あと、あとがきにお知らせもあります!!
「おーい、食料を持ってきたぞー」
化粧屋が両手に中身がいっぱいになったビニール袋を両手に警視庁に戻ると、庁内に詰めていた職員たちから歓声が上がった。
イヴの予言から三日経ったその頃、警視庁内は地獄だった。
三日前に仕事をしていた彼らは帰ることもできず、かといって外の有様を見て見ぬ振りもできず、公務員なのに徹夜が続いていた。
特に交通課は総動員で外の交通整理に尽力していた。
だが食料は無かった。
電気や水道に何かあったわけでもないが、これがどれだけ続くかもわからない。
しかもイヴの予言で、いつ地震が起こるかもわからない。
そんなストレスが掛かる状況を見かねた化粧屋が、彼らの為に食料の調達を買って出たのである。
「伊藤ちゃん、お疲れー」
「……ああ」
一通り食料を配り終えると、異能係の事務室にやってきた化粧屋が残りの食料を持ってやってきた。
異能係の職員たちも疲労が隠せない様子だった。
通常業務がほぼ停滞している状況で、何かできないかと外の見回りに出向いている警察官たちも多かった。
外には一刻も早く東京から逃げ出そうとして、立ち往生している人たちで溢れている。
それが何とか、少しずつだが解消され始めて来たのである。
それは警察官たちの献身があっての事だった。
化粧屋は見なかったが、自衛隊もこの混乱を治める為に出動しているらしい。
「思ったより、長引いているな」
テレビでニュースを見ているティフォンが呟いた。
ニュース番組では東京の混乱具合がヘリコプターに乗ったリポーターが詳しく実況していた。
しかしそんな光景は見飽きたのか、彼はリモコンでチャンネルを回している。
『──さん、今回の予言についてどう思いますか?』
彼がチャンネルを止めたのは、今回の一件について話している番組だった。
『東京の混乱は今、脇に置いておくとして、異能者の把握と管理は徹底すべきだと思います』
有識者らしいどこかの大学の教授が話を振られて意見を述べる。
『現状では、異能者には二種類存在します。
すなわち、魔術を扱える人間と異能に目覚めただけの人間です。
政府は前者からの呪術的な報復を恐れ、異能に対する法整備が遅れている有様です。
でも実際に問題行動を起こしているのは圧倒的に後者が多いのです』
『所謂、ホンモノの魔術を扱う人たちは、異能に目覚めた人々に比べても非常に少ないようですからねー』
幾人の異能者を取材したと言うアナリストが教授に追従する。
『ええ、現状それらを一纏めに異能者と呼称していますが、それが事態をややこしくしている。
先も流した三日前の宣言で自分たちを魔導士と言っていた彼女たちに対する恐れを、魔術を扱えない人たちの増長を招いている。
後者の異能者はその能力に依りますが拳銃を持っているのと変わらないでしょう』
『それは前者も変わらないのでは?
国際社会が恐れているのは、魔術的な攻撃によって政治機能にダメージを受けたり、治安の悪化を招くことなんですから』
『それの抑止力に、先の予言の映像を発信した組織がなるのでしょう。
彼女らが国際的な立ち位置を確保しようとしているのなら、彼女らが配ろうとしている異能者判別装置も大きな意味合いが出てくる』
他の有識者の反論に、教授は淡々と答える。
『つまり、異能は管理されるべきだと?』
『ええ、ですが勿論それは彼らを差別したり特別扱いしたりするようではダメでしょう。
ただ私たちのように異能とは無縁の人間と、彼らは違うと言うことを認識してもらわないといけません。
そこを間違えると、私たちと異能者の間には穏便な共存は出来なくなるかもしれません』
教授は司会者の言葉に、そのように締めくくった。
そして、ティフォンはテレビの電源が落とした。
「何もかも、イヴの思惑通りか」
「ああ、気に食わないよな」
化粧屋も粗末なソファーにどかっと座ってそう言った。
「化粧屋、お前の家の方は大丈夫なのか?」
伊藤刑事が給湯室でカップ麺にお湯を注ぎながら言った。
「うちは東京と言っても端っこの方だからな、一時はすごかったが今は落ち着いてるよ」
「そうか、それはよかった」
それを聞いて、彼は少しホッとした。
「だが、状況はあまりよくないわな。
ムカつくからって、イヴに楯突いても意味は無いしな」
化粧屋は嘆息してそう言い放った。
「いったいどうなるんでしょうね、これから僕たち」
栄養ドリンクの瓶を下ろして、不安を隠せない妻鳥が呟く。
「なあ、あんた、昔イヴに挑んだんだろう?
ティフォン、今回はどうするんだ?」
「化粧屋、分かりきっている問いを出すな。
今更あれに戦いを挑んだところで、誰も味方に付くはずがないだろう」
「そうかい、少なくとも私は手伝ってやろうと思ってたんだけどな」
少なくとも自分から戦いを主導しない辺り、彼らが陰キャだと言うのが実感できてしまう妻鳥だった。
「ここは警視庁だぞ、そんな物騒な話は止めろ」
胡乱な視線を投げかけながら、伊藤刑事が釘を刺す。
「いずれにせよ、イヴは偉業を成そうとしている」
その時、部屋に入ってくる者が居た。
「あ、魔術師さん」
それは仮面の魔術師だった。
「警察上層部に、先日の二次会でのイヴの計画について相談してきました」
「良いのか、そのことを話して?」
「イヴも想定済みでしょう。でなければ、千人以下の犠牲なんて実現しない」
目を見張る化粧屋に、魔術師は吐き捨てるように答えた。
「体よく警察を利用しているだけであろう。
それに、今の警察上層部はイヴの息が掛かっている」
ティフォンも彼に顔を向けてそう言った。
「本当に、あの女はこの東京で人為的に地震を起こすつもりなのか?」
口に出すだけで、伊藤刑事は震えを禁じ得なかった。
それを化粧屋たちから聞いた時、信じられなかったほどであったのに。
「どういう魔術的手段かは知らないが、可能だからこうして行動を起こしてるんだろうよ」
どこか投げやりに、化粧屋が言った。
「信じられん、そんなこと、もはや神の所業じゃないか」
魔術によって地震を起こすなどと、人知を超えた行いに彼も眩暈がしそうだった。
「神の所業、か」
魔術師の言葉には、どこか万感が籠っていた。
「どうする、調停者の旦那。イヴを止めるなら付き合うぜ」
「今回は、“先生”の時とは違う。分かっているでしょう」
だよな、と化粧屋もあっさりと引き下がる。
「なにより、それは公平ではない。
今、イヴに挑むのは私心に過ぎない」
自分でも何度も繰り返した回答なのか、魔術師の言葉は自分でも嫌気が差しているいるような声音だった。
「古代ケルトの戦士たちは、ゲッシュを利用され望まぬ戦いにて命を落とすことが多かった。
しかし私は、戦うことすらできなかった。前世の祖先に顔向けできません」
「勇者殿……」
ティフォンは痛ましそうに彼を見ていることしかできなかった。
「これが安っぽいネット小説ならば、悪人は必ず倒され、主人公は功績を得るのであろう」
そして彼は、ポツリと言葉を漏らす。
「では、召喚術で異世界から勇者でも呼ぶか?
この事態を円満に快刀乱麻を断つかの如く解決できるチート能力とはいかなるものだ?
仮に解決できたとして、この後我ら異能者はどうなる?
どうせそいつらが出来るのは、自分たちの都合のいい国を創ることぐらいであろう。
そうして周辺諸国から反感を買い、争いの火種となるのだ。主人公が活躍する次の舞台の為にな。
──実に、実にくだらない!! 我らの世界は、日常は、そんな安っぽい主人公にすら救われる価値はないのだよ!!」
もはや我慢できないとでも言わんばかりに、ティフォンは胸中を吐露した。
「空想の主人公ですら、イヴを超えられない!!
こんな無様があるだろうか!! 我々はあの女に未来を与えられ、施されるのだ!!
イヴ以外に誰もそれを出来なかった、それがたまらなく悔しいのだ!!
何よりも、何もできない自分の無力が恨めしい!!」
彼の嘆きを、誰もが否定できなかった。
化粧屋も、魔術師も、己の無力を実感していた。
「どうせ、奴の作る世の中も、ろくなモノではないだろう」
そして諦念と共に彼にそう吐き捨てたのだ。
「この無力感、あの時を思い出すなぁ。
そう思わないか、調停者の旦那」
「そう、だなぁ」
今度は魔術師の仮面の奥から、深いため息が漏れた。
「“先生”のことは、本当に残念だった」
本当に惜しそうに、化粧屋は呟いた。
「なあ伊藤ちゃん、魔術ってのは窮めるとどういうことが出来るかわかるか?」
「さてな、地震を起こせるくらいだからな」
素人の伊藤刑事には想像もつかないことだった。
「俺らが生きていた時代、それはそれは優れた呪医が居てな。
当時でも世界最高の医者だったと思うぜ」
「お前が言うんだから相当だな」
彼も化粧屋の医療技術が卓越していることを知っている。
そんな彼女が世界最高と言うのだから、相当なのだろう。
「呪医ってのは、やっぱり魔術を使って病気を治したりするのか?」
「そう言うこともあったらしいが、今の外科医と大して変わらないぜ。
そうだな……」
そこで化粧屋は悪戯を思いついたような表情になって、彼に近づいた。
「な、なんだよ」
「それッ」
嫌な予感を覚えて後ずさる伊藤刑事に、遠慮なく手を突き出す化粧屋。
「うげッ」
すると信じられないことに、化粧屋の手が彼の肉体をすり抜けていた。
「霊媒手術って言ってな、こうやって体に傷を付けずに体内の病巣を切除したりするんだ。
人体の影響も少ないし、これは現代の医術でも真似できないだろう?」
化粧屋が手を引っこ抜くと、居心地が悪そうに彼女に触れていた場所に手を当てる伊藤刑事に。
「まるで触れたい物にだけ触れる能力みたいですね」
まさにマンガみたいな現象に妻鳥も呆気にとられていた。
「まあ、優れた医者だったよ。そんな人でも、ペストはどうにもならなかった」
化粧屋の言葉に、魔術師もため息を漏らす。
「あの人はペストの治療方法を模索するうちに、自らもペストを患ってしまった。
死の間際、あの人は起死回生の手段と共に魔術の究極奥義を実行することにしたんだ」
「究極奥義ねぇ」
それこそマンガみたいなネーミングだった。
だが化粧屋は真剣だった。
「俺の師匠から聞いたんだが、魔術を窮めると概念の最果てへと辿り着けるらしい」
「何だか抽象的な表現ですね」
「今で言うところの、アカシックレコードに触れられるみたいなことだろうな。
そうして人智を超えた様々な奇跡が起こせるんだとか」
化粧屋も実感が沸かないのか、妻鳥に説明するもその態度は軽かった。
「何だか夢みたいな話ですね」
「そうだな、夢みたいな話だ。
だが、あの人は実行した。そうやって、ペストをこの世から消し去ろうとしたらしい」
「だが、それは叶わなかった」
「ああ。あの人は失敗して、ペストの化身みたいになっちまった」
化粧屋も魔術師も、肩を落とした。
「魔術の究極奥義なんて言うから、てっきり周囲を心象世界で塗りつぶしたりするものかと」
「ゲームのやりすぎだよそれは」
妻鳥の物言いに化粧屋も苦笑を浮かべる。
「でもそんな相手に、二人は挑んだんですよね」
「ああ、マジで勝てる気がしなかった」
嘆息しながら、彼女は当時を懐古していた。
「勇者殿の武勇伝か。是非とも聞いてみたいものだが」
「武勇伝なんてモノではありませんよ。結局は私も命を落としましたから」
ティフォンの興味を振り払うように、魔術師は否定の言葉を述べる。
「“先生”には、未熟な頃に本当に世話になったもんだ。
俺の前世の両親は、ペストで亡くなっててな。一時期共同研究とかしてたんだが、あの人は俺を残して逝っちまった。
そして無様にもその供養すら出来なかった」
「化粧屋……」
伊藤刑事が初めて聞く化粧屋の前世は過酷な人生であった。
それに比べると、今生の彼女は随分と恵まれていた。
「転生なんて経験すると、二度目の人生なんてものはヌルゲーで楽勝だなんて思うかもしれないけどな、実際はそんなもんじゃない。
人間ってのは、精神、肉体、魂によって構成されているとされている。
これは密接な関係があって、精神や魂が成熟していても肉体から影響を受けるんだ」
自らの過去を悔いるように化粧屋は虚空を見上げる。
「唐突に思い出す自分じゃない前世の記憶に混乱するし、異なる常識に戸惑って、普通に考えたらやらないようなことさえやっちまうもんだ」
伊藤刑事は、化粧屋が今生にて学校でトラブルを起こしたということを思い出していた。
「結局私は、現代社会には馴染めなかった。
体がガキってだけで、俺は自分に振り回されちまったもんだ。
両親に恵まれてなかったら、俺はまっとうに生きてちゃなかっただろうな」
化粧屋の言葉に、うんうん、とティフォンも頷いている。
なお、今も真っ当に生きているのだろうか、と言う疑問が妻鳥に浮かんだが、それを口に出すほど彼は愚かじゃなかった。
「だから、異能を得てイキってる連中の気持ちもわかるんだわ。
そういう連中が異能ゆえに世間に馴染めない気持ちもな」
彼女の言葉は、この場に居る異能者の面々には重い言葉だった。
「もしイヴが……」
やがて、魔術師が目を瞑って厳かに口を開いた。
「人々に仇なす時は、ゲッシュも何も関係ない。
私はあの女を全霊を持って、止めましょう」
「まあ、その時になったら声かけてくれや。付き合うよ」
まるで居酒屋にでも行くような気軽さで、化粧屋は魔術師にそう言った。
「僭越ながら、その時は私も供をしよう。勇者殿」
「ありがとう」
ティフォンの助力の言葉に、彼も少しだけ頭を下げるのだった。
警視庁の慌ただしさは、まだまだ続きそうだった。
基本的に、イヴは悪役です。
でも普通悪役は主人公に倒されるものですよね?
だけどイヴは誰かに倒されることも無く、主人公も青臭い正義を語って戦いを挑むわけでもありません。
悪役は必ず主人公の引き立てになる為に痛快に倒されなければならないのですか?
ヒーローもののように、ヴィランには背景や魅力が必要だと思います。
私は、敵役は作品のテーマを訴える存在であるべきだと思うのですよ。
イヴと言う存在は、この作品のテーマそのものと言えます。
次回は、ようやく東京の混乱から離れて日常へと戻っていきます。
あと、告知!!
作者が某所で数年前に投稿していた『ラウンドテーブル ~世界を救うはずだった勇者パーティの尻ぬぐいをすることになった~』をこちらで再掲載する運びになりました。
ループ物で、第一章までは書き終えているので順次投稿予定です。
お暇でしたら、是非とも一読くださると幸いです。
あと、アンケートもよろしくお願いしますね!!
第二部の舞台はいつ頃が良い?
-
現在から五年後から
-
番外編のように十年後から