やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。 作:黒霧Rose
「・・・そうか。そういう決断をしたんだな」
「・・・はい」
職員室の応接間で、俺は平塚先生と話をしていた。生徒会に入る旨を、その理由を全て話した。
話を聞き終えた先生は、煙草の煙をゆっくりと吐きながら真っ直ぐに俺を見ていた。
「・・・正直、驚いているよ。何かが、大きく変わった・・・いや、何かを受け入れることが出来た、或いは諦めた、か」
「まぁ、そんな感じなんですかね」
相変わらず聡い人だと思う。人を見る目に関して、この人の右に出る者は居ないのではないか・・・そう思ってしまう程だった。
「君を見ていると、なんだか陽乃を思い出す・・・あの、何かを諦めてしまったかのようなアイツの顔を」
煙を追うように、彼女は上を見ていた。
「いつの日か、そうやって君も大人になるんだろうな」
「いきなりどうしたんですか」
「なに、ただの経験談だよ。何かを諦めて、受け入れて、そうやって人は大人に近付いていく」
ならば、あなたは何を諦めたのか・・・それを口にすることは出来なかった。聞いてはいけないような気がして、聞いてしまえば、彼女を困らせそうで。
「けれど、それだけでは大人にはなれない。諦めて、受け入れて・・・また何かを求めて・・・そこが一番肝心だったりするんだよ」
「・・・また、求める・・・ですか」
「ああ。欲しい物があるから、人は諦める。欲しい物があるから、人は追いかける」
懐かしむようにゆっくりと言葉を紡ぐ彼女は、穏やかな微笑みで俺に話をしてくれた。
「欲しい物があるから、理由を見つけようとする・・・そしてその理由が、人を大人にするんだよ」
欲しい物。漠然と、抽象的なその言葉は酷く俺の頭に反響した。
「きっと、その理由を探す旅を『人生』と呼ぶのではないか・・・私はそう思うよ」
「・・・かっこいいっすね、それ」
「カッコつけたからな」
先生の言葉に、思わず俺も頬をがつり上がってしまう。この言葉を聞いたら、彼女はどんな顔をするのだろうか。無責任にも、俺はそんなことを考えてしまった。
「君は案外、教師に向いているかもな」
「どうですかね」
話は終わりだと言わんばかりに、平塚先生は煙草の火を消す。
「それと、奉仕部は生徒会との兼部でいいんだな?」
「・・・はい」
「何か考えている事があるのかね」
「今のところは。ただ、何かの時に役に立てばと思います」
「・・・分かった。さ、行きたまえ。これから行かなければならない所があるんだろう?」
先生にお辞儀をすると、俺はあの場所へと向かった。
*
重苦しい部室の雰囲気は紅茶の香りさえ消してしまうほどの冷たい空気を纏っていた。張り詰めた雰囲気は誰かの呼吸の音ですらハッキリと聞こえる程静かに、ただ静かに誰かの言葉を待っているようだった。
「・・・ヒッキー・・・さ、生徒会、入ったんだね」
「・・・ああ」
「・・・何も、言ってくれなかった、ね」
「いや、これからその相談を」
「それは事後報告と言うのよ。そうでしょう?」
雪ノ下の冷えきった言葉が俺の言葉を遮る。その言葉をつい先日言ったのは、他でもなく俺だった。
「一色さんが生徒会長になるという話まではあなたから確かに聞いた・・・けれど、あなたのことは何も聞いてないわ」
「・・・だが、好きにしろと言ったのはお前のはずだぞ、雪ノ下」
あの日、俺達は決別をした。少ない言葉のやり取りだったが、あれは確かに決別を意味していた。
「待って。ゆきのんがヒッキーに言ったのは、いろはちゃんの依頼についてのことでヒッキーのとはまた別の話のはずだよ」
「・・・」
それを言われると弱い。あの時、雪ノ下が言ったのはやり方云々についてであって俺の身の振り方についてではない。
「・・・そんなの、解釈の問題だろ」
苦し紛れに出た言葉は、あまりにもちっぽけな言い分だった。子供が大人に怒られたくないように言う、天邪鬼な屁理屈。
「・・・そう」
「ゆ、ゆきのん!」
「由比ヶ浜さん、もういいの」
「っ・・・」
雪ノ下に何かを言おうと彼女の名前を呼んだ由比ヶ浜は、雪ノ下のその冷たい声音で口を閉ざしてしまった。
その視線は俺を見据え、どこまでも・・・どこまでも、失意と失望を伝えて来る。
「あなたのその在り方・・・嫌いだわ」
ふと、考えることがある。
ここに居る俺と、過去の俺、果たしてどちらの方がより良い俺なのだろうか。
答えは簡単だ。
どちらも否である。
時間が経ったからといって、人は成長をしない。
過去を振り返ったからといって、かつての自分は輝かない。風化した時の中では、人を良く見せるものなんて存在しない。
なら、今まで俺は・・・何をしてきたのだろうか。
*
「で、何だこれは」
目の前にある書類に目を通しながら俺は呟く。
『海浜総合高校との合同クリスマスイベントについて』
その題から始まっている時点で嫌な予感しかしないし、なんなら中身を見ても嫌な感じしかしない。え、生徒会としての初仕事がこれってマジ?合同?しかもクリスマスイベント?普通に嫌だ寧ろ絶対に嫌だ何故なら面倒臭い。そもそも、コミュ障でぼっちな俺からしてみればクリスマスすら縁のない話であって、更にイベントとなるともはや違う生物の概念なのではないかという次元なのだ。
「というわけで、新生徒会の初仕事はこんな感じです」
会長の席に座る一色は人当たりのよさそうな笑みでそう言った。たはぁ〜やっぱ確定事項ですよねぇ〜。
「・・・えっ、と、それで、先日、会長同士で挨拶をしてきたんですが、その・・・」
やけに歯切れが悪い。一色がこういう態度をするのはなんだか新鮮だったりする。いつもはもっと『せんじつぅ〜かいちょーさんと挨拶してきたんですがぁ』って感じなんだがな。誇張し過ぎですかそうですか。
「・・・あんまり上手くコミュニケーションがとれませんでした。それだけは、皆さんに伝えておきます」
生徒会室の空気が一気に重くなる。ば、かな・・・一色はコミュ力が中々高いあざとい系小悪魔後輩生徒会長だぞ!?てか属性多すぎる。
「ま、まぁ気にすんなよ。俺も人とコミュニケーションとかとれないし」
「・・・あ、ありがとうございます」
引いた顔でお礼を述べられても全く嬉しくない。先輩としてフォローをしたつもりだったんだが、マジでドン引きされた。なるほど、自虐はある程度話すようになってからでないとマジ引きされると。二度と使わなそうな教訓ですね。
「明日から海浜総合高校の生徒会と打ち合わせがあるので、放課後はコミュニティセンター集合でお願いします」
そんな具合で、本日の生徒会は終わった。
*
下駄箱の前に来ると、そこには見知った顔が居た。
彼女は俺が来たことに気付くと、そのまま俺を見る。
「・・・それで、なんか用か」
靴を履き替え、自転車を取ってきた俺は彼女と帰路を歩く。
「昨日、全然話せなかったから」
「・・・そうか」
「ヒッキーはさ・・・どうして生徒会に入ったの?」
その質問が来ることは大いに予想出来ていた。由比ヶ浜が俺を待ってまで聞きたい事など、現状ではそれくらいのものだろう。
「・・・別に。なんとな」
「嘘」
「・・・」
「ヒッキーがなんとなくで生徒会に入る訳ないよ」
実際そうであるから返答に困る。こういう変に鋭い所は流石由比ヶ浜と言ったところなのだろうか。
「あたしには・・・あたし達には、言えないの?」
「・・・」
言えない。言いたくない。言える訳が、ない。
「・・・そっ、か。言えないん、だね」
その声音に違和感を抱き、俺は由比ヶ浜の顔を見た。
彼女の瞳には涙が溜まっており、口元はそれを我慢するかのように強く、固く結ばれていた。
「あたし、さ・・・この部活、好きなんだ」
「っ・・・」
立ち止まっていた足は震えを覚え、俺はただ黙るしかなかった。
「ゆきのんが居て、あたしが居て・・・ヒッキーが居て。依頼を待っていたり、皆で動いたり、そういう時間が、好き。好き、だった」
駄目だ。ここで挫けちゃ、駄目なんだ。俺は、ちゃんと考えてあの決断をした。だから、彼女に、彼女達に手を伸ばそうとしちゃ・・・駄目なんだ。
「俺、は・・・奉仕部、と、生徒会の兼部だから・・・問題、は」
駄目な、はずなのに。この口は止まらない。
「・・・それでも、もう・・・違うんだ。もう、あたしの好きな奉仕部は・・・戻って来ない」
一筋、彼女の瞳から涙が零れる。自分から終わらせようとしたのに、自分が、それを決めたのに。その雫は、容赦なく俺の心に落とされ、俺を打つ。
「ねぇ、ヒッキー・・・」
だから俺は、いつまでもずっと
「もっと、人の気持ち・・・考えてくれると・・・嬉しい、な」
すれ違うこの距離に、気付かない。