やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。 作:黒霧Rose
新年を迎え、俺達は三学期に入った。
結局の所、去年のクリスマスイベントは総武高と海浜総合で別のものを出し合い、二つのことを楽しめるという建前の下でそういう結論になった。実際、予算と日程の都合上はそうする他なかったので、選択せざるを得ないと言った方が確実だ。
他にも、直近ではマラソン大会があった。
葉山の野郎が進路を隠していたので、俺が大変な目に遭いました。はい、もうこの話はこれでおしまい。思い出すだけで敗北感が湧き上がって来る。
ていうか、俺ってばメインは生徒会役員だよね?確かに、奉仕部にも兼部という形で籍を置いてはいるが、こき使い過ぎじゃない?それはいつも通りですかそうですか。
ただ、そうなってくると俺が生徒会に入った意味が無くなって来る。
雪ノ下さんに嫌味を言われるのは勘弁して欲しいので、俺としてはここらでキチンとしたい所なのだが。
だと言うのにも関わらず。
「それで〜葉山先輩にチョコを受け取ってもらうにはどうしたらいいんですかぁ〜」
はい、またしても奉仕部の部室に居ます。ちょっと一色さん?あなた生徒会長なんだからさ、生徒会室に居ましょうよ?それと、ここに行く度に俺を連れて行くのも辞めてね?俺はあなたと奉仕部を繋げる窓口とか中継とかじゃないんですよ?そこんとこ分かってますか?分かってやってるんですね。ホントいい性格してるよ。
「揉めるでしょうから、彼は受け取らないものね。小学生の頃、それで教室の雰囲気がギスギスしていたのよ」
葉山め、小学生の頃からバレンタインチョコを貰いまくっていたのか。お前だけはやっぱり許せねぇよなぁ・・・そうだよなぁ、非リア充の皆様方よォ!!もう我慢しなくてもいいよなぁ!!
「えぇ〜・・・せっかく作ろうと思ってたのに」
いや手作りのやつを渡すつもりだったのかよ。『お菓子作りって得意なんです』とかあざとさマックスでアピってそうですもんね。ブレない所に感銘受けちゃいそう。
コンコン
「どうぞ」
部室の扉がノックされ、雪ノ下がそれに応じる。
入って来たのは、まさかのあーしさんと海老名さん。なんかついこの間もここ来ませんでしたっけ?マラソン大会、忘れられない思い出になりました。
「その・・・手作りのチョコとか、作ってみたいん、だけど・・・」
ブルータスお前もか。なんでこの時期になるとわんさかわんさか色めき立つんですかねホント。無縁のこっちからしてみたら、それはそれで辛いんですけど。
コンコンコン
「・・・どうぞ」
またしても叩かれる扉。この部活で一番働いてるのあの扉さんなんじゃないの?
「・・・妹が、お菓子とか作ってみたいって言ってるんだけど・・・あたしには難しくて」
依頼者の席に座った川・・・川、越・・・あ、川崎だ、川崎は、そう言った。
お前もなのか・・・。
「・・・どうしたものかしらね」
雪ノ下は、こめかみに人差し指を当てて考えている。なんかそれ久し振りに見たな。いつもそのポーズする時は、俺に呆れている時ですもんね。
「・・・どうする、会長」
「う〜ん」
唸り声ですらあざといとか筋金入りだろマジで。
「先輩的には、なんかありますか?」
「ま、あくまで葉山をメインターゲットとするのなら、アイツに逃げ道を作らせるのが手っ取り早い」
「逃げ道?」
ちょっと会長?そのジト目止めてくれませんか?『何言ってんだコイツ』みたいなのは意外とイラッと来るぞ流石に。
「・・・なるほど。つまり、バレンタインという前提を崩せばいいのね」
「それが一番早いわな。んで、そこに川崎の依頼っつーか相談を組み込めば、自ずと策も見えて来るだろ」
ここまで言って、俺はもう口を開くことを止めた。これ以上の事は俺から言うべきではない・・・否、言ってはならない。
それは、雪ノ下自身がやらなければいけない事だ。少なくとも、そうでなくてはならない。
「・・・・・・お菓子作り教室、なんてどうかしら?試食という題目があるのなら、葉山くんが受け取る可能性はかなり見込めると思うのだけれど・・・そ、それに、川崎さんや川崎さんの妹さんにも教えられると思うし・・・」
雪ノ下の視線が、俺に向けられる。
「・・・だとよ、生徒会長。出来そうか?」
「もっちろんですよ!先輩とか先輩とか先輩とかを働かせれば絶対に出来ますとも!」
ねぇ、なんで俺の労働力を当てにしてるの?またアホみたいに働かなきゃいけないんですかコレ。
もう働きたくないでござる。
*
「今回もいいプロモーションを作ろうじゃないか。僕達二校の若いマインドがあれば、トップを狙うことも出来るよ」
いやなんのトップを目指してんだよ。お菓子作り教室にトップなんか求めんなよ。そういうのはプロに任せとけプロに。
「き、君たちも居たんだね」
俺たちに気付いた玉縄会長が、少し焦ったような表情になる。あれ?なんで生徒会の俺が今の今まで認知されていなかったんだ?俺の影の薄さが原因ですか・・・。
「てへっ」
舌先をチロっと出し、ウインクをして俺に得意顔を見せて来る我らの生徒会長。
なんだそれ可愛いなお前。
ていうか、意図的に俺の居ない時を狙って向こうとの約束を取り付けてたな。通りで俺が向こう側に気付かれない訳だよ。
「お前、俺も生徒会なんだから少しくらいどうにか出来なかったのか」
「前回であれだけやらかした先輩の名前なんて伏せるに決まってますよ。顔は知られていたので、色々と遠回しなことは言いましたけど」
大丈夫なのか、シナジー効果。
「ひゃっはろー」
「げっ」
やべ、素で口から出た。
「姉さん・・・」
雪ノ下も怪訝そうな顔をする。なんだかその気持ち、少し分かる気がします。この人が来るとロクな事にならないんだよ。主に俺にダメージが飛んでくる。最大致死量レベルのヤバいやつが。
「特別講師の陽さん先輩です!」
「はいはーい、陽さん先輩でーす」
あんたもう少し歳考えたらどうなんですかね。
「比企谷くん、今失礼なこと考えなかった?」
「や、やだなぁ。ドキドキしてるだけですよ」
恐怖っていう意味合いで俺の心臓はバクバクと鳴りっぱなしだ。
例えば、この現状についてとかな。
「ふーん」
ホント、なんでこの人呼んじゃったんだよ。
*
夕方頃、お菓子作り教室が開催された。三浦や川崎など、こちらに依頼をしに来た人達が全員揃って参加出来たのは僥倖と言えるだろう。
「よく考えたな。お陰で、俺も気を遣わなくて済む」
「考えたのは俺じゃねぇよ」
「じゃあ誰だい?」
「雪ノ下だよ」
「・・・そうか」
壁に寄りかかっていると、隣に葉山がやって来た。なんでこっち来んだよ。あそこにいる海老名さんに喜ばれちゃうだろ。
「あんま寄って来んな。海老名さんがまたぶっ倒れるぞ」
「それは嫌だな・・・でも、姫菜についてなら、俺としても疑問がある」
「・・・待て、大体言いたい事は分かるが、その答えは俺にも分からん」
デスティニーランドに行った日、彼女は葉山のグループを繋ぎ止めるような行動をし続けていた。それは今も続いている。作ったチョコを戸部にあげる、その行動だけで十分だ。
「あくまでも俺の予想だが・・・姫菜にとっては、このグループが救いなんじゃないかって思う。良くも悪くも、ね」
「利用し続けるためにってこと、か」
「予想の域を出ないけどね」
言わんとしていることは分かる。彼女が時折見せるあの闇は、魔王のそれを彷彿とさせるものだ。正直、何も語らないという点ではあの人よりやりにくかもしれん。
「隼人〜」
三浦の葉山を呼ぶ声に、葉山はここから離れようとする。
「・・・それと、今の陽乃さんはどこか危険だと思う。何か吹っ切れているようにも見えるが、今にでも爆発してしまいそうな危うさを感じる」
そう言うと、奴は三浦の方へと歩いて行った。
んな事、分かってんだよ。
「雪乃ちゃんは、誰かにチョコあげるの?」
そんな中、件の雪ノ下さんは雪ノ下にそんな質問をしていた。
「・・・姉さんには関係無いことでしょう」
こちらも相変わらずのツンケンした態度。雪ノ下さんのその行動の真意は測りかねる。一度も分かりきった事なんて無いけど。
「ふーん・・・私は比企谷くんに渡すつもりだよ」
・・・は?
ちょっと待ってください。今なんて言いました?結構とんでもないことをサラッと言いましたよね?
彼女の言葉に動揺したのか、雪ノ下は手元にあったボウルを床に落としてしまった。お前が動揺すんなよ・・・。
「ご、ごめんなさい」
雪ノ下と目が合う。な、なんでそんな表情してんだよ。
ボウルを拾おうとすると、雪ノ下とタイミングが重なってしまいお互いに手を引いてしまう。そうなると、ボウルはまたしても転がってしまう訳で。
「2人とも、調理器具の扱いがまだまだだね」
そう言って、由比ヶ浜はそのボウルを指で回す。何それ意外と凄いじゃねぇか。
「あたしはこの通り」
「いや、ボールとボウルは違うもんだから。料理にその動作いらないから」
立ち上がり、雪ノ下さんを見ると彼女は冷めたような笑みを俺に向けていた。
あの日と、全く同じ笑みを。
*
離れた場所で全員を見ていると、今度は平塚先生がやって来る。
「君が繋ぎ止めたもの、それはきっと君にとって大切なものなのだろう」
俺は、奉仕部の2人が居るテーブルに目を向けていた。雪ノ下と由比ヶ浜はオーブンの中を覗き込んでいる。彼女達が2人で作ったそれを、待ち望んでいる。
「・・・どうなんでしょうかね。その大切だって気持ちでさえ、いつか失ってしまうかもしれませんよ」
「それは仕方ないことだ、人の印象は日々更新されているからな。その中で、それでもと離すことのなかったものを、人はいつも大切という言葉で括ってしまう」
同じ顔だ。俺が生徒会に入った訳を話した時と、全く同じ顔を彼女はしている。
「でもな、大切という言葉は時として残酷なんだよ。目を向ける理由を、それ一つで片付けてしまう」
「・・・」
「内在している感情でさえ、誤魔化してしまう程にな」
『傷を付けたくない程に大切で、大切だからこそ傷を付けなければならない』
その言葉を思い出す。これは、あの人が言った言葉だ。人間関係における、ある種の究極。
「この光景を近くで見られて良かった。理由を、感情を模索し続ける君を見る事が出来て」
彼女が俺に向けた微笑みは、慈しみさえ感じてしまうほどに穏やかで優しさに満ち溢れていた。
だからだろうか・・・去って行くその後ろ姿は、別れを表しているようだった。
「ヒッキー、これ食べてみて」
深呼吸をして、覚悟を決める。由比ヶ浜の料理スキルはご存知の通りだ。見た目は確かにいい・・・問題は味だ。
「よし」
一つ、口に入れる。
「・・・美味いな」
「ホント!?良かった」
「私が手伝ったのだから、当たり前よ」
それ先に言ってくれないですかね。雪ノ下がフォローしたのなら余計に覚悟を決める必要なんて無かったじゃん。
「まぁ、あれだ・・・ありがとうな」
彼女達を知る機会が欲しいと、彼女達を知りたいと思う理由が欲しいと、俺はあの日そう言った。
なんだか、それに応えてもらっている気がして・・・。
「これじゃあ、前と何も変わってない・・・いえ、もっと酷くなってる」
突然発せられた彼女のその言葉を、俺は黙って聞くしかなかった。
雪ノ下陽乃の冷めた声音は、俺をその感傷から無理やり現実に引き戻した。
「このままじゃ、『君』は終えることが出来ない」
心のどこかで、このままでは駄目だということは分かっていた。
俺が求めた理由も、機会も、何もかも与えられて・・・それにただ甘えるしか出来ない。
それが続いた結果を、俺は知っていた。
それが招いた結末を、俺は知っている。
知っていたし、知っている・・・知っているはずだった。
なのに、今はどうだ。
この停滞と曖昧に溺れ、進歩と明確さに怯え、どこかでそれを享受しようとさえしている。
それを、雪ノ下陽乃は許さない。そんな現状を認めはしないと、俺に現実を突き付けて来るのだ。
そして、『俺』でさえも俺を嘲笑うのだ。
ここに在るお前は、『比企谷八幡』だと。