転生魔女さんの日常   作:やーなん

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調停者について

「皆さん、ごきげんよう。魔術師です」

 

 ネットの海に鎮座する某大手動画サイト。

 その中に無数には動画配信者が存在するが、彼または彼女はかなり上位のチャンネル登録者数を有していた。

 

 自らを魔術師と自称し、幾百万もの視聴者に本物の異能者であることを信じさせている人間だった。

 投稿している動画は十にも満たず、それだけで娯楽の提供を主にする他の配信者たちとは隔絶した姿勢を取っていた。

 普段は作業枠の生放送ばかりを配信し、事務的に対応するばかりだが、それが却って口コミで人気を呼んでしまった。

 

「今日は雑談枠にしようと思います」

 

 勿論、それだけでは飽きられるのが世の常だった。

 だから時折、彼は作業以外に雑談枠を設ける。

 ホンモノの異能者と会話する機会が限られる一般市民は、端的に言って変わり者である彼の動向に注視していた。

 

 生放送以外では世間への露出を殆どしない彼の一挙一動は、それだけで想像力が掻き立てられた。

 顔は口元しか映さず、性別さえも判別しにくい声音をしている為か、無数のファンアートが存在するほどである。

 

 

『雑談枠キタコレ!!』

『うわ、久々ww』

『待ってました!!』

 雑談をすると言うだけでこれだけ盛り上がる配信者も他に居ないだろう。

 

「リクエストボックスに寄せられた質問などに答えようと思います。

 えー、まずはこれですね。『魔術師さんは生放送以外の活動はしないんですか? 企業案件とか色々なお話がくるとおもうんですけど』」

 魔術師は淡々と質問を読み上げた。

 その質問の内容も配信画面に映し出される。

 

『あー、確かに、そりゃあ来るよね』

『魔術師さんの企業案件とかめっちゃ気になる!!』

『でも魔術師さんがゲーム実況とか商品の紹介とかしてる姿が想像できないww』

 視聴者の反応はそのようなものだった。

 

「ええ、そう言った多くのお話は確かに伺いました。

 ですが全て丁重にお断りさせて頂いています。これ以上の活動の規模の拡大に意義を見いだせないので。

 さて、次に行きましょう」

 魔術師は丁寧に、冷たくそう答えた。

 彼はコメントの反応を見るまでも無く、次の質問を画面に映した。

 

「『魔術師さん、こんにちわ!! 私は大学で人類学を学んでいます。

 魔術師さんは転生者で、他の魔法使いの方々も転生者だと仰っていますが、やっぱり前世の記憶とかあるんでしょうか? プライベートに差支えないのなら、年代やどのような活動をしていらしたのでしょうか?』」

 

『ああ、それは気になる』

『普通に考えて失われた歴史の生き? 証人だもんな』

『学者さんたちからすればぜひお話を聞きたいだろうなぁ、勿論、俺らもだけどww』

 と、視聴者も質問の答えに興味津々の様子だった。

 

「……まあ、これくらいならいいでしょう。

 私の前世は古代ケルト人の末裔だと言い伝えられてました。

 それもドルイドの、かなり高貴な血筋だと」

 魔術師は彼にしては珍しく、己のことを述べた。

 

『え、マジなの!?』

『ドルイドってあれだろ、生け贄の儀式とかしてたっていう』

『生け贄って、それマジかよ』

 コメント欄も魔術師の前世に驚きの様子だった。

 

「尤も、その教義や歴史は私の前世の頃には既に遺失して千年以上経過していました。

 私の知識が歴史の補填にお役にたてることはないでしょう。

 迫害から逃れ続けてきた私の過ごしていた一族に残ったのは、実用的な神秘の技術だけでしたね」

 

『世知辛い……』

『魔法の技術だけしか残らんかったのか』

『千年以上迫害され続けたらなぁ』

 と、貴重な歴史の知識が失われてたことを嘆く視聴者たちのコメントが多く寄せられた。

 

「私の前世は、祖先たちの行ってきた魔導の復元に尽力していました。

 今生でもそれは同じです。私がこうしてみなさんに警告を発しているのは、まあ調停者だったドルイドの末裔としての役割のようなものだと考えています。

 さて、次に行きましょうか」

 彼はそのように語り、話題を次に移した。

 

「『魔術師さん、知り合いがあなたのことを偽物だとか嘘つきの偽善者だとか批判し、ネットでそのような書き込みとかしていたらしいのですが、仕事が全く来なくなって取引先が次々離れて行って、一家離散したという噂がありました。

 もしかして本当に魔術師さんの仕業なんですか? あ、個人的にそいつは嫌な奴だったので私は気にしてません』」

 

『草ww』

『怖ッ、でも草www』

『偶然じゃね? 偶然だよね……?』

『いや、これが読まれる時点で……』

 この時点で、嫌な予感を察している視聴者もいた。

 

「そうですね、私の所為かと言えばそうとも言えますし、そうではないかもしれません」

 そのある種の肯定に、コメント欄は悲鳴や面白がる言葉でいっぱいになった。

 

「その方だけではなく、私の活動当初も似たようなことを散々言われました。

 仕方がないので、私はドルイドの調停者としての力を利用することに決めたのです。

 古代のドルイドの権威は、王者よりも上でした。そしてその権威と力は魔導の力によっても保障されていたようなのです」

 つまり、と魔術師は前置きした。

 

「私がドルイドとして調停者の役割を果たしている限り、私を批判し、私の行動を貶めようとする者の社会的信用や地位は失われることでしょう。

 私が悪意を持って誰かを呪うなど、言いがかりだと言わせて貰います」

 

『いやそれ、結果的には同じなのでは?』

『普通に言語統制じゃねーか!!』

『そりゃあ迫害されるわけですわ……』

 ちょっと感性のずれている魔術師の言葉に、コメント欄もツッコミが滝のように流れた。

 

「私はこうして姿をさらしているだけで、同業者たちから面白く思われてはいないでしょう。

 そのリスクを背負い、こうして警告しているのですから、自分の発言に責任を持たない人間にどうこう言われる筋合いは有りません。

 私を通して私の警告が皆さんの身に染みたのなら、それはそれで私の目的は達しているのです」

『じゃあ、警告する以外のことはしないの?』

 すると、コメントの一つが機械的な音声で読み上げられた。

 

「私はあまり、世俗には興味ありません。

 無法を働く同業者たちを取り締まるつもりも、その義務も私にはありませんから。

 何度か警察の方々から捜査の協力要請をお願いされましたが、それはそちらの仕事だと断らせてもらっています。

 私はあくまで、ある種のパラダイムシフトを迎えつつあるこの世界で、あなた方と私たちの調停者と勝手に役割を演じているに過ぎません」

 異能者との間に立っている以外は、まるで自分は単なる一般人と変わらないとでも言うような物言いに、コメント欄も困惑した様子である。

 

「とはいえ、完全に世俗と断つことができないのもまた事実。

 前世では我慢できた貧しさや不便さを現世の生活を知った今では、それらを捨てることはできませんし」

 ある種の悟りを得たような落ち着いた物言いをする魔術師が、ここで初めてため息を吐いた。

 

「企業案件とはまた違いますが、有名どころの大学の教授や魔導の研究をする機関などからお会いしたいと言ったメールなどが届いたりしています。

 私自身、研究は嫌いではないので、彼らのお話を聞いてお仕事をすることになれば、その体験を皆さんにお話しする機会もあるかもしれません」

 魔術師のその発言に、話題に飢えていた視聴者たちのお祭り騒ぎが始まった。

 

 

 

 §§§

 

 

「いやぁ、魔術師殿。あなたにお会いできて光栄です。

 まさか私のお話を受けてくださるとは」

 そして最初に魔術師が受けた話と言うのが、日本のローカルな大学に研究室を持つ老教授だった。

 

 この老人から見て、やはり魔術師は異質だった。

 服装は普通の現代と変わらない量販店の代物だったが、顔には木製の仮面がつけられていた。

 年頃は二十前後、体格からして線は細いが男性に見えた。

 

「どうも、魔術師と名乗っています」

「ええ、では立ち話もなんですから、私の研究室においでください」

 教授はわざわざ大学の入り口で彼を出迎えると、満面の笑みで共に研究室へと歩いて行った。

 道中、あの変わり者の教授がにこにこして仮面をした変な奴と一緒に歩いている、と学生たちに奇妙な物を見る目で見られていたが、彼はそんなことが気にならないほど心が踊っていた。

 

「ささ、手狭ですが」

「……」

 教授の言うとおり、彼の研究室は魔術師が一瞬躊躇うほどに物が溢れていた。

 

 棚には奇妙なサンプルが規則正しく並べられており、書棚に人類学の本が収まりきらず床にも重ねられている始末。

 壁には珍妙な仮面が並べられており、一緒に動物のはく製も存在していた。

 自分の工房でもここまで混沌としていない、と魔術師は思うほどであった。

 

「今、茶を入れますわ」

「いえ、結構です。それより、メールにあった物を見せてくれませんか?」

「おお!! さっそくですな」

 教授は上機嫌で、最低限の居場所が確保されているテーブルとイスに座って、ある代物を見せた。

 

「これは、興味深い……」

 魔術師は丁寧に布でくるまれたそれを広げ、中身を見てそう漏らした。

 

「でしょう? これは私がイギリスにフィールドワークに出かけた際、かつてドルイドたちが儀式をしていたと伝承が残っている地にて出土されたオークの木片です」

 教授が示したそれは、焼けたオークの木片だった。

 

 ドルイドの伝承を語る上で、外せないのが生け贄の儀式であった。

 彼らは己の教義や歴史を口伝でしか残さない為、その儀式の理由は未だ不明瞭とされていた。

 

「……おそらく、ホンモノでしょう。

 これは何らかの儀式に用いられたオークの木だ」

「やはり!! いやぁ、そうでしたか!!」

 それを聞いた教授は嬉しそうに頷いた。

 

「ええ、精霊の息吹の残り香を感じます。

 オークの木を触媒に用いる術は多いので、どんな用途で使用されたかまではわかりませんが」

「ウィッカーマンに使用されたかどうかも分かりませんか?」

「炎を扱う儀式は負の念が残りにくいのです。

 怨霊の存在を恐れているような時代ですから」

「ある種のお炊き上げの一種であると? 

 実に興味深いですな、そのような風習は日本だけでなく世界各地で見られる。

 やはり霊能力の類を持つ人間が古来より実在していて、その対処方法をある程度経験則的に理解していたのだろうか」

 教授はぶつぶつと思慮に耽り始めた。

 

「ああいや、失礼。好きなことの話になるとどうにも……」

「いえ、わかります」

 魔術師は教授の不作法を咎めなかった。

 彼の研究室を見ればよくわかる。

 

 本棚には世界各地の魔法や魔術の資料が、壁にはアフリカ先住民の呪術に使われたと思われる仮面が、と彼は研究者であると同時に根っからのマニアだった。

 そういう研究肌の人間は、魔術師としても好感が持てたのである。

 

 

 

「いやぁ、残念です。あなたが良ければ、一緒に論文を発表したかった」

 それから二人は何時間もの間、議論を交わした。

 お互いに失われた知識を追い求める者同士で気が合ったように思えた。

 だから教授は共同論文の提案をした時、魔術師が断ったことが残念でならないようだった。

 

「魔術師殿、最後に一つだけよろしいでしょうか」

「どうぞ」

 大学の門まで見送りに来た教授は、魔術師に尋ねた。

 

「ドルイドには輪廻転生の概念があったと伝えられています。

 それを実際に体験した身として、どのようにお考えで?」

「……教授は、死が恐ろしいですか?」

「ええ、ですが、あなたを見て一つ確信しました。

 もし私に来世が訪れていても、私の若い頃のような情熱は取り戻せそうにないのでしょうな」

 教授は少し寂しそうに笑いながら、今の質問は忘れてください、と言った。

 

「教授、これを。大したものではありませんが、この出会いに感謝を」

「これは……」

 魔術師が彼に渡したのは、四葉のクローバーの押し花で作られた栞だった。

 

「不運を退ける護符です。

 あなたにケルトの神々の加護と精霊たちの祝福があらんことを」

「ははは、うちは仏教なんですがね」

 教授と魔術師は、可笑しくて少し笑った。

 

 

 

 魔術師が最寄りの駅に向かう帰り道、商店街の近くだと言うのに人通りがぴたりと止んだ。

 

「魔術師、だな?」

 そこで奇妙な二人組に出会った彼は、無言でオークの杖を懐から取り出した。

 

「待て、敵対の意思はない。私はこういう者だ」

 二人組の片割れであるスーツの男は、警察手帳を見せた。

 

「警察官が何の用です? 捜査協力ならお断りしたはずですが」

 わざわざ同業者まで連れて、と言わんばかりにもう片方のパンクな女の方を見やった。

 

「あー、化粧屋からの伝言があるって言えば話を聞いてくれるか?」

「化粧屋? 嘘を言うな。

 あの権威や権力を嫌う“男”が警察に関わりがあるとは思えない」

 魔術師は刑事の言葉を戯言だと切って捨てた。

 

「……男? おい、彼はそう言ってるが」

 刑事が相方に非難がましく視線を向けた。

 

「くっくくく」

 女は、笑いをかみ殺しながらパイプを取り出し、火を入れる。

 異様なタバコの臭いが周囲に立ち込める。

 

「色々とあんたの噂は聞いているぜ、馬鹿は死んでも治らんのな」

「貴様、化粧屋か!! お前もこの時代に居るとは聞いていたが……相変わらずだな」

「これは自前だぜ? 今生はちゃんと女だ」

「それだけ身体を弄りまわしておいてよく言える」

 魔術師は唾棄すべき物を見るような視線で化粧屋を見やり、そう言葉を吐き捨てた。

 

「ま、お互い積もる話もあるだろうし、場所を代えようぜ」

「断る。不愉快な名前ばかりか不愉快な奴にまで会ったんだ。

 これ以上私に不快な思いをさせるのなら、こちらにも考えがあるが?」

「まあまあ落ち着け。面白い話を聞かせてやるから」

 にやにやと笑う化粧屋に、魔術師はついに杖を向けるが。

 

「たとえば、私たちを殺したあの野郎がこの時代にも居る、とかな」

「……なに?」

「笑えるだろう?」

 少なくとも魔術師に彼女の話を聞く価値が生じたのか、彼は杖を下した。

 

「せっかくのもう一度の人生だ、楽しもうぜ。

 とりあえず、美味い飯でも食おうや」

「お前のことだ、『魔女』殿や『博士』の所在も掴めているのだろう?」

「ああ、割と苦労したぜ。どっちもこの国にいるみたいだ。面白くなってきただろう?」

 終始楽しそうにしている化粧屋の言葉に、魔術師は鼻を鳴らした。

 

 三人がその場から去るのと同時に、その辺りに人通りが戻り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 




正直なところを言いますと、日常物を書く時点で話のふくらみが出ないのは覚悟していました。
こんなに感想を貰えないのも初めてで、好きな物を書いてこれなのだから割と心が折れそうだったりもしています。
それでも書くのは楽しいので、もう少し頑張ります。

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