ここしばらく、日本における東シナ海での緊張は高まるばかりだ。
事実上の国家の後押しを受けた外国籍の漁船や艦艇が日本の領海に侵入することが多くなっているからである。
国家間の漁業協定においても当然違法な行為だが、条約やら協定やらが一方的に破られるのは政治の常である。
こうやって外国船を侵入させ、外交的圧力を掛ける目的があるのは明らかだった。
あわよくば事実上の領海を徐々に取り込んでやろうという意図まで見える。
海上保安庁は当然そんなこと許せないので出動の頻度も増えて行った。
と言うのが、ここ最近までの話だった。
東シナ海の海上にて、五隻の外国船が日本の領海に侵入していた。
彼らの目的は漁業なのでこうして固まっているのはお互いに邪魔でしかない。
だが彼らにはそうせざるを得ない理由があった。
『来たぞ、奴らだ!!』
三隻の漁船の護衛に付いていた民兵の船舶が前に出る。
相対するのは、一行に近づいてきた一隻の船舶だった。
ただ、それは普通の船舶と言うには異様な船だった。
船首には女神像が無理やり括り付けられ、頭上に伸びたポールには黒塗りの旗がたなびいていた。
その旗に描かれた紋章は、眼帯を付けた髑髏に三角帽子。
今時、創作にでしか見かけないこてこての──海賊旗だった。
ここ最近、この東シナ海には海賊が出現するようになった。
外国籍の船は悉く餌食になっており、軍艦まで被害を受けた。
これにはお隣のお国も激怒。
日本の関与まで疑われる始末だが、海上保安庁は知らぬ存ぜぬを貫き通し、内心「ぷぎゃーww」と笑っていた。
とは言え、この辺りはいろいろとデリケートな問題がある海域である。
海賊討伐の名目で軍隊まで出動することになると、大問題だ。
しかし、当の海賊たちはそんなこと関係無いとばかりに声を張り上げる。
「野郎ども!! 今日の獲物だ!!」
アサルトライフルを構えている護衛船を前にして、たった一隻の海賊船の船首に立つのは眼帯をした三角帽子の少女だった。
「金目になりそうなモノは全部奪え!!
抵抗する奴は殺せ!! 邪魔な船は沈めろ!!」
完全武装の護衛船に対し、海賊船の船員は彼女を含めて十人足らず。
しかも銃器などの武装は最低限だけだった。
ただの漁船を襲うだけならともかく、武装した民兵相手にすれば瞬く間に返り討ちになるだろう。
「お頭!! あいつら、撃ってきましたぜ!!」
警告もなしに護衛船は船上から銃撃を海賊船にお見舞いしてきた。
まだ距離がある為大したことないが、これは威嚇射撃なので当然だろう。
「おう!! じゃあ殺すか!!」
船首に立つ少女は笑って、左右の手に持つ場違いなそれを掲げた。
右手のそれは時代錯誤な槍だった。漁どころか海上で使うのも不向きな。
「野郎ども、ワイルドハントを始めるぞ!!」
そして左手には、ワインの瓶。
だがその中に入っているのは酒と、──人間の、彼女自身の目玉だった。
「我こそはオーディン!! 狩猟の長である!!
我が振るうはグングニール!! 嵐を指揮し、亡霊たちを呼び寄せん!!」
どぼどぼ、と自らの頭にワイン瓶を逆さにして酒を注ぐ。
もしここに魔術に精通する者が居たのなら、その酒瓶はミーミルの泉の再現だと指摘したであろう。
これはある種の神降ろしに近かった。
少女は船首から右手の槍を投じる。
尋常ではない速度を帯び投じられた槍は雷鳴を纏い、たった一撃で海上を地獄に変えた。
そして、その戦果を
その連絡を受けた海上保安庁の職員がその場に駆け付けると、そこには船の残骸だけが残されていたという。
「お頭、今日も大漁でしたね!!」
「おう」
たった一隻の海賊船、その船上にて首領の少女は豪快にウィスキーをラッパ飲みしていた。
そして目の前に積まれた今日の成果に笑みを浮かべる。
そこにあるのは、縄で縛られ、さるぐつわをされた捕虜たちだった。
漁船の乗員だけでなく、生き残った民兵も居る。
──いや、彼らは捕虜ではなかった。
なぜなら、彼女らは彼らを捕虜として見ていなかったのだから。
「いつもの場所に舵を取れ!!
今日の分をもう一人の雇い主に引き渡すぞ!!」
首領の声に、アイアイサー、と船員たちが応じる。
そう、彼らの目的は初めから身代金目当ての人攫いだった。
彼女は人殺しで、商人で、海賊で、略奪者で、人攫いで、外道だった。
「ボス、雇い主からクレームです」
「無視しろ、どうせ何もできねぇよ。上で話がついてるんだからな」
雇い主が苦言を呈してくるほどには。
現代の私掠船の主は弱腰の連中を鼻で笑った。
「そういや、ボス。もう一人の雇い主から先ほど使い魔からパーティの招待状が届いてます」
「なんだそりゃ、貸してみろ」
無駄に立派な便せんを開けると、中から手紙を取り出し彼女はその内容を読み上げた。
「ほーん、イヴの奴。面白そうなこと始めるみたいじゃねぇか」
海賊の首領は手紙を読み終えると楽しそうに笑った。
§§§
今現在の中国は熾烈な学歴社会によって成り立っている。
その様子は外国でもニュースで取り上げられるほどで、受験前後の期間は戦時下に例えられるほどである。
子供の学歴の為に全てを賭す親も珍しくはなく、そのプレッシャーに耐えられない子供が自殺することもあるそうであった。
そんな中国の履歴書にはボランティアの経歴を書く欄があり、どこでどんなボランティアをしたかによって行ける大学や就職先まで変わってくるという。
さて、その中国の履歴書であるが、ここ最近また重視される項目が変わっていた。
異能者であるか否か、である。
中国政府は異能者の発掘と研究に力を入れており、外国からは異能者の軍隊でも作るのではと思われているくらいには大っぴらだった。
この国は異能者が現れ始めると真っ先に彼らを取り込み始めた。人口が多いから異能者の割合が多いため、早急に対処しなければいけないという事情もあった。
当初は異能者でもないのにそうであると名乗り出る者が後を絶たず、混乱の様相を呈したものだが現在はそれも落ち着きつつある。
皮肉にも、そうした背景があるからこそ問題は山積みだが中国は異能者に対して最も進んでいる国と言えた。
さて、そんな俗世の喧騒から離れた中国の奥地にある寺が存在していた。
霞が漂うほどの高地にあるそれは、普段なら静かで修行僧たちが修行に励むにはもってこいの場所であろう。
だが、それは数年前までの話だった。
『お願いです、うちの子を弟子にさせてください!!』
『話だけでも!! 老師様もこの子を一目見ればわかってくれます!!』
『どうか息子に異能を授けてください!!』
寺のある山門は連日子供を連れた親たちが長蛇の列をなしていた。
彼らは息子の将来の為に必死だったが、それでもその先に近づくことは難しかった。
なぜなら、完全武装の軍人たちが山門を警備していたからだ。
山門を抜けて長い階段を上った先にある寺院には、かつて仙人が修行した地という伝説が残っている。
いや、今となっては伝説ではなく事実と言った方が正しかった。
数年前、かつてこの地で修行した仙人の生まれ変わりを自称する少年が、この当時誰もが注目することの無かった寺院の門を叩いた。
彼はまさしく神通力としか思えない奇跡を披露し、修行のし直しをするとして若年にも関わらず周囲から老師と尊敬を集めたのである。
そこまではよかったのだが、問題は彼の力を金もうけに利用しようとした寺院の方だった。
彼に修行を付けて貰えば異能者になれる、と喧伝したのである──全くのウソではなかった。
彼は本気で修行に打ち込む者には共に修行を行い、何名かは異能の兆しを見せた。
ただ、こんな辺境に居を構えているだけあって、寺院側は世間知らずだった。
一瞬で許容量を上回るほどの人数が押しかけられ、彼は政府が接触してくるまで誰も寺院にたどり着けなくしたのである。
そしてそんな一連の出来事の後、政府は彼の存在を積極的に政治的アピールとして活用しだした。
彼を“国家の老師”とまで言い表し、国内外に喧伝しながらも厳重に保護したのである。
ただ国内では絶大な人気がある一方で、メディアの露出が無いためその人気も国内に留まっていた。
そんな寺院に一機のヘリコプターが近づいていく。
寺院の庭に着陸すると、中から秘書を伴ったこの国の軍事委員会のお偉いさんが現れる。
彼は寺院の僧から歓迎を受けながらも、一直線で奥へと向かった。
彼らの行く先には、尖った岩の上で座禅を組んでいる少年の姿があった。
坊主頭の胴着姿の少年は空気のようにそこに存在していた。
『老師』
その声に、少年は目を開ける。
『将軍か』
この場にやってきた彼は軍事委員会の人間で軍人ではないのだが、世俗に興味の無い彼に訂正するのも億劫なので曖昧に笑い返した。
『お酒を持ってきましたよ』
『おおッ、まことか!!』
少年はそれこそ瞬間移動もかくやと速さで彼の前へと現れた。
『ささ、早速飲もうじゃないか!!』
少年は国中から尊敬を集める仙人とは思えない年相応の笑みでそう言った。
中央からわざわざ軍事委員の人間がやってきたのは、老師から少しでもその異能の詳細を聞き出す為だった。
彼が無類の酒好きなので、毎回それを持って行くと歓迎された。
『いやはや、老師ほどの御方が修行に明け暮れるのは惜しいのですな』
『まさか、師匠の教えを受けた兄弟たちで最も出来が悪かったからこうして神仙に至れなんだ。
ああ、酒、酒が悪いのだまったく』
彼のおべっかに、老師は酒で真っ赤になった顔で言った。
『老師の師匠ですか、以前お話を伺った時にはこの世の物とは思えない美しい仙女だったとか』
『うむ、師匠は美しく、弓を取れば太陽をも落とすほどの技量であった。
仙境には一度儂も招かれたが、この世の物とは思えない場所だった』
『まさか実在するのですか?』
『疑うならそれまでだ』
老師の言葉に、委員も流石に半信半疑だった。
それでも彼は覚えている。かつて修行を共にした兄弟たちと赴いた、桃源の地を。
そして一度命を失ってなお克明に記憶に刻まれている、あの美しき耳長の師のことを。
『老師、ならば仙人が不老不死とは本当なのですか?』
彼は尋ねる。どこか逸る気持ちを抑えながら。
『ふむ。真なる不老不死とは、お主たちが考えるようなものではない。
自然と意識を委ね、その先にあるモノ。このように』
すると老師は見る見るうちに妙齢の美女へと姿を変えた。
かと思うと老人のように老い、赤子のように小さくなったかと思えば、霞のように霧散した。
『真の不老不死は形無きモノ。そしてその先にこそ神仙の道がある。
儂の兄弟や師匠は、その先に行ってしまった。儂だけが無様を晒しておる』
摩訶不思議な現象に言葉を失っている彼に、老師は憂いも無くそう言い切った。
『将軍よ、儂を老師と呼び慕うのなら国の酋長に伝えよ。
薬師と医者を揃え、凶事に備えよ、と』
やがて、老師は真顔になって彼にそう告げる。
『凶事? 凶事とは!?』
『この国に、恐ろしい魔物が近づいている。
病を運ぶ恐ろしい相手だ。今は儂が抑えているが、倒せるとも限らぬ』
『そ、そんなことが……』
『頼むぞ』
老師はそれだけ告げると、岩場へと戻っていく。
彼が座禅を組んで、意識を自然に集中させる。
すると見えてくるのだ。この国を蝕もうとする、おぞましい病魔の姿が。
それは渾沌だった。死神だった。青ざめた馬に乗る騎士だった。ペスト医師だった。
そしてそれは──死そのものだった。
『もう一度、再び生を受け、このような魔物に相対するとは。
これもまた修行か。それとも宿命か』
老師はたった一人でこのおぞましい病魔の化身と戦っていた。
それは人間が想像できる範疇を超えた神域の戦いだった。
『お主も名の知れた妖術師であろうに、邪仙に堕ちるとは惜しいことだ』
同じ領域に至った者同士の、理外の争い。
そして思うのだ、自分がこうして再び生を受けたのは運命なのだと。
『──―何者だ』
その戦いに、水を差す者が現れた。
老師が目を開けると、彼の視界が現実へと戻ってくる。
そこに居たのは、天女と見まごうほどの美女であり、同時に邪心に染まった邪仙の如き魔性だった。
『東洋の煉丹術の使い手か』
『私はイヴ。この世界を変える催しにあなたを招待したい』
女は端正な顔立ちに笑みを浮かべて、手紙を地面に置いた。
『懐かしい、今この国にいるのね。“先生”は』
そう言って彼女は姿を消した。
『……無視するわけにはいかぬか』
老師は手紙を拾い、溜息を吐く。
そのまま彼は寺院を通じて日本に向かうと伝えた。
自分が少し離れた程度で、この国が病魔に脅かされることが無いと信じて。
§§§
中世の街並みを色濃く残すルーマニアのある地域に、ノスタルジックな古城が存在していた。
街から離れた郊外にあるそれは、個人所有の代物だ。
値段が張るが、個人で古城を買うのは可能だ。安い物なら一億円を下回るほどである。
だが不思議なことにその城は数十年前から人の出入りが全く無かった。
勿論警備の類も存在しない。だが流浪者がねぐらにしようとすると、決まって恐慌状態のまま逃げかえってくる。
だから地元の人々はこの城を差して、こう言う。
──吸血鬼の城、と。
そんな吸血鬼の城に寝起きする少女が居た。
彼女は自分が使っている部屋から起き出すと、まず街に買い物に出かける。
『お、マリーちゃんおはよう』
『おはようごさいます、おばさん!!』
『今日も何か買っていくかい?』
『じゃあ、これとこれをお願いします』
彼女は近所の人々から普通に親しまれていた。
最初は吸血鬼の城に住む人間だと気味悪がられたが、彼女の人柄が周囲と打ち解けさせた。
それに何より、彼女は昼間に太陽の下に出れるのだから。
そうして買い物を終えると、食事の準備を始める。
今日の朝食はルーマニアの家庭料理であるサルマーレだ。
食事の支度を終えると、彼女はもう一人の住人を起こしに向かう。
無駄に豪奢な内装の廊下を抜け、この城の主の元へと向かう。
城主の部屋は無駄に豪華で、ベッドもキングサイズだが使われた形跡は無かった。
彼女が用があるのは、ベッドの脇にある棺桶だった。
『マスター、朝だよ』
マリーが棺桶の蓋を開けると、そこには病的なほど白い男が眠っていた。
彼女は彼の体を揺するが、反応は無い。まるで死人のようだった。
『まただよ。仕方がない』
そう言ってマリーは、スッとあるモノを取り出した。
それは工具だった。有り体に言えば、かなづちだった。
『マスターッ、朝だよー!!』
そして彼女はそれを全力で城主に振り下ろした!!
『我が眷属、マリーよ』
『何かな、マスター』
城主は無駄に広い食堂で、マリーと共に朝食を食べていた。
『淑女として、主人の顔にハンマーを振り下ろして起こすのはいかがなものかな』
『それぐらいじゃ死なないじゃん、マスター』
『常人なら永遠に眠るところだぞ!?』
城主の主張を無視して、マリーはパンをサルマーレの汁に浸して食べていた。
『それに、いつも言っているがこの我を朝に起こすとは何事ぞ。
貴様、この我がいかなる者か弁えておろう』
『チスイコウモリの親戚でしょ?』
『違うわい!! 吸血鬼!! ヴァンパイア!!
こう見えてドラキュラ公の時代から生きてるのだぞ!!』
と、自己主張する城主に、あーはいはいそうでしたねー、という冷めた視線を送るマリー。
『吸血鬼と言えばルーマニアってだけでこの国に住んでるくせに』
『おい、聞こえたぞ』
『別に吸血鬼だからって夜型生活しなくてもいいじゃないですか。
どうせ日光も流水もニンニクも十字架も聖書も平気なんでしょ』
『こら、夢の無いことを言うな。我ヴァンパイアぞ?
サンタがふくよかな老人じゃなかったら子供はがっかりするだろう?
だから我も吸血鬼らしく今時の流行を取り入れているのだ』
『ミーハーなだけじゃない』
だが、マリーは城主の意見を切って捨てた。
『あの時、私が人攫いに人質にされてるのを助けてくれた時、私に何を言ったか覚えてる?』
『あ、何であったかなー?』
『お前は処女かって、あれマンガの台詞なんだよね!!
普通にセクハラなんですけど!!』
『だってあのマンガの主人公メチャクチャカッコいいんだぞ、我同じ吸血鬼としてマジリスペクト。貴様も後で読むか? 貸してやろう』
『これがホンモノの吸血鬼じゃなぁ』
恐らく一般人の夢を一番ぶっ壊しているのは当人だろう、とマリーは思うのだった。
『あ、そうだ。今日、手紙来てたよ。
珍しいね広告のチラシ以外が郵便受けに入ってるなんて』
『なに? 手紙だと?』
怪訝な表情をする城主に、マリーは手紙を差し出した。
『……嫌な名前を見た』
『知り合い? 居たの?』
『我にも知り合いくらいおるわ!!
まあ、昔馴染みではあるな』
『ふーん』
城主は苦虫を嚙み潰したような表情をしたので、マリーは深く追及をしなかった。
『パーティの招待状か。奴め、何を企んでおるのやら』
手紙を読み終えると、彼はワイングラスを手に取って揺らした。
『え、パーティがあるの!?』
『そのようだ、場所は日本だそうだ』
『しかも日本!! マスター、私行ってみたい!!』
『だがな、マリーよ。あの女狐めが何を考えているのか』
『でもマスターが好きなマンガって日本産でしょ?』
『……ふッ、我が眷属がそこまで日本に行きたいと言うならば、その願い叶えてやるのもやぶさかではない』
『この人、最初から行くつもりだったな』
こうしてこのヘンテコ主従は日本へと向かうことになった。
ちなみに、城主たる彼は飛行機で乗り物酔いしてマリーに呆れられたのは余談である。
§§§
場所はところ変わって、日本の警察病院。
そこに入院している副長は、することも無く一日中天井を眺めながら過ごしていた。
逃げようと思えばいつでも逃げることはできる。だが、そうするつもりは無かった。
彼の脳裏には、前世の記憶が何度も繰り返されていた。
『おい、その子供も殺すぞ』
『いや待て』
燃え盛るユダヤ人のゲットー、それを実行した総長たちはまだ子供に過ぎない当時の副長にも手を掛けようとした。
それに待ったをかけたのが、総長だった。
『お前には才能が有りそうだ。お前に選ばせてやる。
ここで朽ち果てて灰になるか、我々と共に来るかを』
総長の言葉に、周囲は反対した。
キリスト教徒にとって、金貸しの血筋は嫌悪の対象だ。それは彼らにとっても同じだった。
だが、総長は見抜いていたのだろう。副長の瞳の奥に燃える、この燃え盛るゲットーよりも滾る激情を。
『俺も連れて行ってください』
まだ子供だった副長は、そう答えた。
『よし、お前は今日から我が従士として扱う。しっかりと働け』
それから彼は一人前になるまで必死に己を鍛え、やがて総長の右腕になるまでになった。
その総長が、処刑された。
傭兵団は散り散りになった。
その多くは味方だったはずの軍隊に討ち取られ、死んでいった。
生き残ったのは僅かだった。副長もその一人だった。
『もう終わりだ、総長も、他の家の連中も失ってしまった』
絶望する同胞たちに、副長は言った。
『いや、まだだ。まだ俺たちが残っているだろう!!
俺が残っている連中を取りまとめ、戦力を増やしてこんなふざけたことをした連中に報復するのだ!!』
だが、生き残りたちの見る目は冷めていた。
『金貸しの子孫の分際で、我らを取りまとめるだと!?
冗談も大概にするのだな!!』
『我らの総長は、我らの血脈の中から選ばれる。それはこの苦境でも変わらない、総長に気に入られていたからと言って思いあがるな。恥を知れ!!』
そして帰って来たのは、罵倒だった。
副長には口にした言葉を実行できる能力はあった。
だが、血筋がそれを許さなかった。彼の人生は、最初から最後までそうだった。
結局、間もなくして副長も追撃に遭い討ち死にした。
彼の運命は、血筋から解放される新たな人生でも変わらなかった。
「ようやく、迎えが来たか」
その言葉と同時に、副長の病室のドアが開かれる。
「────これより、異端審問を開始する」
ゆったりとした中世の法衣をまとった男が、一歩一歩靴音を立てて近づいてくる。
それが、死神の足音のように彼は聞こえた。
「汝、魔術を用いて人心を乱したことは明白である。
よって、判決を言い渡す。汝に火炙りの刑を執行する」
次の瞬間、副長の横たわるベッドが燃え盛る業火に包まれた。
副長は抵抗する間もなく、炎に焼かれた。
己の仕事ぶりを確認した処刑人は満足そうに頷くと、ベッドの脇に置かれていたイヴの手紙を手に取った。
その内容を見て、彼はニヤリと笑った。
そして彼はスプリンクラーが作動し、大騒ぎになった病院内を悠々と歩き去って行った。
この作品はまだこれだけ未登場キャラが居たのです。
作者の気まぐれとその場の思い付きで話が進むので、構想は合っても登場できなかったのです。
彼らに話の焦点が移るかどうかも、また作者のインスピレーションで決まります。
とりあえず顔見世だけしておきました。
そしていよいよ、次回。連休中に投稿予定。
『イヴの決起会』
彼女のたくらみが明らかになります。
――ー
「師匠もセンスが無いな。
聖書曰く、イヴは知恵の実を食べて恥を知り、その罪によって楽園を追放された」
化粧屋は、イヴを見据えてそう言った。
「お前はどちらかと言うと、イヴをそそのかしたヘビだろうな」
その言葉に、イヴは愉快気に笑った。