やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。 作:黒霧Rose
「私は雪ノ下陽乃。雪乃ちゃんのお姉ちゃんだよ」
「わ、私は一色いろはです」
取り繕った者同士が向かい合って自己紹介を交わしている。なんだろうか、この異様な光景。猫がとりあえず相手の頭に軽いパンチをしているような、そんな感覚だ。
「比企谷くんから話は聞いてるよ。生徒会長に立候補させられちゃったんだっけ?」
「・・・はい」
「いやぁ〜酷いことする人達も居るもんだ」
いやあんた大爆笑してたじゃん。めっちゃ面白がってたよね?そんな事を考えていると、雪ノ下さんが俺を見てニッコリと微笑む。あ、はい。黙ってるんでその笑顔やめてくださいとても怖いです。
「で、ですよね〜」
一色の方もタジタジになりながら雪ノ下さんに合わせる。おい、その先は地獄だぞ。
「・・・で、比企谷くんが応援演説で一色ちゃんを落としてやろうと」
「まぁ、現状それが最適かと」
「ふーん」
事実、問題は生徒会長になるかならないかではない。なった後、ならなかった後の話の方にある。なったとしても、一色いろはの時間を奪う事が出来、目的は達成される。ならなかったとしても、選挙に落ちた一色いろはをざまぁみろと嘲笑う事が出来る。つまり、要はどっちでも構わないのだ。
故に、問題の焦点を変える事で一色いろはへのダメージを別の方向に逸らす必要がある。その為に応援演説を利用する。
「・・・それで、一色ちゃんはその後を平和に過ごす事が出来るのかな」
「上手くいけば一色へのダメージはその応援演説をした者へと逸れるかとおも」
「馬鹿だね。君如きの活躍でそんな事になる訳ないじゃん。そういうの、自意識過剰って言うんだよ」
「・・・だったら、その上でやり方を考えるだけです」
向かいに居る雪ノ下さんを見据える。彼女の顔には笑みなどなく、ただ淡々と客観的感想を述べるだけ。
「無理。どうやっても無理。比企谷くん、君にそんな力や人望は無い。そんなの、君が一番よく知ってるでしょ?」
押し黙るしかない。彼女の言うことは最もだ。
だが、疑問が残る。
何故それをあなたが言う?
何故あなたがこれを否定する?
あの時、俺の背中を押したのは紛れもなくあなたではないか。
「だからね、一色ちゃん。私がもっといい案をあげる」
「・・・」
一色は既に雪ノ下さんしか映していない。その瞳の中に俺や周囲の人は居なく、雪ノ下陽乃ただ一人がそこに鎮座していた。
「一色ちゃんさ・・・生徒会長にならない?」
「・・・は、はい?」
「生徒会長、やっちゃいなよ」
「で、でも、私はそもそも生徒会長がやりたくないから奉仕部に相談をしたのであって」
「あーそれね。多分、生徒会長という定義づけの方を間違えてるよ」
一色いろはに生徒会長を勧める。意味の分からない発言に、俺も耳を傾ける。話聞いてなかったのか?いや、この人がそんな事をする訳がない。なら、一体何のつもりでそんな事を?
「一色ちゃんさ、生徒会長になれなかったらどうなると思う?」
「・・・それは、まぁ、私に不都合な事も、あると思います」
「そ。ざまぁみろって思われるだろうね。いつもそんなあざとい態度をして、結局は人望を集められない可哀想な女子。周囲からの評価なんてそんなものになる」
本質を見抜いている。間違いなく、雪ノ下さんはこの依頼の本質を見抜いている。だが、生徒会長になった所でそれらを覆い潰す程のメリットがあるのだろうか?
「でも、生徒会長になったら・・・どうなると思う?」
「当初の目的は達成されますし、私が生徒会長になってざまぁみろと思うんじゃないですか」
「そこ、そこだよ。どうして生徒会長になるメリットを考えないのか、私にはそれが分からない」
「メリット、ですか」
「そう。生徒会長っていうのはね、生徒の中では最高権力者を表す言葉そのものなんだよ。そして、一色ちゃんはそれを掴む資格を周りから与えられた。ここまでは分かる?」
「まぁ、はい」
人心掌握。人の心を把握し、思いのままに操る事ができる術、その基本。一色はもうそれに飲み込まれつつある。自らにとって有益となる情報や事実を提示する雪ノ下さんに、少しずつだが魅入られている。
「権力は使う事の出来る武器。即ち、それは一色いろはという人間のブランドになる。権力を得た者っていうのは往々にして強い」
「・・・」
「よく覚えておいてね。権力があるから強いんじゃない・・・強いから権力を与えられるんだよ」
県議会議員の娘としての言葉だった。あまりにも重く、あまりにも説得力のある言葉。
「やり返す事も、見返す事も、なんだって出来る。一色ちゃんにはその権利を得るチャンスが与えられた」
目の前で行われているこの光景に、俺は何かを言うことすら出来なかった。初めて、人が人を操る瞬間を見た。こんなにもあっさり、こんなにも簡単に、人は人に飲み込まれる。その事実に、俺は寒気すら覚えた。
「さぁどうする?選挙に落ちてみっともなく嘲笑われるか、生徒会長になって権力を得るか、それは一色ちゃん次第だよ」
終わりを悟った。もう、一色いろはには何も届かない。雪ノ下さんの言葉こそが全てであり、雪ノ下さんが強い者になってしまった。
「・・・やります。雪ノ下さんに、乗せられます」
こんな、呆気ない結末を迎えた。
*
生徒会選挙に向けての準備を始めるらしく、一色は家に帰った。ここに残っているのは俺と雪ノ下さんの二人。
「なんであんな余計な事したんですか」
「余計?その言い方は気に食わないな」
「どう考えても余計な事でしょ。あれは奉仕部への依頼であって、あなたが」
「余計っていうのは、あくまで比企谷くんからしての話だよね。どうして君の枠に私を当てはめようとしてるの?」
何かに気付いた。今まで目を逸らし、気付かないようにしていたものに直面したような気がする。とても大切で、とても重要な事を、この人から言われた。
「比企谷くんさ・・・私に依存してるよね」
容易に、『比企谷八幡』は壊れた。否、壊された。壊れるべくして壊された。目の前に居る、雪ノ下陽乃によって。
「もっと正確に言えば、私に押し付けてる『雪ノ下陽乃』に依存してる」
止めてくれ。
「もう辞めようよ、目を逸らすのは。だから、私が教えてあげる」
耳を塞ぐ事すら忘れ、俺はただ固まっていた。
「『比企谷八幡を理解してくれるのが雪ノ下陽乃』それを、君は私に押し付けてる」
雪ノ下陽乃という人間は俺のやり方を知り、雪ノ下陽乃という人間は俺のやり方を否定しない。その事に、俺は依存していた。いや、今も依存している。
そして、それが『雪ノ下陽乃』であると俺は彼女に押し付けていた。
「言ったよね。私達は押し付けられる事を嫌うって」
「・・・」
「だからさ・・・それを私に押し付けるの、辞めてよ」
酷い有様だ。事実を、真実を突き付けられ、まるで空っぽになったかのように俺は呆然とそこに居る。既に『比企谷八幡』は無くなった。誰かに依存し、誰かに自らを肯定されようとした時点で『俺』はもう俺でない。
「まぁでも、これでやっと目的達成かな」
「目的?」
「『私と共に在る』何回もそう言ってるじゃん」
「それとどう関係あるって言うんですか」
「覚えてないの?私達は押し付けられる事を嫌う・・・でも、他人には押し付けるって」
「・・・じゃあ、雪ノ下さんも」
あの日見た笑みが、再び目の前に現れる。ちぐはぐで、本当かどうかも分からないような笑み。
「そう。私も君に押し付けて、依存してるの」
意外だった。雪ノ下さんが誰かに依存したり、それを誰かに明かす事があるなんて。
「私が君に押し付け、依存してるのは」
不思議と、もうこの人への不信感は無くなっていた。
この人となら共に在る事も有りかと思ってしまう程、この立ち位置に或いは関係に納得してしまった。
「『雪ノ下陽乃の主観になってくれる比企谷八幡』だよ」
人はこの関係を、『共依存』と言う。