やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。 作:黒霧Rose
「雪ノ下が、選挙に出る?」
「今朝、雪ノ下が報告に来たよ」
昼休み、平塚先生に呼び出されるとそんな話を聞かされた。
「それで、君はどうする?」
「・・・別に。一色の件に関して言うなら、俺は俺のやり方を貫くだけです」
「・・・変わらない、か」
「はい」
変える必要など無い。雪ノ下が立候補しようが、対立相手が出てこようが、俺がやる事は何一つとして変わらない。誰かの行動一つで自分のやり方を変えようなんて、そんなのはただの欺瞞だ。俺はそんなものに隷属するつもりはない。
「・・・そうか。ただ、比企谷」
「なんすか」
平塚先生は、煙草を灰皿に押し潰してその火を消すとゆっくり煙を吐いた。
「君のやり方じゃ、本当に助けたい誰かを助ける事は出来ないよ」
「・・・・・・うっす」
頷きで返し、俺は職員室を出た。
*
「立候補したんだってな」
「・・・え?」
「聞いてなかったのか」
そのまま部室に言った俺は、雪ノ下にその事を確認する。反応からして由比ヶ浜は聞いていなかったらしい。
「これから相談するつもりだったのよ」
「それは相談って言わねぇよ。事後報告って言うんだ」
「・・・私は、やっても構わないもの」
「雪ノ下さんがああ言ったからか」
昨日の彼女の言葉を思い出す。誰かに押し付けるのは、まるで自分の母のようだと雪ノ下を揶揄した彼女の言葉を。
「違う。これは私の意思よ」
「・・・お前がそうするのなら、俺は俺で勝手にやる」
「・・・好きにしなさい。私とあなたは違う」
決別だった。その言葉は、俺達にとっては決別を意味していた。
馴れ合いなんて、俺達が一番嫌っていたものだったのに。核心から目を逸らして、お互いに妥協して、なあなあの関係に当てはまって・・・それを、どこかで許容していた。悪くないと、そう思い始めてしまっていた。
そして、それを許容した比企谷八幡は、『比企谷八幡』ではなく。
それを許容した雪ノ下雪乃は、俺にとっての『雪ノ下雪乃』ではない。
ただそれが、明確になっただけの事。
*
「それで、どうしたんですか?」
「単刀直入に言えば、雪ノ下が立候補した」
放課後、俺は一色いろはを訪ねていた。下級生のクラスにお邪魔するなんて初めてのことだし、相手が女子ってのも初めて。緊張して呼び出す時に噛んじゃったよ。キョドりまくって根暗オーラ満載。ごめんね一色、こんな先輩で。
そのまま図書室に行き、小さいボリュームで会話をする。ここくらいしか思い付かなかったんです。ベストプレイスを知られるのも嫌だし。
「そう、ですか・・・ま、まぁ?それなら、私も生徒会長やらなくて済むって言うか」
「ただ、その話は平塚先生のところで止まってる」
「・・・じゃあまだ、公にはされてないって事ですか?」
「そうなるな。それと、お前が生徒会長に選ばれないってのは少し確実性に欠けるところがある」
「・・・は?だって雪ノ下先輩が相手なんですよね?私に勝ち目無いですよ」
「まぁ聞け」
怪訝そうな顔をして、そのあざとさが外れかかっている一色をとりあえず落ち着かせる。なんなのその目。絶対俺の事敬ってないでしょ。いや、いいんだよ?そもそも敬われるような奴じゃないし。
「お前はサッカー部のマネージャーをしているな?」
「・・・そうですけど、それがなんか関係ありますか?」
「ある。大いにある。さて、そのサッカー部には学校の人気者が所属していますね?誰のことか」
「葉山先輩ですね!」
「お、おう」
食い気味の回答に若干引く。流石ですね葉山くん。この感想、最近も抱いた気がする。
「まぁつまりは、だ。同じサッカー部のよしみみで葉山がお前を応援すると公言したらどうなると思う?」
「・・・なるほど」
集団を一致団結させるものが明確な敵の存在だと言うのなら、一致団結した集団を扇動するのは明確な人気者だ。またの名をインフルエンサー。つまるところ、集団に対して影響力のある者。
それと、実際問題として葉山が一色を応援すると公言する可能性は限りなく低い。アイツは、誰かを選ぶ事をせず、『みんな』という集団をその念頭に置いている。とするのなら、自分の立ち位置もアイツにとっては計算内。よって、本当は考える必要も無い。
そもそも、雪ノ下が勝つ。これは覆しようのない事実だ。
「そういう訳だ。だから、ここで確実にお前を落とす一手を加えることにした」
「前に先輩が言っていたやつ、ですか?」
「そうだ」
「その出来る奴っていうのが」
「順当に言って俺だな。て言うか、そんなの誰もやりたがらないだろ」
ただ、リスクは無論ある。一色いろはが俺みたいなやつを応援演説に選んだ。その事実は周知の事となる。それは、後々になって一色に響いてくるかもしれない。
「それに、お前にノーリスクでこれを実行する案もある」
「・・・どうするつもりなんですか」
「文化祭で委員長を泣かした酷い奴、ヒキタニくん。知ってるか?」
「ええ、まぁ・・・って、もしかして」
「そりゃ俺だ。だから、この噂を蒸し返してこちらの手札にする」
簡単な話だ。そのヒキタニくんの噂を使えばいい。事実を切り取れば、それは女子に酷いことをするただの出しゃばりクズ野郎だ。そんな男が生徒会選挙という行事にまたしても首を突っ込む。そうすれば、一色は問題外。周囲は俺のみに標的を絞ってくるだろう。
『また出しゃばりクズ野郎のヒキタニが、生徒会選挙に首を突っ込んで来た』
全部、俺が自発的にやったことにすればいい。一色は俺に巻き込まれただけの被害者。断り切れなくて、渋々折れただけの可哀想なヒロインに昇格。リスクはあれど、ダメージはほぼ無し。更に、周囲の同情まで引いて味方がわんさか集まる。
ほら、簡単だろ?誰も傷つかない世界の完成だ。
「という訳で、お前は安心してこれからの学校生活を過ごせる。なんなら、ヒキタニに狙われてるって言えば、葉山辺りも釣れるだろ」
「・・・先輩って、頭良いですね」
「まぁな」
さて、じゃあ俺はその酷い演説内容を考えるとしましょうか。
「でも、どうしてそこまでするんですか?」
「・・・そりゃ、お前が依頼して来たからで」
「そんな事しなくても、雪ノ下先輩には勝てませんよ。それに、葉山先輩が私を表立って応援する事も無いです」
・・・嘗めていた。一色いろはという女子を、俺は相当見くびっていた。
「だから、先輩がそんな事をする必要はありません。なのに、どうして?」
言葉が出ない。目の前にいるこの女子に、自分よりも年下なこの少女に、なんと言えばいいのかが分からない。
本当は、分かっている。その答えを、俺は知っている。
俺は、『ヒキタニ』を『比企谷八幡』として自分に押し付けたいだけなのだ。そうやって周囲の悪意によって出来た俺の人物像を、そのまま『俺』として生かしたいだけに過ぎない。その踏み台として、この依頼を利用しようとしている。
それだけじゃない。
俺は意地になっている。雪ノ下に否定された俺の案を、意地になってもやろうとしている。そうしなければ、そうでもしなければ、『比企谷八幡』が保てないから。
これ以上、俺の中にある『比企谷八幡』を壊したくはない。そうなってしまったら、いよいよ俺は、俺を見失う。
「・・・それは」
突然、俺の携帯が鳴った。マナーモードにするのを忘れていたため、かなり大きな音が図書室中に響き渡る。外に出て、相手を見ると『雪ノ下陽乃』と表示されていた。
今だけは、この電話に感謝しておこう。
「・・・もしもし」
『ひゃっはろー比企谷くん。ちょっとお願いがあるんだよね』
「・・・一応、用件だけ」
面倒なことになりそうなので直ぐにでも切りたいところなのだが、この電話には助けられたので話を聞く事にする。
『生徒会長に立候補されちゃった・・・なんとかちゃん?その子を連れて来て。私も話がしたいんだよね』
あざとい女子と魔王な女性が組み合わさるとか、それなんて地獄?絶対ロクな事にならないじゃないですかー。
「・・・本人に確認してみます」
『うんうん。善は急げだよ』
全くもって善な気がしない。
一色に確認してみると、これがまさかのオッケー。雪ノ下陽乃さんの噂は聞いていたんですかそうですか。断ってくれれば楽なのに。
「オーケーだそうです」
『僥倖僥倖。じゃ、昨日と同じ所に連れて来てね』
そう言うと、電話は切られてしまった。本当に言いたい事だけ言って切りやがったよこの人。
どうやら、地獄が始まるらしい。