「化粧屋さん、どーう?」
休憩室にて数名の婦警に囲まれている化粧屋は、対面に座る若い婦警の緊張した声に答えなかった。
「…………」
化粧屋は無言でテーブルの上のタロットカードを見下ろしていた。
そのタロットは既製品ではなく、彼女のお手製だった。
よく見ると絵柄も現代の物とはだいぶ違う。
空前のオカルトブームの今現代、タロット占いはオカルト女子の嗜みであり基礎知識だった。
そんなオカルトに興味のある彼女たちでも、化粧屋のタロット占いは見たことも無い手法だった。
逆位置も無ければ、絵柄も枚数も現代と違う、現代のように統一されたモノではない古いやり方だった。
現代のタロット占いは18世紀に発祥した手法によるものが主流とされ、現代にまで影響を及ぼした。
それまでタロットはトランプのように遊びのツールだったが、それ以前にもタロット占いは存在していたとされている。
前世は十五世紀を生きた化粧屋のやり方は大衆向けの占い師の手法ではなく、元来の魔術としての占いなのだ。
だからこそ、そんな歴史的価値のある占いの結果を、婦警たちは固唾を飲んで見守ることしかできなかった。
「犬養、お前最後に家族に会ったのはいつだ?」
テーブルの上に並べられたカードを見下ろし、化粧屋は問う。
「え、二年くらい前かな。家族とはちょっと疎遠気味で……」
「お前の親類に病魔の兆候が見える。
おそらくだが、お前の母方の血筋には病死が多いな?」
何で分かるの、と犬養は喉元から出かかった。
彼女の曾祖母と祖母はがんに掛って亡くなっていたのだ。
緊張からか、喉が渇いて口の中が粘つくのがわかる。
化粧屋のサングラス越しの視線を受けていると、まるで自分に死の宣告をされているかのような錯覚に陥る。
「早めに確かめないと手遅れになる」
化粧屋の警告に、彼女はこくりと頷いて青い顔のまま携帯電話を手に休憩室を出て行った。
休憩室は化粧屋の周囲の婦警たちだけでなく、興味本位で様子を見ていた警官たちの間にも沈黙が舞い降りた。
誰もが、次は私も占って、なんて言える雰囲気ではなくなってしまった。
婦警たちが、次はあんたが占ってもらいなさいよ、と視線だけで押し付け合うこと数分。
犬養が耳に当てたままの携帯電話をポケットにしまいながら戻ってきた。
「どうだった?」
彼女の同僚の一人が、尋ねた。
「……お母さん、先月に行った病院の検査でがんの初期症状が見つかったって。
私に心配かけないように言わなかったのに、なんで知ってるのって」
「なら次の休みには家族に会いに行った方がいい。ついでに墓参りでもしておけ。
それとお前も気を付けろ。今こそお前には病魔は見えないが、必ずやってくる。必ずだ」
化粧屋はカードをまとめながらそう忠告した。
遺伝性の病気が子供に受け継がれる確率は病気によってそれぞれだが、四代目の彼女にまで渡ってその病によって苦しめられると彼女は予言したのである。
普通の占い師のように、曖昧で当たり外れの無いようなことなど彼女は言わなかった。
その恐ろしさに、誰もが気軽に占いを頼めるような空気にはならなかったのだが。
「じゃあ犬養、今日の昼飯お前の奢りな」
「あ、はい」
元々そういう約束だったのを思い出し、犬養は頷いた。
厳かな雰囲気を醸し出していた化粧屋がそんなにあっさりと空気を切り替えるのだから、周囲の空気まで弛緩してしまった。
「ふぅ、これ疲れるから今日はこれまでな。
次は明日ってことでよろしく」
その言葉を証明するように、化粧屋は顔の汗を拭った。
彼女はまるで全力でしばらく走ったかのような疲労した様子まで見せていた。
「化粧屋さんの占い、本当に当たるんだね」
「当たり前だろ、死霊術の起源は元々占いなんだから。
古代ギリシャ辺りじゃ、死者を通じて神のお告げを聞くために死霊術を行ったらしいしな」
まあ私は殆ど我流だが、と化粧屋は驚き慄く婦警にそう返した。
「アメリカの特番とかじゃ、超能力者が未解決事件の捜査を手伝ったりしたりするけど、化粧屋さんもそういうの出来そうだよね」
「ああいうのに出てくる連中って、素質はあるんだがなぁ。
本格的な力の使い方が分かれば、番組の都合で中途半端に捜査が終わったりしないんだが」
化粧屋は、自分なら未解決事件もどうにかできる、とは明言しなかった。
それはこの場にいる警官たちのプライドを刺激してしまうと、彼女は分かっていたからである。
身も蓋もない言い方をするなら、彼女は周囲に気を使ったわけだが。
「ふん、占いなんかで、捜査が出来るかってんだ」
いかにも偏屈そうな老境に入った刑事が、喫煙室から出てきながら化粧屋たちをひと睨みして去って行った。
「うお、刑事ドラマに居そうな頑固そうな人だなぁ!!」
悪態を吐かれたというのに、化粧屋はなぜか嬉しそうだった。
「ああ、あの人は今年で定年の芦田刑事ね。まあ、見た目通りっていうかなんていうか」
彼の評判は婦警たちにも知れ渡っているのか、彼女たちも苦笑いだった。
「やっぱり刑事ってのは偏屈じゃないとダメだよな。
うちの伊藤ちゃんとか、もうチョイ頭が硬くてもよくない?」
そして化粧屋がそんなことを言うと、婦警たちも小さく笑い声を上げた。
そんな感じで、化粧屋は婦警たちの間で割と人気者になったのが、彼女が警視庁に出入りし始めた頃だった。
§§§
そして時は今に至る。
「はぁ」
化粧屋は溜息を吐いた。
彼女は大好きな刑事ドラマのシリーズが流れているテレビの電源をリモコンで消すと、その視線を横に向けた。
そこには、腰を曲げて頭を下げる芦田刑事が居た。
「止めてくれよ、大の大人が簡単に頭を下げるもんじゃない」
居心地が悪そうに彼女は言った。
「頼む、事件解決に協力してくれ」
彼は顔を上げると、鬼気迫る表情でそう述べた。
「今から10年ほど前だ、都内に住む小学5年生の少女が行方不明になった。
少女の行方は千人体制で捜索が行われたが、その足取りは掴めなかった」
「都内でか?」
「ああ、監視カメラにも映っていなかったことから、何者かに誘拐されたと見て捜索がなされた」
当時の捜査資料を化粧屋に見せる芦田刑事は、淡々と当時の状況を振り返る。
「芦田さん、まだあの事件を追っているんですね」
どこか痛ましいものを見るように、伊藤刑事は彼を見やった。
「当たり前だ、伊藤。まだ事件は終わっちゃないんだよ」
鬼気迫る様子の芦田刑事に、伊藤刑事は何も言えなくなってしまった。
伊藤刑事にとって、芦田刑事は若い頃に世話になった相手だった。
刑事のイロハは彼に叩きこまれ、所属する部署が公安になっても彼は尊敬できる先輩だった。
そんな彼が妄執じみて一つの事件に執着する姿は見ていられなかった。
「この事件、俺でも覚えてますよ。当時ニュースで毎日すごく報道してましたし」
妻鳥も捜査資料を遠目に見ながらそう呟いた。
「遺留品はあるかい?」
「勿論だ」
芦田刑事はビニール袋に封じられた古い携帯電話を取り出した。
「現場に有った物じゃないが、遺族から手掛かりになるんじゃないかと預かった物だ」
「なるほど」
化粧屋はそれを受け取り、しばらくその遺留品を見るとタロットカードを取り出した。
彼女は集中してカードをシャッフルし、順番にいくつかカードを並べた。
その絵柄と順番に、素人には分からない。
しかし化粧屋は険しい表情で、こう断言した。
「被害者の女の子の命運は既に見えない。
ほぼ確実に、犯人にかどわかされた当時に殺されている」
その彼女の言葉に、くそッ、と芦田刑事はテーブルに勢いよく拳を落とした。
彼もベテランの刑事だ。被害者の生存が絶望的なのは分かっていた。
それでも、夜空の星の一つほどの小さな希望でも縋りたかったのだ。
だが化粧屋は無情にも断言する。
人の死に精通し、死を経験した死霊術師が生存の目は無いと確定させた。
「降霊術の類は無理か、化粧屋」
一歩引いたところで一連のやり取りを見ていたティフォンが問う。
「最低でも体の一部が必要だな。
よし、それじゃあ探しに行くか。あんた、車を出してくれ」
「車を? なぜだ?」
「決まってるだろ。この子を、親元に返してやるんだよ」
被害者は死亡しているというのに、化粧屋はそんな矛盾していることを口にする。
「おい、まさか」
「ああそうだ。早く行くぞ」
「……俺も行く。妻鳥、お前も来い」
「はい」
何かを察した伊藤刑事は、妻鳥を連れて二人の捜査に付いていくことを決めた。
10年間も止まっていた事件の時が、動き出そうとしていた。
寄り道を終えた後、化粧屋の指示で都内のある山奥に車を停めた一行は、そこに足を踏み入れようとしていた。
「それにしても、運が良い。親の愛の偉大さだね」
化粧屋は紐のようなものを指で吊り下げながら、車から降りた。
その先には、とある物体を括り付けられている。
「正直、よく提供してもらえたな」
伊藤刑事は顔を顰めながら言った。
彼女が紐の先に括り付けてたのは、小さな人間の歯、被害者の乳歯だった。
寄り道の先は被害者遺族の家であり、化粧屋は遺族に頼んで被害者の体の一部を提供してもらったのである。
遺族は事件解決の為なら、と藁にも縋る思いで乳歯を預けてくれた。
「安心しろ、これで結果を出せなきゃ、私は廃業だ」
「ああ、頼む」
芦田刑事は終始硬い表情のまま、化粧屋のやり方を見守っていた。
そうして彼女の感覚を信じて山の中を進んでいくと。
「ここだ。この先だ!!」
揺れないように紐を吊り下げて歩いていた化粧屋が声を上げる。
先端に括り付けられた乳歯が、まるで磁石に引かれるように独りでに動いていた。
乳歯の振り子の指し示す先に進むと、やがてそれは真下を示した。
「おい、ここに居る。ここに居るぞ!!」
「妻鳥、掘る物!!」
「はい!!」
妻鳥はあらかじめ用意しておいたスコップを伊藤刑事に渡すと、自分ももう一つ持ってきたスコップを使ってひたすらに地面を掘り進める。
そして、やがて石ではない硬い物に当たった。
「ようやく、ようやく……見つけてあげられたよ。陽子ちゃん」
芦田刑事は地面に跪いて、地面の下から現れた白骨を手に取って涙ながらにそう呟いた。
§§§
白骨死体が見つかったという事態は、事件の再捜査が行われるのには十分な理由だった。
「陽子ちゃんは虫歯の治療歴があったから、すぐにでも本人と断定されるだろうな。
同僚たちも面食らってたぜ、遺体の発見方法が魔術に依るものだって言われたらなぁ」
芦田刑事は捜査一課の後輩たちの表情を思い出しながら、少しだけ笑った。
長い間未解決だった事件が進展し、止まっていた捜査が動き出したことで彼の表情から少しだけ険が取れていた。
「あんたはあっちに行かなくてもいいのか?」
「俺が十年間地道に捜査した資料なら渡してる。
明日にでも当時の状況の洗い出しが始まるだろうが、犯人特定は望み薄だろうな」
それはベテラン刑事の感なのか、芦田刑事は鋭い目つきのままそう語る。
「あの辺りは私有地だが、十年前に不審者が目撃されていてもはっきりとした証言が取れるはずもない。
仮に目撃証言が出ても、信用に値する証言と見なされないだろう」
十年と言う時間はそれだけ多くの物を過去へと追いやる。
「俺、彼女の遺骨に触れた時、異能で過去を見てみたんです」
「本当か?」
と、伊藤刑事は尋ねつつも、それを期待して彼は妻鳥を連れて行った。
事件はもう既に捜査一課に委ねられ、この面々には遺体に触れることすらできない状況だった。
「若い、男だったと思います。
やせ型で、たぶんそいつが犯人だと思います。
陽子ちゃんは突然車に押し込まれて、連れ去られて、乱暴されそうになって抵抗して、それで……」
思い出すのも吐き気を催す光景だったのか、妻鳥は真っ青な表情で努めて事務的に口に出した。
「……当時、容疑者として何人か候補者が上がった。
この中に、そいつは居るか?」
芦田刑事は数枚の写真をテーブルの上に並べた。
それを見た妻鳥は、あッと声を漏らした。
「こ、こいつです。この男だッ!!」
震えながら、彼は写真の一枚を指差してそう叫んだ。
「最近の研究じゃ、DNA検査でジャックザリッパーの正体が突き止められたらしいな。
そいつは容疑者の一人として名前が挙がっていたそうだが、悪いことはできないもんだねぇ」
警察は犯人の喉元まで迫れていたことを皮肉るように、化粧屋が笑う。
「……行くぞ」
怒りを押し殺したような表情で、芦田刑事は言った。
「この男の事は覚えている。当時、俺も聴取したが、証拠もなかった為に逮捕にも至らなかった。
だがこいつは、俺が聴取をしている間も自分は関係ないって面をしてやがった」
車の助手席で怒りに燃える芦田刑事の言葉を、運転をする伊藤刑事は黙って聞いていた。
四人乗りの乗用車で、彼らは今まさに犯人の元へと向かおうとしていた。
「なあ、どうしてあんたはこの事件にここまで固執するんだ?」
後部座席に妻鳥と並んで座っている化粧屋が尋ねた。
「被害者の陽子ちゃんはな、孫の友達だったんだ」
「へぇ」
「孫がお爺ちゃんはお巡りさんだから、絶対に犯人を捕まえてくれるよねって、信じてくれていたんだ。
だから俺はずっと、この事件を諦められなかった」
友人を失った孫の悲しみ、そして何より被害者や遺族の苦しみを思うと、際限のない義憤が彼を駆り立てるのだ。
刑事と言っても、いつまでも未解決事件を捜査してはいられない。
事件は次から次へと起こる。この事件の捜査は業務外のプライベートな物だった。
上司に注意されたことは一度や二度ではない。それでも彼はこの事件が心残りだったのだ。
そして定年間近になってようやく、長年培った刑事としてのプライドを捨てる選択を迫られた。
そして今、彼はもっと早くこうするべきだった、と言わんばかりの表情をしていた。
「犯人は卑劣で、赦されない悪党だ。ようやく、尻尾を掴んだぞ!!」
「ええ、必ず奴に目に物を見せてやりましょう」
伊藤刑事は尊敬する先輩に頷いて見せた。
「今更、あの事件の話ですか?」
一行が犯人だと断定したかつての容疑者の自宅に訪ねると、芦田刑事が犯人に応対した。
「ええ、今頃になって被害者の遺体が見つかったのですよ。
それで再捜査となる運びになりましてね。当時の証言を洗いなおしている最中なんですよ」
芦田刑事が表面上は穏やかに、揺さぶりをかけていく。
しかし、相手に動揺は見られなかった。今更、自分に足がつくとは思っていないのかもしれない。
だが、それでもよかった。粘り強く、少しずつ追い詰めて、相手がボロを出すのを待つ。
それが刑事の戦いだ。
しかし、そんな悠長なことを待ってられない者もいた。
次の為の布石を打つ芦田刑事が、犯人に対して聴取を終え、一旦引こうとしたその時だった。
「最後に一つだけよろしいかな?」
有名な長寿刑事ドラマの主人公の決め台詞を言いながら、化粧屋が二人の前に躍り出る。
「なんですか、この人は。刑事さん」
「おい、あまり余計なことは……」
困惑する二人に化粧屋はニタリと笑ったまま、犯人に指差した。
「古来より、罪には穢れが生じると信じられてきた。
特に殺生の類は、禊を必要とするのは古今東西で見られる文化だ」
「い、いきなり何を……」
「私は今警察に協力している異能者だよ。
私にはわかる。あんたには普通の人間なら決して溜まることの無い穢れに満ちている」
化粧屋はサングラスを少し下にずらし、その両目で人殺しを覗き込むように見やった。
「──今夜から、震えて眠れ」
彼女はそれだけ言い放つと、くるりと踵を返して伊藤刑事たちの待つ車に戻った。
後ろから聞こえる犯人の喚き声に、にやにやと悦に浸るように笑いながら。
§§§
結論から言うならば、数日後に犯人は逮捕された。
彼は半狂乱の様子で警察署に出頭したのだ。
そして当事者しか知らないことを自供し、正式に容疑者として起訴されることになった。
「本当にありがとう。これで刑事人生に思い残すことはない」
そう語って、残りの任期を芦田刑事は穏やかに全うしたという。
犯人逮捕により、遺族も報われることだろう。
「化粧屋、一体犯人に何をしたんだ?」
新聞には十年越しの犯人逮捕がでかでかと一面に載っていた。
新聞紙を閉じると、同様のニュースをテレビで見てにやにやと笑っている化粧屋に伊藤刑事が目を細めて尋ねた。
「眠ったら、悪夢を見るようにしてやったんだよ。
婉曲に、しかし手っ取り早く犯人を追い詰めるのにはこれが一番だと思ってな」
「恐ろしい真似をする。睡眠を取り上げるのは一種の拷問だろうに」
一緒にニュースを見ているティフォンも可笑しそうに笑っていた。
人は眠らずにいると、幻覚や妄想などに苛まれると言う。それだけ人間にとって睡眠は重要な要素なのは言うまでも無いことだ。
「いったいどんな悪夢を見せたんですか」
呆れて妻鳥がそんなことを言った。
「さあ、どんな悪夢を見たんだろうなぁ」
はぐらかすように、化粧屋は笑うばかりだった。
「だが、ありがとうな。
芦田さんの為に、いろいろと骨を折ってくれて」
「気にするなよ、伊藤ちゃん。
私は、私以外の悪党が大嫌いなんだ」
その捻くれた返事に、伊藤刑事は思わず苦笑するのだった。
お盆休み中に何話か更新したかったのですが、暑くて今週はこれだけで勘弁してください。
皆さんも熱中症には気を付けてください。私は仕事中に倒れ掛けましたし。
それはさておき、最近低評価とか多い気がして不安になる作者ですが、クオリティを上げられるようにどんどん挑戦していこうと思います。
それでは次回、アンケートにあったいつもの四人組のお話になります。
ではまた!!