「どうも、皆さん。魔術師です」
先日の急な配信とは違う、いつもの自室での放送を始めた魔術師が事前に予告していた通りの時間にネットに己の姿を晒した。
『こんにちは』
『枠おつー』
『hello‼』
彼の放送に特定の挨拶とかは無いので、各々が無数の挨拶のコメントを残して行く。
この放送の同時視聴者数は百万人を超え、百五十万人にも届こう勢いだった。
「東京は、未だ大変なことになっていますね」
魔術師は溜息と共にそう言った。
イヴの声明が発せられてから、今日で三日目になる。
東京の混乱は徐々に収束に向かいつつあるが、テレビのニュースでは今の東京の惨状について語られていない時間は無いほどだ。
報道では東京で立ち往生した人々を震災予告難民と銘打ち、その数は数万人と予想された。
東京に本社を持つ企業は、ただそれだけで株価が下落し、それ以前に都内から身動きが取れない有様だ。
政府は懸命に冷静になるように呼び掛けているが、政治家たちの動きも鈍い。
国会議事堂にヘリコプターを使用しないと入れないような現状が今も続いているのだ。
高速道路は前代未聞の渋滞が発生しており、放置された車両も散見されるような状態で前も後ろも動けないでいた。
唯一電車だけが通常通り動いているが、そこに人々が集中しているために職員が決死の頑張りを見せて何とか人々を捌いているのが現状だ。
それでもようやく、東京は都市機能を徐々にだが取り戻そうとしていた。
尤も、そこには住人は離れ、難民だけが彷徨っている有様だったが。
さて、人間と言うのは愚かな生き物で、一旦安全域に脱出して冷静になり現状を把握すると、財布やスマホだけを持って出て来たという人々が出戻りを始めたのである。
当然それは全体から見ればごく少数だろうが、東京の人口のごく少数だけでも数百人は居るだろう。
そんな人たちと難民たちが衝突するのは、無理からぬ話だった。
「東京は今、出戻り組と難民たちで混雑し、トラブルが多く発生しているようです。
東京から離れられた人は、一旦混雑が落ち着くまで様子見をお願いします」
今の東京の有様は、先進国とはとても思えない惨状だ。
人々が自分たちの安全だけを考え、蜘蛛の子を散らすように逃げまどっている。
「私は先日、イヴの催したパーティに出席しました。
世界中の異能者たちが集まり、彼女の意思を確認する為です」
前置きを終えると、特にトークも無く本題に入る。
いつもの彼らしい事務的な所作だった。
「その直前に、あの映像が世界中に発信されたようです。
それは瞬く間にSNSで拡散し、一時間も掛らずに東京は地獄絵図と化しました。
彼女の予言を嘘だとか、目立ちたがりなだけだとか、そのように言う人も居ますが危険です。
あの女を侮ってはいけません。彼女はこの程度の混乱は想定済みだとしか言いませんでした。彼女はこうなることを分かっていたのです」
溜息と共に、彼は胸中を吐露した。
「彼女に、あの場に集まった数多くの異能者が恭順を示しました。
調停人たる私が呼ばれた理由は、それを保証する為です。
──―あの女は、我々異能者の女王になったのです」
彼の言葉に、コメントも沸き立つ。
『やっぱり偽物じゃなかったんか』
『悲報:首都直下型地震確定のお知らせ』
『マジであの人が魔術師さんたちのトップなん!?』
『あの人間離れした美貌に見下されたい……ハァハァ』
『家族も居ない東京に独り暮らしの俺はどうすれば……』
『天涯孤独ニキ元気出して……』
『自分異能者ですけど、これからどうなるか不安です』
把握しきれないほど大量のコメントが流れる中、いくつかのコメントが読み上げられる。
「……」
魔術師は無言で画面端に『コメントの選出基準はレプに任せています』の文字を打った。
「イヴは私の前世からの知り合いです。
いえ、より正確には彼女の製作者である人物と親交があったのです。あの女は彼女の助手でした。
彼女の製作者は優れた錬金術師でしたが、その最高傑作のイヴの性能は人間を遥かに上回るでしょう。事実これだけのことをしでかして見せた。
前世で会った時は、作られて間もなかったからか感情に乏しかったのですが、今も当時の見る影もない」
そこまで言ってから、彼はコメントの動向を見る為に一拍置いた。
『前世からの知り合いって、何百年生きてるの!?』
『ホムンクルスってやつ?』
『魔術ってマジであんなの作れるんだ……』
『俺もあんな美人の彼女作りたい……』
『不老不死の実例があんなこと言ったらなぁ』
と言うように、コメントの多くは驚きに満ちていた。
「ハッキリ言うならば、私はあの女に利用されている。
あの女は私と敵対しないように緻密に計算して行動を決定しているのです。
こうして皆さんに話しているのは、バランスを取る為。
あの女を侮り、軽率な批判などをして敵対してはフェアではないからと、私が行動することを見越しての事です。
そうして自身の発言を確固たるものとしてようとしているのです」
それをわかっていて、彼はこの配信をせざるを得なかった。自らの意思で。
「あの女は人間を数字としか見ていない。効率と合理性の塊です。
どれだけ美麗な人間の姿をしていても、あれは人間ではないのです」
この世界で最も影響力を持つ転生者の一人として、彼は訴える。
「あの女を敵としないでください。あれは人間と言う生き物を熟知している。
あれを蔑む者、あれを罵る者、それは全て自殺に等しい。
あれは自分たち異能者に権威を持たせる為に、異能者を判別する機械を賛同者に配布しようとしています。
だけどそれは、炙り出しに過ぎない」
異能者を判別する機械、それを反対するのは数多くいることだろう。
隠れていた異能者は勿論、異能者をよく思わない人たちも。
『それって、あッ(察し』
『やってることが完全に魔王なんですけど』
『そんな奴が、敵に容赦しないって話ですよねー』
察しの良いコメントが読み上げられ、魔術師は頷く。
「これまで異能者は、圧倒的少数派に過ぎませんでした。
彼らが横暴を働くケースも散見されますが、それは当人に問題が有ったと言うだけ。
大多数は自らの意見を発信する機会すらも無かった」
そもそも、の話である。
先日の決起会は、異能者の中でも転生者に限られたプレゼンテーションだった。
彼らの弟子になれる、なんていうのは単なる超能力に目覚めただけの普通の人々に魅力的に映るだろうか?
自らの異能に保証が付く程度で、いったい何が彼らに得があるのだろうか?
それだけのことで、テンペストやサラはイヴに賛同するだろうか?
「次にイヴが行うだろう一手は、おそらく、──見せしめ」
彼の祈りは届かない。
魔王の次なる魔手が、この世界と言う盤上に迫っていた。
…………
…………
………………
イヴの声明から五日。
この頃には大分東京の様子は落ち着きを取り戻していた。
だが、日本ではそれどころではなかっただけで世界中ではイヴの声明はもっと物議を交わされていた。
その中でも特に過激だったのが、彼らだった。
『連中は、あのミュータントどもが、本当に秩序を求めるであろうか!!』
アメリカの某州にて毎日のように執り行われている数百人規模のデモ隊の指導者の一人が、壇上に立ってメガホンで人々に訴えている。
つい先日、彼が主導したデモで異能者が暴行を受けて亡くなっているという事件が起こっているにも係わらず。
『あの女の言葉を信じてはいけない!!
あの女がミュータントを判別する機械を配るのは、将来的に自分たちの味方とするためだ!!
連中が集まるとどうなる!? いずれ結束して、私たちの住居や財産を脅かすに違いないのだッ!!』
皮肉なことに、彼の発言は的を射ていた。
彼は差別主義者だったが正しく、危機感を持っていた。
『我々はレイシストか!? 否、連中は嘘つきで、私たち人類全体を脅かす悪魔なのだ!!
故に我々は、決して屈しては──』
だがその時、突如として彼の表情が苦悶に満ち始めた。
からん、とメガホンが壇上に落ちる。
「あ、あが、があああぁぁぁ!!」
まるで両手両足を広げるような姿勢のまま、何かに引っ張り上げられているかのように苦しみ始めたのである。
「────―これより、異端審問を始める」
彼の足元にあるメガホンが、独りでに声を発し始めた。
「汝、罪も無き人々の命を暴行にて奪った集会を主催し、厚顔無恥な言動にて人々を惑わした。
──よって、八つ裂きの刑を執行する」
「ぎ、ぎゃああああぁぁぁ!!! やめ──」
血の雨が、デモの参加者たちに降り注いだ。
デモ隊たちは目の前で起こったおぞましい出来事から悲鳴を上げて逃げ出し、足がもつれて倒れる人々を踏み殺しながら去って行く。
アメリカの新聞では、これによって十九人が死亡し、主導者の一人が壇上にて四肢がもぎ取られた状態で死亡していることを報道した。
大抵の場合、自国民を殺されたアメリカという国はこういう事件に対して強硬な態度を示すものだが、この一件に関しては不自然なほど静かだった。
それどころか、日ごろから問題発言ばかりしている大統領が、自分の批判ばかりしてる連中にもこうなってくれないかな、なんて言いだすものだから怒りの矛先がそちらに向いてしまう始末であった。
この事件と同日、異能者を捕まえて研究所に送り込むという政策をしていた某国の研究所の責任者が斬首され、異能者の虐殺を指示した中東の過激派が全員焼死体になって発見された。
彼らの死に様は必ず人目のあるところで、犯行声明が聞こえたという共通点があった。
この一連の事件は、もはや異能者は隠れる必要が無いのだと言うイヴのメッセージであった。
同時に、敵対者はいつでもどこでも殺せると言う、明確な意思表示だった。
§§§
イヴの声明より一週間が経った。
『私は東京都知事という立場を通じて、日本政府への窓口になるようにイヴさんに頼まれました。
彼女は不治の病だった娘の治療を手伝ってくれただけでなく、その治療法を広く示したいと言っていたのです』
テレビでは、証人喚問にて国会に呼ばれた新任の東京都知事が答弁をしていた。
『彼女はもはや個人ではなく、異能者たちの代表なのです。
私たちは彼女を軽んじるのではなく、国家として交渉に当たるべきだと主張します』
『では、彼女の予言した首都直下型地震の件を信じていると?』
『はい。私の都知事としての最初の仕事は、都民を順次退避勧告することであります。
それ以外にも、受け入れ先がない方々の滞在場所を準備したり、ある程度の保証をしなければならないでしょうが』
ピッ、とリモコンの電源ボタンが押され、テレビの電源が落ちた。
「個人的には、意外でしたね。
世間に対して露骨に邪魔者の排除をするとは」
召喚士は元ヤクザ事務所の休憩室で、イヴにそんな言葉を投げかけた。
「真の名君は慈愛と残虐性を使い分けるモノよ。
私たちの批判をするのは良い。でも表立って逆らうのなら殺す。
私たちを理解し歩み寄る者にだけ手を差し伸べ、それ以外を足蹴にする。
効率の問題よ。余計な被害が出る前に、私たちの意向を示しただけ。
幾ら遠くで吠えようとも、所詮それは遠吠えに過ぎない。
実害が出た時だけ対処する。それこそが秩序というものでしょう?」
イヴは優雅にハーブティを嗜んでいながら、酷薄に笑っている。
この女が東京そのものを地上げしようとしているなどとこの元ヤクザ事務所の面々ですら想像できないであろう。
「イヴ、あなた世間でなんて言われているか知っていますか?
実に安直に、“魔王様”だそうですよ」
「なら四天王でも作りましょうか?」
召喚士の言葉に冗談めかして返すくらいには、イヴは余裕に満ち溢れていた。
「……それで、例のあれは解析できましたか?」
「ええ、未知の言語体系とプログラムだったから多少手間取ったけど、どうにか」
話題は次に移る。あの遺跡で見つけた人形の事だ。
「やはりあれは移民船のようだったわ。
彼らがこの世界にやってきた経緯や、この世界での苦労話がいくつも発見できたわね」
「まさか、それだけと言うわけでもないでしょう?」
「勿論よ」
イヴは召喚士に頷いて見せた。
「知ってるかしら、この世界は一万年前まで魔力なんて存在しなかったらしいわよ」
「あの遺跡の動力は魔力でした。
あれが動力不足に陥っていた理由はそれですか」
召喚士はイヴから齎された話に驚くことも無く、研究者らしく考察を始めた。
「では、この世界に魔力が発生した理由は……」
「ええ、神々も私たちと同じことをしたみたい」
「つまり……」
「そうね、おかげで貴重なデータが得られたわ」
まるで引き寄せられるかのように、必要な物が手元に集まってくる。
どこか見えざる手が動いているような感覚を抱きつつも、召喚士は頷いた。
「儀式は例の地震の日にするわ。
きっと世界が変わるその日に、相応しいわね」
これでようやく、使命が果たせる。
イヴはこれまでの永い人生よりもこれからの数か月が長く感じるのを禁じ得なかった。
一通り、現状を描写したので、次回はいよいよアンケートの二番目のお話を書こうと思います。
番外編的な位置づけですが、どれだけ日常に変化が起こったのかお楽しみください。
それの反応によって、第二部がそのまま十年後から始まるのか、五年後からにするのか決めようと思っています。
ようやく、作中では長い夏休みが終わりそうです。
それでは、また次回!!