転生魔女さんの日常   作:やーなん

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遭遇について

 

 その日、夏芽の部屋にはいつものように四人が集まり宿題の消化に追われていた。

 

 ほぼ毎日のように集まってるのに終わらないのは、進行の遅い夏芽に他の面々が合わせているからだった。

 そもそも、宿題なんて集まるための口実に過ぎず、終わらせようと思えばいつでも終わらせられるものだった。

 

 そうしないのがある種の優しさであり、また厳しさでもあった。

 幼馴染二人が先に宿題を終わらせれば、答え見せて、と夏芽が迫ってくるのは小学生の頃に経験済みだったのである。

 

 さて、そんな四人の勉強会に今日は珍しく外野が来ていた。

 

「この問題はどのような公式を使えば良いのですか?」

 そう尋ねたのは、カタリナだった。

 今回、勉強が遅れ気味である彼女が教えを乞うたのである。

 

「ああ、これは教科書のこのページを使えばいいよ」

 千秋が数学の教科書のページを開いて見せる。

 

「なるほど、わかりました」

「カタリナさんは教え甲斐があるから良いよね。

 真面目だし。教えたところはすぐ覚えちゃうし」

 どこかの誰かさんと違って、と嫌味っぽく言う千秋であった。

 

「そんなことはありませんよ」

 謙遜するようにカタリナは応じたが、実際彼女が勉強をまともにやろうと始めたのはここ最近になってからだった。

 

「特に日本史や国語は未だに戸惑いを覚えます」

「ああ、前はイタリア人なんだっけ?」

「ええ、だからと言ってそこまで教養があったわけではありませんが」

「二度目の人生だから勉強とか余裕ってことにはならないんだね……」

「それは当人の学ぶ姿勢に寄るのでは?」

 実際に転生を経験しても夢の無いカタリナの様子に、真冬は少し残念そうだった。

 

「どーせ私は学ぶ姿勢がありませんよーだ」

「夏芽ちゃん、不貞腐れないでよ。事実でしょ」

 いじける夏芽に、遂には春美まで辛辣な言葉を投げかける始末だった。

 人間の集中力は一時間半程度しか持たないというが、夏芽の集中力はそれを下回る。

 こうして何度も勉強会を行っている最大の遅延は彼女の姿勢が問題だった。

 

「じゃあ夏芽、またあれを使う?」

「うえッ」

 千秋の冷ややかな視線に、先日のあれを思い出して夏芽は嫌そうな顔になった。

 

「あの時はすごく捗ったじゃない。

 ああやって覚えた時はすぐに思い出せたみたいだし」

「でもあれは私が断言するけど、チートだよ。

 いや、やっちゃダメだって規則は無いけどさ」

 肯定的な千秋に対して、真冬の方は否定的だった。

 

「あれ、とは?」

「ああそれがね──」

 春美がカタリナに説明しようとした、その時だった。

 

 

「くすくす、本当にヘンなの」

 妖精コティが部屋の壁を通り抜けて、ミニチュアハウスのベッドにダイブした。

 そして健気に勉強なんてしている人類を嘲笑っていた。

 

「意欲の無いやつに勉強を強いるなんて馬鹿みたいな制度を律儀に守るとか、人間って非合理的な事に唯々諾々と従うしか能が無いのかしら」

「お、コティのくせに話が分かるじゃん」

「特に日本人って生き物は平等やら学ぶ機会がどうとかって、そういうのを確認するのにどれだけの時間と費用を掛けてるわけ? 

 そうやって子供一人当たりのコストが増大していくと、少子化が進む一方だと思うんだけど。

 ただでさえ、人間って生き物は非合理的な繁殖方法をしてるのに」

 それはまさしく異次元の、妖精からの意見だった。

 

「夏芽みたいなダメ人間はさっさと労働階級に落として、使い潰しちゃえばいいのに。

 社会に不必要な人間を長生きさせるなんてお馬鹿じゃん。

 人口の管理もまともにできないこの世界の社会じゃ、無駄に資源を食い潰すだけだってのに」

 その言葉に、妖精という生き物に存在していた彼女たちの社会の残酷さの片鱗がにじみ出ていた。

 

「おいこら、誰がダメ人間だこのクソガキ!!」

「きゃはは!! 怒った怒った!! 図星突かれて怒った!!」

「コティ、夏芽で遊ばないでよ」

 立ち上がって部屋で追いかけっこを始める二人に、春美が溜息を吐いた。

 

「くすくす、なんで怒ってるの夏芽~。

 夏芽みたいなダメダメが許されてるのはそんな無駄ばかりの社会のおかげだってのに!! 

 もっと感謝して無駄だらけの社会に奉仕して、ちょっとでもそれが続くように努力したら~?」

「むぎゃ──!!」

 妖精に煽られ、語彙力が喪失する人間という見るに堪えない構図だった。

 

「まんまレプちゃんのSNS炎上事件のレスバトルの時みたいじゃん……」

 そして真冬が頭を抱える。

 コティが来てからというもの、夏芽の集中力がいつもより長持ちしなくなった理由の一つが彼女だった。

 

「ふん」

「ぎゃん!?」

 見るに見かねたのか、カタリナが部屋を飛び回るコティを素手で叩き落した。

 まるで居合い抜きのようなすれ違いざまの一撃に、おおー、と他の面々から声が上がる。

 

「あっはは!! ぺちん、って虫みたいに叩かれて落ちるとかコティちゃん面白すぎるんだけど!!」

「ぐ、ぐぬぬ、ちょっとくらい進化したサルの親戚がなんで私に触れられ……」

 ここぞとばかりに煽り返す夏芽。

 精神年齢が大して変わらない二人だった。

 

「妖精と一緒に住んでいる、と聞いた時は正気を疑いましたが一応見に来て正解でした」

「ああ、やっぱりそういう理由で?」

「最悪勉強は一人で出来ますし」

 カタリナが春美にそう言うと、彼女はコティを摘まみ上げた。

 

「げッ、偶にいるんだよなぁ。魔力も持たないザコ文明のくせに、その扱いを個人レベルで極めちゃったおかしいやつが」

「覚えておけ、人外の怪物。人類(われわれ)はお前たちの殺し方を知っている。

 私やあの魔女がお前を見逃してやるのは、お前の態度次第だと知れ」

「ちッ、はーい、反省してまーす」

 カタリナがコティを手から離すと、ぴゅーっと彼女は飛び上がった。

 

「へーん、だ!! お前の術だって借り物のくせに!! 

 お前たちが神様だとか天使だとか崇めてるのは、私たちと同じ領域の住人なのに区別してくれちゃってさ!! 

 バーカバーカ、お前なんかもっとあの連中に振り回されてればいいんだ!!」

 とか捨て台詞を吐き捨てながら、コティは壁を通り抜けて居なくなってしまった。

 

「まったく。悪魔の一種の分際で戯言を。

 それでアレから何か借り受けでもしましたか?」

 カタリナは特にその専門であるだけあって鋭かった。

 彼女の真剣な表情に、夏芽もおずおずとテープで修理されている粗削りのステッキを渡した。

 

「なるほど。春美、あなたは当然気づいているんでしょうけど、これは危険です」

「そりゃあ危ない道具だと思うけど」

「違います、そうじゃありません」

 夏芽の言葉に、カタリナが首を横に振った。

 

「物事には代償が必要です。仮にこれを使って得られる事象が、何の対価も発生しないとでも思うのですか?」

 その言葉にハッとなった三人が、春美を見やる。

 

「まあ、生命力や寿命を削る類の道具だとは思っていたわ。

 でも若いうちなら多少気分が悪くなる程度で済むと思ったから。勿論、全力で使ったらそうはならないでしょうけど」

「それなら、教えてくれたっていいじゃない……」

「変身を長時間維持し続けても私でも処置可能な範囲だったし。

 それに夏芽ちゃんならそれを危険な事には使わないと思ったから。

 でもまあ、確かに一言ぐらい言っておくべきだったわね」

 リスクと恩恵を天秤に掛ける、魔道に身を堕とした者の考え方だった。

 とはいえ、春美の信頼に夏芽は少し居心地が悪そうにしていたが。

 

「アレにはおそらく、悪意など無かったのでしょうが。

 リャナンシーの伝承と同じですよ。才覚を得られる代わりに、命を削られる。

 とはいえ、使いどころを間違えなければ有用なのもまた事実」

「え、返してくれるの?」

 てっきりカタリナが処分するものだと思っていた夏芽が、素っ頓狂な声を出した。

 

「アレの機嫌を損ねるのは具合が悪い。

 アレは争いを好まない、或いはその必要が無いだけで、災害そのもの。

 私たちはアレと敵対するだけの土俵にも立てないからあれほど寛容なのですよ。

 あなたたちにそのステッキを与えたのも、飼育しているアリに角砂糖を放り投げるのと大して変わらないに違いありません」

 古来より悪魔は、退治するものではなく退散させるもの。

 勝ち負けを論ずる段階ですら無いのだ。

 

「くれぐれも、アレと分かり合おうなどとは思わないことです。

 ですが正直なところ、私の心配は杞憂に終わりそうですね」

「どういうことですか?」

「あの妖精の対処法が、日本人らしいと言うことですよ。

 自分たちのわかりやすい物へと落とし込み、人格を与えて、同じ場所に住み適度な距離感を保つ。

 かつての私には想像しえないことです」

 そのカタリナの言葉に、春美以外はピンとこなかったのか顔を見合わせた。

 

「まあ、いずれわかるでしょう。

 アレも存外、脆い部分もあると言うことです」

 そこまで言ってから、さて、とカタリナは話題を切り替えた。

 

「今日は勉強の代わりに、私が何か作ることになっていましたね。

 何か食べたいものはありますか?」

「一応聞くけど、料理の経験ってある?」

「かつての記憶に、侍従時代に嫌と言うほど」

 千秋が尋ねると、カタリナは心底嫌そうにそう答えた。

 

「お、流石元イタリア人。期待してるから!!」

 という夏芽の激励を受けて、カタリナは一階に下りて行った。

 

 その日の昼食はイタリアの郷土料理だった。

 その出来は女子力の無い面々が落ち込むほど美味しかった。カタリナは材料と調味料の質が全然違うから思ったより美味しかった、と後で述べていた。

 

 

 これが、副長の脱走事件の前日での話だった。

 

 

 §§§

 

 

 そして、その事件の翌日。

 

「はぁ」

 カタリナはいつもの四人に加えて望海と一緒に買い物に付き合わされていた。

 

「なんで私まで呼ばれたのですか?」

「それは、師匠があなたの気晴らしに付き合ってやれって言うものですから」

 その質問には望海が答えた。

 

「前々から思っていたのですが、何故彼女は私に気にかけてくれるのでしょうか」

 それは疑念と言うより、困惑に近かった。

 カタリナはなぜあの因縁の有る魔女に優しくされるか分からなかった。

 

「我らが女神の大いなる権能は知っているでしょう。それに倣ってるだけなのでは?」

 望海たち師弟の崇める女神ヘカテーは女魔術師の保護者、或いは魔女達の女王と称される。

 それに倣う二人の師は、前世から何かと女性の世話をすることが多かったらしかった。

 

「私を同輩にするのは少々業腹ですが、今は割り切りましょう」

「そうしたら? 今はあんまり余裕ないんでしょ?」

「……ええ」

 春美の言葉に、カタリナは溜息と共に肯定した。

 

「ねぇ、どうしてカタリナさんあんなに落ち込んでるの?」

「夏芽ちゃん、聞いてなかったの? 

 ほら、テレビでやってた警視庁で大暴れしたって人、カタリナさんの前の知り合いなんだって」

 ああそういえば、とそれを聞いて夏芽は真冬に納得して見せた。

 

「知ってる人があんな派手に悪いことしちゃうと、悲しいよな」

「まあ、そうだよね。朝からどこもそのニュースで持ち切りだし。

 よりにもよって、例の呪い事件の犯人らしいじゃない?」

 千秋も心配そうに、カタリナを見やる。

 感受性の高い夏芽まで気落ちしていると。

 

 それは、その時に起こった。

 真冬のスマホに着信音がポロンと鳴ったのだ。

 

「あれ、こんな早い時間に魔術師さんの放送が始まるんだ」

 それは登録しているチャンネルの放送が始まるという通知だった。

 いつもは午後なのに、とつぶやく真冬はカタリナの視線を感じて、ウッと小さく呻いた。

 

「き、昨日の事かな? 

 魔術師さんって警察に協力してるみたいだし」

「私にも見せてもらっていいでしょうか?」

 口に出した言葉は取り消せるはずもなく、カタリナの興味を引いてしまった真冬はこくりと頷くことになった。

 

『へーい、おはレプ~♪ 

 今日はお前ら情報くれくれの物乞いどもに、とびっきりの餌を投下しちゃうぞー!!』

 きゃははは!! と、機械音声からでもわかる子供の甲高い笑い声が、画面越しに世界各地へと発信される。

 

 彼女たちは偶然、その放送を目撃していた。

 日本の、そしてこの世界の歴史の転換期となる事件の、その序章を。

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

「望海さん、ここはどこです?」

 十五分足らずの電撃的な放送を見終えて、その内容に衝撃を受ける面々の内カタリナが冷静にそう口にした。

 

「え、カタリナさん、行く気ですか?」

「彼の言葉に、聞き捨てならない一言がありました。

 それを確認しないといけません」

 驚く夏芽に、カタリナは簡潔に言った。

 

「いや、どこの病院かもわかりませんし、都内だとは思いますけど流石にそれで絞るのは……」

 と望海は答えたが、内心特定は容易だと確信していた。

 あんな重体の危険人物が居るのはたぶん警察病院だろうし、一般人にも開放されているから警備の厳しさから判断すればすぐにわかるだろう、と。

 いずれにしても望海に分かるのは、そんな中に彼女を連れて行くわけには行かないと言うことだった。

 

「まず、落ち着こうよ。落ち着いて。

 勢いだけで行動しようとしても、ダメだよ」

 千秋がカタリナの前に出て、その肩に手を置いた。

 

「分かっていますよ……」

 カタリナは視線を逸らしてそう答えた。

 自分が冷静さを欠いていたことには自覚があるようだった。

 

「ひとまず、魔女さん辺りに相談しよう。

 あの人はしばらく病院から動けないだろうし、私たちだけじゃ知恵も足らないと思うし」

 真冬が説得するように彼女にそう言った。

 その言葉には、どうか早まって馬鹿なことをしないでほしい、という願いが込められていた。

 

「そうそう、まずは腰を落ち着けて何か飲もう。

 いろいろと衝撃的過ぎて喉が渇いてきたよ」

 あまり空気の読めない夏芽まで、そのように同調するくらいカタリナの意気は凄まじかったのである。

 

「うーん、とりあえず、聞いてみますか」

 三人がカタリナを近くのカフェに連れ込もうとしているのを横目に、春美が電話で師に連絡しようとスマホに手を取ったのだが。

 

「あッ、師匠、もう来たんですか?」

 馴染みのある匂いに、春美が振り返る。

 よほどカタリナが心配だったのか、と思った春美は目を見開いた。

 それは望海も同じで、三人にまとわりつかれていたカタリナも警戒をあらわにした。

 

 そこにいたのは、二人の師ではなかった。

 まるで自分たちの師のような、黒衣の女がすんすんと鼻を鳴らす。

 そして、にんまりと笑った。

 

「へぇ、あの人の匂いを辿ってみれば、同輩、同門が居るなんてねぇ」

 その女は若いと言うのに、その語句のイントネーションはまったりとしていて、まるで老婆のようにその場にいた面々は感じた。

 

「同じ師を仰ぎ、同じ神を仰ぐ、我が新しい姉妹たちよ。

 こうしてこの三本道の中心にて出会えたのは、我らが女神の導きだろう。

 さあ、二人とも、その顔をよく見せておくれ」

 とても、とてもうれしそうに言うその女に、春美と望海も思わず顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




お気に入りも増えたので、そろそろ久々にアンケートとか取りたいけど、ネタが無いです。
何かいい題材はないでしょうか?
というわけで、何か思いついたら実施します。

それでは、また次回!!
お楽しみに!!
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