同率一位って……もしかして狙ってやりました?
と言うわけなので、今回は一位二つの内、魔女さんたちの方を独断で書かせてもらいました。
そういうわけで、本編どうぞ。
「……あなたも飲みなさいよ」
田舎に帰省中の魔女が、テーブルを挟んだ向こうに麦茶を勧めた。
「いただきます」
彼女の対面に座るのは、カタリナだった。
しばし無言の時間が流れた。
扇風機の風の音と、風鈴が揺れる音が静寂の時を許さない。
「それで」
魔女が問う。
「何でまた来たの。電話でも良いでしょう?」
「大事な話です」
カタリナは短く簡潔に答えた。
「あなたはあのイヴの計画に賛同しました」
「そちらもね」
「私は最終的に必要だと感じました。
ですが、どうしてもこの国でそれを成すことが正義だとは思えない」
カタリナの言葉に、魔女は薄く笑った。何を今更、とでも言いたげに。
「私はこの国に産まれて災害の恐怖を知った。
イヴの計画はこの国において忌むべき所業なのでは、と思ったのです」
「そもそも、私はあなたの正義とやらが何なのかわからないのだけれど」
魔女はまるでワインでも揺らすように、ガラスのコップに入った麦茶を回す。
からんからん、と中の氷が音を鳴らす。
「あなたの言う正義って、いつの時代のことを言っているの?」
「私に、正義を語る資格は無い、と?」
「そこまでは言っていないわ」
今更昔のことを蒸し返すのは不毛だわ、と魔女は気だるげに言う。
「正義とは結局、大衆を動かす道具でしょう?
あなた個人の正義なんて、意味が有るのかしら」
彼女はこう言っている。
──お前の自己満足で誰かを救えるのか、と。
「好きに生きて、好きに死ねばいい。
私はいつも弟子にそう言っているわよ。あなたもそうすれば良い」
「あなたの意見をまだ聞いていません」
強張った声が、魔女の言葉に続いた。
「私もあなたと同意見よ。
我が子の為、孫の為、子孫の為。我が秘術を受け継ぐ一族の為。
イヴの試みは必要だと思ったわ。だってそうしないと、これからの世の中は異能者が弾圧され、搾取されるだけの世界が待っているんだから」
カタリナは無言だった。それは誰よりも、彼女が分かっていた。
世の中は結局、数が多い方の意見が通るのだと。
「イヴが気に入らないのは分かるわ。こうして愚痴を言いに来たこともね。
だけど、文句があるのなら代案を出すべきだわ。イヴ以上に効率的で誰もが納得する方法をね」
そんなものが無いと分かっていながら、魔女はカタリナに言い諭す。
イヴの立てた計画は、彼女らしく極めて合理的で計算しつくされていた。
彼女の計画が成就すれば、結果的に多くを救うだろう。
──そしてその頂点に、異能者と言う名の魔族を統べる魔王として彼女は君臨するのだ。
「……あの女は、副長の犯行に手を貸していたそうです」
「まあ、イヴを介さない触媒の入手ルートは限られるでしょうし、顔見知りでも不思議ではないわね」
「奴は副長を利用したのです!! そうです、愚痴ですよ!!
愚痴しか言えないではないですかッ、私にはどうしようもできない問題を、彼女は形はどうあれ解決の目途が立っている!!
だけど理屈よりも感情で、あの女を信用するべきではなかった!!」
世の中案外狭いと言うが、魔術の横つながりは本当に狭い。
その中で屈指の顔の広さがあるイヴなのだから、こういうことも彼女にとっては珍しくないことなのかもしれない。
「そうね、あれは昔から人間の感情というものを非合理に思っていたようだし」
感情のままに怒気を吐き出すカタリナの複雑な心境を、魔女は静かに頷いて受け止めていた。
「それで、どうするの?
彼女の所業の結果はどうあれ、この世に混沌を招くでしょう。
それを今のうちに正すというのなら、それはそれで正義と称えられるでしょうね」
イヴの計画は効率的でこれから多くの異能者を救うのだろう。
それだけなら慈悲深い、聖人の所業かもしれない。
だがそれは、巻き込まれる他人の事情を考慮していなかった。
当然それを割り切って彼女はイヴの計画に賛同した。
「もし今この場で、イヴを討つと決断できるのなら手伝ってあげてもいいわ」
でもそれは心情的に犠牲を許容したというわけではなかった。
だからそんな、試すようなことを魔女は言うのだ。
「ご冗談を」
そして、結局のところカタリナがここに来たのは、この秘密を共有する相手に愚痴る為だけだった。
「そんなことをして何になる」
吐き捨てるように、忌々しげに彼女は言った。
イヴと召喚士に喧嘩を売るような真似が、どれほど割に合わないかなど、彼女は分かっている。
「私は武侠ではない。今でこそ修道女だが、かつては騎士修道会の一員ですらなかった。
ああ殺したさ、言い訳の余地がないほど数多く。
だが結局、私も副長と同じだったわけだ」
まるで麦酒を呷るように、カタリナは麦茶を飲みほした。
「私は今生でも、嫌な仕事をしなければならないようだ」
「本当に、それでいいのね?」
「先日の副長の一件、遠く離れたローマで法王様がお言葉を発した。
日本でも偉大なお方の声が聞けるというのは本当にすごい世の中になったものだ」
副長の扱った魔術は教会の逸話を基にしている。
奇跡を扱う術は当然彼らの専売特許ではないので、向こうに感知されることは当然あった。
「御方は奇跡の逸話を悪用されたことを嘆いただけで、副長を討てとは仰らなかった。
あのふざけた異端審問官の連中さえも、来る気配がない」
「あの連中も、今も居るのかしら」
「居るでしょう。異端審問は百年ちょっと前まで現役だったのですから。
異端審問そのものを神秘の術として扱うあの連中が、その血筋を絶えさせているわけがない」
魔女も、カタリナも、顔を顰めて見合わせる。
彼女らが生きた中世ヨーロッパの魔術師たちに横つながりなんてモノは薄かった。
そんな薄いつながりでさえ、悪名と言うものが轟いた者もいた。
異端審問官。
当時、総長たちが殺しに来るのが最悪なら、彼らが来るのは最悪の中の最悪だった。
「私、連中に首を斬られたことが有ったわ。あんなにすっぱり殺されたの始めてよ」
「どうしてそれで生きてたんですか」
断頭台の感触を思い出してか、首の触りながら顔を顰めるカタリナが冷静にツッコミを入れた。
「仮にだけど、召喚士を相手にするなら異端審問官ぐらい居ないと勝算は薄いわ。
調停者は動かないだろうし、イヴに喧嘩を売るならそれくらい戦力が必要ね」
「それは素晴らしい提案ですね。
連中が私たちにも噛みつくだろうって点に目を瞑れば」
まるで酒の席の冗談のように、くだらない話で盛り上がる二人だった。
「……春美さんたちには話したんですか?」
「近々イヴは決起会をするそうよ。その時に話すでしょうね」
「そうですか」
いずれにしても、時代はある種の転換期に来ている。
結局は二人もその流れに揉まれる枝葉に過ぎなかった。
二人は時代の荒波に抗える、英雄などではないのだから。
「おーい、買ってきておいたぞー」
すると、魔女の祖父が軽トラックに大量の荷物を載せて庭に現れた。
「ありがとう、お爺ちゃん。
すぐに納屋に運ぶの手伝うわ」
彼女はそう言って立ち上がると、カタリナを見やる。
「あなたも備えた方が良いわ。どうせすぐに、日本中で不足するわ」
「そうでしょうね」
二人が庭に停められた軽トラックの方を見た。
そこには、水と保存食、トイレットペーパーなどが大量に積まれていたのだ。
「本当に、あの女はとんでもないことをしようとしているのですね」
その備えを見て、カタリナは実感としてそう思うのだった。
§§§
この日本において、恐るべき計画が進行しているなどということを知る者など極僅か。
「あら小池君。たまたま偶然、外で会えるなんて珍しいわね」
現在外出中に交際相手に遭遇してしまった小池もその一人だった。
「そうですね。でも田舎からもう戻ってきたんですか?
もうすぐお盆の時期なのに」
「ええ、ちょっと用事があったのよ」
シャッターが目立つ商店街の道を歩きながら、小池は彼女に話題を振った。
魔女はいつものように微笑んでいる。
「そうなんですか。あ、用事が終わったらすぐ帰っちゃうんですか?
時間が有ったら、家に来てもらってもいいですか? 妹が貴女に会いたいってうるさくて」
「あら、そうなの。私も是非とも会ってみたいわ」
「あ、いえ、迷惑なら構わないんですけどね」
小池にとって、彼女は常に気を使わないといけない相手だ。
いつだって超然としている彼女だが、それでも機嫌を損ねないように細心の注意を払っている。
「あまり気を使わなくてもいいのよ、小池君。
自然体のあなたが私は一番好きなんだから」
それを感じ取ったのか、彼女はそんなことを口にした。
好き。
男だったら反応せざるを得ない一言だった。
思わず赤面する小池に、魔女はくすくすと笑った。
「……こんな男の何がいいのかねぇ」
「……どうかしました?」
笑う彼女の表情が、一瞬陰りを帯びたのを小池は見逃さなかった。
「いえ、気にしないで。電車で長時間座ってたから疲れちゃって」
「ああわかります、俺も中学の時は電車通学だったんで。
向こうの中学まで電車で一時間も掛って、朝が大変だったなぁ」
高校は地元に受かって良かった、と小池は話した。
「そうね、どうせ通うなら近くがいいわよね」
「そっちも、地元だからうちの高校にしたんですか?」
「ええ、そうよ。近い方が通学が楽だもの」
「やっぱりそうですよねぇ」
他愛もない会話をしながら、二人は道を歩く。
「ねぇ」
するり、と彼女が小池の片腕に手を絡ませる。
「えッ」
思わず小池の心臓が高鳴った。
だが、直後にぞわりと何かが全身を駆け巡ったような気がした。
「今日の私は機嫌がいいわ。
なんでも好きな話をしてあげる」
小池の真横にある彼女の顔は、どこか挑発的に彼を見ていた。
「…………」
小池は迷った。
デリカシーの無い質問だからだ。
「ねぇ、早く」
「わッわかりました!!」
しかし彼女は更に顔を近づけて急かしてきた。
慌てて彼は質問を口にした。
「じゃ、じゃあ、……前世で誰かを好きになったことってあるんですか?」
その質問は、いつだって彼の喉元から出かかっていた。
だけど前世は前世、今生は今生と割り切っている彼女に、聞くことはできなかった。
「……ふーん」
意味深な笑みを浮かべて、魔女は早くも言葉にしたことを後悔し始めている小池の顔を覗き込むように見やった。
「むかしむかし、神聖ローマ帝国の戦乱の時代に、とある貴族が居ました」
そして彼女は語り出す。戦乱にまみれた中世ヨーロッパにて起こったある貴族の男の人生を。
「彼は女癖が悪く、領地の経営は失敗続き、領民からも評判は悪いという有様でした。
そんな領主に、ある魔女は取り入ったのです」
「……その魔女は、どうしてそんな評判の悪い領主を選んだんですか?」
「単純に、財産を奪っても良心が痛まないからよ」
小池の疑問に、彼女は断言した。
「彼には妻が居て、妾も何人も居たのですが、子供は居ませんでした。
これはお家を乗っ取るチャンスです。勿論、そういう相手を選んだからと言うのもありますが。
魔女は手練手管を用い、時には魔術を用いて彼を篭絡し、妻や妾たちを他所へと追いやりました。
後は彼の子供を産んで、彼を適当な戦場に送り込んで殺すだけですべて自分の物になる、と魔女はほくそ笑んだことでしょう」
覚悟はしていたが、予想以上に生々しい話で小池は頬を引きつらせていた。
「彼と魔女の間に最初に産まれたのは、女の子でした。
領主は男の子ではないことにがっかりしましたが、魔女は女の子で十分でした。
と言うよりも、魔女は大いなるヘカテー様の加護により、必ず女の子を授かるようになっているのでした。
重要なのは、彼との間に子供ができたこと。そして何より、──安全に己の後継者を育てる地盤ができたことでした」
ところが、と彼女は話を一区切り。
「女の子は、予想以上に領主に溺愛されてしまいました。
寝ても覚めても領主は娘の事ばかり。誰かと婚約するなんて話が出てきたら激怒してしまう有様でした。
終いには武功を上げて、放蕩して減らしていた財産を補填してしまうほどでした。
勿論、その陰には魔女の手助けがあったのは彼も知らないことでしたが」
やれやれ、と言いたげに彼女はわざとらしく首を振った。
「さっさと毒でも飲ませて殺せばよかったのに、娘のあまりの溺愛ぶりに魔女の方が毒気を抜かれてしまったのです。
娘の方も父親の事が大好きで、魔女もずるずると彼が老衰するまで付き合ってしまったのです。ちなみに、その間に五人も娘を授かりました。
領主はとっくに娘の婿に地位を明け渡していて既に領主ではありませんでしたが、当時としてはかなり長生きした方でしょう。
彼が亡くなると、後を追うように魔女も亡くなってしまいました。お話は以上です」
「……え? 終わり?」
「ええ、終わりよ。これが一番長続きした相手の顛末」
まさかのオチ無し。
話の内容も大雑把で、小池はなんだか釈然としない気分だった。
「結局、彼女は領主の事を愛していたんですか?」
「さて、どうでしょうね」
はぐらかすように、目の前の彼女は笑った。
「本当に、あの方の男の趣味は分からない……」
「それで、その後この時代に転生したってわけですか」
「それは違うわね」
「へ?」
「領主の娘はある時、どこからか養女を迎え入れたわ。
養女は成長すると、娘の旦那には母親そっくりだと驚かれたらしいわね」
ひっひっひ、と低く彼女は笑った。
全てをなんとなく察した小池は微妙な表情になって言葉が続かなかった。
「魔女はそうやって、各地を転々としながら生き続けて行ったのです」
「じゃあ、今日本に居るのもその結果ってことですか?」
「……いえ、残念なことに彼女は死んだわ。本当に死んでしまったの。殺されたわ」
彼女は肩を落とし、悔しげにそう話した。
「ええッ、殺されたって、本当に? あなたが?」
「誰だって、油断くらいするでしょう。
例えば、自分が信頼していたと思っていた娘に、延命の儀式を邪魔されたり、とかね」
皮肉気に、目の前の彼女は小池に笑って見せた。
そう、永遠に生きるかと思われた魔女の秘術の最大の弱点は、一人で若返りが行えないという点だった。
彼女が弟子を取り、後継者を作るのは、自分が生きながらえるのに必要だったからだ。
そしてその弟子こそが、彼女の急所でもあった。
「儀式を邪魔したその娘は、その場で他の高弟たちに八つ裂きにされたわ。
そして本当に嘆かわしいことに、現代に至るまでその術のほとんどが喪失してしまった」
深々と、目の前の魔女は溜息を吐いた。
「だから小池君、あなたも私の秘伝を後世に伝える為に、協力してね」
「あ、え、きょ、今日は貴重なお話をありがとうございました──!!」
しかし彼女が妖艶に微笑むと、哀れな童貞に過ぎない小池は真っ赤になってその場から逃げ出してしまった。
「くっくっく、ちょっと遊びすぎたかしらねぇ」
その背を見送りながら、魔女は面白そうに笑っていた。
「あの方も面白いオモチャを見つけたもんだねぇ」
そしてその日の夜、小池はメッセージアプリでメールを送った。
:小池
もう!! 今日みたいにからかうのは勘弁してくださいね!!
それに対して、彼の彼女の返答はこうだった。
──今日? 何の話かしら?
今回のお話は魔女さんについてでした。あとカタリナの愚痴。
ちゃんとアンケートの選択肢通りのお話でした。
オチが分からなかった方は、読み上げ機能や、妙な空白をドラック&ドロップしてみてください。
それでは次回はアンケートのもう一つの一位、化粧屋のお話にしようと思います。
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