やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。 作:黒霧Rose
「受験票は?」
「持った!」
「筆記用具は?」
「持った!」
「参考書は?」
「持った!って、お兄ちゃん・・・大丈夫だから。行ってきます!」
「・・・おう、行ってらっしゃい」
本日は小町の受験の日だ。学校が入試の関係で休みになる俺は、試験に向かう小町を見送った。小町・・・応援してるからな。
ポケットに入れていたスマホが震える。
「はい」
『ヒッキー、デートしよ!』
「・・・は?」
プツッと、電話が切れる。え?ちょっと待ってください?由比ヶ浜よ、肝心なことは何も伝えてないし、なんならいきなり過ぎて話が分からんのだが。
すると、またしても携帯が震える。
『やぁやぁ比企谷くん』
「ど、どうも」
なんだなんだ。連続して電話がかかってくるとか八幡史上初の出来事なのだが。しかも相手はどちらも女の人。どういうことなのでしょうか?
『前の事で話があるんだけど』
「いや、あの・・・それがですね」
本日は、とんでもない日である。
*
本日は雪模様。一面が銀色になった幻想的とも言えるこの光景の中、俺は水族館の入口に居た。
奉仕部の面子と、魔王と共に。いやなにこの超嫌な空間。胃がキリキリしてきたんだけど。
「ひゃっはろー。今日も今日とてよろしくね」
「姉さんによろしくされる覚えはないのだけれど」
「やだ雪乃ちゃんったら辛辣。ガハマちゃんはそんな事言わないよね」
「あ、あはは」
いや酷い光景。魔王様ったらドン引きされてるじゃないですか。
「うわー!サメだー!」
「サメね」
由比ヶ浜と雪ノ下はどうやらサメに夢中のご様子。サメ、いいよね。かっこいいよね。英語にするとシャークだし。シャークって響きがかっこいいと思う時期って男なら一度はあると思う。
「サメなんて久し振りに見たよ」
流石の雪ノ下さんもサメに少し心を動かされているようだ。やっぱりサメ凄いな。
スマホのカメラを起動している由比ヶ浜を見て、俺は撮影可能ということに気付く。
「マジか、写真撮っていいのか」
そうと決まればそこからの行動は早い。俺も即座にカメラを起動させてサメを画角に収める。
「ふふっ。比企谷くんもそんな風にテンション上がるんだ」
「・・・なんか悪いっすか」
「まさか。サメとのツーショットをお姉さんが撮ってあげる」
「ども」
よし、帰ったら小町に自慢してやろう。お兄ちゃんウィズシャーク・・・なんなんでしょうねそのサブタイトル。
ていうか、あなたマジで何しに着いてきたんですか?話があるなら俺とサシで構わんでしょ。
いや、或いは・・・。
*
「ネコザメ・・・なるほど、肌触りは猫の舌に似ているのね」
うんそれ鮫肌だと思うよ?それくらい知ってるでしょ。
「うわ、エイってぬるぬるしてるんだね」
ちょっと雪ノ下さん?なんで俺の方を見ながらそんなことを言うんですかね。あれですか、俺はぬるぬるしてるって言いたいんですか?粘液とか出てないですからね。え、出てないよね?人に触られた記憶なんてもう殆ど無いから自信が無くなってきたぞ。
「ペンギンだ!!」
やだなにこれ超可愛いんですけど。写真写真っと。
ペンギン達が岩場に沢山居る。ただそれだけなのにとても心が穏やかになる。ペンギンも凄い。
「・・・そう」
「・・・」
フンボルトペンギンと書かれた紹介版を見た雪ノ下さんは小さく呟くと、一人で館内に戻って行ってしまった。
『どちらかが死んでしまわない限り、同じパートナーとつれそい続けます』
そう書かれた一節は、俺を少しだけ動揺させた。もしかしたら、もしかしたらあったかもしれないその可能性。どこかで何かが違っていれば、俺達の関係性は、この奉仕部という関係性は似通ってしまっていたのかもしれない。
そんな馬鹿げた妄想と予想は、否定しようにもどこかしきれない何かがあった。
「・・・2人は?」
「ペンギンの写真を撮ってますよ」
「そ」
館内で1人、ただぼーっと目の前の水槽に立っているだけなのに彼女はとても絵になっていた。まるで、そのまま吸い込まれてしまいそうなほどに幻想的とも言える光景だった。
「可能な限りの自由があっても、外界から見ればそれは仕切りによって括られた水槽の中で・・・いつしか、見えない壁があることに気付く」
「それは、どの」
「魚じゃない。君が押し付けている君と、私とも言い切れない私の話」
彼女の瞳は、水槽から少しも動かない。
「きっとその仕切りと壁は・・・他でもない、私達自身。私達が己に課した、ある種の呪い」
『自己の喪失』と、彼女は言っていた。自己が分からないから、自分が何者であるかを失ってしまったからこそ、俺達は俺達に『こうであるべき』という押し付けをした。そういう指針があって初めて、自分というものを保つことが出来る。
理想通り、と言えば聞こえはいい。だが、そんなものは所詮表面上のそれに過ぎない。蓋を開けてみれば、ただ自分がどうしたいのか分からないからそうしているだけ。
故に、『自意識の化け物』。
「だから今日、私は」
「おーい!ヒッキー!陽乃さーん!」
由比ヶ浜が俺達を呼ぶ声が聞こえた。
「・・・行こっか」
先程までとは違った、いつもの微笑み。彼女が彼女に押し付けたその強化外骨格・・・本当に、その笑みがどうしようもないくらいに、俺は・・・。
*
「・・・今日は、大事な話をしに来たの」
水族館を出た俺達はそのまま海の見えるところに来た。
「あたしのこと、ゆきのんのこと、ヒッキーのこと・・・あたし達のこと」
そんな予感はあった。それをどこかで気にしないようにしていた。俺の悪い予感は当たる、だからこそ予感しないようにしていた。
「ヒッキーがどうして生徒会に入ったのか・・・それが、今は少しだけ分かる。多分、それは」
「ま、」
待て。そう言おうとした。だが、俺の口は震え、それを言うことが出来なかった。
待て、それは言ってはいけない。少なくとも、少なくとも今言う時ではない。それは、全てが完了した時に言う。そして、それは間違いなく俺が言わなければならないことだ。
「違うよ」
その声は、その否定の言葉を紡いだ声は、後ろから聞こえて来た。
そこに居る、雪ノ下陽乃の口から。
「違う。比企谷くんが生徒会に入ったのは、『私達のため』なんかじゃない」
そのまま彼女は歩き出し、俺達3人の前に立った。
「『私がそうしろ』と比企谷くんに言ったからだよ」
あの日の記憶が呼び起こされる。
雪ノ下さんとその話をした、あの日。
俺の事を、彼女の事を考えたあの日。
そして、今後の方針を決めたあの日。
俺達が始めた、あの日。
「そもそもの話、おかしいとは思わなかった?どうして責任感が強く、依頼という理由があれば無理にでも動いてしまう彼が・・・どうして修学旅行の告白現場に姿を現さなかったのか」
「「・・・」」
そう、か。さっき、この人が何を言いかけていたのか、それが漸く分かった。
この人は、全てを言いに来たのだ。
前よりも酷くなってしまった、俺達を、『俺』を、強制的に終わらせるために。
「待って、どうして、どうして姉さんがそれ、を」
「雪乃ちゃんも馬鹿じゃないんだから、ホントは気付いてるんでしょ?」
「まさか、それも」
「そう。それも私。比企谷くんがなんて説明したかは知らないけど、あの時に彼を呼び出したのは私。京都に居たんだ、私も」
雪ノ下の目は大きく見開かれ、唇が震えている。由比ヶ浜はそんな2人と、俺を見てはその目を不安げに伏せる。
俺も上手く頭が回っていない。何を言うべきか、何を言ったらいいのか、それが分からなかった。
「それだけじゃない。どうして一色いろはちゃんがあんなにも直ぐ心変わりをしたのか」
ただ俺達は、黙って彼女の言葉を待つことしか出来なかった。
「そう・・・それも私。比企谷くんに頼んで会わせてもらったの」
一色は、雪ノ下さんに諭されてしまった。だから、生徒会長になることを決めた。実際のところ本人がどう思って、何を考えているのかは分からないが、切っ掛けは間違いなく彼女だ。
「そして、クリスマスイベント。何故壊したはずの奉仕部に、彼が頼らなければいけなかったのか」
俺はただ、下を見るしかなかった。
「そう、それも私達が決めたこと。そうしなければいけない理由があったから。けどまぁ、比企谷くんの発言自体は教えてもらえなかったし、かなり予想外の展開になってたけどね。そのお陰で私がこうして今までの事を言っている訳だし」
長い、長い沈黙だった。時間にすれば1分経ったか否か・・・しかし、体感的には最早それをゆうに超えていた。
「・・・そう。そういうこと、だったのね」
「・・・・・・そっ、か」
その声は、殆ど同時だった。
「・・・ごめんなさい、今日のところはこれで帰らせてもらうわ」
「・・・あたしも、今日はもう帰るね。あたしの話は、また今度」
2人は、立ち尽くす俺を横目にすることも無くその足を帰した。
「これで、君達の歪な関係はもう終わり。私の目的のためなら・・・私は君でさえ切るよ」
「・・・」
「軽蔑したでしょ?・・・でも、これが私・・・これが、雪ノ下陽乃なの」
いや、違う。
この人が言ったことは確かに事実だ。
しかし、真実ではない。
この人は、全てを言っていない。本当に言わなければならない事を、本当は言いたかった事を、言っていない。否、言えなかった。
俺には、その気持ちが痛いほど分かる。何故ならそれは、俺と全く同じだからだ。
だから、だから俺は・・・
「今ここであなたを軽蔑したら、それが新たな雪ノ下陽乃になる。だから、軽蔑はしません」
その押し付けを、止めることしか出来ない。
「・・・なん、で」
彼女の瞳は、ただ震えていた。
泣きそうなのではないかと、そう思ってしまうほどに揺れていた。
その目は閉じられ、彼女は首を横に振った。何かを振り切るように、何かから逃げるように、その首を大きく横に動かした。
「・・・そっか・・・また、間違えちゃったか」
諦めたように、懺悔をするかのようなその笑みはいつものそれとは違う。不思議なくらい、俺の心を掴んで離さなかった。
「ごめんね・・・比企谷くん」
去っていくその背中を、追いかけることが出来ない程に。
『魔王とは、支配と君臨の狭間を生きる者である』