「ねぇ、今日のニュース見た?」
「見た見た。うちの近くの高校で集団食中毒だって話でしょう?」
「怖いよね、原因もすぐに特定できなかったんだって」
いつもの教室、いつもの幼馴染三人組はいつものように昼休みに昼食時にそんな食欲が失せる話題を上げていた。
「でもこの時期に食中毒って珍しいよね」
「何はともあれ、うちの高校で起きなくてよかったよ」
千秋の言葉に、夏芽は苦い表情でそう言った。
「春美ちゃんも、まさか食中毒じゃないよね?」
「まさか、ただの風邪だろう」
心配性の真冬は、ここに居ないもう一人の友達のことを思ったが、夏芽は笑い飛ばした。
実際には、もっと酷かったが。
「あ……あ……あッ」
春美はベッドに横たわっていた。
だがその様子はとても普通ではなかった。
目を見開き瞳孔は開きっぱなし、口元は緩んでおり唾液で汚れていた。
時折、思い出したかのように痙攣し、体温は低く肌は青白かった。
それでいて、意識はハッキリしていた。彼女が痙攣しているのは、自身の身に起きている恐怖に震えているからだった。
「私は、あなたのすることに口に挟まないとは確かに言ったわ。
でもこれは私の落ち度でもあるわね。だって、私が免許皆伝を与えるまで面倒を見るつもりだったもの。
私もそこまで放任主義ではないわ」
春美の魔導の師たる彼女は、別に春美がしたことを怒っているわけではなかった。
ただ、行動を起こすには未熟で、浅はかで、愚かだと言いたかったのだ。
「食中毒に偽装したのは、素直に褒めてあげる。
でも昔、ペストでやらかした奴が居てね。大変なことになったわ。
そしてあなたは自分の住む国の厚生労働省を甘く見過ぎている。
私が食中毒の発生源を偽造していなければ、今頃魔術テロだと断定されて公安の伝手で暇な同業者が捜査しに来ていたわ。
あなたは少し、遠い海の向こうでイスラム過激派が異端審問を再開し虐殺が起こったって話を重く受け止めるべきだわ」
「あ……あぅ……ご、ごべ……ん……な……」
「私の知り合いが今は生きやすい時代だと言ったけど、とんでもない。
私たちよりよほど魔術じみて、そして執念深く厄介な連中が確かにいるのよ。
そう言った心構えを教えるのが遅れたのは、私もこの平和な国に毒されたと思って一緒に反省しましょう」
意外に思われるが、この魔女は饒舌だった。
物静かでミステリアスな雰囲気に反して、お喋り好きなのだ。
だからその饒舌さで春美の心を抉るのは酷く惨めで悲しく、涙が出た。
まるで、死が目の前に迫ってくるような感覚。
全身が自分の意志でどうにもならず、他者に命運を握られる悪寒は筆舌にしがたい苦痛と恐怖だった。
「この際だから言っておくけれど、私は貴女のことを可愛い弟子だと思っているわ。
でも私の弟子であることに対する事実と我が秘術と誇りに泥を掛けるのなら──あなたを殺すわ」
それが師匠としての責任だもの、とスマホでゲームのイベント周回をしている魔女は言った。
「はひ、はひ」
「精々肝に銘じなさい。
私も、あなたも、この世界にとってほんの少しも特別であることなど無いのだと」
こくこく、と必死に頷こうとしている春美を横目で見ながら、彼女はスマホを弄り続けた。
§§§
「んまぁ、私らは特別だからな。頼りたくなっちゃうのも分かるわ」
車の後部座席にふんぞり返っている女に、運転席の男はため息を吐きたくなる衝動に襲われた。
このくたびれた四十代の男は警視庁所属の警察官である。
階級は警部、役職は異能係係長と言う物であった。
異能係は、比較的最近に新設された部署だった。
日本では魔法や超能力を扱う人間を正式には『異能者』と呼称し、彼らの起こす犯罪などの取り締まり、混乱を収める為に尽力していた。
しかしながら、日本は異能者に対する法案や対応は世界的に後進国だと言わざるを得なかった。
アメリカやイギリスは意の一番に彼らの役職を与え囲い、法律の整備も進みつつある。
それに対して日本は様々な要因で二の足を踏んでいる状態だった。
本来なら二人以上で行動する警察官が部外者と共に行動していることから、異能犯罪に対する人手不足や対応が遅れていることを如実に示されていた。
その理由の大きな部分の一つに、異能犯罪の解決には異能者の協力が必要なことが多かったからである。
だがこの異能者たちが揃いも揃って──特に魔法使いやら魔術師とか呼ばれる連中は──個人主義で、国家や警察に非協力的だった。
公安警察が異能者の把握と勧誘に尽力し、その殆どが袖にされている。
その異能者の能力もピンキリで、殆ど一般人と変わらない者もいる。
世間一般では彼らは全員が超常現象を起こす超人のように取り沙汰されるが、そんな人間はごく少数だった。
そして彼の運転する車の後部座席に座る女は、凄腕で変わり者だった。
『化粧屋』を自称し、その名で公安警察にマークされていた彼女は、どういうわけだか最近になって自分の能力を売り込みに来た珍しい人物だった。
そのくせ、自分の手柄は公表しなくていい、あくまで協力者として必要な時に手を貸す、と言った条件を持ちかけ、それを警察上層部に呑ませたらしかった。
公安にマークされるだけあって、彼女は色んな意味で有名だった。
日本の歴史に残るロックスターに最後の伝説を作る手伝いをし、各地で死者を呼び起こし混乱を招き、時には死者による復讐殺人さえもさせた疑いがあった。
当然、公安は彼女の弱みを握ろうとしてその素性を探ろうとしたが、どこの誰かも不明。
彼女の髪の毛などをDNA検査したところ、検査する度に別々の死者のDNAが検査結果として上がるなど、あらゆる意味で常軌を逸していた。
しかしその異常な経歴が、彼女を凄腕足らしめることを示していた。
悲しいことに、異能者たちは凄腕であればあるほど現代の価値観からすれば狂人の類であることが多かった。
彼女もその類に漏れず、死者を冒涜することを躊躇わない狂人にして外道だった。
そんな人間と一緒に行動せざるを得ない彼は、時代が変わったことにため息を漏らさずにいられなかった。
「ところで、私に頼んでまでってことは、どっかの同業者の仕業か?」
「上は、あんたをまだ信用しちゃいない」
「っはは!! 信用してないか、そりゃあそうか!!」
何が可笑しいのか、彼の言葉に化粧屋は手を叩いて笑った。
「……私を試したいわけか、いいぞ。その方が面白い」
警部の聞いていた通り、化粧屋は常人とは違う思考回路をしているようだった。
「でもまあ、私が出張るってことは死体が出たんだろう?
私に掛かれば死体は生きてる人間より雄弁だ」
「……ああ、その通りだ。
判断が難しい案件だと聞いている」
「ふーん」
化粧屋はそれだけ聞くと、現場に着くまで口を開かなかった。
現場はアパートの二階にある一室だった。
既に鑑識が入っており、中は警察が封鎖していた。
「異能係の伊藤だ」
警部が警察手帳を示すと、警備をしていた捜査官がご苦労様ですと言って二人を通した。
室内に入ると、腐敗臭が二人を向かい入れた。
「この臭い、この時期だと死後五日ってところか」
死臭に顔を顰めている伊藤刑事の横で、化粧屋は飄々とした態度でそう言った。
二人がリビングに入ると、何人もの鑑識や捜査官、そして女性の遺体がテーブルにうつ伏せになって倒れていた。
「あなたは?」
先に現場入りしていた刑事らしい男が、変な組み合わせの二人を見て顔を顰め尋ねた。
「警視庁異能係だ、判断が難しい案件だと聞いて、たまたま近くだったんで応援に来た」
「異能係? どう見てもこれは異能事件じゃありませんよ?」
露骨に管轄外だろう、と言わんばかりの表情に、伊藤刑事もバツが悪そうだった。
「ははは!! すげぇ、ドラマみたいだ!!
特命係とか居ないの? 私、めっちゃファンなんだけど」
化粧屋は警察の事件現場に立ち会っているのにこの態度である。
「これが、異能者?」
「悲しいことに、凄腕らしい」
警察官二人は哀愁に満ちた表情で、こんなのを現場に入れないといけない現状を嘆くのだった。
そして、伊藤刑事は女性の遺体の身元を尋ねた。
身元はこのアパートの一室を借りている本人だと間違い無いようだった。
問題は死因である。睡眠薬の大量摂取による自殺という線が濃厚だった。
しかし、被害者はアパートの大家にストーカー被害について相談しており、第一発見者もまた大家の女性だった。
前回の相談から数日も音沙汰がなかった被害者を心配し、何度か呼び掛けるも反応は無く、異臭を感じ鍵を開けたら……と言った経緯で事件が発覚した。
「警察に被害届は?」
「一応出していたらしい」
なるほど、難しい案件だと、伊藤刑事は思った。
ストーカーを苦に自殺したのか、ストーカーに殺されたのかで、世間の警察に対する評価はまるで違う。
もし仮に他殺だとして、ストーカーの特定に時間を掛ければ取り逃がす可能性もある。
長期化すればするだけ、不利になる案件だ。
「大家さんの話によると、ストーカーは毎日手紙を玄関に投函していたようですね。
被害者は証拠の為に保管していたようです」
「指紋は?」
「ありません。文字も手書きではありませんね」
鑑識の言葉に、伊藤刑事も唸る。
普通なら、捜査は自殺と他殺を視野に入れて始まることになる。
だが他殺だった場合、そのストーカーが犯人である証拠が見つかる可能性が薄かった。
もう既に鑑識がそれなりの時間入っていて、それらしい物を見つけていないのだから。
「へぇ、警察の捜査って面白いんだな」
そして化粧屋は鑑識の作業を興味深そうに見ていた。
「……はぁ、化粧屋、あんたには頼りたくはないが、参考までに意見を聞かせてくれ」
「んー、直接犯人を炙り出すのと、彼女に直接聞くの、占いするのとどれが良い?」
化粧屋の言葉に、彼女に尋ねた伊藤刑事だけでなく他の捜査官たちも呆気に取られた。
彼らは昨今増えている異能犯罪に遭遇したことは一度や二度ではないし、捜査の為に魔術的予備知識も多少はあった。
それでも現場で魔術の類を実践しようとする協力者はまず居なかった。
警察にとって協力者はあくまで助言者であり、一足飛びに事件を解決させる人物ではないのだ。
「……遺体に手を加えることは許可できない」
悩んだ末に、伊藤刑事が絞り出した言葉はそれだった。
「オーケー、じゃあ聞いてみてくれ」
化粧屋は古めかしいパイプを取り出し、何かの粉末を入れて火を入れた。
「おい、こんなところでタバコなんて!!」
捜査官が彼女の行動に怒りを示そうとするのを、伊藤刑事は手を伸ばし止めた。
「ふぅ…………えッ」
化粧屋の、雰囲気が変わった。
ぽとり、とパイプが床に落ちた。
「え、嘘、なんで、私、私、死んでる!? 嘘、いや、いやぁあああ!!」
彼女はまるで別人のように豹変し、取り乱し、叫び始めた。
「取り押さえろ、手伝ってくれ!!」
そんな彼女を、伊藤刑事が捜査官たちに呼び掛け、手足を押さえつける。
彼らも現場を荒らされては堪らないと、必死だ。
「落ち着いてくれ、私たちは警察だ!!
あなたを殺した人間を追っている!! 犯人を君は見たのか!?」
「違う違う違う!! 私まだ死にたくない!!
まだいっぱいやりたいことあるのに!! どうして、どうして死ななきゃならないの!!」
「教えてくれ、頼む!! 君は殺されたのか!!」
「どうして、どうしてなの!! 信じてたのに、嘘つき嘘つき嘘つき!!」
そして、化粧屋は憎悪に満ちた表情で叫んだ。
第一発見者である、大家の女性の名前を。
事件は、程なくして解決した。
豹変した化粧屋を拘束し、犯人に離れたところから引き合わせたところ、恐怖のあまりに自供したのである。
「第一発見者が犯人なんて、ありきたりな結末だなぁ」
事件の結末を知った化粧屋は、つまらなそうにそう言った。
犯人の動機を聞いても、ふーん、の一言だ。
「それにしても、私に死体を弄らせなかったのは正解だったな。
あの様子なら、きっと犯人をぶっ殺してた」
「そして俺の首も繋がったわけだ」
もしそんなことを許していれば、伊藤刑事とてどんな処罰を下るか分からないところだった。
ちなみに、二人はファミレスで食事中だった。
この食事代が、今回の報酬で構わないのだと彼女は言う。
警察の謝礼ではなく、伊藤刑事が奢る羽目になっていた。
「なあ、なぜ死者を冒涜するような真似をするんだ?」
「うん?」
「あんたの腕ならそんなことしなくたって……」
そこまで言って、伊藤刑事は言葉に詰まった。
「そんなことしなくたって、なんだ?
そんなことしなくたって正しい使い方を出来るだろう、とかか?
おいおいおいおい、あんたの仕事は生者を冒涜する輩をとっ捕まえることだろう?
それに私が正しさなんてあやふやな物の為に警察に力を貸したとでも?」
化粧屋はサングラスの奥の目を細めながら笑い飛ばした。
「では、なぜなんだ?」
「言っただろう、ファンなんだよ。刑事ドラマの。
何ならシーズンごとの名場面について語ってやろうか?」
「…………」
化粧屋はそんな冗談みたいなことを言い終えるとハンバーグを切り分ける作業に徹し始め、伊藤刑事も黙り込んだ。
そして、ため息を吐いた。
何となく、この変人にこれからも関わらざるをえないという予感を抱きながら。
今回も世界観説明的な奴です。
現代とファンタジーをすり合わせる系の話とか好きなんですよねー。
さて、そろそろネタが尽きてきたぞー。
更新速度が落ちたらそう言うことだと思ってください。