち、知能は低く狂暴であるとされる。

 

「あのクソガキが召喚したんだと思いますよ。

 私はあれの対処をしてきますんで、皆さんはここで待っていてください」

 息を整えて、望海は皆に言った。

 

「はぁ!? あんなのに勝てるって言うの!?」

「流石に真正面からは戦いませんよ、あんなの」

 血相を変えて詰め寄る千秋に、望海は淡白に返した。

 その様子を、千秋は無理をしているように感じた。

 

「一緒に異界に迷い込んだ時、あんなにビビってたくせに」

「何ですか千秋さん、じゃあ付き合わせるんですか? 

 あれに対して千秋さんは何ができるんですか?」

「わざわざ化け物に戦いを挑む必要なんてないでしょ!!」

「じゃああれに怯えて逃げ回れって言うんですか!?」

「そうは言ってないじゃない!!」

 そしてなぜか、言い合いになる二人だった。

 

「ああ、あのさ、こんなところでなにも喧嘩しなくても」

 木次が二人をなだめようとした、その時だった。

 

 ミチミチと樹木を押し退け、進む音が聞こえた。

 

「ほらぁ、来たぁ」

 こんな時に騒ぐなと言いたかった木次が泣きそうになりながらそう言った。

 

 

 ずん、と魔物が暗闇から姿を現す。

 あれだけ必死に逃げたのに、あっさりと一行に追いつくのだった。

 

「ああもう、千秋さん空気読んでくださいよ」

 望海が叫んで、彼女が前に出る。

 

 怪物はのしのしと面々に迫る。

 そしてその丸太の如き剛腕を振り上げた。

 望海の後ろの女子たちが、小さく悲鳴を上げた。

 

 その時だった。

 

「我らを見守り、御導きくださる女神ヘカテーよ。

 その御業を以って、その大いなる叡智を示したまえ」

 トロールの横合いから何かが飛んできて、怪物の頭上に液体のようなものがぶちまけられた。

 からん、と地面を転がったのはラベルの無いペットボトルだった。

 

「これは、ネズの秘薬!? ってことは……」

 ゆっくりと、トロールの巨体がドシンと尻餅をついた。

 そしてそのまま、仰向けになっていびきをかいて眠り始めた。

 

「何やってるのよ、望海。それにみんなまで」

 現れたのは、行方不明の筈の春美であった。

 

 

 

 §§§

 

 

 山の奥には、神秘的な場所が存在していた。

 

 その場所は不思議な光で明るく、何より木の枝や葉っぱで作られたかなり小さいのログハウスの模型のようなものが存在していたのだ。

 既存の人間の文明からすれば未知の美的感覚によって作成されたそれは、それでも素晴らしいと理解できる代物だった。

 

「わざわざ来なくても、明日になれば私から皆に話したのに」

 春美は妖精の住処に案内すると、呆れたようにみんなをみやった。

 

「いや、だって私の方は記憶が飛んでんですよ?」

「だからってみんなまで連れてくることないじゃない」

「それはほら、なんか勢いで……」

「勢いでトロールに立ち向かおうとしないでよ」

 望海の物言いに、ため息を漏らす春美だった。

 

「すごい、これが妖精の住居なのか!!」

 木次はカメラで妖精の家を撮影していた。

 その横で、他の三人は興味深そうにその家を見ていた。

 

「それにしても、連絡ぐらいしてくれても良かったじゃないですか」

「ここ、電波が通らないのよ。あの子がそう言う領域にしているみたい」

「なるほど、それで帰ろうにも帰れなかったと」

「そう言う約束をしちゃったからね」

 春美は億劫そうにそう言った。

 

「これで、よし。みんな、出来たよ」

 春美はすり鉢を用いて幾つかの植物を煎じていた。

 四葉のクローバーを初めとしたこの森でも採取できる普通の材料だったが。

 

「どれどれ……──あ、本当だ、見える、見えるよ!!」

 春美と望海が瞼の裏に煎じた植物を塗ったのを真似してやってみると、夏芽の目にもハッキリとふて腐れている様子の妖精の姿が目に映った。

 

「わ、わぁ、本当に妖精さんだ」

「こうして見るとカワイイわね」

 子供のように目を輝かせている真冬、千秋は一歩引いたところから見ていた。

 

「それで、一体どうして人間を攫ったりしてたんだ?」

 同様に薬を塗って彼女を視認できるようになった木次が尋ねた。

 

「えー? 暇だから」

「えッ?」

「暇だからに決まってるじゃん。

 他に理由なんてあるの?」

 妖精が見えるようになっただけでなく、声まで聞こえるようになったことに対する驚きもすっ飛ぶような彼女の物言いに、木次は絶句した。

 

「本当に、暇つぶしの為だけに人を攫ってたの?」

「人間って同じことを何度も言わないと分からないの? 

 それに攫ってきたって言うけど、来たのはいつもそっちじゃない。

 私はちゃんと飽きたら送り返してるし。そうじゃないと人間は不都合なんでしょ?」

「いやいや、飽きるまで付き合わされてる時点で不都合だから」

 夏芽と千秋はお互いに顔を見合わせる。これは何を言っても無駄だ、と。

 

「人間に迷惑を掛けないようにしてたのなら、どうして民宿で食べ物を漁ってたの?」

「あああれ? あれは昔、あの家の子と一緒にイタズラしてたの。

 いろいろとつまみ食いしたりしてね。それであの子言ってたわよ、いつでもうちに来て食べに来ていいって」

「それって、いつの話?」

「だいたい百年前ぐらい」

 さしものその時間感覚に真冬も言葉を失った。

 

「だから私、提案したのよ。

 皆ならあなたの安全を脅かしたりしないって。

 明日にも紹介するつもりだったんだけど」

 それで妖精の被害が収まるのなら、と春美は考えていたのだが、結局はこうなってしまった。

 

「ごほん、ところで君って西洋の出身だよね? どうして日本に?」

 気を取り直して、木次が尋ねた。

 妖精の容姿は、どう見ても日本にはそぐわない見た目なのだから。

 

「面白そうだったから、昔この国に来る船に一緒に乗ってきたのよ。

 私の居た森の苗木が、偶然ここに持ち込まれたからね!!」

「ああ、やっぱりそうなんだ」

「そうして、いろいろと遊びまわってたら、あいつが出たのよ!!」

「あいつ?」

「あんた達も会ったでしょ。あの変なお面の奴よ」

「あの天狗に?」

 その言葉に、木次だけでなく他の面々も驚きを隠せない。

 

「あいつに約束させられたの。

 人を迷わせても、必ず帰すって。ここに踏み入れる人間以外を害してはならないって」

 それが、この山で起きる神隠しの真相だった。

 

 

「止める気は、無いんだよね……」

「どうして私が人間に気を使わないといけないの? 

 それも私の領域に勝手に入って来た連中を」

 真冬は黙ってしまった。

 この妖精にとって、この森に踏み入る人間は虫も同然なのだ。

 誰だって、家の中に虫が居たら腹が立つだろう。

 

「とりあえず、このことは町内会長に伝えておきましょうか」

 これで報酬をふんだくれる、と内心計算していた望海だったが。

 

「あ、じゃあ私も行く」

 と、この妖精はそんなことを言い出したのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 そして、翌日。

 

「これは、たまげた……」

 老人は山から連れてきた妖精を見て、心底驚いたようだった。

 

「こんな、こんな小さな子が、何百年もこの町を騒がせていたのか」

 信じられないような声音で、彼は言った。

 

「くすくす、ねぇ覚えてる?」

「えッ」

「ほら」

 妖精の姿が、歪むと同時に広がった。

 手のひらサイズの少女は、瞬く間に五才くらいの着物姿の少女に姿を変えた。

 

「一緒に、お祭りとか回ったよね? 

 あの頃一緒に遊んだトネちゃん、あなたの奥さんになったんだっけ? 

 また遊ぼうねって言ってお別れしてから、あなたは私の事が見えなくなった。

 でもあなたがこの町の偉い人になったって聞いてから、私いろいろあなたで遊んだよ」

 くすくす、と無邪気に妖精が微笑んでいる。

 永遠の幼さと無垢さで、大人になった人間を弄んでいた。

 

「あなたの親戚や知り合いを、何人も山に呼んだよ。

 そうやって居なくなった人が出ると慌てふためくあなたを見て、私は楽しかった!! 

 ねぇ、こうやって見える様になったんだから、また遊んでくれるよね? 

 今度は何をして遊ぼうか? くすくすくすくす」

 老人は唖然と少女を見ていた。

 だが、すぐに両目から涙を流し始めると。

 

「悪いが、この町から、あの山から出て行ってくれないか」

「どうして? また遊ぼうって、約束したよね?」

「あの山は、十年後には開発されるんだ」

 老人は、数多の感情が入り混じった声音でそう言った。

 

「この町の町おこしも、その話に抵抗する為のものだった。

 だが、結局は上手くいかないらしい。あの山に、君の居場所は無くなるよ」

「…………」

「もう一度、君に会えてよかったよ」

「ふーん」

 妖精は、既に彼への興味を失っていた。

 

「わかった。じゃあね、ばいばい」

 この日を境に、この町は怪異の恐怖から解放された。

 町の人々に知らされることなく、静かに、この町の神秘は消えて無くなったのだった。

 

 

 

「君たちのお蔭で、随分と珍しい体験ができたよ」

 町内会長の家を出て、外で待っていた木次がそんなことを言ってきた。

 

「やっぱり、この仕事は知的好奇心を満たすのに最適だ。

 そうでなくちゃ、取材をする意味がない」

 そんなことを言う彼に、やっぱりこの人変わってると思う千秋だった。

 

「それじゃ、また何かあったら、連絡させてもらうよ」

「はい、雑誌に記事が載ったら教えてくださいね」

 望海がそう言うと、木次は手を振って去って行った。

 この時彼女らは分かるはずもないが、この男との付き合いは割と長くなるのだと、この時は誰も思わなかったのである。

 

 

「ねぇねぇ、あなた達の街って何があるの?」

 そして帰りの新幹線の中で、妖精が尋ねた。

 

「結局この子、付いて来ちゃったね」

 真冬が疲れたようにそう言った。

 いや、実際に疲れていた。

 彼女らは結局、お祭りを大して楽しむことなく帰りについている。

 

「しょうがないじゃない、放っておいて悪さされても困るし」

「あ、私は面倒見れませんよ」

「私だって無理だよ」

 ここで、春美も望海もそんなことを言い出し始めた。

 

「魔女さんの家も、ダメだよねぇ」

「春美ちゃんと望海ちゃんがダメじゃあ、どうしようもないけどなぁ」

 何だかペットを拾ってきた時の相談みたいだった。

 千秋も真冬も、妖精の引き取り先なんて思いつかないのだが。

 

「あ、どうしてもって言うなら、うちなら良いよ」

 そんなことを言い出したのは、なんと夏芽だった。

 

「えッ、でも前ペットダメだったんでしょ?」

「あれは私が面倒見れないからで……。

 と、とにかく、うちは両親が殆ど家に居ないし、結構春美ちゃんたちも居るから、皆で面倒見れると思って」

 と言いつつも、夏芽の視線は妖精に向けられている。

 真冬は、夏芽ちゃんこういうの好きだもんなぁ、と内心思っていた。

 

「うーん、まあそう言うことなら。

 あんたもそれでいい?」

「私は面白ければ何でもいいよ!!」

「そう。夏芽ちゃん、あとで師匠に妖精についてアドバイスしてもらうから」

「うん、任せて!!」

 夏芽は目をキラキラして春美にそう返した。

 彼女のキラキラした目が曇るまで、一日も掛からないのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 妖精の居なくなった、神秘の消えた山の奥に、足を踏み入れる者が居た。

 

 それは黒いケープを纏った、黒い魔女だった。

 彼女は慣れた様子で山道を歩き、そして顔を上げた。

 

「お久しぶりね、調停者。

 あなたがジパングに来ていたなんて思わなかったわ」

「魔女殿か」

 すうっと、木の枝の上に天狗の姿が現れる。

 

「もうお役御免の身だ。この身もいずれ消えて無くなるだろう」

「そのようね、私の弟子たちが世話になったわ」

「我は何もしておらぬよ」

「あなたがそう言うなら、そうかもしれないわね」

 それだけ言うと、魔女は踵を返した。

 

「こうしてまた一つ、伝承がただの伝承になって行くのね」

 その言葉が森に掻き消えるのと同時に、魔女も、天狗も、その姿がどこにも見えなくなるのだった。

 

 

 

 

 

 




これにて、天狗編は終了です。
前回までで神隠しの正体に気付けた人がいたのならすごいです。

そしてやっぱり読み返してみると、伝奇物っぽくないですねー。
創作活動は挑戦だと思っていますが、ストーリーはともかく怪奇物としては失敗な気がします。
夏休みの期間はまだまだあるので、次はもっと上手くやります。

ちなみに、ですが。
今、魔女さん達は高校二年ですが、学生で書きたいことをあらかた書き終わったら第二部、五年後に時間軸を飛ばしてみたいと思っています。
五年、というのはまだ未定で、それくらいあれば世間も少しは変化しているかなと思っています。
流石に十年は長すぎますしね。そのくらいが妥当だと思ってます。
第二部ではそう言った、時間の流れと彼女たちの周囲の環境の変化について描きたいと思っています。

そう言うわけで、また次回をお楽しみください!!
ではまた!!

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