転生魔女さんの日常   作:やーなん

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悪魔について

 

 

 ここしばらく、ケンジたちの朝は変わった。

 

 元々男所帯のヤクザ事務所の名残で、元組員たちは事務所の有る雑居ビルの一室にて寝泊りしていた。

 お金の無い当時ならまだしも、カタギの仕事が軌道に乗っている現在でもアパートなどに移らないのは彼らがここを自分の居場所だと認識しているからでもあった。

 まあ尤も、通勤が面倒ではなくていいからという理由もあった。

 

「皆様、朝でございます」

 そして変わった点というのが、朝六時頃に彼らを起こしに来る人物のことだった。

 イヴの趣味でゴスロリメイドの格好をしているタラクサムである。

 その格好にメイドとしての機能性は無いが、彼女本人はメイドとして十分やっていけるだけの技能を有していた。

 

「うーっす……」

 男たちは寝ぼけまなこになりながらも、並べられた布団の中から起き上がっていく。

 

「食堂にて朝食の準備が終わっております。

 始業の時刻まで各々朝食を取ってください。

 私はその間に室内の清掃を行いますので」

 昨晩は酒盛りでもしていたのか、ビールの缶やつまみの袋が散乱していた。

 男たちは布団と毛布を畳んでのそのそと食堂へと歩いていく。

 信じられないことだが、これでも彼らはだいぶ色気づいた方だった。

 

 タラクサムがイヴによってこの事務所に派遣される前まで、布団は敷きっぱなしで毛布は散乱、室内には誰のゴミか分らないものが落ちてたり、掃除は月に一度あれば良いという有様だった。勿論、シーツを洗うなんて滅多にない。

 食事はコンビニ弁当が当たり前で、偶に出前を取る程度の食生活。

 ヤクザ者だったから生活能力が無いのではなく、生活能力がダメだからヤクザ者になったのだと分かる面々だった。

 

 とは言え、人工生命体と言っても女性の目が有れば男と言うのは意識するもの。

 彼女は毎日シーツや毛布を洗い、布団を干して部屋を掃除し、食事の用意までしてくれる。

 

 当然だが、こんなことはイヴに指示されていない。

 彼女の仕事は夜の魔術の指導なのでそれまで何もせず待機するということは人間で言うところの暇すぎて苦痛なのである。

 或いは他者に奉仕するという本能にインプットされている事柄が退屈を許さないのか。

 ともあれ、最近になって召喚士とは別の意味で男どもは彼女に頭が上がらなくなってきているのも事実だった。

 

「お前、この間夜中に騒いでただろ、ゴキブリでもでたのか?」

「違いますよ」

 出勤前の朝食を、だいぶ前に潰れた一階の中華料理屋のテナントを買い取って食堂兼休憩所として利用している場所にて取っている面々は思い思いに雑談していた。

 

「あの時は夜中に偶々起きちまって、催したんでションベンに行ったんすよ。

 そしたら、月明かりが差す窓の横でタラクサムさんが廊下で掃除してるのに出くわして、それで……」

「ああ……それは災難だったな」

 彼女が人間の女性だったら、それこそこのむさくるしい男どもからアイドル扱いを受けていたかもしれない。

 だが人形めいて容姿が整いすぎていると、全く別の悲劇が起こるようだった。

 

 

 朝食を取り終えると、しばしの間を置いて事務所へと出社である。

 タイムカードを押して、外に出て道路に出るとラジオ体操をして社長である軽塔の朝礼を経て、再び事務所に戻ってくる。

 

 そうして、朝のミーティングと相成る。

 

「ケンジ、お前営業から降りろ」

 そして通告される人事異動の言葉を、ケンジは硬い表情のまま受け止めていた。

 

「何も、お前の営業成績が問題あるわけじゃない。

 お前さんが作った“撃退ケロべロス君”は累計百個を売り上げている」

 軽塔はそう言って、商品のサンプル持ち上げる。

 それはケロべロスを模したストラップに見えるだけの代物だ。

 勿論それは見た目だけで、害意を以って接触する相手に反撃する簡易ゴーレムだ。

 

 この会社は訪問販売以外にも、ホームページでのインターネット販売を行っており、量産の向かない魔術品において百個も生産販売するのはそれだけで売れ筋だった。

 痴漢撃退アイテムと言う触れ込みであり、効果もわかりやすいためお値段10万円にもかかわらず人気商品なのである。

 それを開発したのが、ケンジだった。

 

「お前には才能もあるし、商品開発に専念した方が良いと思うぜ」

 何より、軽塔は口には出さなかったが今のケンジはとてもではないが営業の仕事を続けられる状態ではなかった。

 

「まあ、仕方がないですよね、オヤジ……いえ、社長」

 ケンジは苦笑して肩を竦めた。

 彼の姿は、露出の少ないスーツ姿でさえ分かるほど異様だった。

 袖から覗く腕や手の甲には、奇妙な刺青が入っていたのだ。

 これくらいなら、手袋をすれば隠せるかもしれない。

 だが、その刺青は腕だけではなく全身、それこそ顎にまで及んでいた。

 

 その全貌を、先日彼は見ていた。

 日本で刺青と言えばヤクザを連想するだけあって、軽塔は数多の刺青を見ていた。

 彫られるのは動物や空想上の生物であったり、神仏であったりする。

 だがケンジに施された刺青は、中東の民族で見られるような呪術的な代物だった。

 そしてその背には、悪魔の全身が刻まれていたのだ。

 

 当然それらは、ただの“絵”ではなかった。

 

 

 ──くくくッ

 

 その時、ケンジの刺青が波打ったのが全員に見えた。

 次の瞬間、彼の背に施されていた悪魔の刺青が動き出し、床を這って事務所の接客用のソファーにまで移動したのだ。

 そうして、刺青は瞬きの合間にその本性を現した。

 

 それはいっそ分かりやすいほど、燕尾服を来た紳士の姿をした悪魔だった。

 ケンジに刻まれたのはただの刺青ではなく、刺青に擬態した悪魔であった。

 

「これは傑作である!! 

 この国のヤクザは刺青を以ってカタギに戻らぬことを誓うと言うが、カタギになってから刺青を入れることを望むとは!!」

 声高に、テンション高い紳士は彼らを嘲っていた。

 

「……準男爵」

 軽塔は溜息を吐いて、にやにやと笑っている悪魔に言った。

 

「仕事中に茶々を入れないでくれ」

「そう言うな、退屈なのだ!! 

 とは言え、私も面白そうだから茶々を入れたのではない」

 無駄に大仰な身振り手振りをする悪魔は、悪魔らしく助言を齎す。

 

「魔術師を抱える会社なのだろう、お前たちは!! 

 その御業を無知な人間どもに証明するのは難しいが、お前たちは見た目を必要以上に重視する。

 お前たちの占い師がそうであるように、場の空気などの雰囲気を利用するのはお前たちにとってプラスになるのでは?」

 悪魔は尤もらしい利益を語るが、軽塔は真に受けなかった。

 

「そうか、十分に考慮した結果却下だ。以上」

「くくく。そうかそうか」

 提案を一蹴されたというのに、悪魔は楽しそうに笑うだけだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「姉御、俺はもっと力が欲しいです」

 ケンジが己の師にそう告げたのは、つい先日だった。

 

「あなたにはまだ早すぎる」

 その返答は実に簡潔だった。

 

「お願いです、姉御。俺は姉御にも、イヴさんにも、同胞たちにも認められたいんです!!」

「あなたは筋が良い。タラクサムの指導があれば十年先には一人前になれるでしょう」

「そうかもしれません。そう彼女にも言われました。

 でもその頃には、彼女は居ません!!」

 ケンジの訴えを召喚士は黙って受け止めた。

 

 タラクサムはイヴの作ったホムンクルスである。

 多くのファンタジー作品でホムンクルスに付きまとう問題に、寿命がある。

 彼らに人間並みの寿命を持たせるのは技術的に不可能なのではなく、その価値が無いと言うだけである。

 使い減りした道具は手入れするより、新品にするのが良いのだから。

 

 あと三年。それが戯れにイヴが彼に突き付けたタラクサムの寿命である。

 

「寿命が一年を切ると動作が怪しくなるのよ。

 イデアの弟子のよしみもあるし、そうなったら“あれ”をあなたにあげてもいいわよ」

 なんて、試すようにイヴはわざとらしく相手を苛立たせる言葉を選んでケンジにそう告げたのだ。

 

 

「その後イヴさんがなんて言ったか、覚えているでしょう? 

 記憶を受け継がせることもできるけど、その必要性は感じないって!! 

 俺があの人に、その価値を示すしかないんですよ!!」

 ホムンクルスはイヴにとってパソコンのハードに過ぎない。

 メモリを別のハードに移動することなど容易いことだった。

 ただ、イヴにとっては新品のハードに基礎となるOSをインストールするだけで十分と言うだけの話だった。

 

「私がイヴに彼女を保管してもらえるように言っておきますよ。

 あなたが一人前になれば、それくらいのコストには見合いますから」

「姉御、俺はあの人がいない時間なんて耐えられないんですよ」

 それは青臭いほどの切実な訴えだった。

 

「ふむ……」

 召喚士は、ケンジの眼を見た。

 それは愛する人に全てを捧げるというプラスの感情ではなく、愛する者と時間を共有できないのが耐えられないというマイナスの感情だった。

 得てして、魔術を窮めようと邁進できるのはそう言った人間なのだ。

 

「では、あなたの魂の価値を示してもらいましょう」

 召喚士は彼の意思を尊重し、魔術書を広げた。

 

「尤も、その相手は私ではありませんが」

 彼女は召喚士。

 誰かに力を与えるのは朝飯前だった。

 たとえそれが、破滅的な物であろうとも。

 

 

 そうして、彼女の手によって悪魔は現れた。

 彼女が従える悪魔より、かなり高等な知性的な振る舞いをする悪魔が。

 

「私は、退屈なのだ」

 準男爵という、悪魔学において聞きなれない階級を名前代わりに名乗った悪魔は開口一番にそう告げた。

 

「お前は私に何を求める? 

 知識か、権力か、愛か、財宝か?」

 

 ──どれであろうとも必ず与えよう。ただし、必ずお前は破滅する。

 

 例えば、の話であるが。

 目の前にオモチャの積み木が置かれて、それを見て面白そうと思える人間はどれだけいるだろうか? 

 この悪魔の心境もそれに近かった。

 

 目の前にオモチャが現れた。だが面白いとは限らない。

 だったら、──積み木を崩して気晴らしにしよう。そう思っていた。

 

 

「悪魔よ、我が下に隷属せよ」

「ほう」

 普通、魔術師は悪魔に隷属なんて要求しない。悪魔を従えるなんて神話の世界の魔法使いがすることだ。

 悪魔を呼び出す恩恵は、あの手この手でその知識を引き出すことにあるのだから。

 だからこそ、ケンジは悪魔の興味を引いた。

 

「私を使役したいのならば、よかろう、お前が最も大切な物を差し出すがいい」

 少しだけ悪魔の語句に喜色が混じった。

 

「俺が最も大切に思うのは、彼女だ。それでいいか?」

「ふむ、たしかに」

 悪魔は儀式場の隅に立っているタラクサムを見やり、頷いた。

 これは契約の確認。ケンジが虚偽の申告をしていないか確かめたのだ。

 その上で、どのように裏を掻いてくるのか期待していた。たったそれだけの為に悪魔は隷属の契約に応じる。それが悪魔の価値観なのだ。

 

「では、彼女をこちらに」

「待て。契約が先だ。契約に合意した証拠を見せろ」

「なるほど、これで良いか?」

 悪魔の前に古めかしい羊皮紙が現れ、さらさらと羽ペンで記述する。

 

「期間は、契約者であるお前の命尽きるまで。

 或いは、お前が愛する者への愛を失った瞬間まで。

 その時に、私はお前から魂を受け取ろう」

 悪魔は前言を翻し、口にした文言を記した文章を差し出した。

 

「……姐さん、これはどういうことですか?」

 悪魔の提示した条件が、最初と異なっている。

 なぜそんなことが起きているのか、ケンジは分からなかったので専門家に尋ねた。

 

「契約を行うまでの対価が最初の条件で、それ以降がこの条件ということでしょうね」

「不動産屋かよ。敷金礼金じゃないんだぞ」

 そう、悪魔は契約を急かすケンジに対して一手仕掛けた。

 口約束とは言え契約は契約。彼がタラクサムを差し出すと言う最初の条件は否が応でも実行しなければいけない。

 契約内容を詰める段階で、最初の条件については話し合いが終了してしまっているのである。

 まさに詐欺師、悪魔の所業である。

 

「まあいいさ、これでいいか?」

 ケンジは悪魔の契約書に己の名前を記した。

 これにて、契約は締結された。

 

「さて、それではその女を戴くとしよう」

 悪魔は口を裂けさせ、微動だにしないタラクサムを呑み込もうとした。

 

 ──仮に、彼女を食い殺した後、悪魔は難癖をつけてケンジを殺すつもりだった。そういう契約なのだから。

 

 だが、そうはならなかった。

 

「ひとつ、確認したいことが有るのですが」

 そう口にしたのは、召喚士だった。

 

「それは我が結社の備品であり、ケンジ、あなたの自由にできるものではありません」

 ケンジと悪魔の契約の外に居る、召喚士は言った。

 

「よって、そもそも最初の条件は成立しえません。破棄を要求します」

「──ほう」

 タラクサムを呑み込む寸前で、悪魔は停止した。

 その様子を、ケンジは脂汗を浮かばせながら血の気を引いた表情で見ていた。

 

「……我が従僕よ、俺の前にひれ伏せ」

 ケンジは強張った口調でそう命じた。

 

「くくく……仰せのままに、我が主よ」

 口元に愉悦を宿しながら、悪魔はケンジの前に跪いた。

 

 これが、先日の顛末だった。

 

 

 

 召喚士は、人間が使役できるレベルで最高クラスの悪魔を呼んだ。

 ハッキリ言って、ケンジには釣り合わないレベルの相手だ。

 

「準男爵、なんであんたは俺と契約しようって気になったんだ?」

 契約者は従僕に尋ねた。

 普通、自分にはるかに劣る相手に隷属するなんて屈辱ではないのか、と。

 少なくとも、最初の段階で嫌なら悪魔は断ることもできたのだから。

 

「言ったであろう、退屈なのだ!!」

 悪魔の回答は変わらない。それ以外の理由など無いのだから。

 

「我々は、我々の世界において全能に等しい!! 

 かといってお前たちの世界に訪れるにも大きな制約が課せられるのだ。

 くだらない規定だが、守らなければなるまいよ」

 でなければゲームになるまい、と悪魔は語る。

 

「さて、私がお前に従属することに屈辱ではないか、と言ったな。

 私にとってお前の寿命はちょっとした映画を見る程度の長さに過ぎない。

 ついでにこの世界の観光もできるのだから私にとっては十分なリターンなのだ」

「俺みたいなのに媚びへつらっても傷つく精神性じゃないってことか」

「然り」

 悪魔は悪魔らしい性格の悪さを隠そうともしない。

 

「ただ我が契約者に一つだけ忠告するのならば、お前は自らの傲慢さを理解すべきであろう」

 これは彼にすれば実に親切な一言だった。

 単純に、お前の愛は独りよがりで気持ち悪いだけだと率直に忠言したのだから。

 

「はん、どうせあんたも俺が自分の欲望からあの人を好きになったと思ってるんだろ」

「結局は、愛やら恋やらは己の欲望に帰結するものだ。

 そうでなければ面白くない」

「なら、こうしようじゃないか」

 ケンジはこんな提案を悪魔にした。

 

「お前から対価を得るには、俺から差し出さないといけないことがあるんだろう? 

 それは人間性だったり、体の一部だったり」

「そうだな、そう言うことになっている」

「なら、俺はお前に性欲を差し出そう。だからお前は俺の力と成れ」

 その言葉に、さしもの悪魔もしばし瞠目した。

 性欲はそれこそ人間の三大欲求に数えられる重要な位置づけにある。

 それを差し出すのだから悪魔も支払う対価は大きい。

 

「構わないのか? 

 我々に魂を差し出すということは、その機能を失うと言うことだ。

 片腕を差し出した人間は、たとえ義肢を付けてもその機能を回復することはできない」

 魂を差し出す、或いは魂の欠損とはそういうレベルの本当に取り返しの付かないことなのだ。

 それは彼が再び輪廻を経るまで、決して癒えない傷となる。

 

「どうした、悪魔。やってみろよ。

 そして笑え。性欲を失ってなお、人は誰かを愛したままでいられるのかってな」

「ほう……」

 悪魔にとって、人間に仕えるのは一本の映画を見るのと大差ない。

 だがその内容が面白いか否かまでは選ぶことはできない。

 

「ケンジ、我が契約者よ。

 お前の行く末は、私が責任を以って見守るとしよう!!」

 

 準男爵は、悪魔は思った。

 今回の契約相手は、アタリだと。

 

 

 

 




アンケートの結果を受けて、これまで通りの進行度にすることにしました。
夏休みの期間が長すぎて現実で通り過ぎちゃいましたけどね!!

さて、次回はいよいよイヴたちの準備も完了!!
満を持して世界中の異能者たちに決起会に招待状を送ります。

これまで登場できなかった、或いは設定だけ言及されていたキャラたちを、ドドーンと登場させる予定です。
彼らは各々掘り下げるかもしれませんし、登場だけで終わるかもしれません。

次々回は当然、イヴの決起会となり、その話の最後に10万PVにやる話のアンケートを取ろうと思っています。

それでは、また次回!!

これからのストーリー展開のテンポについてのアンケート

  • 巻きで(次回、イヴの決起会
  • そのまま(次回、ケンジ君視点
  • 早すぎる(次回、魔術師さんの葛藤
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