警視庁は、ツァーラアト事件の犯人逮捕によって上から下まで大騒ぎだった。
様々な横紙破りを行った伊藤刑事だったが、今はいかにして犯人を起訴できるかという方向にシフトしていた。
彼は多少の減給を言い渡されただけで、事実上のお咎めなしとなった。
それだけ凶悪な異能犯罪の解決は警察の信用回復の為に最優先事項であったのだ。
「で、実際のところどうなの?
あの野郎を起訴できんの?」
「俺に聞かないでくださいよ。捜査本部に出入りしてるわけじゃないんですから」
異能係の事務室にて、化粧屋が疑問を妻鳥にぶつけていた。
「先輩に聞けばいいじゃないですか」
「伊藤ちゃんは今忙しいじゃん」
「俺だって忙しいですよ」
妻鳥も現在書類作成の真っ最中だった。
「俺はちらっと聞いた程度ですけど、犯人が目を覚まし次第に聴取して自白を引き出せれば最良。
後は他の容疑者に面通しさせて、奴から呪いを教わったと証言が取れれば御の字って感じでしょうか」
「もどかしいな。いっそ、被虐の奴を裁判で証言台に立たせてみたらどうだ?
魔術的因果関係を証明するいい機会じゃないか」
「無茶を言わないでくださいよ。裁判で魔術の実演でもさせるつもりですか?
検察がそれを証拠として採用するとは思えないですよ」
それはあの呪術師を証人として有用性が有るというよりも、彼女の存在がグレーすぎるからだった。
「全ては勇者殿次第か」
ティフォンは事態の推移を笑みを浮かべて見守る構えのようだ。
「ところで、犯人ってどうでした?
現場は血だらけだったらしいですけど、やりあったんですか?」
「あー……コメントが難しいな」
多分副長よりもずっと検挙するのが難しいだろう二人の事を思い浮かべて、化粧屋はそう返した。
「刑事殿が私を連れて行ったということは、荒事を想定していたということだろう。
警察官は拳銃の使用が難しいのもあるが、そちらを連れて行かなかったのもそうだろうな」
「ああ、やっぱりそうですよね」
妻鳥は納得したように頷いた。
だが、彼は疑念を抱いたままの様子でティフォンを見やった。
「前々から思っていたんですけど、ティフォンさんって普通に強いんですよね?
なんで、あの時魔術師さんと直接戦わなかったんです?」
「ふむ、なぜそんなことを問う?」
「そりゃあ俺だったら、ある程度の強さを手に入れられたらそうしたと思いますし」
それで一度やらかしちゃったし、と妻鳥は小さくぼやく。
「なぜ私自身が戦わなかったか、か。
確かにそれはそれでロマンのある話だ。
だが、私は私自身の強さというものに魅力を感じなかったのだよ」
「ほーう? それはどうしてだ」
化粧屋がそのように語るティフォンに興味を引かれたのか、彼女も話題に加わった。
「我が秘術や魔術は、実はかなり新興なのだ。
錬金術師殿の説が正しければ、前世の腕前で良く今生の記憶を保持したままでいられたか、というレベルの凡庸な人間であった」
「それは、意外ですね」
彼の言葉がまったくもって謙遜ではないと、妻鳥は悟った。
彼の知るティフォンは自信家で、プライドが高く能力もあった。
「そもそも、我が魔術というのは本来、地球上に存在しない幻獣の類を再現し、魔術の触媒として活用するために生まれた技術なのだよ」
「ああ、なるほど」
化粧屋はどこか納得したように頷いた。
「よくわからないですけど、要するに模造品で代替する為の技術ってことですよね?
そういうのって、代わりになるんですか?」
「なるんだよ。質は落ちるかもだが。
魔術の世界じゃ、本物かどうかなんて些細なことだ。
なあメドリ、私らが扱う魔術で一番難しい種類の系統って何だと思う?」
「え、どんな魔術が難しいかってことですか?
うーん、降霊術とかですかね。霊感とか必要そうですし」
「違うな、一番難しいのは占星術。次いで召喚術だ」
なあ、と同意を求めるように彼女はティフォンに顔を向けると、彼も頷いた。
両者の生きていた前世の時代は開きがあるが、その間もその認識は変わっていないようだった。
「あとは大体横並びで、向き不向きってところか。
その二つの魔術は、才能では語れない魔術の業界でも飛び切りのセンスを要求される。
最高位の占星術師は時代に一人いれば良い方で、召喚士も同じだ。
別の世界から魔術に扱う素材を調達できるかどうかなんて、そいつのセンス次第だからな」
「うむ、ゆえに錬金術師殿は召喚術の継承だけは厳重に管理していた」
「だろうな。だがそうなると、お前さんイヴの手下みたいなもんだったのか?
あいつの要求はきっと厳しいだろうな」
その化粧屋の言葉に、ティフォンは曖昧に笑った。
「まあ、彼女の期待に応えられるほどではなかったのだよ、私は。
彼女の事を忌避する一方で、私は彼女に期待さえ抱かれなかったことが悔しかったのを覚えている。
だから私は今生で、自身の性能をどれだけ向上できるか試してみたのだ」
そして彼はこうなった。
自分より格上の術者である化粧屋と、他人から見て比較できないレベルまで魔道に踏み入ったのだ。
「幸い、今生では多くの生物の情報や調達方法がネットに転がっている。
この体になるまで、数年程度で事足りた。
錬金術師殿が科学が魔術足りえるというのなら、私こそが科学を土台とした魔術の申し子であろうな。
だが、どんどんとこの肉体の性能を向上させることに腐心したところで、時折我に返って空しくなるのだ。
どれだけ己が優れていようとも、それを知らしめる方法などこの世界には無いということにな」
「……」
その悲哀は、妻鳥も痛いほど理解できた。
彼も己が異能を得て周囲に自慢し充足感を得ようとしたのは、結局は自分の能力を誰にも理解されないだろうという不安と恐怖、そして孤独の裏返しだった。
「化粧屋さん、あなたは不安じゃないんですか?
こういうこと言うのはあれですが、あなたって前世は男だったんでしょう?」
「えッ、それを聞いちゃう?」
化粧屋はなぜかニヤリと笑った。
「私な、昔友達に絵描きが居たんだが、そいつと一緒にいろいろと研究とかしてたわけだ。
そいつには手癖の悪い弟子が居てよ、友達との研究は秘密だったんだが、俺と一緒に居る時に奴が詰め寄ってきてこう言ったんだ。
──お前、我が師と寝たなッ、ってな!!」
ぎゃははは、と一人で大笑いする化粧屋だった。
「あ、そうですか」
真顔になって、妻鳥は心配して損した、と思った。
彼女の話には男しか登場していないのに、修羅場になっていることを理解するのを脳が拒否していた。
「ここからが面白いんだがな。
俺、あいつ嫌いだったから言ってやったんだよ。こいつはお前の粗末なモノより俺の──」
「あー、ティフォンさんって前世には伴侶とか居たんですか?
子供とかいたなら子孫がまだ生きているかもしれませんよ」
妻鳥は化粧屋の下品というか汚い話を遮り、ティフォンに話を振った。
「伴侶、か。考えたこともなかったな。
いずれ弟子を取ろうとは思っていたが、己の子にそれをさせようとは思わなかった」
「あー、やっぱり自分の子供に魔術を伝承するって考え方はあるんですね」
「まあ私の父もそうであったからな。
幼少の頃より教育をしていれば、継承を拒絶されるなんて事態なども避けられるからな。
錬金術師殿の作った組織において、魔道の叡智が絶えることだけは許されざることであったのもあるが」
「俺の前世も親が魔術をやってたりしたんでしょうか」
と、二人は化粧屋を無視してそんな話をし始めた。
「なんだよ、ここからがメッチャ面白いところなのに」
なんだか自分の笑い話が滑った気がして不機嫌になる化粧屋だった。
§§§
「あの二人は、賛同してくれるそうですよ」
「そう、なんだか複雑な気分ね。心強いのだけど」
ところ変わって、数日後の元ヤクザ事務所の応接室で召喚士とイヴが話し合いをしていた。
「後は影響力のある人物に声を掛けるだけね。
事前にこちらに引き込みたい者は居ますか」
「……ええ、候補としては日本には二人、海外ではテンペストを始めとした超能力者にもあらかじめ声を掛ける予定よ」
「“テンペスト”……ああ、ヨーロッパの超能力者ですね」
二人が名を挙げた人物は、現在地球上で最強と称される超能力者だ。
彼自身はイギリス人であるが、その知名度や人気は国籍に囚われない。
異能者の地位向上を目的としたアメコミのヒーロー活動みたいなことをしており、テンペストとはその際に使うヒーローネームである。
「それで、日本の候補者二人とは?」
「一人はテレビでもよく見るでしょう?
“Sarah”……芸能人よ」
「ああ、読心能力を持っているっていう……あれって、そういう設定とかヤラセじゃないんですね」
「彼女は本物よ。だから今は動物番組のリポーターなんてやってるの」
次に二人の話題に上がったのは、日本のバラエティ番組でよく見る芸能人の一人だった。
自称超能力者のハーフタレントで、そのプロフィールが話題となり一躍時の人となった有名人だ。
「そしてもう一人が一番重要なのだけれど──」
イヴは今回の話において最も重大な話をしようとした時、ティーカップの中身が空だということに気づいた。
「ああ、お茶がもう無いわね」
「補充しましょう」
「私も行くわ、いい茶葉を持ってきたの」
イヴと召喚士の二人が応接室を出ると。
「タラクサム、茶葉を持ってきて」
イヴが己の従者を呼びかける。
しかし、事務所を見渡してもあの目立つアルビノメイドの姿はどこにも無い。
「あの子、どこに行ったのかしら」
「ああ、なるほど……誰か、ケンジを呼んできて」
自分に忠実な従者が近場に居ないことに小首を傾げているイヴとは異なり、召喚士は察しがついたのか人を呼びつけて己の徒弟を連れてくるように命じた。
「あ、姉御!! ご用命でしょうか!!」
すると、程なくしてケンジが廊下から室内へと飛び出てきた。
その後ろに、遅れてイヴの従者も現れる。
「あなた、何をしていたの? 私が呼んだのが聞えなかったの?」
「申し訳ございません、お姉さま」
「まあいいわ、早くお茶の準備をして」
イヴが命じると、頭を下げていた従者は顔を上げ、給湯室へと歩いて行った。
そして召喚士は、この場に残ったもう一人に視線を向けた。
「え、っと、あの、すみませんイヴさん。
棚卸しの手伝いをしてもらっていて……」
「ケンジ、お前もういっそ直接頼んでみろよ」
「お前が撃沈するところを見ててやるからよ!!」
二人を前にして委縮しているケンジに、周りが囃し立て始める。
「なに言ってるの、こいつら」
「気づいてなかったのですか?
ケンジは結構前からあの子に惚れているんですよ」
「はぁ?」
召喚士の言葉が理解が及ばないのか、イヴは不思議そうにケンジの顔を見た。
「あなた、あれが自分と同じたんぱく質で出来ているとでも思っているの?」
彼女は心底信じられない物を見るように、彼を見やった。
「お、俺みたいなチンピラ上がりの思い上がりだってのは理解してます!!
だけど、イヴさん!! 俺は本気なんです!!」
床に膝をついて頭を下げるケンジを、イヴは困惑した様子で見下す。
「だそうよ、タラクサム」
イヴはティーセットを運んできた己の従者にそう言った。
「はぁ、私めを使用してあなた様が快楽を得るのは難しいと存じます」
無表情のゴスロリメイドは無感情のまま淡々とそう答えた。
「っぷ、あははは!! そうね、あなたにそういう機能は付いてないわね!!」
これにはイヴだけでなく、他の事務所の面々も大爆笑だった。
召喚士だけはほとんど泣きそうになっているケンジを哀れみを持ってみていた。
「偶にいるのよ。私たちに欲情する性欲が捻じ曲がった変態がね」
事務所の隅で落ち込んでいるケンジを、自分が傷つけたと理解できぬまま慰めている己の従者を見やり、イヴはそんなことを言い放った。
「まあ、あなたたちは客観的に見て容姿は整っていますからね」
イヴはごく少数のマイノリティのように語っているが、召喚士は違うだろうなぁと思った。
彼女たちは女神像のように浮世離れした外見をしている。
ダメな人はいるだろうが、熱烈に求める者も確かに居たのだろう。
「あなたは今まで人間を好きになったことは無いのですか?」
「私が? あるわけないじゃない」
召喚士の疑問に、イヴはあっさりとそう言い切った。
「ああでも、いえ、あれは違うか」
「なんです、言ってみなさいよ」
完全に女学生のノリである。
イヴは彼女にしては珍しく少し面倒そうに、このような話をし始めた。
「私は私たちに貢献した人間に対して、それなりに敬意を示すことはあるわ。
そいつはある貴族の男でね、長らく世間から目を離す為の土地を提供してくれたわ。
だから私は彼に多くの権力者が欲してやまない物を与えたわ」
「永遠の命、ですか?」
召喚士の嫌味っぽい言葉に、イヴも鼻で笑って頷いた。
「まあ、世間一般の人間にとっては永遠に等しい寿命でしょうね。
でも私は彼の精神には何も手を加えなかったわ。約二百年ほどだったかしら、彼がもう生きるのに疲れたと言い始めたのは」
まるで動物実験の結果でも語るように、イヴは薄い笑みを浮かべて彼女は言った。
「彼はそれまで何度も立場や顔を変えて、権力を得続けたわ。
カネ、女、名声と言った人間が欲しがる物全てを手に入れたでしょうね。
そんな彼が死期に近づき最期に望んだのは、私と一緒に過ごしたい、だったわ」
「それは、気の毒に」
「……彼と最期に過ごした数か月は、悪くはなかったわ。
長生きしただけあって、話題には尽きなかったしね」
親友の茶々を無視してイヴは話を終えた。
「それで、あなたはどうなのよ?
魔道の世界は血筋では語れないけど、環境は整えねばならないわ」
イヴは召喚士を見据えて尋ねる。
彼女にとってこの親友は友としても同業者としても価値は計り知れないのだから。
「私は未だ、この道一筋ですよ」
「じゃあ好みのタイプとか居ないの? 適当に見繕うけれど」
「そうですねぇ」
召喚士は少し考えてこう言った。
「私を支配できるような相手が良いですね」
「あなたに惚れる人間が居たら、それはそれは気の毒ね」
イヴのその返しに、彼女も肩を竦めるのだった。
今回は幕間のお話になります。
本当なら魔女さん達の恋バナとかも書きたかったのですが、長くなりそうなので後回しにします。
次回辺りからいつもの四人組+αや魔術師さんの話に行こうと思います。
それでは、また次回!!