前回は魔女さんたちの話にしようと言いましたが、この話を挟まないといけないの忘れてました。
ごめんね!! それじゃ本編どうぞ!!
その日のロンドンの昼下がり、とある住宅街の一つにある集合住宅のビルを群衆が固唾を飲んで見守っていた。
「助けて、火がもうそこまで!!」
五階の高さにあるベランダには、少女が一人取り残されていた。
その背には、もうもうと燃える炎が迫っていた。
それは原因不明のビル火災だった。
炎は瞬く間に燃え広がり、多くの命を奪い今も燃え上がっている。
そしてまた一人、逃げ遅れたベランダに居る少女の命を奪おうとしていた。
消防隊が駆け付けたのは、ようやくであった。
「ダメだ、炎の周りが早すぎる!!」
消防車の放水も空しく、炎の勢いは衰えない。
消防隊員たちが決死の救助を行おうにも、犠牲者を増やすだけに過ぎないだろう。
誰もが少女の最期に目を逸らそうとし、神に祈りを捧げる者まで現れ始めた。
そんな時だった。
「あッ、あれは!!」
たまたま野次馬の一人が、空を指差す。
つられて顔を上げる人々。
そして、誰かが言った。
「あれは、“テンペスト”だ!!」
上空を一直線に飛来するそれは、人間だった。
赤いマントを羽織った、アメコミのヒーローを意識した青いスーツを纏う青年。
彼こそが、現在世界最強、世界最高と目される超能力者であった。
「やあ、またせたね」
「テンペストだぁ!!」
彼は少女の居るベランダの高さで急停止すると、軽い口調で少女に話しかけ、彼女をふわりと浮かび上がらせた。
そのまま少女と一緒に地面に降りると、群衆が歓声を持って出迎えた。
すぐに消防隊員が少女を保護し、救急車へと連れていく。
「皆さん、危ないから離れていて!!」
テンペストが未だ燃え盛るビルに手を翳す。
その瞬間だった。未知の圧力によってビル内が満たされ、空気が隅々まで追い出されることによって炎が瞬く間に鎮火したのである。
ヒーロー、テンペストが持つ超能力はごく単純な念動力だ。
だがその操作性と自由度は極めて高く、更に出力はその名の通り天災が如くであった。
破壊力だけなら彼に並ぶ者も居る。だがそれを人助けに使えるのは彼だけだった。
「うーん、この感触から言って、三階と四階にまだ生きてる人が居るね。
僕だけが活躍しては悪いから、あとは消防隊の皆さんに任せるよ」
中はまだ燻ってるところもあるから気を付けてね、とさわやかに彼は言った。
キザったらしい口調は彼のキャラ作りで、単純に救助の専門家の領域には踏み込まない為だったがこれが世間の受けがいい理由の一つだった。
そして彼はやってきた時と同じように、念動力で自分を浮かして飛び去って行った。
群衆の歓声を受けながら。
…………
…………
………………
「昨日のビル火災の一件、またニュースになってるわよ」
先の火災の後、テンペストはヨーロッパ各地をパトロールして様々な救援を行い、ロンドンのオフィスへと戻ってくるとスタッフたちが笑顔で出迎えてくれた。
「ここは俺たちの本拠地だからな。そりゃあ喧伝もするだろ」
彼はテンペストとしてのキャラと共にマントを脱ぎ去ってそう言った。
彼の本来の性格は、アメコミのヒーローのように軽口を叩きながら悪と戦うと言った感じではなく、イギリス人らしく皮肉屋だった。
いや、そもそも、彼は悪などと戦ったことは一度も無かった。
彼がテンペストとして活動するようになって、強く感じるようになったのは多くの疎外感だった。
ヒーローとしての活動自体は慈善事業だが、彼は自分を聖人君子だとは思っていなかった。
このオフィスを構えたのも自分一人では限界を感じたからだし、雇ったスタッフを食わせる為にいろいろな活動もしている。
お金のために活動している、と言われても否定はできない。
そもそもなぜ彼が、このような慈善活動を始めたのか。
理由は単純だった。
「おいおい、中東じゃまた異能者狩りが起こったみたいだぜ」
「アメリカさんのところでも、毎日のようにデモやってるしな」
「ジョージも俺たちも頑張ってるのに、先は長いよな」
スタッフたちが世界各地の情報を収集しながら、そんなことを話していた。
ここのスタッフたちは各地の情報を集め、パトロール中のテンペストに逐一情報を提供できるようなシステムを構築していた。
だから、テンペストは効率的に各地の災害を察知できる。
「おい」
「あッ、悪いジョージ。帰ってたのか」
その話をしていたスタッフたちは、テンペストの帰還に気づいて気まずそうになった。
「いやいいさ、誰もが僕みたいに強くはないからな」
それは差別や迫害を行っている人々に対する哀れみというよりは、その連中はどうせ何を言ったところで変わらない、とでも言いたげな皮肉気なものだった。
「お前は本当に悲観的だよな、人前じゃそんな態度は厳禁だぜ」
ここに居るのはみんな、数年来の友人たちだ。
テンペストと同じ異能者も多い。
だから彼の言葉に、笑ってそう言った。
「うん、そうだね」
テンペストは年相応に笑みを浮かべて頷いた。
少なくとも彼は大衆の救済の為というより、自分と一緒に活動してくれる仲間の為にヒーローをしていた。
彼がこの活動を始めた理由は、単純だ。
──仲間が欲しかった。
それ以上の意味などなかった。
彼は自分の力を自覚した時、自分一人ではダメだと焦燥感に駆られた。
世の中の技術は日進月歩であり、そのうち検査で異能者を見分けられるようになるかもしれない。
いつまでも、自分の力を隠してはいられないと思ったのだ。
行動は早い方が良いと思った。
自分の力の有用性を示し、自分の活動に理解をしてくれる仲間を集め、偏見や差別と闘わなくてはならない、と。
彼は根本的に、ヒーローではなく厭世家だった。
自分の能力は忌み嫌われるものであり、世間はそれを憎むだろうと思っていた。
本当は自分が矢面に立つのも嫌だったが、その性格に反するように超常の力が彼には宿っていた。
世間は彼をヒーローと称えるが、彼自身悪と戦ったことは無かった。
勿論、銀行強盗の類に遭遇した時もあるが、その時は戦いにすらならなかった。
同時に、この世界には自分が戦うべき巨悪など存在しないとも思っていた。
彼は分かっていたのだ。
どうせ邪悪を力で粉砕しても、手放しで称賛する民衆などマンガの中にしかいないのだと。
彼は、自身の力を自分が想像する民衆のように忌み嫌っていた。
故に“テンペスト”。無理やり人助けに使っているが、破壊しかできないその力を誰よりも彼は恐れ、嫌っていた。
「そうそう、ジョージ。あなたにお客さんよ」
「僕に客?」
芸能関係担当のスタッフの言葉に、彼は首を傾げた。
テンペストの活動は忙しく、まず会おうとして彼と会うことはできない。
「そうなのよ、あの人、まるであなたが帰ってくるのをわかってたみたいでね」
スタッフに促され、彼は応接室へと向かう。
さて、ヒーローは時として巨悪に相対し、悲劇を乗り越えて成長していく。
「初めまして、テンペスト。私の名前は、イヴ」
そこで待っていたのは、アルビノの女だった。
そうして彼は産まれて初めて、本物の巨悪に遭遇することになった。
§§§
「なんでこんな仕事受けたの!?」
その日、Sarah──サラはあるテレビ局の控室で荒れていた。
元モデルのアメリカ人の母親の血を色濃く受け継いだブロンドの髪の毛を左右に揺らし、彼女は自分のマネージャーに当たり散らしていた。
「サラさんだってわかってるでしょう!?
昨今の異能者のイメージは悪くなる一方だって」
「だからって私が生贄になる必要があるの?」
自分の半分ほどしか生きていない少女に睨まれ、マネージャーの男は蛇に睨まれたカエルのように縮こまる。
日本で“Sarah”という名前でタレント活動をしているサラは、つい先ほどお昼の情報番組に出演することとなった。
彼女は異能者として自身を売り出している。
その能力を体感したものは、誰しも彼女を本物として認め──そして恐れるだろう。
「だから嫌だったのよ、異能者だって明かすの。
事務所の方針で話題性抜群だからって……結局大コケじゃない」
とは言ったものの、サラはその事務所の方針事態は間違っていたとは思わなかった。
彼女には、タレントとしての才能が無かった。
話題性が無ければ広大で残酷な芸能界で仮にもレギュラー番組などこの若さで得られることは無かっただろう。
尤も、その番組レギュラーの座も外でのロケが主で、後ろ暗いところを持つテレビ局の人間はスタジオに近づかせたがらなかったが故だったが。
滅多に呼ばれないスタジオでの仕事。
疑念に思いながら来てみれば、偉いらしい学者や有識者やらに昨今の異能者の有り方やらなにやら、難しい言葉でサンドバッグにされるというだけだった。
スタジオの空気は異能者に対するマイナスイメージで埋め尽くされ、彼女は針の筵に立たされた気分だった。
「だからって、あんなことを言わなくても……」
控えめにマネージャーは言いながら、先ほどのスタジオの光景を思い浮かべる。
『異能者の存在が一般市民に悪影響を与えるようになるとしたら、あなたはどう考えますかな?』
その言葉は明らかに差別意識に満ちた嫌悪感のにじみ出た言葉だった。
老人らしい頭の固そうな学者に、サラはこう言ったのだ。
『普通の人間でも他者に対して悪影響を及ぼすことはあると思います。
例えば、あなたも家族をもっと顧みた方が良いと思いますよ。先週の金曜日の朝帰りも奥さんに仕事が終わらなかったなんて嘘を吐いて』
その言葉に、学者は激怒してスタジオを去った。
勿論お昼の情報番組の為、基本的に生放送である。
言い訳の余地がないほど放送事故だった。
「でもおかげでさっきの放送は話題沸騰よ。
あの学者のSNS炎上してるし、ざまあないわ」
サラは視界に捉えた相手の心を読める、読心能力の持ち主だった。
その力が発現しオンオフが切り替えられるようになった頃、純真無垢だった少女の性根は歪んでしまった。
今では爆弾発言を繰り返し、相手も自分も炎上騒動にするのを楽しんでいる風にすら見える。
「私は事務所の期待に応えているじゃない」
「おかげで社長から苦情の電話が十倍に増えたから何とかしろと言われましたけどね」
「番組側から私のことは他の出演者に説明はされてたはずでしょ。
私はホンモノだって。相手の心や記憶を掘り起こす、悪魔だって」
皮肉気に、自嘲するように、サラはニヒルに笑った。
サラを前に、心の隠し事など無いも同然だった。
心の表層を偽っても、その本心まで彼女は暴く。
彼女にとって人の心なんてモノは、便座の蓋と同義だった。
開けようと思えば簡単に開けられ、その下は糞尿が溜まっている。
「悪魔だなんて、そんな……」
とは言え、マネージャーも自分の前に何人ものマネージャーが辞めたのを聞いていた。
中にはトラウマを負った者さえ居たという。
「早く次の予定を教えてよ。
次のロケはどこなの?」
複雑そうにしているマネージャーの内心を読み取りながらも彼女は先の予定を尋ねた。
「は、はい、次の予定は──」
するとその時、控室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい、何でしょう」
「すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」
スマホの予定表を確認しようとしたマネージャーをスタッフがドアを少しだけ開けて手招きする。
「はぁ……」
控室にサラが一人になると、彼女は深いため息を吐いた。
孤独こそ、彼女が心癒せる時間だった。
或いは動物と戯れている間だけ。
友人を遠ざけ、家族も遠ざけ、仕事場からも遠ざけられ、彼女が得たのは燃えやすい名声と水泡のレギュラーの地位。
いずれ飽きられ、自分の人生は消費される。
ならば、それまでせいぜい稼がせてもらおう、サラはそう考えていた。
すると、控室のドアが開く。
「早かったわ、ね……」
しかし、入ってきたのはマネージャーではなかった。
「あ、あなた誰!?」
サラが声を上げたのは、見知らぬ人間が急に入ってきたからではなかった。
ストーカーなど何の脅威にもならない。彼女は既に片手で数えきれないストーカーを刑務所に送り込んでいた。
「初めまして、Sarahさん。私は
入ってきたのは、黒いローブの陰気な女だった。
「う、嘘、人間が、人間が、そんなどす黒い心を持ってるはずが無い!!」
サラが恐怖に駆られたのは、その女の精神構造があまりにも人間とはかけ離れていたからだった。
ニィ、と召喚士と名乗った女の口元が張り裂けるように目元まで吊り上がる。
「我が主が、あなたとお話をしたいそうです」
人の皮を被った何かは、慇懃に一礼してサラにそう言った。
この日、彼女は産まれて初めて、本物の悪魔と遭遇するのだった。
§§§
「ここか」
「ここですね……」
都内のとある住宅地の一つ、伊藤刑事と妻鳥は一つの民家の門を潜った。
インターホンを鳴らすと、妙齢の女性がカメラ越しに対応した。
二人が身分を明かすと、彼女は玄関から顔を出した。
「えーと、いつもの指導員さんじゃないんですか?」
「ええ、ちょっと確認したいことがありまして。お子さんに問題があるわけでは無いんです」
大嘘だった。物事を円滑に進めるための方便を伊藤刑事は言った。
後ろで妻鳥も微妙そうな表情でその発言を聞いていた。
「はあ、そうですか。でも、あの子が会ってくれるとは限りませんよ。
いつもの指導員さんにも、ドア越しにやり取りするくらいですし」
「構いません、会わせてください」
「そこまでおっしゃるなら」
そう言って、彼女は自宅へと二人を招き入れた。
目的の部屋は二階に上がってすぐの場所だった。
「ねえ、刑事さんがお二人、会いたいって来てるんだけれど」
コンコン、と彼女がドアをノックすると、急にドサッと何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
「な、なんで来たの!?」
ドア越しから、そんな少女の声が発せられた。
「……あー、その、俺だ、伊藤だ。分かるよな?」
化粧屋、と伊藤刑事は口にした。
元々、伊藤刑事は警察に登録されている異能者の顔写真や住所には職業柄一通り目を通している。
日本に千人程度とはいえ、事件がある度に照会をするのも彼の仕事だ。
偶々、先日の脱走事件の際に見かけた化粧屋の本体の方の少女に、彼は見覚えがあった。
「まさか、普通に役所に届出を出してたなんて」
その妻鳥の言葉に、伊藤刑事も無言で頷く。
「それで、刑事さん。あの子について何が聞きたいのですか?」
二人は結局化粧屋と意思疎通は取れず、一階で彼女の母親に持て成されていた。
「ああ安心してください、何らかの事件の関係があるとかじゃないんですよ。
先日、彼女が外出をしませんでしたか? その時に、自分たちはお世話になったのでお礼を言いに来たんです」
と、人当たりの良い妻鳥が当たり障りのない話を彼女に聞かせた。
「ああ……珍しくあの子が書置きを残して行ったあの時ですね。
あの子が家の用事以外で外に出るなんて、もう何年振りなのかしら。思わずその日のお夕食は豪華にしちゃったくらいでしたわ」
微笑ましいものを思い浮かべるように、化粧屋の母親は笑みを浮かべた。
「その、何年もあの調子なんですか?」
「ええまあ」
「担当の指導員からの話も聞きました。
──イジメ、だそうですね。原因は」
伊藤刑事の言葉に、ええ、と彼女も頷いた。
「優しい子なんですよ。
異能に目覚めるまではよく笑って、絵が好きで、子供の頃からよく似顔絵を描いてくれました」
彼女はそう言って、部屋の壁に視線を向ける。
そこには色あせた両親の似顔絵が、クレヨンで幼い手付きにて描かれていた。
「でも小学生高学年頃だったかしら。
クラスで飼っていた鳥がある日突然亡くなっていたらしいんです。
あの子の友達が飼育委員で、クラスで取り上げられて、泣いてしまって、あの子はその子を泣き止ませたくてその力を使ってしまったそうなのです」
二人は想像するしかできなかった。
その見るもおぞましい、異端の技術を。そうして巻き起こった彼女の味わった地獄を。
「学校は辞めさせました。
夫や親戚にも、あの子の力を証明させ納得させました。
もうそろそろお盆の時期ですね。この季節になると、あの子も私の両親の居る田舎に戻って、亡くなった人たちの言葉を伝えてくれるんです」
そこには娘に対する無償の愛と、誇りと、そんな彼女を受け入れなかった世間への怒りが入り混じっていた。
「お人形さんを動かして、たまにお金を家に入れてくれるんです。
あのお人形さん、すごい出来ですよね。まるで生きてるみたいで」
「ええ、そうですね」
事実伊藤は言われるまで、あの端末の方が化粧屋の本体だと信じて疑わなかった。
そしてこの母親も、娘の全てをそういうものだと受け入れていた。
「あの子はもう立派に自立しています。
誰が何と言おうとも、だから刑事さんたちも、出来ればそっとしておいてください」
「それは勿論」
伊藤刑事は、化粧屋の正体を上に伝えるつもりは無かった。
その程度の事に目を瞑るくらいには、彼女に借りは出来ている。きっと他の警察官でもそうするだろう。
「先輩」
化粧屋の実家から出たところで、二階の窓が開けられた音がして二人は顔を上げる。
すると、不健康そうな少女が紙飛行機を二人の元へと投げた。
すっ、と妻鳥がそれを手に取る頃には、二階の窓が閉められカーテンが掛けられていた。
彼が紙飛行機を広げて見ると、中にはこう書かれていた。
『今度、ファミレスに誘ってください。頑張って外に出ます。
あと、ママとパパに何かあったら、全員むごたらしく殺します。
悲しいけど、裏切ったらゾンビにして意識があるまま腐らせて永遠に苦しませます。
「はあ……」
それは、脅しと言うより、嘆願だった。
思わず伊藤刑事の口から深いため息が出た。
「帰るぞ。仕事が山積みだ」
「そうですね」
二人は、そう言って近くの駐車場に停めてある車の元へと歩いて行った。
そんな二人が視界から消えるまで、化粧屋はカーテンの隙間からジッと見ていた。
前回に引き続き、コメントに困りそうな内容でごめんなさい。
でも、世界観を描写するには必要なお話なんです。
この作中の世界で、どのような変化が起こっているのかを皆さんも体感できたらと思います。
いよいよ次回こそ、魔女さんたちのお話です。
それでは、また!!