転生魔女さんの日常   作:やーなん

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夏の終わりについて

 

「あれ……?」

 冷たい感触に、小池は目を覚ました。

 

「ここは、どこだ?」

 奇妙な感覚だった。

 目を開けている筈なのに、何も見えない。

 まるで、視界を奪われたかのようだった。

 

 体を動かそうとすると、ガチャガチャと金属音が鳴る。

 両手は後ろで手錠のような何かで拘束されているようだった。

 両足は金具の音はしないが、布のような何かで縛られている。

 

 地面は金属のような冷たい感触で、どう考えても自分の部屋と言う感じではなかった。

 

 状況をひとつずつ確認していくごとに、血の気が引いていくような感覚だった。

 これはどう考えても、拉致監禁状態だった。

 

「(俺、そもそもなんでこんな状況に陥っているんだ?)」

 こんな状況に陥る直前の記憶を探るが、まったく思い出せない。

 最後の記憶は、スマホの着信音が鳴って画面を確認しようとしたところで途切れている。

 いや、それすらもあやふやで、不確かだった。

 

 そもそも、平凡な一般家庭の人間である自分を拉致監禁する心当たりが彼には無かったのだ。

 

 奈落の底にいるような暗闇が彼の冷静の思考を奪っていく。

 混乱の極みに陥っている彼に、ようやく光明が差した。

 

 

「──おはよう、小池君」

 尤も、それはある種の絶望と表裏一体であった。

 

「え、その声って……」

「そう、私よ」

 間違えるはずもない。小池の彼女である、魔女の声だった。

 

「あ、あなたが俺をここに連れて来たの?」

「当たり」

 くすくす、と鈴を転がしたような笑い声が近づいてくる。

 

「でもちょっと残念だわ。

 あなたは私が助けに来たとは思ってくれないのね」

「いやだって、こんなことできるの俺の近くでじゃあなたくらいですし」

 ひとまず、危害を加えてくるような相手ではないことに彼は安堵した。

 

「あの、これって何の冗談ですか? 

 早く拘束を解いてほしいんですけれど……」

「それはダメよ」

「……え?」

 彼女の即答に、小池は思わず絶句した。

 

「あのぉ、この悪ふざけはいつまで続くんですか?」

「ずっとよ」

「えッ、冗談ですよね?」

「冗談に聞こえる?」

 今度は耳元で囁くように、彼女の声が聞こえた。

 

 次に小池が思考したのは、この人ならそれをやれてしまう、だった。

 人一人を拉致監禁してそれを問題にしないくらい、難しくも何ともないのだと。

 

 それに思い当たって、彼の背筋はゾッとした。

 

「あッ、あの、俺、なにかあなたの気に障るようなことをしたんですか!?」

 ここで相手に当たり散らさない辺り、彼は善良な人間だった。

 そして、理由も無く彼女はこんなことをしないと言うことも理解していた。

 

「そうよ」

 そして案の定、彼の言葉には肯定が帰ってきた。

 

「少し前、あなたは私の昔の話を聞いたわよね」

「え、はい、確かに教えてもらいましたけど……」

 少々言葉のニュアンスにおかしさを感じながらも、小池は肯定した。

 

「あの話をしたのは、私じゃないの。

 私の前世からの知り合いで、私と同じ魔女だわ」

「えッ、嘘でしょう?」

「本当よ。私はその時、田舎で農作業の手伝いをしていたもの」

 ここに来てようやく、なんで彼女がこんなことを仕出かしたのか、彼にも思い当たり始めた。

 

「彼女、面白がってあなたにちょっかいをかけたのよ。

 まあ、それは良いわ。あの子にはお仕置きをしておいたもの。

 でもなんで、あなたは私だと気づいてくれなかったの?」

 それはあまりにも理不尽な、理屈の通じない糾弾だった。

 

「あなたは私の彼氏よね。

 それなりの付き合いのはずなのに、どうして私じゃないってわからなかったの?」

「そ、そう言えば、なんとなく思い返してみれば違和感が……」

 小池の覚えた違和感は、確かだった。

 だが、問題はこの場でそれを口にしても言い訳にしか聞こえないことだったが。

 

「だったらどうしてそれをすぐに指摘しなかったの? 

 私の近くにいると言うことは、人を惑わすような怪異も寄せ付けることもある。

 一歩間違えれば、あなたは帰ってこれなかったのかもしれないのよ?」

 その言葉は彼を心配している、と言うだけには聞こえなかった。

 いうなれば、焦燥感のような感情が多分に含まれていたのだ。

 

「私は、あなたが心配なのよ」

 そしてどこか甘ったるいような、甘やかすような声音で。

 

 

「だからここで、一生私があなたを守ってあげる」

 魔女が、堕落を誘う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ、いやいやいや、そんな必要ありませんって!!」

 その甘美な音色に、彼は一瞬心を奪われかけた。

 数多の男を堕落させ、骨抜きにした魔性の言葉に彼は抗った。

 

「あのですね、これって拉致監禁ですよ!! 

 ずっとこのままって言うのはあれですし、何より俺の家族も心配します!! 

 それにあなたも俺の為とか言って、犯罪をするなんてしてほしくありませんから!!」

 彼はまともだった。面白みも無いほど普通だった。

 言葉巧みに相手を翻弄して窮地を乗り越えるなんてまず無理で、単なる常識を必死に語るぐらいしかできなかった。

 

 

「…………うーん、やっぱり?」

 だから、彼女からそんな言葉が返ってきた時、彼は思わず「へッ?」と情けない声を出してしまった。

 

「どう考えても、こういうことをするのは普通じゃないわよね。

 やっぱりおかしいと思ったのよね」

 彼女は彼女で、一人で何やら納得したように頷く気配がした。

 

「小池君、ほらこれを飲んで」

 すると、彼の口元に冷たいガラスの感触が伝わって来た為、言われるがままに彼は口を開いた。

 すぐに何らかの液体が口の中に流し込まれる。

 

「うげ、まずい」

 まるで雑草を雑多に煮込んだような青臭さに顔を顰めた彼だったが、次第に視界がクリアになっていく。

 何らかの薬品で彼は視力を奪われていたようだった。

 

「あの、なんでこんなことをしたんですか?」

 小池は後ろに回って手錠を外し始めた彼女に問うた。

 本日二度目の問い。だが、意味合いは違っていた。

 なんでおかしいと分かっていてこんなことをしたのだ、と皆まで言わずともそのことは彼女に伝わっていた。

 

「ほら、この間の海であなたに悪いことしちゃったじゃない」

「今まさに新たな悪いことをされちゃっているんですけど」

「それは悪かったわ。

 だから、真冬に聞いてみたのよ。最近、どういう女性が喜ばれるのかって」

 

 

『最近のトレンドと言えば、“ヤンデレ”ですよ!! 

 ここ*1の界隈だと元々ヤンデレは根強い人気があったんですけど、ここ最近は特に豊作でしてね!! 

 その中でも主人公の行動が意図せずドツボに嵌って連鎖的にヤンデレヒロインの好感度を爆上げするタイプが流行ってますね!! 

 やっぱりヤンデレが嫌いな人はここ*2に居ないんですね!!』

 

 

「真冬さぁぁぁぁあん!!!」

 その致命的な人選ミスに、小池は嘆きの声を上げた。

 

「もうちょっと、もうちょっと、三次元についての知識が充実している人はいなかったんですか……」

「ん? よくわからないけど、真冬は一般的に“リア充”に分類されるタイプじゃないの?」

「そうだった……そうだった!!」

 ここで根暗な自分と、どちらかと言うと陰キャとは言い難い真冬との違いに気づいてしまい彼は愕然としてしまった。

 友人関係を迷彩と言い切る彼と、気の合う親友同士でいつも一緒に居る真冬とは根本的に両者は異なっていたのである。

 

「どうしたの、小池君?」

 心にダメージを追ってしまった少年に、不思議そうに魔女は声を掛けた。

 

「どうしておかしいと分かってたのにこんなこと実行しちゃったんですか……」

 膝を抱えて傷心中の彼はぼそぼそとそんなことを口にした。

 

「いえ、だって、私ってもっと倒錯的な趣味の人たちの記憶があるから……」

 ここに来て、彼女も遠い目になった。

 ヤンデレも大分倒錯しているが、このくらいはまだ普通の範疇に入るくらいの倒錯的趣味とは何だろうか。小池は深く考えないようにした。

 

「お詫びと言っては何だけど、小池君がしてほしいこと、何でもしてあげる」

 軽い口調で発せられたその言葉に、小池は胡乱な視線を上げた。

 

「何でもしてあげる、ってよく使い古された表現ですけど、一生のお願い並みに信用ならないですよね」

「あら、疑うのかしら? 私にできることなら本当になんでもしてあげるわよ」

 例えば、と言って彼女は懐から小瓶を取り出した。

 中身の琥珀色の液体が、怪しく揺らめいている。

 

「これ、以前に妖精から作り方を教わった惚れ薬なんだけれど、これを飲んで最初に見た者を愛するようになるわ」

 きゅっ、とその小瓶の蓋を彼女は開けた。

 

「あなたはこれを私に飲んで、と言っても良いし、別の誰かに飲ませても良い」

 どうする、と魔女は微笑みながら少年に問いかける。

 

「とりあえず、それが本物かどうかはともかく、しまってください」

 小池は常識的な対応をした。

 せっかく拘束が解けたので、開けられたその小瓶の蓋を自分で閉めたのである。

 

「そんなことよりも、ここはどこなんですか?」

 そして問題を先送りにして有耶無耶にする。日本人の得意技だった。

 彼は周囲を見渡すが、見知らない場所だった。

 薄暗いところで、よくわからない荷物が重なっている。

 

「ここは私が借りている貸し倉庫よ。あまり使わない素材とか道具とか、ここに保管しているの」

「ああ、道理で」

 得体の知れない物ばかりだ、とまで彼は口にしなかった。

 

「ところで、そろそろ思い出したかしら」

 彼女は貸し倉庫の扉を横に開け、太陽のまぶしさに彼は目を細める。

 

「えーと、何がですか?」

「今日の予定よ」

 ああ、とそれを聞いて不鮮明だった彼の記憶が霧が晴れるように思い出されていく。

 

「夏祭りに一緒に行くんでしたよね」

「そうよ。せっかくだから浴衣も借りるつもりなの」

 この人なら浴衣も似合うだろうな、と思いつつ彼は一緒に貸し倉庫を出た。

 

 八月も、そろそろ終わろうとしていた。

 

 

 

 §§§

 

 

 世間一般における地元のお祭りの認識は何であろうか? 

 

 少なくとも夏芽にとって、毎年八月の終わりに行われる地元の祭りとは、友達と屋台を回って食べ歩き、最後に花火を見て帰るだけのモノだった。

 決してお祭りとして有名なわけではなく、その由来さえも彼女は興味を抱かなかった。

 真冬辺りに聞けば、彼女は知ってるかもしれないが。

 

「憂鬱だなぁ」

 そして八月の終わりと言うことは、夏休みの終わりでもある。

 彼女にとって地元の夏祭りとは、楽しみにしている行事であると共に学校の始まりを意味する複雑な心境になる代物でもあった。

 よく似た事例として、週末の日曜日の夕方にやっているご長寿アニメを見て、月曜日の到来が陰鬱になる症候群に似ていた。

 

「学校、やだなぁ」

 お祭りの楽しさに、嘘偽りはない。

 それはそれとして勉強は嫌いだった。

 

 夏芽はいつもの友人たちと共に、地元の祭りにやってきていた。

 手分けして屋台の食べ物を買いに行列に身を投じ、彼女だけが集合場所に一足先にたどり着いてしまった。

 そして、物思いに耽っていると、ふと近くに始まる学校の授業の事が頭に過ってしまったのである。

 

「ふふッ、ここにいる連中のほとんどが、今自分がなんの行事に参加しているのか理解していないんでしょう? 

 人間の無関心さには呆れるわね!!」

「チョコバナナにかじりつきながらそんなこと言ってもねぇ」

 夏芽のチョコバナナを持つ手を足場にして妖精コティが小さな口でそれを食べていた。

 気分はハムスターに餌を与える飼い主だった。

 

「妖精にも、お祭りはあるの?」

「有るわよ!! むしろお祭りぐらいしか楽しみが無いもの!!」

 そうなんだ、と夏芽は反射的に相槌を打った。

 

「せっかくだから、私の歌と踊りを披露してあげようかしら? 

 お祭りの日は特別だから、あっちから仲間も来れるのよ!!」

「やめて、多分お祭りが台無しになる未来しかみえないから」

 夏芽はやんわりとコティを諫めた。

 

「ふーんだ、私たち流のお祭りの楽しみ方が分からないなんてかわいそうね!!」

 そう言うと、コティはそっぽを向いてしまった。

 

「……」

 それを聞いて、夏芽に沸いた感情は、憐憫だった。

 

「あんたも、人間のお祭りの楽しみ方が分かってないじゃない」

「くすくす、それって安っぽい食べ物を割高で買いに行くことなの?」

「違うよ」

 いつものように小馬鹿にするように笑うコティに、夏芽は真顔で否定した。

 

「お祭りってのは楽しい時間をみんなで共有するためにあるんじゃないの? 

 コティたちのお祭りは違うの?」

「……」

 珍しく、コティは彼女の言葉に押し黙った。

 

「私らはコティみたいに自由じゃないしさ。

 私も来週からは学校が始まって勉強とかうんざりだし。

 でもだから、この代わり映えしない毎年のお祭りでも思い出にしようってみんなで集まろうって思えるんだ。

 別にこのお祭りが特別ってわけじゃないよ」

 花火も毎年見てるし何が何でも見たいわけじゃないし、と夏芽は苦笑する。

 

「わかんない。同じことをただ茫然と繰り返して、何になるの?」

「うーん、コティたちの価値観じゃ、そういうのに意味を感じられないってのはわかるよ。

 多分それは真っ当な意見だと思うし」

 妖精の価値観は、あまり頭のいいとは言えない彼女には理解しがたかった。

 先日、夏芽はあの仮面の魔術師と連絡先を交換して、いくつかの妖精との付き合い方についてアドバイスを受けた。

 その中で最も重要だと言われたのが、こんなことだった。

 

『決して、彼らの信用を裏切るような嘘を吐いてはいけません。

 それをすれば彼らは最も残虐な方法であなたを殺すでしょう。

 ────連中は嘘吐きを、決して赦さない』

 

「逆にさ、コティにとって大事な事ってなに?」

 思えば、彼女はコティの嫌な事ばかりしか知らなかった。

 そんな単純な事さえも夏芽は彼女に尋ねたことは無かった。

 

「楽しいこと!! 仲間と一緒に遊ぶこと!!」

 彼女の好きなことは実にシンプルだった。

 シンプルすぎて、夏芽にもそれはよく理解できた。

 

「最近さ、私もあんたを連れまわすようになったじゃん? 

 そりゃあ一人にしたら何するかわからないってのもあるけど、やっぱり家の中に一人きりッて寂しいじゃない」

 少なくとも、コティはあの山に一人きりで数百年を過ごしていた。

 たまに山を下りて友達を作っていたようだが、それも長くは続かなかったようだ。

 

 妖精を視認できるのは感受性の高い子供か、特別な資質の人間や魔術を用いなければならない。

 そして子供と言うのは、幼い頃のことなど忘れてしまうものだ。

 

「こうして今日もお祭りにあんたを連れて来たのも、この面白みの無いお祭りをみんなで共有して楽しみたかったからだし。

 妖精はその瞬間瞬間を楽しく生きているのが良いのかもしれないけどさ、人間はちょっと昔の事を振り返って、あの時あんなことがあったなあんな馬鹿話したよな、って笑い合うもんなんだ」

「ふーん、そういうものなの?」

 コティにはいまいちピンとこない話らしかった。

 

「でも一緒に遊びたいなら、そう言えばいいのに!!」

 そして、彼女はくすくすと妖しく笑った。

 

「夏芽、やっぱり私たちはずっと“友達”だよね!!」

「うん、そうだよ」

 妖精に気に入られることは、決して人間にとって幸せな事ではない。

 それでも夏芽は、彼女のその無邪気さに抗えなかった。

 

 的外れなことかもしれないが、一瞬一瞬を楽しみながら生きなければこの人間ばかりの世界では退屈に耐えられないのかもしれないと夏芽は感じたのだ。

 妖精にとって退屈とは、それほどまでに耐え難いのかもしれない、と。

 

「少なくとも、私は死ぬまで友達でいてあげるよ」

 そう言った夏芽の言葉に、コティの瞳が揺れたのは錯覚だろうか。

 

「うふふ、大好きだよ、夏芽!!」

 少なくとも、この信頼に背くような人でなしにはなりたくない、と夏芽は思った。

 

 

 

 

 

*1
ここ=ハーメルン

*2
ここ=ハーメルン。あくまで個人の感想です




これにて、彼女たちの長い夏休みが終わります。

こちらがひと段落ついたところで、先日こっち告知した『ラウンドテーブル』の二章執筆に専念したいと思います。

ちなみに私のくせと言いますか、私の書く小説と言うのは一時創作は勿論、二次創作のオリジナル要素含めてある程度世界観が共通しているのです。裏設定みたいなものですけどね。
なので、ある程度ですがこの小説と『ラウンドテーブル』は設定とかで共通点が存在します。
興味がありましたら、ぜひあちらの方も読んでくださると幸いです。

と言うか、読んで!! できれば感想ください!!
あっちじゃ全然受けなくて悲しかったので。 

第二部は、アンケートの結果により予定通り五年後から始めることにしました。

第二部の舞台はいつ頃が良い?

  • 現在から五年後から
  • 番外編のように十年後から
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