やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。   作:黒霧Rose

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第12話 魔王とは、異なる正義の体現者である

 

主観が無かった。

 

否、正確に言うのなら『主観を否定されて来た』という所だろう。

 

一個人としての雪ノ下陽乃ではなく、『雪ノ下』の陽乃という『私』が私にとって求められて来た主観だった。

 

だから私には主観が無い。誰かというフィルターを通してでしか、主観を得ることが出来なかった。

 

そのフィルターが今までは妹である雪ノ下雪乃だった。私に血縁的に最も近く、『雪ノ下』という事で価値観のそれも似通っていたから、或いは最も私に近い存在だったから。

 

でも、そうでは無かった。そうでは、無くなってしまっていた。

 

雪乃ちゃんは、何時からか『雪ノ下陽乃』という存在の後を追っかけて、『私』を模倣するようになっていた。その事に気付いた時、私は何もかもが分からなくなってしまった。

 

かろうじてあった私は、『私』を真似る妹によって否定され、主観は消え去った。

 

 

そこに、一人の少年が現れた。

 

 

私と同じで、自分が何者かを知らない人。私と同じで、自分の妹を支えにするしかない人。

 

なのに、その少年は主観を持っていた。

 

捻くれていて、擦れていて、曲がっていて、斜めに見て、卑屈で、陰湿で、最低で、そんな見方でも主観と呼べるものをちゃんと維持していた。

 

 

気に入らない。

 

本当に、気に入らない。

 

私と同じくせに。私と変わらない存在のくせに、どうしてお前は『それ』を持ち続けている。

 

 

故に私は、彼をフィルターに据えた。雪乃ちゃんよりも、私に近い人。私と同じ人。

 

比企谷八幡を『雪ノ下陽乃』の主観にすれば、私は私であることを肯定出来る気がしたから。

 

 

そして彼は、私に理解されているであろうことを私に、自分に押し付けるようになった。

 

堪らなく気に入らなくて、この上ない程に好都合。

 

 

 

 

だから私は、君と共に在る事を望む。

 

 

 

『私』が私になる為に。

 

 

 

 

 

「私にはね、主観が無いの。どれも客観的に見て、俯瞰して、いつも後ろから引いて見てる・・・知ってるでしょ?」

 

淡々と事実を、真実を告げる彼女は主観を持っていなかった。あの文化祭の日に抱いた彼女への印象は、半分が間違っていて、半分が正解だった。

 

『捉えようとしない』のでは無く、『捉える事が出来ない』のだった。

 

主観的に何かを見ようとしても、彼女にはその主観というものが欠如していた。だから、多数のナニカによって定義付けされた客観に縋り、従う。そうする事でしか、万物を推し量る事が不可能だったから。

 

「でもね、そんな時に私は君を知った。自分が何者であるかを知らない・・・なのに、主観を持って生きている君を」

 

下の方へと流されていった彼女の瞳は、小さく震えていた。何かを懺悔するように、罪の告白をしているかのように、切なくも咎を物語るような哀しい瞳をしていた。

 

「君と私の本質は『自己の喪失』であり、君を私のフィルターに据えるということは逆説的に雪ノ下陽乃は主観を得ることが出来る。そう証明できた途端、私の行動は全て決まった」

 

「・・・どこからが、そうなんですか?」

 

「文化祭実行委員会でのあの会議の後から全部だよ。文化祭も、修学旅行も、今回のことも・・・何もかもそう」

 

「その為に、俺があなたに依存するようにことを運ばせた・・・そういう事なんですね」

 

「正解」

 

眉間に皺が出来上がっていくのを感じる。あの日抱いた負の自覚も、あの日蝕まれた失望も、今日抱いた虚無感も、全て・・・全てが彼女が仕組んだことに過ぎなかった。

 

 

なら、俺はなんだ。

 

『雪ノ下雪乃』という偶像を失った俺はなんだ。

 

『比企谷八幡』という虚像を壊した俺はなんだ。

 

『雪ノ下陽乃』という実像を拒んだ俺はなんだ。

 

 

「分かるよ・・・今の比企谷くんの気持ち。私はもう、それを何度も自分に問い掛けて来たから」

 

「・・・同情なんて、求めてませんよ」

 

「同情・・・か。そう取られても仕方ないね。でも、その問いから私は目を逸らしたことはないよ。だから、今の私はここに居る」

 

彼女の目は、先程のものとは違っていた。自信、或いは傲慢に満ちた瞳。それ以外の一切を否定し、自らのみこそが正義であると信じて疑わない者のする瞳。見ているだけで、圧倒と焦りに飲み込まれそうになる。

 

「自分がそうして来たから・・・それが、それが何なんですか。だからって、俺をあなたの都合に巻き込んでいい理由にはならないでしょ」

 

「けど、私が君を巻き込まなきゃ君はいつまで経っても君は自分で押し付けた『比企谷八幡』でいるしか無かった。その事を、自覚することも無かった」

 

 

『そんなの、欺瞞でしょ』

 

その言葉に、俺は酷い頭痛を感じた。この人のせいで、俺は俺が何者であるかを見失った。しかしこの人お陰で、俺は俺が何者であるかを知るきっかけを得た。

 

なんて・・・なんてこの上ない最悪なパラドックスだろう。思わず頭を抱えてしまう。

 

この人が俺を巻き込まなければ、俺はきっとどこかで妥協する事が出来たのだろう。雪ノ下雪乃を見限りつつも、彼女を助けたいという想いを至上のものと信じて。由比ヶ浜結衣に停滞を感じながらも、彼女の優しさが奉仕部にとっての薬であると信じて。

 

ふと、諦めに似た感情と共に小さな笑みを覚えた。

 

 

ならきっと、雪ノ下雪乃にとっても、由比ヶ浜結衣にとっても・・・比企谷八幡という存在は毒なのだろう。どこまで行ってもそれは変わらない。

 

 

甘美にして、猛毒。

 

優美にして、劇物。

 

 

以前、雪ノ下さんに対して抱いた感情を思い出した。なるほど、通りで彼女に俺と自分が同じであると言われる訳だ。

 

 

「おや、君のそんな笑みを見るなんて初めてだ」

 

驚いたような顔をして、直ぐに笑って見せる彼女は本当に楽しそうだ。人をおもちゃにして、人を娯楽にして、人を弄んで・・・全く、本当にその名が相応しい。

 

「こんなの、まぁ・・・ちょっとした心機一転ですよ」

 

「へぇ。その心は?」

 

「あなたと共に在ることを了承したいですけど、そうやって手に入ったものが本当にあなたが求めるものと合致しているのか・・・それを問いたいかな、と」

 

「・・・鋭いね」

 

「ま、伊達に人間観察を趣味にしてませんから」

 

「・・・その通り。君が了承したらきっと、私は虚しいだけの何かを得ることになる。私の思い通りに手に入るものなんて、私はいらない」

 

そう、ここに雪ノ下陽乃の歪みがある。

 

彼女が求めているものは『手に入らないもの』であり、思い通りに手に入るものは与えられたものと考えてしまうという矛盾。『手に入らないもの』を求めるが故に、追いかける時は徹底的に遂行する。しかし手に入ってしまえば途端に興味を無くし、簡単に切り捨ててしまう。

 

何より、彼女の持っているもの故、『手に入らないもの』など殆ど無いという不条理。

 

 

なら、俺が言うことは決まっている。

 

 

何度も、そう言ってきたではないか。

 

 

 

「だから、俺はあなたと共に在ることは出来ません」

 

 

 

雪ノ下さんは、きょとんとした顔をした後、少しばかりの優しさを携えた笑みで俺を見ていた。

 

「そっか・・・これまでの無関心でもない、今までの敵対でもない、さっきまでの依存でもない・・・多分、これを『信頼』って言うんだろうね」

 

「さぁ?生憎、信頼とかからはかけ離れた人生を歩んできたもんで」

 

「・・・ふふっ。そういうとこ、私は好きだよ」

 

 

何か、大事なものを失った。

 

何か、大事なものを壊した。

 

何か、大事なものを拒んだ。

 

そうやって歩み続け、否、歩まされ・・・それでも、こうして何かを掴んだ。

 

初めから敷かれたレールの上であったとしても、確かに・・・そこに居た。自分の元に導いていたはずなのに、最後の最後で拒絶され、それでもその何かは諦めることをしなかった。

 

 

初めて、比企谷八幡を視界に入れることが出来た。

 

 

 

これはきっと、『俺』と『彼女』が俺と彼女を取り戻すための戦いなのだろう。

 

 

 

「ああ、でも・・・さっきのセリフは告白って事でいいのかな?」

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

後日、学校に今季の生徒会メンバーが正式に決定したとの紙が掲示された。

 

生徒会長・・・一色いろは

生徒会副会長・・・本牧牧人

生徒会書記・・・藤沢沙和子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

庶務・・・比企谷八幡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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