折角のこの日なので、少々時間を飛ばして例の日になります。
十二月某日。
イヴは人気の無くなった東京を見下ろしていた。
普段は人々が通行している道路は無人で、既に多くの建物が放棄されていた。
東京都知事主導による東京都民避難計画は順調とは言い難かったが、おおよそ計画通り進んだ。
勿論、この町から逃れられない人間も多かった。
都政による立ち退き命令とも言える避難活動は多くの反対運動を起こしたし、都知事は非難の的になった。
「本当に、やるんですね。イヴさん」
その都知事が、彼女と一緒に東京タワーの展望室から見納めになる光景を見下ろしていた。
「今この東京には、度重なる避難警告に従わずにおよそ二万人の人間が残留していると報告がありました。
その中で、どれだけ犠牲者が出るか……」
「今更他人事のように言わないことね。
あなたも賛同したことでしょう。それにお互い最善を尽くしたはずだわ」
違うかしら、と彼女の視線を受け彼は複雑そうに口を閉じた。
東京都の人口は日本の人口の一割弱。一千万人を軽く超える。
それを二万人まで退避させたのだから、彼は十分に都知事としての手腕を発揮したと言えるだろう。
無論、それを当人を含め他者が納得するかどうかは別だが。
「貴方の名前は歴史に残る、この私と共に。世界に名を刻みましょう」
罪悪感に苦しんでいる彼の肩を叩き、彼女は展望室の内側に歩みを進めた。
そこには、地震の被害を軽減する為の儀式を行う、と言う名目で集まった転生者たちが連日泊まり込んで騒いでいた。
各々酒を飲んだり、論議を交わしたり、様々だった。
そんな連中を尻目に、イヴは独りあの南極で見つけた巨大な船からサルベージした映像ログを取り出す。
今までに何度も見返したそれを、もう一度見直す。
§§§
移民船『メアリー号』の映像ログ。
「私は、かねてより開発されていた開拓移民船『メアリー号』の船長のメアリーよ」
海の上を行く船の船長も必ず航海日誌を残すという。
故に、次元の海を進むあの遺跡船もまた、その船長はログを残していた。
「この船は私が建造を主導し、竣工と同時に新たな開拓地を求めて旅立つことになる。
私は私に与えられた使命を果たすために、数多の種族の同胞と共に彼らの指導者としてこの移民船を任された。
この旅路に、我が主上の加護があらんことを」
映像ではイヴと全く同じ顔の、同じ声の人間が自信に満ち溢れた笑みを浮かべていた。
画面の彼我を超え、両者は性格まで瓜二つだった。
航行七日目。
「次元間移動は順調である。
我々人類が生活できる世界を発見し、開拓し、そこに原住民が居れば彼らに文明の光を与え、世界そのものを発展させる。
これこそが私たちの目的。まだ見ぬ同胞たちと手を取り合うことを我が主上はお望みである。
その栄誉に打ち震える。早く、分析装置の結果を把握したいものね」
航行十一日目。
「いよいよ次元空間の分析が終わり、我々が住める条件を満たした世界を見つけた。
大気の成分、重力、危険生物の有無、いずれも問題なし。
我々は新たなる故郷を見つけたのかもしれない。今日より進路を取る」
航行十四日目。
「予想外のトラブルが発生した。
次元間の魔力流に遭遇し、本来の目的である世界よりやや座標がずれた位置へ流されてしまった。
その為、目的地の条件の異なる世界へと漂着してしまった。
同一軸の並行世界であるため、生存には問題が無い為、調査隊を派遣し周囲の調査を試みる」
航行十五日目。
「なんてことなの。この世界の魔力濃度はほぼゼロ……!!
私たちの常識では万物の生命の根幹を成すのは魔力だというのに!!
この惑星の生物は単なる食物連鎖による迂遠な進化を遅々として繰り返して誕生したとでもいうの!?
……私たちは今更ながら、自分たちの常識なんてものが異世界へ漂着してしまったことを実感していた」
航行十六日目。
「このメアリー号は周囲の魔力を吸収し、貯蔵することで魔力エネルギーを活用する仕組みだ。
故に我々はこの惑星に取り残された。元の世界に助けを求めることも出来ない。
メアリー号内部だけで千年単位の居住が可能とは言え、この船は我々にとってあまりにも狭すぎる。
だが、この船の外は私たちにとって文明の恩恵を受けられない地獄なのだ。
我が主上、我が神よ、なぜこのような試練を私に……」
航行三十日目。
「多くの船員が、この船を去った。
彼らは生粋の開拓者であることを誇りに思う反面、私の方針に反対した彼らを恨めしく思う。
私は何よりも、船員たちの命を守らなければならないのだ」
航行百七十七日目。
「メアリー号船内にて生成不可能ないくつかの貴重な物質が底をついた。
我々は生存だけならばこの船の中にてずっと可能だ。
だが、それは生きているだけだ。船員たちは不満を募らせている。
船外では魔法の心得のある船員たちが原住民相手に好き勝手振舞っている。
本来なら法によって許されないことだが、我々はそれを裁く余裕もない」
航行千三百二十五日目。
「ついに恐れていたことが起こってしまった。
船内の環境維持装置のメインシステムのメンテナンスで、互換不可能な部品の素材が尽きた。
我々は選択を迫られた。
このまま元の世界のような生活をこのまま続けるか、その全てを捨てて外の世界で生きるか。
……我が主上よ、どうすればいいのですか。教えてください」
航行千三百二十七日目。
「……我々は、『メアリー号』を放棄することを決定した。
この船は最低限の設備維持と病人の保管だけを行い、船員は私を含む全員が退避することとなった。
外では魔力で動く装置は全てガラクタ同然。
この世界にて、魔力は我らの体内にて生成されるだけとなった。
このような地獄のような新天地に放り込むことが、我が神のご意思だというのか」
航行×××日目。
「……同胞たちの争いが、絶えない。
私たちは日々、魔力を扱う能力が衰えていくのを実感する。
この世界の法則が、我々の体内にある魔力を拒絶しているのだ。
私たちは水の無い砂漠へと放り込まれたのも同然だった。
なんで、なんでなのよ……。私はこの移民を成功させるはずだったのに」
最初のログからは、想像もできないほど無残にすり切れたメアリー船長が、船内のカメラにもたれ掛かって嘆き苦しんでいた。
「私は、私はこんなことを願っていない。
どうして、どうして……私は貴方様と同じ才能、同じ知性、同じ姿と同じ名前を貴女様に頂いたのに。
私は貴方様のようにみんなに称えられ、人々に貢献して、みんなに惜しまれて死にたいだけだったのに。
何で何もかもが上手くいかないのよ。何で誰も私に付いて来ないのよ」
だん、だん、とカメラの正面に突っ伏したメアリー船長が、いら立ちを示すようにモニターを叩く。
「どうして、私じゃなくて、私の妹ばかりちやほやするのよ。
あんなグズでどうしようもない、愛想がいいだけのくせに……」
もはや記録の為でなく、泣き言だけしかログに残されていなかった。
「……このままじゃ、私たちは何も残さず消えるだけ。
この世界の土となって消えるだけ。こうなったら、最後の手段を行うしかない。
我が主上によって禁じられた、あの禁術を実行するしかない。
……ちょうどそこに、生贄も十分にあることだし」
そして顔を上げたメアリー船長は、半分正気を失っていた。
「我が主上に並び立つかの御方よ、我が傲慢、我が邪悪、我が偉業を見るがいい!!
私は己のエゴによってこの世界に魔力を齎し、我が神の御座へと至るのだ!!」
……それ以降の記録は無い。
§§§
「儀式の準備が整ったわ」
映像ログを見終え、顔を上げると召喚士がイヴの前に立っていた。
他の面々も、もう既に移動していた。
「……また見ていたの?」
「自分のルーツだもの。
とは言え、私のオリジナルがこんなのだと呆れちゃうけど」
「…………寂しくなりますね」
「どうして?
私はずっと、あなたの側に居るわ」
イヴは彼女の脇を抜けて、外へと出向く。
「本当に、寂しくなる」
独り、展望室に召喚士のつぶやきが消えた。
東京タワーの展望室の更に上、特別展望室を貸し切って儀式は始まった。
東京都はこの日、首都直下型地震が訪れる。
その要因は、至ってシンプルだ。
この日の為に集まった数十人の転生者たちが、特別展望室を中心にして朗々と呪文を唱える。
その中心に居るのは、召喚士だ。
「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」
唱えるのは、一般人にも有名な呪文。
「我が名は東雲イデア、地の底より我が声、我が願い、我が祈りを聞き届けたまえ」
彼女は両手に嵌めた十の黄金の指輪を掲げ、魔術の行使を周囲の者たちが補佐をする。
「80の軍団を率いる王ベリアルよ、その右腕を一時、我が手に貸し与えたまえ」
特別展望室にびっしりと書き込まれた魔法陣が、淡く輝く。
虚空が歪み、その中心に孔が穿たれる。
その際果てから、何か形容のし難い途轍もない力が迫って来くる!!
「ああ……」
その光景を見守っていた都知事が、呻いた。
次の瞬間、大地が震えた。
彼らが取った方法は実にシンプルだった。
大悪魔の腕を召喚して、直接地殻に刺激を与えることだった。
たったそれだけのきっかけで、大地が鳴動する。
その中心だった東京タワーは傾き、高層ビルが倒壊する。
時間にして、揺れたのは30秒にも満たない。
だが、たったそれだけで傾いた東京タワーから見える光景は見るも無残の一言だった。
道路はひび割れ、建物は崩壊し、映画のジオラマのように文明が崩壊した光景が広がっていた。
「これで、終わったのですね」
カタリナが半壊した都内を見下ろしそう呟いた。
「いいえこれから、新しい時代が始まるのよ」
そんな彼女に、黒衣の魔女が語り掛けた。
「私の家、なくなっちまったかな」
化粧屋が哀愁に満ちた声を漏らす。
「これでよかった。そう思いたいですね」
仮面の魔術師が、眼下の犠牲を慮る。
時代の節目、各々がその瞬間に立ち会ったことに感慨を抱いていると。
パチパチパチ、と拍手が鳴り響いた。
「みんな、ご苦労様」
魔術行使を統括していたイヴは、まず全員を労った。
そして。
「では、儀式の第二段階へと進めましょう」
本当の彼女の計画が始まろうとしていた。
§§§
「第二段階って、どういうことだよ?」
真っ先に、化粧屋が問うた。
「ここまでは実益、ここから先は私の使命を果たす為」
「意味が分からないのですが」
「聞いたことぐらいあるでしょう、この世界に魔術を齎した神々の伝承を」
彼女は仮面の魔術師の声に、笑みを浮かべて答えた。
「私たちは偉業を成して、そして眼下には供物となる死者の魂が居る。
……全ての条件は整った」
イヴは全てを計算しつくしていた。
全てはこの瞬間の為だった。
「私は、──神の御座へと至るわ」
彼女は傾いた展望室のガラスへと歩んでいく。
「おい!! 待てよ!!」
彼女を引き留めようとする化粧屋の前に、それを遮るように前に立ちはだかる者が居た。
「あなたは、預言者」
「やあ」
無機質な少年が、彼らの前に突如として現れた。
「ついにこの時が来たのですね」
「ああ、そうだよ」
輪廻の門の教祖が、万感を胸に目を閉じる。
「いい加減、正体を現したら?」
仮面の魔術師の肩にずっと座っていた妖精レプが吐き捨てるようにそう言った。
「そうだね、彼女が何をしようとしているか、説明する必要もあるだろうし」
そう言って、預言者は頷いた。
そしてその場にいる面々は目を見張った。
予言者の背から、まるで両手を広げるかのように神秘的で幾学的な模様が広がった。
それは、翼と言うには虫の翅に近かった。
だが、その頭上にはまぎれも無い
「天使様……」
カタリナが膝を折って、天使の降臨という奇跡に涙した。
そう、この少年にも少女にも見える彼は、そもそもどちらでもなかったのだ。
「でもその前に、一万年の成果の結実を見ようか」
そして、彼は肩越しに後ろを見やった。
天使に守られ、世界が変わろうとしていた。
……
…………
…………
「人は初め、知恵を知らなかった。
知恵とは穢れであり、知恵を身に着ければ付けるほど、無垢とは程遠くなる」
イヴは膝を突いて、身に纏っていた衣服を脱いだ。
「人は禁断の果実を口にした時、自身が服を着ていないことを恥じた。
衣服とは技術の象徴であり、穢れであった。
そして人は神に罰として、原罪を与えられた」
そもそもヒトではない、原罪のないイヴが原初の罪を語る。
「ならば、人が最も神に近い状態とは、白痴の獣である。
────故に私は、この知恵を神に返しましょう」
故に、“人位遡行”。
産まれたままの姿のイヴは空を仰いで、両手を広げた。
転生者たちには、常人には知覚できない何かがイヴの中から消えていくのを感じていた。
そして、そのままぐったりと力が抜けたかのように床に倒れた。
「さようなら、私の親友」
召喚士は二度と動かなくなった抜け殻を抱き起し、友に別れを告げた。
「ああ、ようやくまた会えた。私のマスター」
本来この話はいろいろと間に挟んでから書こうと思っていたのですが、たまたま今日実家の仕事が空いたので書いてみました。
ここ最近実家の農業が忙しく、また自室に暖房が無いせいで執筆意欲がわかない日々がつづいておりました。
流石に年末年始は大丈夫なので、ラウンドテーブルともども更新したいと考えています。
そしてようやく、預言者の正体が判明しました。
妖精、悪魔が出て来たんだから、天使も出てきますよってはことです。
まあもっとも、私たちが考えるような存在では無いのですが。
私の作品は根底となる設定は大体共通しています。
つまりまあ、メアリー船長は……そういうことです。
それでは皆さんまた、メリークリスマス!!